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Kuro Zu

Asura [Mana]

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交差点

公開
 お腹が空いたのでコンビニにお弁当を買いに行った帰り道、人気のない交差点を渡ろうとしたら救急車がサイレンを鳴らしながら通ります。右手にはお弁当の入ったレジ袋を持ち、左腕の時計で時間を確認にしながらそれが過ぎるのを待っていました。そんな時、ふいに足下から声が聞こえてきました。わたしが驚き下を向くと小さな男の子が自転車にまたがったままわたしを見上げています。

「トモダチを待っているんだけど、まだ来ないんだ」
 男の子はそう言うと自転車のペダルを踏んでわたしの周りを走ります。
「トモダチの家はあそこなんだけど、お兄ちゃんが遠くまで行っちゃ駄目だって」
 男の子が指さす方向には、信号を渡ったところにある団地が見えます。わたしもこれから通る場所です。
「行ってもいいかな?」
 男の子がわたしの目をじっと見つめます。

「ずっとずっと待っているんだけどなかなか来ないんだ。すぐそこだし行ってもいいよね」
 男の子は瞳をキラキラさせながら話すと、初対面のわたしへ無邪気な期待を放り投げてきます。わたしは落ち着いて周囲を見渡し、他に誰もいない状況を確認すると鼻から息を深く吸い込み、吐き出せないままぎこちない笑顔を作ります。

「お兄ちゃんの言うことはちゃんと聞かないとね」
「ここでトモダチが来るのを待っているんだよ。信号を渡っちゃ駄目だからね」
 わたしは最近この付近で起きた痛ましい事故を思い出します。

「うーん、うーん」と男の子はキコキコと自転車を鳴らして不満げにわたしの周りを回ります。
「でもぉ、でもぉ」
「ひとりぼっち、つまらない。ひとりはイヤだ」
「ずっと、ずっとひとりぼっち……」
 男の子はじれったい様子で自転車を止めては団地の方を見ながらつぶやくと、すぐさま自転車を漕ぎ出します。

「ああっ、周りをよく見て、車に気を付けて」
「危ないっ!ちゃんと前を見て」
 男の子が勢い余って車道に出ようとしたり自転車が曲がりきれず転びそうになるためわたしは慌てて声を掛けます。

 男の子はそんなわたしの心配をよそに歩道をぐるぐる回ります。交差点の角の歩道を曲がっては戻り、歩道を一直線に走っては戻り、男の子は下を向いて夢中でペダルを踏みます。車輪が回転するのを見るだけでも楽しそうです。
 誕生日におじいちゃんに買ってもらったばかりの自転車に乗るのが嬉しくてしようがない様子です。お兄ちゃんのお下がりではなく自分のために買ってもらった初めての自転車だったそうです。男の子は声が聞こえているのか時々わたしを見ては「うん、うん」とニコニコしながら返事をしてくれます。

「お願いだからそこでじっとしてて。トモダチが来るまで。いい子だから分かるよね」 
 わたしが両手をばたばたさせながら焦っている様子を男の子は嬉しそうに見ては自転車で走り回ります。
「フフフ、フフフ」
 男の子は機嫌がよくなったのか自転車の速度を落としゆっくりと歩道を回ります。それから間もなくわたしの足下で自転車を止めると、わたしの顔をじっと見つめ何も言わなくなりました。

 わたしが何だか恥ずかしくなって目を逸らすと男の子はまたがっていた自転車から降りてくれました。男の子は自転車のハンドルを握ったままじっとしています。
 少しの間が空き、「それじゃあね。車に気を付けるんだよ」とうつむく男の子に話しかけるも黙ったままです。そして、男の子の様子から信号を渡ることはないだろうと確信すると、わたしは一歩前に踏みだし、横断歩道を進みます。

「わたしの後を付いてきちゃ絶対に駄目だからね」
「さようなら」
 わたしは男の子の方は向かずにお別れの挨拶をします。男の子は返事をする替わりに「チリンチリン」と二回、ベルを鳴らしてくれました。それから背後からガチャガチャ、キュッという賑やかな音が響いてきます。

 それでもわたしは何があっても後ろを振り向かないよう下を向かないよう、前だけをしっかり凝視して歩きます。道の真ん中でかん高い大きな音がしても足を止めることはしませんでした。右手に持ったレジ袋が指に食い込み、脇からは熱いものが背中からは冷たいものが流れるのが分かります。渡りきるのがこれほど長く感じる横断歩道は、これが最初で最後だろうと思いました。

 わたしは家に戻ると大きく息を吐き、自分のお腹をさすります。あれだけお腹が空いていたのに食欲が全くなくなっていることに気づきます。わたしはレジ袋を握って開かなくなった右手の指を左手でゆっくり一本ずつはがすと、買ってきたお弁当を冷蔵庫に入れます。わたしはカーテンを開け、窓から見える月を眺めながらお弁当は、あともう少し、朝になってから食べようと思いました。


コメント(2)

Elfa Creuset

Asura [Mana]

それは過去の自分であろうか、或いは事故で無くなった幼い友達だろうか・・・
ジョルジョ・デ・キリコ《通りの神秘と憂愁》を思い出します。自転車ではないけどね

Kuro Zu

Asura [Mana]

Elfa Creusetさん、こんばんは!
キリコといえばガラス細工かボトムズしか思い浮かばないわたしですが、さすがマスター、コメントもいちいちカッコいいですね!なんか悔しいわ……
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