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小話: 雪の下を覗いたら

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 『園芸師』の仕事は、基本的にものすごく地味だ。少なくとも、テルルは師匠からそう教わった。
 華々しいのは一瞬。けれど大事なのはそこに至るまでの、毎日の丁寧で地道な仕事だと。毎日毎日、汗水流して、雑草を取り除き水をやり肥料を与え、それでも開かぬ花に、生らぬ実に怒りを覚えず、愚直に植物に寄り添うべきなのだ、と。
 テルルとて、その師の教えに異論はない。もとより、自然なんてものは気まぐれなものなのだ。どれほど丁寧に手をかけたとて、収穫直前の嵐でぽっきりと根本から苗木が折れ、ため息を吐くしかないことだって、特段珍しい話というわけではない。まだ新人園芸師の域を出ないテルルでさえも、片手の指では足りないほど「よくある経験」なのだ。
 だから、グリダニアから遠く離れた此処ガレマルドで、先輩園芸師がイシュガルドの珍しい薔薇を見事咲かせた話を聞いても、「すごいなぁ」「よかったねぇ」とは思うものの、それだけだ。そこに嫉妬や羨望なんてのは入る余地など、あるはずがない。好奇心として、どういう手法で育てたのか知りたいとは思うが、そのあたりはグリダニアに帰った際に聞けば良いだけだろう。
 ……なのだが。
「それでいいのかよ」
 唇を尖らせたガレアン人の少年が、テルルをきつく睨みつけた。正直に言えば、良いも悪いも、彼が何に怒っているのかテルルにはさっぱりわからない。とはいえ、思った通りに返答すれば、少年がさらに激昂することぐらいは予測がつく。長い、とは言いにくいが、少なくともそう予測できる程度には見知った仲ではあるのだ。
「聞いてんのか!?」
「聞いてるよー。まあ、別にねー」
 答えを考えながら手を動かしている間に、無視されたと感じたらしい。声を荒げた少年に、テルルは適当に応じる。向こうは暇なのかもしれないが、こちらは一応仕事中なのだ。対応が雑になるぐらいは勘弁してほしいところである。
 踏み固められた雪の上にしゃがみ込み、よいしょよいしょと手で雪を掻きわける。見渡す限り白一色の雪原だが、生命の息吹が皆無というわけではない。よくよく目を凝らせば、雪の下にも僅かながらに植物があり、力強く息づいているのだ。
 今のテルルに任された仕事は、ガレマルド近辺の植物調査だった。目印すら乏しい白い世界を、丹念に掘り、調べ、地図に書き込む。避難民から話を聞くこともあるが、めぼしい情報はあまりなく、結局は地道に調べるのが近道だった。
 無理もない、とテルルは思う。こうして精力的に雪に立ち向かえるのは、所詮はテルルが新参の『余所者』だからだ。毎年、生まれた時から長い長い冬を経験していれば、「冬は家族で肩を寄せ合い、家の中に閉じこもるもの」というのが常識になっていたっておかしくない。長い長い冬に対して、外を出歩いて雪の下を調査するなど、ガレマールの人間からすれば馬鹿の所業と思われて当然だ。
 だからこそ、テルルたちが来た意味がある。
「別に、ってなんだよ、おかしく思わねーのかよ」
「えー、別にそんなもんでしょー?」
 手袋を着けているが、さすがにずっと雪に触れていると冷たい水が染み込んでくる。キャンプに戻ったら、あかぎれ対策の軟膏を塗ったほうがいいだろう。とりあえずひとしきり地図にメモを書き込んで、テルルは腰を伸ばした。若いとはいえ、やはりしゃがんで作業をしていると腰にくる部分がある。師匠ならぱっきりやってたかもしれない。
「おかしいと! 思えよ!」
 鋭い声に、少年のほうを向く。顔を真っ赤にした少年が、泣きそうな表情でテルルを睨んでいた。何をそんなに憤慨しているのか、地団太を踏みそうな勢いだ。
「おまえっ、おまえだって子供なのに、こんな地味な仕事ばっかさせられてさあ! もっと怒れよ!」
「……え?」
 少年の吐き捨てるような言葉に、テルルはぱちりと目を瞬いた。ややあって、じわりじわりと可笑しさがこみあげてくる。
 なるほど。確かに、ガレマルドには属州人も少なく、つまり異種族を見る機会も少ない。外見的にあまり変わらないヒューランやエレゼンはまだしも、ララフェルについてよく知ることも無かったのだろう。
 グリダニアに居たままでは、きっと経験しなかっただろう。「子供のよう」と形容されるララフェルではあるけれど、まさか本当に「子供」として扱われるだなんて。
 少年に向かい、礼をしてにこりと笑う。
「そういえば、自己紹介してなかったね。テルル・テル、種族はララフェル。年齢は22、立派な成人女性だよー」
「はっ!? ……えっ、はあ!? そんなちっこいのに!?」
「そういう種族なんだよー。よかったね、ひとつ賢くなった」
「いやっ、だって……ええ!?」
「あ、それからありがとねー、わたしの仕事、ちゃんと見てくれてて」
 園芸師の基本は地味な仕事だ。師匠にも言われたし、テルルも覚悟している。
 ……けれども、それとは別に、その『地味な仕事』をちゃんと見てくれている人がいるのは、素直に嬉しい。賞賛されるためにやっている仕事ではないけれど、けれども認められて嬉しいと思うのはきっと間違いではないはずだ。
「良ければさー、一緒に見ていかない?」
「……おれを連れてっても、役には立たねえと思うけど」
「それでいいんだよー」
 テルルの調査結果は、ある程度まとまったところで、イルサバード派遣団を経由してガレマール臨時政府に届けられる予定だ。けれども、せっかくの実地調査なのだ、どうせなら少年にも知っておいてほしい。少年が将来園芸師にならなければ不要な知識だろうが構うものか、そもそも知識なんてものは種蒔きみたいなものだ。
 何よりも。
「キミが住む、素敵な土地のこと、知っておいて損はないと思うなー」
「……わかった。一緒に見てやる」
「お、いい返事だねー。じゃあ、次はこっちだよー」
 夏はまだ先だとしても。
 園芸師の小さな友人たちは、いつだって傍にある。


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#エオルゼアのこ版深夜の創作60分一本勝負
お題【ジョブ:園芸師】
2/11 17:50~20:25(+95分)
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