私が彼女と出会ったのは何年前になるだろう。当時、私はまだシャーレアン魔法大学の学生で彼女は都市外からの留学生だった。黒髪のヒューランで年齢は少し離れていた。彼女が留学初日に学内で道に迷っていたところを見かねた私が声をかけたのが最初だ。それからはやたらと私に構ってきた。明るくて人懐っこくて万人から好かれるタイプだった。きっと両親から多くの愛を受けて育ったのだと思う。私は昔から偏屈で通っていたからなぜ彼女が私に構うのか不思議でならなかった。
やがて私は神秘学の教授になり彼女は私の助手となった。現地にほとんど赴くことのなかった私に代わり、彼女は沢山の世界を見て回った。研究室にこもるよりそちらの方が肌に合っていたらしい。一度飛び出したらなかなか帰ってこなかったものだ。
「たっだいま戻りましたー!」
「随分ひさしぶりな気がするがいままで何処へ行っていたのかね」
「今回は低地ドラヴァニアです! 元植民都市シャーレアンの現状を調査して参りました!」
「あんなところいまさら見るべくもないだろう」
「そんなことないですよ。いまあそこにはトレジャーハンターとゴブリン族がおこした自由都市イディルシャイアがあるのです! ばばーん!」
「ほー、自由都市ねぇ」
「もっと驚いてくださいよー。で、これがお土産のゴブリンマスクです! はい、どーぞ!」
「なんかこれ臭くないか!? いらないぞこんなもの。それはそれとして危険なことはしていないだろうな。君は無鉄砲だからたまに心配になる」
「大丈夫ですって、神秘とスリルは女のロマンなんですから」
「それ、どちらかというと男のロマンではないかね」
「えー? そうだ。このマスクはこっちの棚に飾っておきましょう」
「私の研究室を私物化するのはやめなさい。自分の部屋に持ち帰りたまえ」
「先輩ー、何度も言ってますけどその喋りかた格好悪いですよ? 学生の頃みたいにもっと普通にしましょうよ」
「私は教授だからこれで丁度よいのだ。君こそ助手なら私を先輩と呼ぶのはやめたまえ。何年経っても学生気分が抜けていない証拠だぞ」
「先輩は先輩だからいいんですー。あ、私にもコーヒーください。……んぐっ、ぷはーっ! このまっずいコーヒーを飲むと帰ってきたー! って実感しますね!」
「戻ってくる度にいちいちそれ言うよね、君」
「ああっ! 先輩またこんな偏った食生活をして! ダメですよ、ちゃんと栄養バランスを考えないと。研究者とて体は資本なんですからね! 待っていてください。これからとびきり美味しくて健康になっちゃう料理を作りますから! それと携行食向きですけど簡単美味しい保存食のレシピをあとで教えますので一緒に作りましょうね! それでは!」
「あ、おい! 君がいなかった分の仕事が溜まっているんだぞ! こっちを先にしたまえ! おーい、フィーナ! ……行ってしまった。やれやれ、仕方のない後輩だ」
明るくて、人懐っこくて、無鉄砲で、そして料理の上手い女だった。
私は言葉を切った。
「好きだったの? その人のこと」
好き、か。
「恋愛感情のことだったらそれはないよ。私は羨ましかったんだ。彼女は私にないものをいくらでも持っていた。私に欠けているものばかり持っていた。いま思えば一緒にいるだけで楽しかった。助手として傍にいてくれるだけで十分だった。その他には何も望まなかった。私には勿体無い女だったのさ」
「そう」彼女は目を伏せた。
そういえばあいつには浮いた話がまったくなかったな。頭も社交性もよかったから相応にモテていたはずなのだが。
「一人の人間としては好きだったよ、それだけだ」
「会いたい?」
「先ほども言ったが、大切ではあるが会いたいとは思わん。それとこれとは別の話だ。私はもう会えないことをすでに受け入れているんだ。私にとって彼女は過去になった。ある地点に置いて、私は前に進んでいる。二度と戻ることはない」
「どうして、その、亡くなったの?」彼女はためらいがちに訊いた。
少し間を置いて私は言った。「消えたんだ」
「消えた?」
