キャラクター

キャラクター

White Knight

Juliette Blancheneige

Alexander [Gaia]

このキャラクターとの関係はありません。

フォロー申請

このキャラクターをフォローするには本人の承認が必要です。
フォロー申請をしますか?

  • 2

『Mon étoile』(3)中編1

公開
3-2-1

 計画の立案は順調に進んだ。
 必要な資材も手早く集まった。この辺りは、新たなスポンサーになってくれた、ヤヤカの教え子の親である商人シシフカ・ココフカと冒険者ギルドの協力があればこそだった。
 ヤヤカたちは、再会してから五日後にはリムサ・ロミンサへと渡り、前回も運んでくれた商船でヤフェーム湿地へと渡っていた。

 湿地についてからの行程もまた、さしたるトラブルに見舞われなかった。
 途中一度だけ鰐との遭遇戦闘があったものの、それ以外は問題なく、一行は拠点とする予定の高台へと到着した。
 高台は、ねじくれた巨大な樹と岩場が絡み付いた奇妙な場所だ。ちょっとした岩丘を、何本もの樹が侵食したように見える。斜面を蔦や枝を手掛かりにして登ると、それなりに開けた岩場が現れた。折り重なった枝葉が頭上を覆い、完全ではないが風雨をしのげる。湿地に生息する鰐や大型の虫など、ヤヤカたちに襲い掛かってきそうな生物はこの高台に興味はないらしい。小型生物は数多く生息していたが、今のところ危険なものには遭遇していなかった。
 発見した前回は生い茂る草を刈った程度でそのまま野宿をした。今回はきちんとした拠点にするため、一行は様々な資材を持ち込んでいた。
「ここまでは順調ですね」
 高台に辿り着いて安堵するヤヤカに、テオドールが微笑みかけた。
「ええ! ……そうね」
 反射的に見上げてしまってから、ヤヤカは慌てて周囲を見渡すしぐさをした。――頬の熱さを自覚しながら。
 リンクパールを手渡された(そして結局気恥ずかしさから、出発前の試用までヤヤカからそれを使うことはなかった)夜から、ヤヤカはテオドールを意識していた。気が付くと、視線でテオドールを追っている。彼の顔を、表情を、しぐさを、立ち居振る舞いを。そのくせ、目を合わせられない。恥ずかしい。呼吸が止まる。
 それが、恋なのだと、ヤヤカはまだ自覚できずにいた。
 自分の気持ちを把握できないまま、ヤヤカはテオドールを意識して、彼を盗み見る。
 彼も同じように周囲を見渡している。この日は珍しく晴天で、湿原の緑が陽光に映えていた。
「よく晴れていますが……ここから見える場所には、遺跡は見当たりませんね」
 テオドールの指摘に、ヤヤカは頷く。高台から見渡せる範囲には、湿地とそこに生い茂る草、まばらに生える草、突き出た岩場、あちこちにある川……などしか見えない。
「もともとここは辺境で、人は住んでいなかったのかもしれない。――でも。大洪水と、千五百年の時間。それがあれば、たとえここに人の住処があったとしても、崩れて……緑に覆われてしまうかも」
 そう言いながら、ヤヤカは南東の方を見た。ヤフェーム湿原中央部。ヤヤカがマハがあると推測するその場所は、ここからは山々に遮られ、うかがうことが出来ない。
「……で、あれば。なおのこと、あの山々の先へ向かわねばなりませんね」
 決して楽観せず、しかし諦念を微塵も含まない。テオドールの声を、ヤヤカは頼もしく思う。
「ええ。必ず、辿り着いてみせる」
 ヤヤカはテオドールを見上げた。テオドールはすでにヤヤカを見ていた。顔を見合わせた二人は、頷き合う。
「テオ! こっちの金具がヘタってんだが……補強できねェか?」
 メイナードの呼び声に、テオドールは「今行く」と答え、ヤヤカに再度頷いた。そのまま槍術士のほうへ向かう彼の背中を見つめて、ヤヤカは呟いた。
「……こういう話なら、ちゃんとできるのにな……」

