The Lodestone

紅蓮秘話

「紅き衣の友」


「また、ひとつの部隊が壊滅したか……」

ラールガーズリーチを根拠地とする部隊の指揮官、コンラッド老がため息交じりにつぶやいた。イーストエンド混交林を根城にしていたアラミゴ解放軍の有力部隊が、帝国軍の奇襲を受けたとの報告を聞いてのことである。
圧倒的な軍事力を有するガレマール帝国に対抗するため、ギラバニアの抵抗勢力は、無数の小組織が独自に動きつつ、時に連携しながら戦ってきた。それゆえ、ひとつの組織が潰されようと、ただちに全体の崩壊へと繋がりはしないが、20年近く戦い続けてきた古参部隊が壊滅したという事実は、コンラッド隊の闘士たちの心に暗い影を落とした。解放運動に参加して日が浅いメ・ナーゴもまた、同様である。

「問題は、例の部隊が確保していた長城越えのルートが潰されたことでしょう。
 おかげで、ウルダハに潜伏していた同志からの依頼で、
 こちら側に逃がす予定だった賢人たちが、立ち往生していると聞きます」

ベテラン闘士であるメッフリッドの表情も険しい。

「あの……その賢人ってどんな人たちなんですか?
 ギラバニアからならともかく、ウルダハからこちら側に逃げようだなんて……」

帝国の圧政下に置かれたギラバニアから逃げ出したいと思う者は少なくない。だが、その逆は稀である。メ・ナーゴが疑問に思うのも、無理からぬことであった。

「以前より我らと協力関係にあった、暁の血盟という組織に属す者たちでな。
 そのうちひとりは、あのカーティス・ヘクストの娘じゃよ」

メ・ナーゴは驚いた。カーティスと言えば、アラミゴ最後の王、暴君テオドリックの圧政に抗うために戦った、革命の指導者のひとりだ。自由を求めて戦う解放軍の闘士から、今も英雄視される人物である。

「革命の英雄、カーティスの娘さん……!?
 そんな人が力を貸してくれていたなんて、私、知りませんでした!」

「うむ、イダという名の娘でな。
 20年前に脱出して以来、かの名高き学術都市シャーレアンで研鑽を積んで賢人となり、
 数年前より、暁の一員として、我らを支援してくれておったのじゃ」

だが、最近になってウルダハの政争に巻き込まれ、当地に潜伏していた解放軍の協力者の助けを借りて、避難先を探しているとのことだった。その案内役を務めるはずの部隊が、先の戦いで壊滅させられたというわけだ。
たとえ恩ある相手であろうと、こうなっては出来ることなど少ない。そうメ・ナーゴは考えたが、コンラッドが出した答えは違った。

「ここが正念場よな。やるぞ、我らの手でふたりの賢人を助け出すのじゃ」


「私、意外でした。
 いつもは慎重なコンラッド隊長が、こんな大胆な作戦をやろうだなんて」

作戦前の緊張を紛らわすように、弓を手に弦の張りを確かめていたメ・ナーゴが言った。

「それくらい、彼らに賭けているんだろうさ」

と答えるのは、メッフリッド。若いメ・ナーゴの教育役も兼ねている彼が、落ち着いた声で、コンラッドの想いを代弁した。
いわく「暁の血盟」とは、エオルゼア諸国の上層部とも繋がりを持つ組織である。かの猛将ガイウス・ヴァン・バエサル率いる帝国軍第XIV軍団の侵攻をはね除けた反攻作戦、「マーチ・オブ・アルコンズ」においても重要な役割を果たしたという。今後、祖国奪還のためにエオルゼア諸国に助力を仰ぐなら、暁は有力な窓口となる。恩ある協力者を助けたいというのも本心だろうが、危険を冒すだけの理由もあるのだ、と。

「もうひとつ、ここだけの話だが、同志の中には、
 カーティスの娘を、コンラッド隊長の後釜にと思ってるヤツも少なくないんだ」

「これから脱出させる予定のイダさんの事ですね?」

「そうだ。アラミゴ解放軍は、小組織の寄り合い所帯だが、
 本気で祖国を奪還しようというのなら、全勢力を結集させる必要がある。
 そのためには、人を集めるだけの旗がいるのさ」

理屈はわかる。自分ですら、まだ会ったことすらない人物を「英雄の娘」という肩書きで見ているのだ。だが、尊敬するコンラッドを差し置いて、部隊の隊長にというのは、ちょっと違う気がしてしまう。

「お前さんの気持ちはわかるつもりだ。
 だが、鉄仮面とかいうヤツが、決起を呼びかけているのは知ってるだろ?」

メ・ナーゴは頷いた。確かに知っている。鉄仮面とは、最近になって現れた解放運動の新たな指導者だ。アラミゴ王家の生き残りではないか、という怪しげな噂も流れ始めている。皆が現状を打破するために、旗を探し求めているということか。

