Masamune怪談会-2022-で公開したボクの創作怪談その2、「砂の呪い」です。
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「砂の呪い……?」
「ああ。ま、与太話の類なんだが」
ひと月ほど前、野球部のエースだったAさんが失踪した。
ある日の練習日に、忘れ物をしたからと更衣室へ戻り、そのままいなくなってしまったそうだ。
更衣室には紐のほどけたシューズが片方だけ。あとは大量の、やけにきめ細かな砂のようなものだけが残されていた。
「あの砂がな、Aさんだって言うんだよ」
「はあ?」
「変な声出すなよ。与太話だっつったろ。まぁなんだ、その呪いにかかると」
細胞の結びつきがほどけて、着ていたものもろともに砂のようになってしまうのだ、と。靴が片方残っていたのは砂になる前に脱げてしまったからだろうと。
「んなアホな……いや、仮にそうだったとしてもあのアレ、細胞鑑定?とかでわかるんじゃねーの」
「掃除しちゃってたんだよなー。砂だし」
「ああ……」
それにしたって馬鹿な話だ。誰が言い出したのか知らないが、そんな呪いが存在するなんてあまりにも思考が飛躍しすぎている。
そう思ったのだが。
その後も何人か同じように行方不明になるものが続き、人が砂になる瞬間を見たと主張する人も現れたのだが、その人はその後4人目の失踪者となった。
そこでようやく「砂」の解析が行われたのだが、結果は不明。かつて人だったという証明以前の問題だった。
「砂の呪い、ですか?」
後輩のBさんと部室で二人きりになって、間をもたせるためにあの話題を出してしまった。
「本当だったら怖いですけど……でも、細胞の結びつきが解けたって、そんな砂みたいになります?いくらきめ細かいと言っても、砂粒と認識出来るくらいのサイズって、体細胞としては大きすぎますよね?」
Bさんは頭がいいのだ。論理的に反論されてしまっては、それ以上の言葉が続かない。
「う……まぁ、だからその、ただの噂だよ」
「うーんでも、何人もの人がいなくなって、砂が残されてたのも事実なんですよねぇ」
そう言いながら彼女は、部室備え付けのスチールラックにもたれかかった。
「砂になる瞬間を見たって言う人がいるのも気になりますね。その人もいなくなったというのは、それ自体が尾ひれのついた噂という可能性もありますけど……、痛っ」
小さな悲鳴をあげた彼女が、後頭部のあたりを手でさすりだした。
「ふええ、髪の毛が、ラックに絡んじゃったみたいですー…っいたたたたた」
Bさんはドジっ子なのだ。今回はまだマシだが、稀によく、驚くようなドジをしでかす。
「と、取れません~っ先輩とってください~」
半ば涙目になって懇願されてしまったので様子を見てみると、スチールラックの隙間に髪が入り込んで、無理に取ろうとした影響か出鱈目に絡みあってしまっていた。
「うーん、これは……切る……わけにはいかないよな、なんとかちょっとずつ、ほどいていかないと」
結局30分ほどかけて、なんとか切らずにBさんの髪を救出することが出来た。ぐしゃぐしゃに絡まっていたせいで後ろ髪がはね、盛大な寝癖みたいになってしまっているのは見なかったことにする。
「変な話につきあわせちゃってごめん。今日はもう解散にしお…………?」
何故だか最後がうまく発音出来なかった。Bさんが目を見開いて俺の顔を見ている。俺の顔の、少し下側を。
「せ、せん…ぱい、顔っ、す、すなっ……!!!」
(あ?……)
何か言おうとしたが、やはりうまく出来ない。彼女の視線を追いかけて、俺は俺の顔の下側、顎のあたりへと視線をうつす。
さらさらと、顔から砂が流れ落ちている。
そうじゃない。顎だった部分が、ほろほろとほどけて砂となって落ちていた。
(え、なん、これ)
唇がほどけ、歯がほどけ、砂となって落ちていく。けして高くはない鼻もさらさらと崩れていく。そして、目がーー。
ぱしゃっ。
座り込んだBさんの目の前には、きめ細かな砂の山が残されていた。
あの日以来、Bさんは自室に引きこもっていた。
誰も部屋に入ってこれないよう、ドアには鍵をかけ、把手には紐をぐるぐる巻きにしていた。
部屋のすみで毛布を被り、蹲って目をつぶっても、あの時の光景が何度も何度も浮かんできて離れない。
そうして数日が経った頃、
ぱら。
(………?)
ぱらぱら。
部屋の中央あたりから音が聞こえて、恐る恐る毛布をめくりそちらに目を向けると、天井から砂が落ちてくるのが見えた。
「ひっ」
最初はぱらぱらと、それからさーっと糸のように勢いを増していき、最後には乱暴にどさどさと大量の砂が落ちてきた。
やがて山のようになった砂は、もぞりと盛り上がり人のような形に、先輩のような形になっていく。
先輩の形をした砂が、ずぞりと手をのばしBさんに近づいてきた。
「ひいいいいいいいっ」
迂回するように部屋をはいずり、ドアの把手に巻いた紐をほどこうとする。
(はやく、はやく、はやくはやくはやく!!)
焦りと恐怖でなかなかうまくいかなかったが、背後の気配がいよいよ間近にせまってきたところでなんとかほどくことが出来た。
鍵をあけ、把手をつかもうとした手の指先から何かがぱらぱらとこぼれ落ちる。その指先を見つめて、Bさんは絶望的な声をあげた。
「ああ……ああッ…ああああ……!」
ぱしゃっ。
おしまいで
っと失礼、足をひっかけてしまいました
……ううん、靴紐が絡んで取れないな。どなたかほどいていただけませんか?