 仮の居住区域として作られたいくつかのテントと、屋根付きの作業場。
 それらを組み上げたところで、今日の作業は中断となった。日が落ち始めた晴れの湿原は、夕日の赤に染め上げられていた。
 食事については、この夕食から「現地の食材を試す」ことになっている。前回の探索では携帯用の食糧でまかなったが、それでは長期の滞在が不可能になる。食材の現地調達をすることが、長期の探索を可能にする要であった。
 前回の調査時、拠点の近くを流れる川で一向は魚影を見ていた。ノノノによれば、食用できる魚の可能性が高いという。
「まかせて」
 釣竿を担いだノノノが胸を張る。彼女が漁師であり、調理師でもあると聞いたヤヤカは驚いた。が、さらに驚いたのはノノノの顔だった。普段は鍔の広い帽子を被り、黒い包帯で片目と口元くらいしか露出していない彼女は――黄色い巨大な被り物を被っていた。
 一度だけウルダハの祭りで見たことがある。でぶチョコボという、大きな肥満体のチョコボだ。それに酷似した被り物を、ノノノは被って現れたのだ。
 絶句するヤヤカにノノノは頷くと、
「腕は、確か」
 と言って去った。違うそうじゃない、と言いたかったが、驚きすぎて声が出なかった。護衛で付いていくテオドールが苦笑していた。
 彼らが腕の立つ冒険者であることはもうわかっている。戦闘だけではなく、製作や収集までこなし、どれもベテランのように見える。だから腕を疑うことはもはやないのだ。だから、そこじゃなくて。
「ノノは顔を見せたがらないんじゃないんですよ」
 テオドールと同じく苦笑したリリが、ヤヤカにお茶を勧める。レモングラスティーの良い香りに誘われて、ヤヤカはリリの隣、焚火の近くに座った。
 受け取ったレモングラスティーを飲む。レモンの酸味をそれほど感じず、むしろ甘味があってヤヤカは驚いた。蜂蜜が溶かしてあったのだ。じんわりとした温かみが、体に染み入っていく。
「おいしい……」
「ありがとうございます」
 リリが微笑む。
「ヤヤカさんの見つけてくれた泉のおかげです」
 高台のふもと、岩場の陰に泉があることを、前回の探索時にヤヤカは発見していた。飲料水として使えることは前回調査済みで、その存在もこの高台を拠点にする理由のひとつだった。 
「たまたま……だよ。運が良かっただけ」
 首を振るヤヤカに、リリは運も実力のうちです、と言って大きく頷いた。気恥ずかしいヤヤカは話題を変えようとして、さっきの話がそのままだったことに気付く。
「……ノノノが、顔を見せたがってるんじゃない、って」
「あれは、面白がってるんです」
「え……なにを?」
 ヤヤカの問いにリリは手元の裁縫道具を手に取ると、これ終わらせちゃいますね、と断りを入れた。そして膝の上に置いた服を繕い始めた。
「ヤヤカさん、まだノノの顔を見てないですよね」
 慣れた手つきのリリは、ヤヤカを見て、たまに視線を針に落とす。澱みない手の動きだった。
「……うん」
「別に見せることに何の抵抗もないはずなんです、あの子。わたしたちには普通に見せるし、街ではあの格好じゃないですから」
「そうなの!?」
 ずっとあの包帯で顔を隠しているのは、何か事情があるのだろうと思っていた。だから、立ち入るのをためらっていたのだが。まさか素顔で街を歩いているとは思わなかった。
「ええ。――でも、たまたま、ヤヤカさんの前では脱ぐ機会がなかった。前回は本当に気が抜けなかったですしね」
 言われてみればそうだ。前回は全く未知の場所を探索していたため、冒険者たちは交代制で不寝番をしていた。それだけ警戒していたのだ。
「それで。ヤヤカさん、前回から気になっていたでしょう、ノノの素顔」
「………………うん」
 見透かされていた気恥ずかしさから、返事が遅れた。
「なので、ノノとしては、『ここでついに素顔が! って、ヤヤカさんに期待されているぞ。なら、期待を裏切ったら面白いかな』――って。多分、そういうことです」
「……な、なるほど……」
 最初に想像していたノノノのイメージ――無口で感情の動きを見せない――は、本当に自分の思い込みだけだったとヤヤカは反省する。
「……信頼、っていうか、信用かな。それが無いのかな、って勝手に思ってた」
「とんでもない! ノノはヤヤカさんのこと好きですよ、絶対」
 リリが強く断言する。
「今回、ヤヤカさんの依頼のためにウルダハに戻りましたけど、早かったでしょう?」
