当PCの第一世界verのキャラの設定に基づく創作になりますので、苦手な方はご注意ください。
-------------------------------
「契約」
-------------------------------
眩しい。
左目に、突き刺すように光が入ってくる。
嗚呼。
姉さん、姉さん……。
既に仲間の影は無かった。
罪喰いの姿も見えなかった。
先刻切り裂いた、あの小さな”はぐれ”が最後の一体だったようだ。
しかし、私の剣は、あの”七体”の内の一つにも、小さな傷すらつけられなかった。
「ああ……」
見えない筈の左目に何かを感じる。
うっすらと見える光芒が、視力の残る右目よりも、私の覚束ない足を導いていた。
目元を抑えると、ぐしゃり、と音がした。
左目から涙が、零れているのだ。
絶え間なく、そしてそれは驚くほど粘つく不快な感触をして、溢れ出ていた。
私の、終わりが近い。
呼吸の回数が減りつつある。
心の臓が、止まりつつある。
私という存在のすべてがこの焼き付くような白光の中に、停滞していくかのようだった。
それは、徐々に、そして確かに――最初はこの手足の先から広がり、やがて足に絡みつき、また目の光を少しずつ奪い、呼吸を奪い、やがては思考を――魂を奪っていく。
ただ、残る微かな残滓のような物が、私を動かしていた。
「ああ……一度だけでも」
全身が蝋燭になって溶けていく、そんな感覚の中、私は確かに”その”存在を感じていた。
一目見たい。
「姉さんと約束した……あの場所へ」
私は譫言を繰り返しながら、一歩一歩、壊れた機械人形のように、歩を進めた。
人が来たよ
人が来た
罪喰いがつれてきた。
耳に何かが聞こえた気がした。
が、その言葉は今や私には形とならない。
溶けていく魂を感じながら、私はようやく、光の袂までやって来た。
「ああ……」
”私”が、何かに支配されていく。
だが、私は感じていた。
「……リ……ク」
「ああ……姉さん……!」
私を呼ぶ声。
――すると、左目に激痛が走った。
「あっ……がっ……!!」
痛みにのたうち回ると、一層、激しい光が左目に差し込んだ。
だが――。
「あ……れは……!!」
そこに現れたのは、幾度も夢見た、私たちの”本物の光”――理想郷だった。
グリュネスリヒト(緑の光)と詩に呼ばれる、絵本で見たのと同じ、我らが祖先の故郷、フッブート王国の王城だった。
「……!」
途端に、この体を溶かす光が止んだ。
そしてそれは暖かなものとへと変わって、私を包んだ。
それは、幾度も、幾度も、姉に貰った沢山の言葉達だった。
その言葉を貰う時は、いつだって罪喰いから逃れるため、小さな物陰に隠れた時だ。
息を、声を潜めて、私は恐怖を忘れる為、目を閉じて、姉の言葉だけに耳を傾けた。
そうすると、世界には姉と私しか居ないような気持ちになれた。
――姉は私に語ってくれた。
祖先の、フッブートの騎士の物語を。
ロッドフォートとソーラード……そして、私たち「シドゥルファス家」の物語も。
その言葉こそが、私にとっては安らぎの陰であり、心に灯される光だった。
しかし、唐突に姉の言葉は途切れた。
物陰や灯火とは程遠い、闇と光に似た何かが、私を”今度こそ”捕らえた。
「姉さ……」
私は、再び膝をつき、そして全ての力を失い倒れた。
……姉さん、許しておくれ。
私は――罪喰いをこの手で殺せなかった。
「――リク ……起きて」
ああ、どうして私は立てないのだ?
どうして私は剣を握れないのだ。
この身が朽ちて魂が溶けようと、私には為すべきことがあった筈だ。
「起きて」
ああ、姉が呼んでいる!!
姉さんが、読んでいるのに!
ああ、何故! 何故!!
何故……!
『――起きて! ねえ、起きて! ってか? ギャハハハハハ』
私の意識を、白濁した溶解から救ったのは、酷く、けたたましい笑い声だった。
ただそれは――声、では無かった。
頭の中に直接響いてくるようだった。
遠くから聞こえる鐘の音の様に、私の頭の中にそれは反芻された。
『お前の夢、最悪だな? 独りよがりで汚くて弱くて、クソみてーな人間の夢の最たるもんじゃねえか! ギャハハハ』
ああ……これはどうしたことだ?
私は、姉の声を聴きながら逝くことも出来ないのか?
いや……それでいい、私は、まだ逝きたくない。
『へぇ、そう? イキたくねぇンだ? そう? 逝かないの? 行かないの? じゃあなんでこんなところに来たの? お前が気持ちよくこの世から逝く為に来たンじゃねぇの』
私は……私は……もう一度、姉の声を聴きたかった。
そうすれば、そうすれば
「――もう一度、罪喰いを滅ぼしに行ける、か、くく、ぎゃはははは」
その声は今度は、確かな声として聞こえた。
「……体の傷から光が入ってきてるな……でも、俺様が力を貸してやれば、まだ持つ、か、なあお前? お前の大事な宝物をくれたら、力を貸してやるよ?」
大事な、宝物?
「おう? 妖精の力だ――罪喰いだって殺せるかもしれないぜ?」
あ、ああ……。
「そうだ……一言言えよ、捧げるってさ」
「捧げ……」
――ク、起きて――リク――。
姉さんの声が聞こえる。
ああ……姉さん……私は……!
「……る」
「契約成立だ、俺様は”ユル=ケン” お前の名は?」
――。
「じゃあ、”お前”を”半分”もらうぜ?」
姉の声は、それきり途絶えた。
もう、私を呼ぶ声は聞こえない。