「数ヶ月前、私はとある島に資料を届けるよう彼女を遣いに出した。用を済ませ、これから戻るとの連絡を受けてまもなくのことだ。突如、島が消滅したとシャーレアン全体が大騒ぎになったんだ。まさかと思い彼女に通信を入れたが返事はなかった。他の人間もろとも島ごと消滅したというのがシャーレアンの見解だ」私は平坦な声で言った。
「そんなことって……、う、ううん、でもそんなのちゃんと捜してみなきゃわからないじゃない」
「アルテマ級の魔法攻撃を受けたとの調査報告が上がっている。常識的に考えて助かるわけがない」
彼女は黙り込んだ。ゆっくりと私は続けた。
「私が彼女を島にやらなければよかったんだ。そうでなくても、もっと早く資料を用意していれば巻き込まれなかったかもしれない。あるいは彼女でなく私が行っていれば。私が彼女を殺したようなものだ」
私は残りのコーヒーを飲み切った。コーヒーはとうに冷たくなっていた。
「ねえ」と彼女は言った。「あたしと一緒に泉を探しましょう。噂が本当ならその人に会える。会えなかったら生きてるってことになる」
無茶な論理だ。
「お前の母親にしか会えなかったら、か? やめてくれ。他人に余計な期待を持たせるな。期待が裏切られたときの責任がお前にとれるのか? そのときの悲しみや怒りをお前はどうする?」
「それは」彼女は言葉を詰まらせた。
「私はもう受け入れている。あいつがいないことを受け入れている。もちろん自分の愚かさも受け入れている。黙っていても時間は過ぎていくんだ。いつまでも後ろを向いているわけにはいかない」
「あなたは強いのね。あたしにはそこまで割り切れない」力なく彼女は言った。
「違うな、私は強いんじゃない。慣れてしまったんだ、傷つくことに。傷つくと心にかさぶたができる。新たな傷はかさぶたの上からできる。そうして何重にもかさぶたは厚くなって、新しい傷はどんどん心に届かなくなる。たまにできる大きな傷も浅くなるんだ。そしてかさぶたのできる速度は早くなる。心のかさぶたは体のそれと違って剥がれることはない。歳をとるというのはつまりそういうことなんだよ」
彼女は黙って私の話を聞いていた。「ただ」と私は続けた。
「いつまでもお前のように振る舞う人間はいて、私はそんな奴を否定しない。むしろ好ましいとさえ思う。たまにな。そういう奴が抱くものをきっと希望というのだろう」
私は鞄に荷物をしまい始めた。
「長話が過ぎたな。先に進むぞ」
彼女は驚いて言った。「えっ、あなたあたしを連れ戻しに来たんじゃないの?」
「気が変わった。黒衣森を回るのだろう? この遺跡一ヶ所ばかりに時間はかけられない。さっさと調べて次に行くぞ。専門家が同行してやるのだ。ありがたく思いたまえ」
私は余計な希望を持たない。だが持つ者の願いは叶えてやりたいと思う。それは希望で胸が一杯だったあいつへの罪滅ぼしだろうか。そうかもしれない。ただそれは後悔からくるものではない。私にとってそれが未来を見つめることなのだ。そのために世界を回る。世界を見ることは人の想いに触れるということだ。あいつが私に気づかせてくれた。
もちろん、研究者として胸の高鳴る発見をすることが一番大事だがな。
「うん、ありがとう。アルベルノー先生」柔らかな笑みを浮かべ彼女は礼を言った。
「呼び捨てでいい。私はお前の先生ではないのだから」
「素直じゃないわねぇ。そうだ、ちょっと待って!」
「なんだ?」
「このペンダント、調べたいんでしょ。ちょっとだけなら見せてあげる。あ、でも変なことはしないでよ?」
彼女はペンダントを首から外すと両手で私に差し出してきた。
私は彼女からペンダントを受け取った。
ペンダントの台座とチェーンはやはり真ちゅうで出来ているようだった。父親の手作りとのことだが出来はまあ悪くない。あるいは誰かに依頼したのかもしれないが、いまそれは置いておく。問題ははめ込まれているクリスタルだ。大きさは1イルム(ヒューラン族男性兵士の親指の幅)ほどで重さは同サイズの普通のクリスタル程度あるだろう。天然のものだとすれば整った形をしている。透明で不純物はない。不自然なくらい綺麗だ。エーテル測定器を使ってもこれといった反応は見られなかった。