「うん」
 モモディから戻ってくる、という話を聞いた翌日には、彼らは北ザナラーンを発ってウルダハに帰還した。
「あれは、ノノがとっても頑張ったからなんです。『ヤヤカの依頼。最優先。今日中に片付ける。ぞ!』って言って」
 リリの物まねがとても似ていたので、ヤヤカは思わず吹き出した。 
「似てる……!」
「えへへ。ありがとうございます。――ほんとにすごかったんですよ、そのときのノノ。物凄い勢いで魔物を駆除して、あっという間に依頼を片付けちゃったんです」
 だから、と言いながら、亜麻色の髪のミコッテは朗らかに笑った。
「あの子はヤヤカさんのこと大好きですよ。北ザナラーンから戻るときも、ノノがずーっとわたしたちを急かしていたんです。――その割に、ウルダハに着いた途端にテオドールがどんどん先に行っちゃうので、ノノはぷりぷり怒ってましたけど」
「え」
 テオドールが。
 その一言を聞いただけで、ヤヤカの心臓が大きく跳ねた。
 あのとき、最初に自分に話しかけたのはテオドールで。その後から、三人が一緒に来て。
 それは。
 会いたいと――思ってくれたからなのだろうか。
 わたしに?
 わたしに会うために?
「……!」
 自分の想いに入り込んでしまったヤヤカは、リリが真っ赤になった自分を微笑ましく見ていることに気付いていない。
「できた、っと。――ちょっと失礼しますね」
 リリはそう言うと立ち上がり、高台の際で見張りをしているメイナードのところへ歩いて行った。
「メイナード、できたよ」
「ん。おう、悪いな」
 リリがメイナードに、繕っていた服を広げて見せている。それは、鎧の下に着る肌着のようだった。
「今、大丈夫だよね? 試しに着てもらってもいい?」
「大丈夫じゃ無ェだろ、見張り中はよ。それにお前が俺のを仕立ててしくじったことなんざ一度も無ェだろ。俺の着替えんトコにしまっといてくれ」
「……後で文句言っても知らないからね!」
 テントのほうへ駆けていくリリをぼんやりと見つめて、それからヤヤカはあることに気が付いた。
「――ね」
「お待たせしました……はい?」
 戻ってきたリリに、ヤヤカは少し声を潜めて問うた。
「リリは、メイナードと喋るときだけ口調が違うよね。それって――」
「ああ、それですか」
 再び焚火の近くに座ったリリが微笑む。訊かれなれているのかな、とヤヤカは思った。
「わたしは、自分が未熟であると自覚しています。幻術の分野でさえ、まだ半端者もいいところです。ですから、周囲の方々に対して、常に敬意を持つようにしてるんです。
 ただ、どうしても気安くなってしまうんですよね、メイナードに対しては」
 言いながら、リリは見張りをしているメイナードを見た。とても優しい顔をしている、とヤヤカは思った。
「理由は二つ。一つは――私と彼は、夫婦なので」
「やっぱり」
 ヤヤカも、そうなのだろうな、と思っていた。ゆえに驚きは少なかった。でも、ふたつ?
 意味を問う前に、リリは後を続けた。
「二つ目は、わたしとメイナードが幼馴染だから、ですね。二人ともグリダニアで生まれ育ちました」
 長い付き合いゆえなのだと、リリは言った。
「そっか。小さいころから一緒なんだ」
「ええ。両親同士が友人でしたので。それこそ、赤ん坊のころから一緒でした」
「そんなに!」
「ええ。生まれた日もわたしが二日くらい早いだけなんですよ。小さいころはよくお姉さんぶってメイナードを怒らせたなあ」
 その光景が如実に想像できたので、ヤヤカは笑ってしまった。二人の笑い声に、メイナードが振り返ってこっちを見ている。リリが手を振ると、肩をすくめて見張りに戻っていった。
「――それで、二人で冒険者になろうって思ったの?」
 いいえ、とリリは首を横に振った。
「冒険者になるなんて、夢にも思ってなかったですよ。わたしはエ・スミ・ヤン師のもとで道士になるべく修行をしていましたし、メイナードは槍術士ギルドのイウェイン師から推挙を受けて、鬼哭隊の伍番槍に配属されました。順風満帆でしたよ」
「え……それじゃ、どうして」
 話を聞く限り、二人ともグリダニアの国民としてはエリート候補生のような立場だったのだ。その二人がどうして今冒険者になっているのか。
 リリは少し目を伏せると、大したことじゃないんですけどね、と前置きをして語り始めた。

