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「ねぇ、悪人さん。ここから連れ出してよ。」
突如として上から声をかけられる。
「こっちこっち!」
見上げれば窓から手を振る女がいた。
「なんだお前。」
「ねぇ、あなた悪い人でしょ?お願い。ここから連れ出してよ。」
「なんで俺がそんな面倒なことを…」
「お願い!お金は払うから!」
「お前みたいなガキが払える金なんざたかが知れてるだろ。」
「これでも信じられない?」
窓から袋を放り投げる女。
中には大量の金貨が入っていた。
「ねぇいいでしょ?おねがい!ちょっとでいいから!」
「はぁ…ついてねぇなぁ…」
「はやく!見回りが来ちゃうから!」
「ちょっと待ってろ。」
窓はかなり上にある。
よじ登るのはかなり骨が折れそうだ。
「チッ…どうすっかな…」
金貨を拾って帰ろうかと思い始めた時、上から信じられない声が聞こえた。
「もう待てない!ちゃんと受け止めてよね!」
「は?」
見上げると窓から乗り出す女の姿があった。
「おいおいおい、ちょっと待て」
「いくよー!」
制止の言葉に耳を貸す様子もなく窓から飛び降りる。
「きゃっ!」
「ぐあぁあ!」
慌てながらも受け止める男。
蓄積されていたごみがクッションになったのだろう。
二人とも大きな怪我はなかった。
「お前なんて無茶しやがる…!!」
「だって時間が無かったし…きっと受け止めてくれると思ったから!」
「お前なぁ…」
「あ、大変!見回りが来る!」
「あ、お、おい!」
混乱する男の手を取り走り出す女。
上からは慌てた様子の声が聞こえた。
「た、大変だ!お嬢様がいなくなられた!」
これが、あの女との出会いだった。
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「ま、まて、そろそろ走らなくても平気だろう。」
「うーん。そうね。」
やっと解放される男。
「それにしても…ここはどこかしら?」
「なんだよ、あてもなく走っていたのか…」
気がつけば入り組んだ路地にいた。
「ねぇあなたこの辺詳しいでしょ?市場にはどうやって行けば良いかしら?」
「なんで俺がそんな…」
「あら、まだそんな事言うの?ここまで来たんだから付き合いなさい!さもないと…」
「…さもないとなんだってんだ。」
「大声を出すわよ。」
口に手を添え大きく息を吸い込む女。
「わかったわかった!案内してやるよ。」
「ふふふ。そうこなくちゃ!」
いたずらっ子のような笑顔を浮かべる女。
「まったく…なんでこんなことになったんだ…」
男はぼやきながら歩き始めた。
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「ねぇねぇ。あなた悪い人でしょ。」
路地を歩きながら話しかけてくる。
「だったらどうする。」
「別に。なんとなくそんな匂いがするってだけ。」
「フン…」
女の言うことは当たっていた。
光の戦士だのと呼ばれあちこちから声をかけられ戦いに明け暮れた日々。
しかし、それで何かが変わることはなかった。
次第に人々からはその力を疎まれ、恐怖され、蔑まれた。
俺は中途半端に得た力をただただ無作為に消費していた。
時には脅して金を取り、時には盗みで命を繋げた。
血で血を洗う戦いも何度もやってきた。
やっていることはその辺のゴロツキと変わらない。
いや、下手に力を持っている分よりタチが悪いだろう。
そんな俺が、なぜか、いま世間知らずな女と歩いている。
「お前は、俺が怖くないのか。」
のほほんと付いてくる女についそんな事を聞いてしまった。
「別に、怖くないわ。」
「何故だ?いまここでお前は殺されるかも知れないんだぞ?」
「そうね、でもそっちの方がいいわ。」
「死にたいのか?」
「死にたくはない。でも、あそこで一生何も出来ずに生きる方がずっと耐えられない。」
「…」
「それに、あなたは私を殺せないわ。」
「何故、そう思う。」
「だって、あなたからは私を殺す意思を感じられないもの。」
「そうか。」
「ええ、そうよ。」
無言のまま歩き続ける。
そんな中でもキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回す女。
「あ!あそこに見えるのが市場ね!」
開けた通りが見えてきた。
駆け出す女。
「わぁ!人がいっぱい!」
「そりゃあそうだろう。」
子供のようにはしゃぐ女。
「ねぇ、あそこで何してるの?」
「あぁ、そうか。いまはちょうどプリンセスデーか。」
「???なにそれ?」
「女ならだれでもお姫さまになれる日だったか。昔の王様が迷惑かけた平民の娘の執事となってなんでも言うことを聞いたとか…詳しくは知らん。」
「ふーん。あ!じゃああなた私の執事になってよ!」
「はぁ?なんでそんな…」
「大声で叫ぶよ?」
「はぁ…わかったよ…」
「やったぁ!じゃあ色んなところに連れてってよ!執事!」
「色んなところって…」
「外に出れてしかもちょうど楽しそうなことが街に溢れているんでしょ?全部回りましょう!」
再び手を引かれる。
簡単に振りほどく事ができたが何故か出来なかった。
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「うーん楽しい!」
半ば強制的に色んな場所を連れ回された。
「なぁ、そろそろ…」
「まだまだ!あ!あそこの出店で美味しそうな物配ってる!」
「あ、おい…」
