※2022年8月再掲にあたって:この物語はパッチ4.0時代に執筆したものです。当時公開されていた設定に独自解釈を加えているため今となっては辻褄の合わない部分があります。登場人物が使用するアクションなどの仕様も当時に準じています。
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チョコボが大地を蹴るたび体が跳ねる。振り落とされぬよう手綱をにぎる手に力がこもる。ときおり土ぼこりが目に入るがやむを得まい。この速度で落ちようなら痛いじゃすまないからだ。よくて骨折、最悪死ぬ。骨折ならどうにでもなるが死んでしまっては仕方がない。命あっての物種だ。できれば私はまだ死にたくはない。やりたいことがいくらでも沢山ある。恐らくこの人生をすべて捧げてもやりきれない沢山のことが。
だが私は手綱をゆるめない。そうだ。骨折だ死ぬだなんて本当はどうでもいい。土ぼこりだってどうでもいい。マックス号(この愛羽のことだ)を速く走らせることだけをいまは考える。なぜか。決まっている。私のやりたいこと、とびきり面白そうなことがまさにいま目の前で起こっているからだ。
「アルベルノー先生! なんですかあれ!」
背後から少年の声が聞こえる。
「さあな! わからん!」
私は返事をする。
「わからないのに追ってるんですか!?」
少年は聞き返す。
「逆だよ! わからないから追っているのさ!」私は声を張った。「こんなに面白いことはなかなかないぞ!」
嘆きとも悲鳴ともとれる叫びが聞こえたが私は無視をする。私たちの前方には巨大なゴーレムが黒衣森の木々をなぎ倒しながら走っていた。ただのゴーレムが暴れるなら珍しい光景ではない。しかしあれは違う。まず異様にでかい。よくいるサイズの倍以上はある。そしてここが特に面白いのだが全体が白く光り輝いているのだ。あんなものは見たことも聞いたこともない。突然変異かコアの異常か。私の勘が言っている。何かあると。
「ふはははは! シャーレアンを出発してこれほど胸が高鳴るのは久しぶりだ! これでこそ旅にでた甲斐があるというものだよ!」
「ちょっとは付き合わされる助手の身にもなってくださいよぉ! こんなことなら付いてくるんじゃなかったぁ!」
「いい加減に諦めたまえ! 旅に危険はつきものなのだからな! うおわ!」
ゴーレムに折られて跳ねた木片がふいに横をかすめていった。いまのはちょっと怖かった。
「ふ、ふふ、やってくれるじゃないか!」
「ねぇ、もうやめましょう先生!?」
ララフェルの少年がさとすように訴える。
「怖じ気づくなトトマ君! 奴に私を怒らせたことを後悔させてやるのだ!」
私は手綱を握りなおした。
「いくぞマックス号!」
「だめですよ! この子だってもう限界ですって!」
マックス号が鳴き声をあげた。確かに疲労の色が感じられる。
「むぅ」
マックス号の足はそこらのチョコボより速い。が、エレゼンとララフェルを乗せた上でこの森のなか全力をだせるわけもなかった。むしろよくやってくれている。なぎ倒された木々を避けつつ私たちを気にかけながら走ってくれているのだ。この状況が続けば彼の言うとおりもうすぐ限界がくるだろう。
ゴーレムは疲れを知らなかった。速度がまったく落ちない。もし森の中でなければどれほど速く走れる
のか。
いったい奴はどこへ向かっているのだ。このままでは逃してしまう。
「ん?」
トトマ君の言葉で冷静さを取り戻した私はあらためて奴を見やる。目をこらすとその前方にちらちらと灰色の物体が動いていることに気がついた。あれは機械だ。それに人が乗っているように見える。
「トトマ君!」
私は少年に声をかけた。
「なんですか! あきらめますか!」
トトマ君は半べそをかいていた。いま気づいたが彼は私の腰にまわした腕を体格に見合わぬ力でがっしり固定している。なかなか苦しい。
