以下、6.3で実装された「喜びの神域 エウプロシュネ」に関する、
事後クエスト全てまでのネタバレがあります。※個人の所感です。
※メインクエストのネタバレはありません。
いろいろ思ったことのおぼえがきです。
プレイした直後に思った感情や考えをとどめておくと、
最後を見届けてから振り返った時にしみじみできそうだな
と思い起こしてるメモです。
■信仰による権現と変容■神さまたちのご尊顔■デリックコンテンツはもちろん、クエストやりながらああかなーこうかなーと
いろいろ考え巡らせれて楽しかったです。
通えば通うほどまた気が付く点とか出てくるんだろなー。
碑石は
アグライア後にフレンドさんと一緒に巡っていたおかげで、
それぞれの神さまのいる場所がすぐに思い出せれてうれしかったです。
最後の神さまが物語的に直近で縁の深いサリャクと、
オシュオンと縁のあるリムレーンなのがまたいいなあと思いました。
十二神の話は本当にすごくすごく楽しみですね…。
最後に何が待っているのか、今からとても待ち遠しいです。
おまけ
クルルさんを追って、南部森林に行ったら闘気でびっくりしました
(ほんとにオーディンでとるがな!ってなりました)
時間が時間だったのでダメ元でしたが、たくさんの方にきていただけてよかった!
そしてまさかの瞬殺でめちゃくちゃショックでした。多分1分くらい…。
私の知るオーディンはエインヘリャルで死屍累々だったはずだが…。
かなしい
金色のリッサを見るとその年はよいことがたくさん起こるという
そういえばエウプロシュネはエオルゼアみくじの通りでした。
こわい!
人々の信仰内容によって姿が変容する、
という説は自分は初めて聞く考え方でなるほどなあ、となりました。
自己が自分の意思と関係なく変わっていくのは、非常に怖いと思います。
それでもエオルゼアの神さまたちなら、それすら「人の子らの望んだこと」
として受け入れてくれるんだろうなあとも思いました。
なんとなくですが、今回の話を通して、それぞれの神さまの「核」にあるのは
碑石に刻まれていた「くびき」の役割と性格だけのように思えました。
それ以外の要素は、人の子の信仰によって外側から如何様にも形作られて、
変わっていく存在なのかなあと…。
大福もちみたいな感じで、中央のあんこは変わらないけど
外側がよもぎになったりプレーンになったり的な…。
服みたいな感覚なのかなーもしかすると
姿も変わっていく場合、急になのかなー
それとも徐々になのかなあ。
性格は変わらないので、人の子らが言う不仲説だけは踏襲してないのかもしれない。
とは言え、少なからず影響は出そうだけど…。
非常に考えさせられた台詞
これを見る限り、神さまたちは思うことはあっても、
それを実行したり「自分たちが意志をもつ」ことはタブーとしている気がする…。
ハルオーネが言っていたけれど、
「信じる心は人の子らのもの」というのも自らへの戒めのような気もします。
なんだかかなしい。
ハルオーネが徐々に勇ましくなっていった1000年は、
まさに竜詩戦争まっただなかだったんだな…と思うとこれも感慨深いですね…。
もしかすると、サリャクも閉鎖主義だったシャーレアン時代と、
暁月を終えた今ではだいぶ変わっているかもですね……。
―――――――
あとはハイデリンによって生み出された後、人はどのようにして
十二神の存在と役割を知ったのかが気になります。
最初はやっぱり伝承で広まっていったのかなー
もし、碑石にあるべき役割からずれてしまった場合は、粛清されてしまうのかな…。
神さまたち見てると、そんなことは絶対に起こりそうもないのだけどって思えるのもすごい。
そこまでこの星の子らに愛を注いでくれているのは、なんでだろうなあ。
それだけ積み重ねた信仰(人との絆)があるからなのかな…。
人を個ではなく種として捉えているのだとしたら、なんとなくそんな気がするなあ。
神さまたちも「ノフィカは300年前が一番良かった」「メネフィナはずっと変わらないね」
「800年前に戻りたい」とか自他評価するのかな…。