 鬼哭隊の伍番槍は、南部森林の北部――クォーリーミル周辺を守護する部隊だ。
 事件は、リリが修行で南部森林へ来ていたときに起こった。
 クォーリーミルへ、霊災難民の親子が流れ着いた。
 彼らは移住を希望したが、精霊に拒まれ、村への立ち入りを禁じられた。
 精霊は、その親子へ一切の慈悲をかけなかった。
 道士から勧告を受けた鬼哭隊も、彼らを村から遠ざけた後、魔物に襲われる可能性が高いことを知りながら手を打たなかった。
 決定に真っ向から反対したメイナードは、隊士らの制止を振り切り親子のもとに向かった。それを知ったリリはメイナードを案じ、また自分もこの決定に納得がいかず、メイナードの後を追った。

 彼らの目の前で、親子は魔物に襲われていた。

 メイナードは親子を護り魔物と戦い、リリはメイナードを護り、死にかけた難民親子を治癒した。

「事件としては、それだけです。命令違反ですね」
「…………でも、それって……精霊の」
「はい。精霊の意思を無視した行いです。――そしてそれが、グリダニアにおいては、最大級の罪となります」

 事後、全く反省の態度を見せないメイナードに対し、鬼哭隊は懲戒免職を言い渡した。メイナードにも異論はなかった。彼は下野し、冒険者になる道を選んで国を出た。
 一方、行為が人命救助だったリリには、エ・スミ・ヤンから情状酌量が言い渡される予定だった。だが、リリはその決定を待たずに、メイナードの後を追った。