「そうではない見たまえ! ゴーレムの前に人がいる! このままでは追いつかれてしまうかも知れん!」
「人!? って見えませんよ! 先生の背中広いんだから!」
確かにエレゼンの私が前にいては見づらかろう。
「これでどうかね!」私は大きく身を屈ませながら言った。
「ど、どうしましょう! あの人あぶないですよ!」
「ここでゴーレムを止めるぞ! 君の呪術が頼りだ!」
「ファイアでも撃ちこめっていうんですか!」
私は否定した。「駄目だ! はじかれでもしたら森が火事になってしまう! ブリザドを足にあてて動きを止めてくれ!」氷魔法で足を固めれば動けなくなるはずだ。
ただ、
「無理です! あの質量とエーテルのものを止めるだなんて!」という彼の言い分ももっともだった。奴はでかいし力が強すぎる。ブリザドをあてたところで止められないかもしれない(そもそも魔法が効くかどうかさえわからないのだ)。だがやってみるしかあるまい。あの者のためだけではない。この先には村があるのだ。
「最悪、奴の注意をそらすだけになっても構わん! なあに君の魔力ならできんことはないさ。私を信じろ!」
彼の小さな手に魔力を感じる。
「わかりました。やってみます」
トトマ君は右腕を離して杖を手にした。前方に伸ばして氷魔法の詠唱を始める。
私は彼が振り落とされぬよう彼の左腕をつかんだ。二人とも片手を離したので体の振動が強くなる。だがこの状態でも彼の詠唱は止まらない。流石だ、と私は思った。彼の集中力には目を見張るものがあるのだ。
「いけえ!」
そう叫んだ瞬間、ゴーレムの両ひざから下が周囲の空気ごと凍りつく。岩と岩が重くこすれるようなうめき声を発しながら、奴は勢いをつけて前のめりに転倒していった。
「はっはー! やったなトトマ君!」
私はマックス号の速度をゆるめずそのままゴーレムを追い越していく。
「えっ、どこ行くんですか先生! 調べないんですかあれを!」
もちろん調べるがまずやるべきことがある。
ゴーレムから少し離れたところに灰色の機械が止まっていた。突然足を凍らせたゴーレムに驚いたのだろう。逃げるのをやめて様子をうかがっているようだ。
機械は横倒しの楕円で前部に緩やかな丸みがある。後部にある突起が赤く熱を帯びているのを見るにこれが動力源だろう。両わきに取り付けられた短めの筒からエーテルが噴射されている。下部には車輪が三つ。中ほどのくり抜きが二人分の座席になっており前席にハンドルがついている。かなりコンパクトだが小型の飛空艇に見えなくもない。
私はチョコボに乗ったまま近づくと操縦席に座っている人間に声をかけた。マシンは二人乗りだが乗っているのは一人だった。私よりは小柄だが大きめのフードをかぶっているため種族性別はわからない。
「無事のようだな冒険者。あのゴーレムはなんだ。知っているのだろう?」
私はいまだ光るゴーレムに指をさしながら言った。
「あのゴーレムは普通じゃない。ならば追いかけられるお前も普通じゃない。あるいはひょっとすると普通じゃない理由を知っている。どうかな?」
冒険者はこちらを見上げているが返事はない。
沈黙。話しかけられているのだから何とか言ったらどうなのだコイツは。私はまじまじと冒険者を眺めた。すると大きなペンダントを下げていることに気がついた。真ちゅうの台座に透明なクリスタルがはめこまれているようだった。あれは偏属性クリスタルか?
突然そのクリスタルが輝いた。白く眩しく鋭い光。これがあのゴーレムに影響していると私は直感的に理解した。あのゴーレムはこれを狙っている。
背後から奴のうめき声が聞こえた。次第に大きくなってくる。
いや、これはうめき声ではない。地鳴りだ。奴は何かやろうとしている。まずい。
「いったん逃げるぞ! ついてこい!」
私は冒険者に向かって声をあげた。だが彼(彼女)は迷っているようにうつむいただけで動かない。ええい! 考えている場合か!