「ともかく会ってみなけりゃ、始まらん。そろそろ出迎えに行くとしよう」

かくして彼らは、作戦を敢行した。付近に帝国の監視所が設けられたため、10年以上前に放棄された秘密坑道を再利用しようというのだ。コンラッドたちが陽動を展開し、メ・ナーゴとメッフリッドが坑道に飛び込んで、黒衣森へと向かう。失敗すれば、部隊が壊滅し兼ねない危険な作戦であったが、それでも彼らはやり遂げたのである。


命がけでラールガーズリーチへと連れ帰った暁の賢人は、見てくれも性格も、チグハグな二人組であった。当初こそ身体中に負っていた傷と、裏切られ仲間を失った怒りと悲しみに沈んでいた賢人たちだったが、快復するにつれて本来の姿を取り戻していった。
ララフェル族の呪術士、パパリモは理知的で皮肉屋。一方のイダは、頭よりも身体が先に動くタイプのようだが、底抜けに明るく周囲を和ませてくれる。
恩返しのためと、コンラッド隊の任務を手伝うようになったふたりを見て、メ・ナーゴも自然と好感を持つようになっていった。だが、それでもイダが、次期隊長に相応しいと感じたかと言えば、そうではなかった。
事件は、そんな時に起きた。

その日、メ・ナーゴは、イダとともにカストルム・オリエンスの偵察に出ていた。すべての行程を終え、さあ、帰還しようという時に木々の間から悲鳴が聞こえたのである。

「女の子の声!? なぜ、こんなところで……!」

イーストエンド混交林は、今や住む人もおらず、通る者といえば帝国軍の偵察兵か輸送兵くらいのもの。少女とは無縁の場所である。

「行くよ、メ・ナーゴ!」

言うが否や、返答も待たずにイダが駆け出し、メ・ナーゴも慌てて後を追う。そうして彼女たちが見つけたのは、大樹の根元に倒れ込んだ男性と、その前で震える帽子を被った幼い少女の姿だった。どうやら、腹から血を流した男性を見つけた少女が、驚きのあまり悲鳴を上げたようだ。

「……見たところ、解放軍の闘士のようですね。
 先日、壊滅した部隊の生き残りでしょうか……?」

すでに負傷した男性の応急手当に入っていたイダが、振り返ることなく答える。

「詮索は後。今は、その子を連れて、すぐにここから離れて……!」

「えっ!?」

「パパリモから聞いたことがあるの。
 帝国軍は、わざと負傷させた兵を逃がして、仲間を誘い出すエサにするんだって……」

「だったら、なおさらイダさんひとりを残しては……」

「無関係な女の子を、巻き込むわけにはいかないでしょ!
 アタシなら大丈夫……この人も助けてみせるから……早くッ!」

イダの一喝を受けて、メ・ナーゴは動き出した。ここは帝国軍の警戒区域。意識を失った負傷者とイダひとりを残していけば、どうなるかはわからない。
成すべきは、この正体不明の少女を安全な場所に避難させてから、一刻も早く援軍を連れて戻ることである。少女を問答無用で抱え上げ、メ・ナーゴは駆けだした。
その後、矢のように時間が過ぎていった。リンクパール通信で同志に救援を要請しつつ、とにかく帝国軍の拠点から離れようと、北へ北へと森を疾走する。幸運だったのは、ほどなく娘を探していた母親と遭遇できたこと。猟師らしきその女性に少女を引き渡し、礼の言葉すら遮ってメ・ナーゴは、来た道を引き返した。
だが、心配は杞憂だった。
彼女が現場に辿り着いた時、そこには、1個歩兵小隊分の地に伏した帝国兵たちと、傷を負いながらも、拳を構えるイダの姿があったのだ。見ず知らずの少女と重傷の闘士を守るための命がけの行動。後にパパリモが口うるさく叱りつけたように、イダの判断は無謀であったのかもしれないが、その熱意は信頼に値するものに思えた。

事件の後、帰還したラールガーズリーチで、メ・ナーゴは思い切って、イダに聞いてみた。正式にアラミゴ解放軍の仲間にならないか、と。だが、答えは期待通りとはいかなかった。

「ありがと……。
 コンラッド隊長にも誘われたんだけどさ、断ったんだよね」

「どうしてです!?
 みんな、カーティスさんの忘れ形見であるイダさんに期待して、
 解放軍を束ねる役目にと思ってるみたいなんです……だから!」

必死の説得にも、イダは口元に困ったような笑みを浮かべるだけだった。

「今のアタシじゃ、父さんの代わりは無理だよ。
 アタシ、馬鹿だけど、生まれ持った血だけじゃ、
 人の心は動かせないってことくらいは、知ってるつもり」

「それは……」

説得の言葉を探して言いよどむメ・ナーゴに、イダは語りかけた。

「それにね、今はパパリモやあの人たちと、いっしょに戦っていたいんだ。
 でも、解放軍に入らなくても、友だちにはなれるはず……。
 そうでしょ、ナーゴ!」

あの人と云うのが誰を指しているのか、その時のメ・ナーゴにはわからなかった。
だが、親しみを込めて「ナーゴ」と呼びかけられた時の嬉しさは、今でも覚えている。真の名を取り戻し、紅き衣をまとった友を見て、メ・ナーゴはふとあの時の気持ちを思いだしたのだった。