日記を書くのを躊躇った。
だってゲーム内ですらお会いしたことがない、ただ一方的にこちらが見知っている方だった。
そんな私が、悲しいです、辛いです、ご冥福をお祈りしますって。
そんなことをSNSで書いたり、ロドストの日記に書くことになんの意味があるのかって。
でも、自分勝手でもこの感情を公の場で吐露することを今は許してください。
あふれだす気持ちを、発散することを許してください。
訃報をSNSで知ったのは、仕事が終わって帰り道だった。
団員さんと極エメに行くと約束をしていたので、SNSに仕事終わったーって書くつもりだった。
SNSを開いてタイムラインの先頭のアカウントが目に入ってきた。
アカウントの名前は、
【公式】ドラマ「FFXIV 光のお父さん」
全身の毛が逆立ったように感じた。
訃報を告げる言葉が並んでいたのを見たときは、感情が整理出来なかった。
私はゲームを引退した後も、そのブログだけは週1で見続けていた。
情緒のある表現。臨場感のある場面が目に浮かんでくるような文章力。
時には叫び、時には奮起して、ときにはFCの人たちと遊んでいる。
そしてドラマ化、映画化したあの物語。
本当にイキイキと、毎日個性的な人々に囲まれた毎日を綴っているブログ。
エオルゼアを離れても、その人の目線で私はこの世界を眺めていた。
ドラマ化がSNSのトレンドに上がったとき、私は仕事を転々としていた生活を止め、今の職場についたばかりだった。仕事も順調にこなせるようになっていき、後輩も出来て、充実した、けどどこか停滞した生活をしていた。
そんなときに、光のお父さんのトレンドをSNSで見かけた。
私はちょうど家電量販店にいて、新しいイヤホンを買おうとしていたと思う。
なぜだかわからないけど、やってみたいって思った。
気づくと私は、PS4のファイナルファンタジー14を買って、この世界に舞い戻っていた。
戻ってきたこの世界はまぶしかった。
引退前はリア友としか遊んでなかったのもあって、この世界のどこかにいる人たちと遊んだり話したりする楽しさ。ミラプリ、レイド、クエスト……私がいたときよりも格段に輝く世界がそこにあった。
色んなフレンドさんと出会った。みんな個性的で、優しく接してもらった。
もちろん相手の中はこの世界にいる誰か。誰かと衝突したことも一回や二回じゃなかった。
でもどれも素晴らしい体験だった。
まるで、あの人のブログみたいに、いろんな個性的な人たちと毎日驚いたり、笑ったり、悲しんだり……それは今も続く輝いた毎日。
あの人のブログを見ていなかったら、あの人の作品を見ていなかったら、私は戻ろうとは思わなかった。
私のゲームプレイの根っこの部分に、確かにあった。
もうあのブログは更新されることはないのだろうと思うと悲しさがとまらない。
その目で見て、思ったことをもっと読みたかった。いまいる世界で、憧れた冒険者と同じような体験をしていることを、もっと感じさせてほしかった。
私はたぶんこれからも、更新されないブログを何度も読み返すことになると思う。
その度に思い出して、決して忘れない。
貴方にあこがれて、そしてあなたのお陰で素晴らしい体験をさせてもらっている、一人のヒカセンとして。心よりの感謝を。どうか、安らかにお眠りください。