「そっちには村があるのだよ! 来い!」
私はマックス号を走らせる。冒険者も決心したようで私たちの後ろについた。そのすぐあとだ。先ほどまで立ち話をしていた地面が盛り上がるとやがて爆発した。それを見たトトマ君が情けない声で叫ぶ。
ゴーレムを見ると再び駆け出すところだった。いまのでなのかはわからないが足の氷は砕け散っている。
「ひいい! なんでぼくたちまで追いかけられることになるんですかぁ!」
「落ち着きたまえ! プロの研究者たるもの常に冷静さを保つものだぞ!」
「だってあんな馬鹿力どうやって倒すんです! 殺されちゃいますよ!」
倒す? どうして倒さねばならんのだ。
「倒さんよ、あれは研究対象だ。生け捕りにする!」
「こんな状況になってまだそんなこと言うんですか!? ああ先生ってそういう人ですよね、そうでした忘れてましたすみませんね!」
後半は怒っているように聞こえたが私は気にしない。
「この先に岩やがある! まずはそこまで奴を連れていくぞ! 聞こえたな冒険者!」
マシンのエンジンがひときわ大きくうなった。同意と見ていいようだ。
私たちは木々の合間を縫うように走る。陽はまだのぼり始めたばかりだ。陽光が葉のすき間から地面を照らしている。大気中のチリがそれを反射してきらきらと光っている。きっとこんな日に散歩をしたらさぞかし気持ちがよいのだろう。この地に降りてからまだ日は浅いが私はここが気に入っていた。あいつが好きだと言っていたこの大地が。
しかしいまのんびりしている暇はない。それよりも大事なことがある。この追いかけっこを制することだ。あのゴーレムは私たちを追い詰めるつもりでいるようだがそれは逆だ。追い詰めるのはこちらの方なのだ。
あたりにごつごつした岩が目立つようになってきた。マックス号は転ばぬようそれらをかわしていく。そろそろ森を抜けるはずだ。振り返るとちゃんと冒険者はついてきていた。もちろんゴーレムもついてきていた。
ふいにゴーレムがうなりをあげた。胸のあたりに光が収縮していくのが見える。何をする気だ。次の瞬間、光が広がったと思うと地鳴りが起きた。だんだん近づいてくる。速い。
「先生! 前!」
言われて顔を向けると地面の盛り上がりに気がついた。さっきのやつか!
私は手綱をあやつりそれを何とかよける。
だが冒険者は気づくのが遅れた。私が声を発するも間に合わず爆発に巻き込まれる。
しかし冒険者は止まらなかった。影でよく見えなかったが爆発がギリギリそれたらしい。ただ無傷とはいかなかったようでマシンから煙が上がっているのがわかった。とはいえ走るのに支障はなさそうだ。ひとまず私は安堵した。
視界がひらけた。森を抜けたのだ。地面を踏みしめる音からその硬さがわかる。あちこちに大小の岩が転がっている。見上げると高い崖のところどころに横穴が掘られている。私は速度を落とすことなくマックス号を走らせた。斜面をのぼり岩をよけ横穴のひとつに入っていく。
この横穴はトンネルになっていて反対側はちょっとした渓谷になっている。それを抜けてさらに斜面をのぼりトンネルを見下ろせる位置についた。私はマックス号から降りてエーテル測定器を覗く。
ゴーレムはゆっくりとトンネルを進んでいるようだった。丁度通れるか通れないかの広さだからな。よしよし狙いどおり。
「さてトトマ君。私にいい考えがある」と私は言った。
トトマ君は嫌そうな顔で「先生がその言い回しをするときって、いつもろくでもないことなんですよね」
私は咳払いした。失礼な少年である。
「なに簡単なことだよ。ゴーレムが出てきて私が合図したら岩を爆発させて頭上に落とすのだ。潰れはしない。倒れる程度だろうな。そして胴体をのこし氷漬けにする。そこへすかさず私が攻撃! コアを露出させ捕獲、といった流れだ。冒険者はそこで見ていたまえ。逃げるなよ。君にも用はあるのだからな」