駆け出す女だったが、不意に出てきた少女とぶつかってしまう。
「きゃっ!」
「おい大丈夫か?」
「私は大丈夫…あなたも大丈夫?」
しりもちをついた少女に声をかける女。
「ご、ごめんなさい…」
かなり怯えた様子で謝る少女。
「執事!あなたの顔が怖いから怯えちゃってるじゃないの!」
「はぁ?そんなこと…」
あるわけ無いだろうと言おうとしたところで少女の後ろから足音が聞こえてきた。
「おい、あのクソガキどこ行きやがった!」
「まだこの辺にいるはずだ。探せ!」
「おい、なんかヤバそうな雰囲気だぞ。面倒なことになる前に早くここから離れた方が…」
「そうだね。おいで!早く逃げよう!」
そう言いながら少女の手を取る女。
「おい、そいつは置いていけよ。」
「いやよ!置いていけるわけ無いでしょ!」
「…~ったく!めんどくせぇな!先に行ってろ!」
頷き走り出す女と少女。
「おい、お前この辺で女のガキをみなかったか?」
「んだコラ。タダで教えると思ってんのか。」
「おい、こいつ見覚えがあるぞ。関わらない方がいい。」
「チッ。一々堪に障る奴等だな。」
ギロリと睨むと男達は立ち去っていった。
「やっとあのクソ女から解放されたか…帰るか。」
しかし、重要なことに気がついた。
女からの金を受け取っていなかった。
「はぁ~…」
今更元いた場所に戻っても回収は出来ないだろう。
「タダ働きか…」
回収を諦めブラブラと路地を歩いていると男と女の声が聞こえた。
「だからさぁ~俺たちと一緒に遊びにいこうよ?」
「嫌ですって何度も言っているでしょう?人を待っているんです!」
「チッ。うるせえ女だな。いい加減我慢の限界だぞ?大人しく来いよ!」
「い、いや!離して!」
見覚えのある顔の女と少女がゴロツキに絡まれていた。
いけばまた面倒なことになるのは目に見えていた。
だが。
「おう、お前ら俺の女に何してんだ?」
身体が勝手に動いていた。
「うるせぇ…ってお、お前は!」
「早く逃げようぜ!あいつはヤバイよ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていくゴロツキ達。
「ふぅ。遅いですよ!執事!」
虚勢を張っていた気疲れなのかぺたりと座り込む女。
「そもそも行き先を言われていなかったからな。」
「し、しかも俺の女だなんて…!!」
「ん?なんか言ったか?」
「な、なんでもありません!もう!」
何故か顔を赤らめている女。
「だ、だいじょうぶ?」
心配そうに見つめる少女。
「私は平気ですよ。あなたも怖い思いさせちゃってごめんね。」
少女はよくみると首枷をはめていた。
「奴隷…か。」
「え?」
「こいつはどっかの家の奴隷だな。大方売られたんだろうな。」
「そんな…」
「ここではよくある話だ。」
「ちょっと動かないでね。」
「何をするつもりだ?」
少女の首枷に思いきり力を込める女。
「何って外すに決まってるでしょう!」
しかし、びくともしない。
「よせよ。お前じゃ外せない。」
「それでも!」
必死に外そうとする女。
その目からは涙がこぼれていた。
「どうして…どうして外せないの…悔しい…情けない…ごめんね…」
謝りながらも諦めずに続ける。
意思だけではどうにもならないことがある。
それをなすだけの力が無ければ。
それなのに、目の前の女は繰り返す。
それは世間知らずで身の程を知らないから出来る事。
だが滑稽にも映るその姿が、ひたすらに眩しかった。
自分の手のひらを見つめる。
「おい、どけ。」
「私は絶対に諦めない…!」
「うるせぇ。」
頑なに離れようとしない女を無理矢理どかし首枷に力を込める。
バキリと音を立てて外れる首枷。
「これでいいだろう。もうどこへでもいけ。」
「あ、あなた…」
何が起こったのか呑み込めていない様子の女と少女。
「お前はもう何にも縛られない。好きにしろ。」
その言葉を聞き事情を飲み込んだのか走り去る少女。
未だにポカンとした表情をする女。
「ああゆう子供はこの街には山のようにいる。すぐに野垂れ死ぬことは無いだろう。」
「そう…でもあの子を自由に出来てよかった…ありがとう…」
「フン。別に感謝されるようなことはやってない。」
「ふふ…あなたはそう思っていてもやっぱり感謝するわ。ありがとう。」
「勝手に言ってろ。」
「それにしても…あの子大丈夫かしら。心配だわ。」
「心配するだけにしておけよ。」
「ええ、わかっています。私ではあの子を助けることは出来ません。」
「助けるだのと随分上からなんだな。」
つい噛みついてしまう。
「ごめんなさい。」
謝られて初めて自分が攻撃的だったことに気がついた。
「あぁ、いや。すまん。言い過ぎた。」
「いいんです。私は、あまりに知らなすぎる。私もあなたのように力だあれば…」
「…あってもロクなものじゃないぞ。」
二人の間に沈黙が流れる。
不意に周囲が騒がしくなる。
「もう、迎えが来ましたか。今日は巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。」
深々とお辞儀をする女。
「あなたには大変ご迷惑をお掛けしました。こちら、お礼になります。」
出された袋を受け取る。
「それでは、もう会うことは無いでしょう。それでは。さようなら。」
背を向け歩き出す。
「おい。」
驚いた様子で振り返る女。
「こんなんで足りると思っているのか?また今度取りに行くからちゃんと準備して待ってろよ。」
そう言い残し足早にその場を後にする。
去っていく男の背中を見ながら女は微笑む。
「やっぱりあなたは悪い人です。」