「どう?」ジャ・ルティナがこちらをのぞき込みながら言った。
私は首を振って答えた。
「わからない。もっとも、いまここで見る分にはということだが。詳しく調べるにはシャーレアンに戻って他の研究者に協力を仰がなければ駄目だ」
「えっ、嫌よ、長いあいだ貸すなんて。それに万が一壊されちゃったら困るし……」
「わかっている。あの話を聞いた後じゃ強引なことはできないさ」
私は彼女にペンダントを返した。彼女はそれをまた首に下げると表面のクリスタルを優しく撫でた。
私には心当たりがないわけではなかった。光のクリスタル。現物を見たことはないが伝え聞いている特徴と似た点がある。先ほどゴーレムを暴走させた輝きと彼女の子供時代の話、それらを総合すると可能性はあるだろう。では彼女は光の戦士なのか? 過去、光の戦士は同じ時代に複数人存在したことがあるという。なら現在も光の戦士の再来とされるあの英雄以外にいたとしてもなんら不思議ではない。超える力の持ち主だって何人もいるのだから。
私は黙っていることにした。いまその話をしたところで彼女を混乱させるだけだ。調査することもやめだ。光のクリスタルであればこの星の導きに任せるのが最善だからだ。ただの個人的な興味で干渉してはならない。
私たちは鞄を持つと広間の奥に進んだ。がれきの影に一ヶ所通路を見つけた。どうやら私たちのやってきた通路以外にはそこしか道はないようだった。通路の幅はルガディン族の男性が二人横に並んでもまだ余裕がありそうだ。私がランタンを持って先頭となり、彼女は銃を手に私のやや後ろを歩く。何度か角を折れたが別れ道はない。空気はひんやりとして風はなかった。
「おい」しばらく歩いてから私は前を向いたまま彼女へ声をかけた。
「い、いきなり話しかけないでよ。びっくりするじゃない」
私には気になっていることがあった。
「お前は父親を恨まなかったのか? 二人で話し合ったとはいえ、結局は出ていくことに決めたそのことについて」
少しの沈黙のあと彼女は答えた。
「そうね、まったく恨まなかったわけじゃない。最初に話を聞いたときはびっくりしたし、悲しかったし、腹も立った。あなたは母を捨てるのかって、あまりに腹が立って父に怒鳴り散らしたわよ。でもあたしのその様子を見ても父は落ち着いていた。落ち着いて、冷静に謝った。あたしは怒るのをやめたわ。そして話し合った。最終的な結論がでたときあたしの考えは少し変わっていた。恨む気持ちがゼロになったわけじゃない。でもそれ以上にこう思った。父には父の考え方があってあたしにはあたしの考え方がある。家族とはいえ違う人間である以上、どこかで交わることはあっても決して重なることはない。同じ生き方はできないし、しなくていいし、強要もしない。強要もされない。心の大事な領域にお互い踏み込んではいけないのね。頑張ってうまくいかなくても他人を恨むなという言葉にはこういう意味も含まれているのかもしれない。頑張って他人に働きかけてもっていうか。これは諦めじゃなくてね。うまく言えないけど」
彼女は一息ついて続けた。
「父の辛さも痛いほど理解できたから」
「そうか」
強いな、お前は。
「あっ、見て! 光!」
彼女は早足に私を追い抜いていった。
何度目かの角を曲がると通路の先から光が差し込んでいるのが見えたのだ。私は彼女を追って光に向かって進んだ。
通路を抜けた先には青空があった。一瞬出口なのかと思ったがどうやら違うようだ。そこは地下に四角く掘られた空間で、壁面に長方形の大きな石がレンガのように積み上げられている。部屋の四隅には地上よりさらに空に向かって四角い柱が4本伸びていた。床は石畳でところどころにひびが入っていたり、沈んだりしている。地盤があまり強くないらしい。あちらこちらにデュラハンと思しき巨大な鎧が倒れていた。彼らはここを守っていたのだろうか。というのも部屋の中央に石造りの祭壇があったからだ。チョコボ厩舎ほどのサイズで左半分が崩れてしまっている。仕掛けの類は特にないようだ。
