Masamune怪談会-2016-で公開したボクの創作怪談、「私の為した全てを」です。
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私はよく霊を見る。
霊感が強いだとか、そういった話には特に興味がなかったのだけれど、事実見えてしまうものは仕方がない。例えば。
ずぞりと這い寄ってくる女の霊が、包丁を突き立てられた背中とアキレス腱のあたりから血を流して、恨みがましい目をこちらに向けていた。
どずんと大きな音をたてて、不潔でボロボロな服を着たホームレスの男の霊が落ちてくる。首も手も足もあり得ない方向に曲がり、かろうじて頭と判断出来る場所からは被虐に慣れた目を覗かせていた。
ぶくりと膨れあがった顔の少年の霊が、首まわりに残る手の形をした痣をがりがりと掻き毟っている。何かを訴えかけるようこちらを向いているが、その表情はよくわからない。
他にも様々な死に方をしたであろう霊たちが私の前に現れたが、何故だか彼らは私から一定の距離を取り、こちらまで近づいてくるということはなかった。
”這いずり女”に”落ちる男”に……なんだか昔に遊んだ、カメラで霊を撮影して退治するゲームのようだなと思い試しに写真を撮ってみたのだが、心霊写真の類がみなインチキか目の錯覚であるとわかっただけの結果に終わった。
彼らの姿が写真に写り込むことは一切なかったからだ。
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俺は幽霊などというものを信じていない。
これまでの人生で一度も見たことがなかったし、心霊写真の類はみなインチキか目の錯覚だ。
自分が生きていくのに必死だったから、既に死んだ奴らのことにかまけている余裕などそもそもなかった。
方々から借りた金はもはやどうにもならないくらい膨れあがって、借りていたアパートは度重なる家賃滞納で追い出された。
そして今、俺は最高に腹が減っている。
俺の前を男が歩いている。
見るからに金に困ったことがなさそうな上等なスーツを着て、何かを物色するようにきょろきょろすたすたと歩いていく。こんな人気の失せた夜の公園に一体何の用があるのかはわからないが、以前から時折見かけることがあった。
手に持つ角材を強く握り直して、そいつの後頭部めがけ勢いよく振り下ろす。
うめき声をあげることもなく、うつぶせに倒れた男の懐から財布を探り当て、札束とクレジットカードだけを抜き取る。几帳面な性格なのだろう、ピシッと揃えられた万札の束は期待以上の額だ。
満足して立ち上がると、上等なスーツを着た男が目の前に立っていた。
目があったその顔はたった今俺が殺したかもしれない男とうり二つで、釈然としない表情で俺と倒れた男を交互に見比べてこう呟いた。
「ああ、私はこいつに殺されたのか。それにしてもなんて醜い……」
俺は逃げ出しながら、幽霊はいるのだと思った。
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今日の日課をこなすために訪れた公園で、私は新顔の幽霊を見た。
うつぶせになって倒れ、後頭部から血を流したその霊のまわりには、財布と小銭が散乱している。
(これは、なんて……)
ふと視線を上げると、貧相な男と目があう。手には札束とカードを握りしめ、驚いたような表情で私を見つめていた。
そのカードに見覚えがあったから、私は改めて”倒れた男”を見下ろした。よく見れば着ているスーツも落ちている財布も私のそれと同じ物だ。もう一度貧相な男のほうを見て、倒れているのが霊ではないことを理解する。
「ああ、私はこいつに殺されたのか。それにしてもなんて醜い……」
(金のために、殺すなど)
私を殺した犯人は逃げていってしまったが、そんなことはどうでもよかった。
浅ましく金のため殺された私の死体がどうしようもなく醜くて。
呆然と死体を眺めていると、いつものように彼らが集まってきていた。
いつもと違い、私のすぐそばまで。
足下を引っ張られるような感覚を覚えて見下ろすと、背中に包丁を突き立てられた女が足首を掴んでいた。
ふくれあがった顔の少年が私にしがみつき、首に手をまわしそのままゆっくりと締め付ける。
ボロボロの服をきた浮浪者が真上から落ちてきて、私の身体のあちこちをあり得ぬ方向に折り曲げた。
見覚えのある、ありとあらゆる霊たちが私を取り囲みまとわりついてくる。
いつもと違い、喜びに満ちた表情で。
私の為した全てを、私に返すように。