冒険者は答えない。マシンに乗ったまま黙ってトンネルを見つめている。
「そう上手くいくかなあ。まあやってみましょう、怖いですけど。いざとなったら先生を置いて逃げればいいし。ね、マックス号」
クエッ、とマックス号が鳴いた。君たちね。
トンネルからゴーレムのうなり声が聞こえる。頃合いだ。緊張で体がこわばる。とはいえ恐怖はない。感じるのは武者震いだけだ。私は楽しんでいるのだ。旅に出るまで自分にこんな嗜好があるなんて思いもよらなかった。他人から短気だなんだと指摘されることはあったがそういうのとは性質がちがう。面白い。旅することも、それにより新たな自分を発見することも。
私は合図をした。魔道書を開きカーバンクル・エメラルドを召喚する。凍らされ身動きができなくなったゴーレムの正面に駆け寄り、がら空きの胴体めがけて魔力を叩き込んだ。ゴーレムが悲痛な叫びを上げる。カーバンクルによって岩の鎧をはがしとられコアがむき出しになった。
いいぞ! このまま弱らせる!
そう思ったときだ。私の横を背後から影が通り過ぎた。冒険者だ。冒険者が一目散にゴーレムに向かっていったのだ。そしてマントの下から金属のかたまりを取り出すと奴に投げつけた。金属片が空中でバラバラになり周囲に広がっていく。冒険者は再びマントの下に手を突っ込むと今度は金属の棒を握っていた。それを前方に一直線に伸ばし体を硬直させる。
爆発音。その次に耳に刺さる高い音。
見れば先ほどの金属片が雷のようなものを発生させゴーレムのコアに浴びせていた。コアは赤く光ったかと思うと体とともに爆発。消滅していった。
消滅?
「ああああああああああああ!!!!!!」
「わあ! すごいですねぇ! コアに直接とはいえあんな強いゴーレムを一撃ですよ!」
奴を倒して安心したらしいトトマ君がのんきに感心する。そうではない。あいつめせっかく捕獲のチャンスだったのに!
「おい! なんてことしてくれたんだ冒険者! さっきの話を聞いていただろう!」私はカーバンクルを宝石に戻すと冒険者に歩みながら言った。「百歩譲ってあれを聞いていなかったとしてもだ、それ以前にエンジンをゴウンゴウンさせて同意していただろうが!」
「先生、お言葉がお乱れですよ。プロの研究者がなんでしたっけ?」トトマ君がふふんと笑った。君は黙ってなさい!
私は冒険者をにらみつけた。これ以上ない不満を込めてにらみつけた。シャーレアンにらみつけ選手権などというものがあれば優勝間違いなしというくらいにらみつけた。しかし返ってきた言葉は憎たらしいものだった。
「あたしが同意したのはあのゴーレムをここに連れてくることだけよ。捕獲まで同意した覚えはないわ」
若い女の声だった。
冒険者はフードを脱ぐと軽く首を振り、さっと髪を整えて私をにらみ返してきた。
鋭い目につんとした鼻、頬には顔の中心に向かってトゲ模様。頭上にあるのはケモノ耳。彼女はミコッテだった。紅い瞳が特徴的で、同色の髪の毛を後ろでひとつにまとめている。いかにも気が強い風貌だ。
捕獲まで同意した覚えはないだと? なんと自分勝手な奴だ。私たちがここに追い詰めたんじゃないか。こいつは何もしていない。ただついてきただけだ。それを横からしゃしゃり出て美味しいとこ取りしおって! あ、でもゴーレムはこいつを追っていたんだった。いやいやいや、私たちがいなければこいつはどうなったかわかったもんじゃない。そうさ、ちょっとばかし強いようだが私たちが命を救ってやったようなものだ。礼はされれど反論されるいわれはない!