「アルベルノー、ここって……」彼女がぽつりと呟いた。
私は祭壇から顔を上げて彼女の視線の先を見つめた。
そこには泉が広がっていた。
大きな泉だ。部屋の三分の一近くを占めている。奥の壁に向かって半円を描くように広がっていた。壁際にいくつも積まれたブロックをつたって水が流れ込んでいた。あのあたりから湧き出しているのだろう。水のクリスタルのものか天然の湧き水かまではここからは判別がつかない。
「綺麗」と彼女は言って手を泉に浸した。
水は透き通っている。手前が浅く奥に向かって次第に深くなっているようだ。
「もしかしてここがその泉なんじゃない?」と彼女は声をはずませた。
「可能性がないことはないな。冒険者たちから聞いた話では何か条件がなかったか? 例えば時刻や天気とか」
彼女は首を横に振って答えた。
「ううん、話では昼間だったり夕方だったりまちまちだった。天気もはっきりしていないの」
「冒険者たちの話が妙にリアルだったと言っていたのはどうしてそう感じたんだ」
「それはね、その亡くなった人の特徴がいやに具体的だったからなの。どんなに大切な人だったとしても、会わなければ時間とともに記憶がぼやけてしまうでしょう? でも会ってみると記憶がはっきりと起こされるんだって。寝起きに耳元で金物の音を鳴らされるみたいにはっきりと」
彼女はなべとおたまを叩き合わせるようなジェスチャーをした。
私は腕を組んで考えた。確かに本人でなければそんなことは起こらないかもしれない。街でそっくりな人間を見かけるのとは違うんだ。ただ何か気になる。
「あっ」彼女が声をあげた。
「どうした?」
彼女が指をさした方向には崩れた壁があり、いくつかのブロックが泉に落ちて地肌が露わになっている。
「そこの影にいる。お父さんとお母さんが」
「なんだって?」
私はブロックの方を見た。それらしき人影はない。
代わりにあるのは闇だった。闇が渦のようにうごめいて不気味なエーテルを放っていた。あれはヴォイドだ。妖異が支配する闇の世界。私は彼女に駆け寄って肩をつかみながら言った。
「違う! よく見ろ! あれはお前の両親ではない!」
「あれは確かにお父さんとお母さんよ! 私にはわかる! だってこんなにはっきりと見えるんだもの! あなたは二人を知らないからわからないのよ!」
恐らく妖異は彼女の記憶を刺激して幻を見せているのだろう。彼女は闇から目を離さず私の手を払うと泉に足を踏み入れた。足首から下が水に浸る。彼女は濡れることなど気にせず進んでいく。この先はだんだんと深くなっていくんだ。このまま行かせればやがて動きが鈍ったところを妖異に狙われてしまう。
私は魔道書を開き素早く詠唱をすると闇に向けて魔力を放った。光球が風をきって突き進む。闇に触れた瞬間はじけてそれを消滅させた。
そのとき二つの影が飛び出してきた。耳を突き刺す不快な鳴き声が辺りに響く。一匹は頭の大きな赤ん坊のような体型で背中にコウモリの羽が生えている。全身が紫色でいかにも不健康そうだ。顔には薄気味悪い笑みを浮かべている。もう一匹は大きな翼と長い手足、そして尻尾が生えた黄色い目玉だ。びっしりと並ぶ歯は何でも噛みちぎりそうな鋭利さを感じさせる。
「何なの! こいつら!」正気に戻った彼女が驚いて言った。
「インプとアーリマンという妖異だ。こいつらがお前に両親の幻を見せていたようだな」
「まぼろし? そんな」
彼女は先ほどまでヴォイドのあった場所を呆然と見つめた。
「落ち込んでいる暇はない。来るぞ!」
私はカーバンクル・エメラルドの召喚魔法を唱える。
しかし奴らはそれをさせまいと私に攻撃を集中してきた。次々に氷魔法が飛んでくる。私は駆け出してその一つを避けた。だが先回りして置いてあった別の氷を見事に踏んで派手に転んでしまった。それを見た奴らは腹を抱えて笑う。小賢しいマネをしてくれる。
詠唱を止められてしまったので初めからやりなおしだ。だが奴らはまた妨害してくるに違いない。
そのとき横から爆発音が聞こえた。インプが弾け飛ぶ。音のした方向を見ると、泉から上がったジャ・ルティナが銃を構え、物凄い形相でインプたちをにらみつけていた。
「あなたたち、よくも騙してくれたわねぇ!」
彼女は銃を乱射し始めた。怒りのあまり狙いが定まっておらず私のすぐ傍を弾丸がかすめていく。
「こ、こら! 私にまで当てるつもりか!」私は走りながら言った。
だがおかげで奴らに隙ができた。カーバンクルを召喚するならいまだ。
私は召喚したカーバンクル・エメラルドに指示を出した。私とジャ・ルティナ、カーバンクルで奴らを中心に三点で囲むよう位置どりをする。
先ほど彼女が一撃を与えたインプが体勢を立て直して彼女に向けて構えをとった。そこへ横から私が魔力を飛ばし牽制する。
「させんよ」
インプは苦い表情でこちらをにらんだ。
だから奴は気づかなかった。自分の周りに小さな金属片が撒かれていることに。奴が私を見た瞬間、ジャ・ルティナが仕掛けたのだ。彼女がゴーレムを倒したのと同じものだ。
耳を突く音と同時にインプが地面に落ちる。黒焦げになってもう息はない。
カーバンクルと戦っていたアーリマンがそれに気づいて叫んだ。そのままジャ・ルティナに向かって突進する。彼女は構えをとかず狙いを定め一発、二発と発砲した。カーバンクルの攻撃で弱っていたのか、アーリマンは二発とも体に受けると勢いをつけて地面に転がりやがて動かなくなった。
「死んだのか?」
「ええ、そうみたい」彼女は転がってきたアーリマンに近づいてそう言った。
私はため息をついた。
「噂の正体がこいつらだったとはな」
妖異は人の心につけこむ。そして恐れや悲しみなど負の感情を引き出し糧にする。人は希望が大きければ大きいほど裏切られたときの絶望も大きい。死者に会いたいという想いはかっこうの餌だったというわけだ。
彼女は足元に倒れているアーリマンをじっと見つめていた。こんなとき何と声をかければいいのか私にはわからなかった。どんな言葉もしらじらしく思えた。
見上げるといつの間にか空が一面雲に覆われている。ひと雨くるかもしれない。私はリンクパールでトトマ君を呼び出した。すぐに応答があった。
「先生! 無事ですか!」
「ああ。彼女も一緒だ。これから戻る」
「よかった。心配しましたよ」
「温かい食事でも用意しておいてくれ。もうすぐ昼時だし雨が降れば気温が下がるだろうからな。それに」
「それに、なんです?」
「いや、何でもない。よろしく頼む」
通信を切って私は彼女を見た。彼女はいまも動かないでいる。私はリンクパールを懐にしまった。
「おい」と私は彼女を呼んだ。「戻ろう。雨が降りそうだ」
「うん」こちらを振り向いて彼女は言った。「ごめんなさい」
「なぜ謝る?」
「ここまで付き合わせちゃったことと、なにより亡くなった人に会いに行こうだなんて誘ったこと。余計な期待をさせなくてよかった。ううん、あなたはさっきああ言ったけど、本当は期待させちゃってたのかもしれない。だからそれを含めて、ごめんなさい。だってね、こんな気持ちを、こんな辛い気持ちを他の人にさせちゃってたらと思うと申し訳なくて、それでもっと苦しくて、辛くなっちゃって。あれ? あはは、あたし自分のことばかり。だめだよね。こんなだからあたし……」
彼女の目には涙が溜まっていた。
どうしてお前はそんな状態で他人を気遣えるんだ。
「私は気にしていない。いまは他人のことより自分のことを考えろ」と私は言った。こんなことしか言えなかった。
「うん、ごめん」と彼女はもう一度謝った。
彼女は放り投げていた鞄を拾おうと足元のアーリマンに背を向けて歩き出した。
そのときアーリマンが飛び上がった。
まばたきの間のことだった。
奴は死んでいなかった。私たちが油断するのを待っていたのだ。奴は鋭い歯をむき出しにして彼女に襲いかかった。
私は彼女の名前を叫びながら腰の魔道書に手を伸ばした。彼女も気づいたが驚くだけで銃を構える余裕はなかった。駄目だ、間に合わない。
【つづく】
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