私は言い返そうとしたのだが、横からトトマ君が割り込んできて「すみません。先生ったらホンットーに自分勝手で。ぼくもいつも苦労してるんですよ、ははっ。ところでおケガはありませんか? 冒険者さんお強いんですね~。さっきの銃さばきかっこよかったな~。あ、ぼくトトマっていいます。こちらはアルベルノー先生。よければ冒険者さんのお名前をうかがってもいいですか?」と彼女に笑いかけた。
そう、先ほどゴーレムに浴びせた一撃は銃によるものだった。身長の半分近い長さのリボルバーだ。それなりに重量があるはずだが軽々と扱っている。若いが手慣れているようだ。
早口でまくし立てられた女は毒気を抜かれたようで、固い表情をくずすとトトマ君に微笑んだ。私のことは無視か、おい。
「ありがとう。怪我はないわ。あたしはジャ・ルティナ。こう見えて冒険者じゃないの。冒険者登録はしてないのよ。皇都イシュガルドにあるスカイスチール機工房で機工士をやっているわ」と彼女は言った。
なるほどな、あの小型飛空艇らしきものはイシュガルドで製作されたのか。飛空艇の形をしているのに飛んで逃げなかったのは大気中のエーテル濃度の違いで飛べないためだろう。小型だけにこちらでは出力が足りないのだ。
「見たところあなたたちも冒険者じゃなさそうね。トトマさんはともかく、そっちのオジサンは体力なさそうだし、世渡り下手そうだし、人から好かれなさそうだし。とはいえ行商にも見えない。先生って言ってたけど、まさかお医者さん?」
「医者だなんてとんでもない! 先生の性格じゃ開業即廃業です。そうじゃなくて先生は学術都市シャーレアン魔法大学の教授なんです。こう見えてもそこそこ偉いんですよ。ええ、こう見えても。ぼくは先生の助手をやらせてもらっています」
二人とも好き勝手なことを言っている。トトマ君め、怖い目に合わせたことを根に持っているな。
「ウソでしょ、このオジサンが教授!? へえー、人は見かけによらないものね」
ジャ・ルティナはにやつきながら言った。
「おい! さっきからオジサンオジサンうるさいぞ! 私はまだ三十だ! 目上の者は敬いたまえ! 年上で教授なんだぞ!」私は言ってやった。
「あー、どこにでもいるのよね、権威や序列を振り回して威張るやつって。組織の外にまで持ちだすなんて見苦しいったらない。ほんと人間性を疑うわ。ああ、あなたに対しては初めから疑ってるけど」
「権威が人を救うこともあるのだよ。まあ、人生経験の少ないオコチャマにはわからんだろうがな」
「誰がオコチャマよ! あたしは二十よ! とっくに成人してるんですからね!」
「ほー? すまんなー? あまりに言動が幼稚だから気付かなかったなー?」
「あなたに言われたかないわよ! この若白髪!」
「なっ!? 白髪ではない! この美しい銀髪が白髪に見えるとはお前の目はふし穴か!」
「うっわ、男が自分で美しいだなんてひどい自画自賛。あなた性格悪いうえにナルシストなの?」
「自分が自分を認めて何が悪い! この減らず口め!」
「あなたこそあー言えばこー言う!」
「先生! 遊んでないでこっちに来てください!」
女とにらみあっているとトトマ君の声が遠くから聞こえてきた。
遊んでいるんではないのだがなと思いつつ顔を向けると、彼がゴーレムの爆発でできたくぼみのふちに立っているのが見えた。何やら下を見つめている。
「どうかしたのかね?」私はくぼみに近づきながら言った。
「先生、これは……」
彼が指をさす方向には空間が広がっていた。
そこは地下二階分の深さで面積はそこそこの教室ほどありそうだ。爆発で壁面が損傷しているが、ところどころ意匠がほどこされているのを見るに人の手が入っているのは間違いない。一角に通路がある。暗くてよく見えないがどこかに通じているようだ。私は測定器をのぞいた。エーテルの流れが確認できる。奥に何かある。
「ふむ。なんてことはない遺跡のようにも思えるが、近くの村で聞き込みをしたときにはそのようなものがあると聞かなかった。とるに足らないから言わなかった可能性もあるが、もしかすると未踏の遺跡かもしれんな」
「先生が怪しいから教えてくれなかっただけなんじゃ」とトトマ君が言った。いくら温厚な私でもそろそろ怒るよ?
私はあごに手を当てて考えた。
さてどうしたものか。すぐにでも降りたいところだが先に周囲を調べてみるか? もしかすると昨日通りかかったときに入り口を見落としていたのかもしれん。しかしやはりすぐに降りたい。いや待て、こういうときこそ冷静にならねばな。中では何が起こるのかわからないのだから。ふふふ。はやる気持ちと冷静な自分を格闘させるこの面白さは調査の醍醐味というものだ。
ん? 面白さ? そういえば何かを忘れているような。
そうだペンダント! 私は何をやっているんだ、そっちが先じゃないか! 遺跡は逃げないのだからあとでいい!
ジャ・ルティナは脱いだマントをマシンの座席にかけて鞄をひっぱり出しているところだった。その背中に向かって私は言った。
「おい、ペンダントを見せろ」
だが彼女は答えない。
「どうしたんです、急に?」とトトマ君が言ったが私は聞こえない振りをして続けた。
「ペンダントを貸せ。お前を助けたのはそのためでもあるんだ。ゴーレムのことは水に流してやる。おい、聞いているのか? ペンダントを渡すんだ」
「先生も人の話を聞いてくださいよ」トトマ君が不満をもらす。
ジャ・ルティナは鞄を背負うとこちらに向かって歩きだした。その瞳はまっすぐ前を向いている。
そしてそのまま私たちの横を通り過ぎるとくぼみのふちに足をかけ、遺跡へと飛び降りた。
……。
んんんん?
彼女はがれきを踏み台にして軽快に下っていく。やがて一番下にたどり着くとこちらを見上げてこう言った。
「渡すわけないでしょー。あたしこの先に行くからここでお別れね」
「お、おい! どういうことだ! 待ちたまえ! そこは危険なんだぞわかっているのか! 聞いているのかこら! 返事をしろ! もしもーし?」
彼女は答えず鞄から取り外したランタンに火を灯すと通路の奥に消えていった。
な、なんなんだ一体。あいつは自分を冒険者ではないと言った。ただの機工士がこんな遺跡に何の用がある? 嘘をついていたのか? そんな必要があるだろうか。トレジャーハンターなら? いや、文化的価値の保存において問題視されてもいるがトレジャーハントは違法ではないのだ。それで嘘をつく線は薄い。ではただの興味本位だろうか。それで身を危険に?
わからない。
ともあれ彼女は素人だ。戦闘は得意なようだが、この分野においては間違いない。このまま放ってはおけまい。
「トトマ君」私は隣りでうろたえている彼に声をかけた。「私も行ってくる」
「わかりました」トトマ君は落ち着きを取りもどして言った。「ぼくも行きます」
私は首を振った。
「君は残っていてくれ。何が起こっても私だけなら問題ないが、素人のあいつはどうなるかわからん。もしものときは助けを呼んでほしい。なあに大丈夫さ、神秘学の専門家である私がついていくのだからな」
私はにやりと笑って懐からリンクパールを取りだした。彼もリンクパールを取り出して「はい」と微笑んだ。
私はマックス号を呼びつけ括り付けてあった自分の鞄を下ろした。足を滑らせないようゆっくりと遺跡に下りるとランタンを掲げて通路をくぐる。深呼吸をして私は呟いた。
「神秘とスリルは男のロマンさ」
そう、これは男のロマンなのだ。
【つづく】
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