「それは……その……メイナードのことを……」
「はい。愛する人と別れたくなかったんです」
 ヤヤカが照れて言い難かったことを、リリはあっさりと告げた。
「それと、彼とわたしの決意を、無為にしたくなかった、というのもあります」
 淡々と、けれども揺るぎない口調で、リリは言った。
「あのとき、あの人たちを助けるために、わたしも彼も迷わなかった。その選択を、胸を張って誇りたかったんです。だから」
 リリが、落ちかかる夕日を眺めた。
「わたしも同じなんだよ、わたしもキミと同じ気持ちなんだよ、だから一緒に行こうよ、って」
 はにかんで笑うリリはとても可愛くて、ヤヤカは自分も暖かい気持ちで満たされていくようだった。
「いいなぁ……素敵……」
 思わず口を突いて出た言葉に対する返事は、ヤヤカの頭上から来た。
「そんな可愛いもんじゃなかったぜ」
「メッ……!」
「どういう意味ですか! あと見張りはいいの!?」
 速攻で噛みつくリリなどどこ吹く風といった態で、メイナードはリリが手にしていたカップをひょいと抜き取るとレモングラスティーを飲み干した。
「もう! 欲しいなら作ってあげますから人のをとらないでください!」
 抗議も受け流して、メイナードはヤヤカにニヤリと笑いかけた。
「コイツは俺が旅立った後、アルドゴートみてえに突進してきやがってなあ。『なんで! 置いてくの!! きー!』って叫び・泣きながら杖で俺をぶったたき続けたんだぞ」
「そっ! それは……その、そうですけど!! 置いてったあなたが悪いんじゃないですか!」
 リリが真っ赤になって慌て、立ち上がり抗議する。傍らの両手杖を掴んでいるのが、メイナードの話の後だと剣呑に見えるから不思議だ。
「え……えっと、メイナードは、どうしてひとりで出て行ったの? 好き……なんでしょう?」
 話題を逸らそうと思って全く逸らせていないことに、ヤヤカは質問し終わってから気付いた。だが、ひとまずリリは暴れなくてよくなったようだ。むすっとしたまま、メイナードに「言えば?」と言っている。当のメイナードはといえば、とても珍しいことにヤヤカから目をそらしてそっぽを向いていた。リリが彼の腕を捕まえていなかったら、おそらく知らんふりをして見張りに戻ったのだろう。
「……なかったんだよ」
「え?」
「危険な目に合わせたくなかったんだよ! 落ち着き先が決まったら、適当な頃合いで連れ出しゃあいいと思ってたからな」
「これですよコレ。家で帰りを待ってろとかすっとんきょうにもほどがあるこの男」
「いやだから昔の話を蒸し返して機嫌悪くするんじゃねえよ……結果一緒に行ったろ?」
「だって……あのとき『帰れ。二年便りがなかったら諦めろ』って言ったの忘れてないよ?」
「泣くな! 思い出して泣くな! 謝ったろうそんときも! 一か月前くらいに蒸し返した時も!」
――ああ。なるほど。
 拗ねているリリと、辟易しているメイナードを見て、ヤヤカは何となく理解した。冒険者は危険な仕事でもある。だから、当時のメイナードは愛する人を危険に晒したくなかったのだろう。そして、そのやり取りは多分今もたまに行われていて、そしていつもリリが勝っているのだろう。なぜなら、今二人はここに一緒にいるのだから。
「……ふふっ」
 思わず零れた笑みに、二人がこちらを見た。
「あ、ごめん。二人が楽しそうで、つい」
「楽しくねえ」「楽しくはないです」
 異口同音に告げられたので、ヤヤカは吹き出して笑った。
 そこへ、
「痴話喧嘩はモングレルも食わない」
 抑揚無く言って、でぶチョコボヘッドのララフェルが釣竿を片手に上がってきた。後ろから来たテオドールは両手にバケツを持っている。バケツの中で水が跳ねて、魚の尾びれが見えた。大漁のようだ。
「ヤヤカはバカップルより釣果を見て」
 度重なる煽りに二人が抗議をするが、ノノノは聞いていない。
「えっと、どうだったの?」
「楽勝。人間を知らない無垢な魚で気が引けるくらい」
 ヤヤカの問いに答えながら、ノノノはテントへ向かう。テオドールが微笑みながら補足を入れる。
「口で言うほど楽ではなかったはずです。逃げられたりもしていましたし」
「テオ黙って」
「おっと、失礼」
 苦笑するテオドール。ヤヤカがバケツの中を覗くと、青味がかった魚が四匹ほど泳いでいた。もう一つのバケツには、腹が赤い小型の魚が七、八匹ほどだ。
「こっちの赤いのはピピラに似てんな」
「……ですね。こっちは雨乞魚に似ているような」
 リリとメイナードの感想に、テントの中から「そう。だから食べられそうと思った」と、ノノノが応えた。
 そして。
 テントの中から、鉄の仮面が現れた。
「………………えっと」
「まかせて」
 フライアパンを担いだノノノが胸を張る。その頭には、顔面すべてを覆う鉄の仮面が嵌められていた。
 ウルダハの採掘師ギルドの近くで、同じ装備を付けた採掘師たちを見たことがある。たしかコバルトメセイルという名前だったと思う。目の部分の覗き窓は四角く深く、こちらから中は窺えない。それ以外の部分は鉄のマスクに覆われ、顔面は完全に隠されている。それを、ノノノは被って現れたのだ。
 絶句するヤヤカにノノノは頷くと、
「腕は、確か」
 と言って、拠点に作られた作業場へと向かった。一度だけ振り向き、
「…………」
 無言でテオドールにバケツを持ってくるよう促した。
「これは失礼」
 テオドールがバケツを運ぶ。魚を取りだしたノノノは、それは見事なスピードで下処理を済ませ、かまどの火加減を調節すると一気に調理にかかった――のだが。
「……ノノノの見た目が……料理っていうか……」
「……飛空艇の修理をしている人がああいう感じですよね……」
 炎に照らされた鉄仮面が鈍く光る。ヤヤカたちの視線に気づいたノノノが、ミトンの親指を立てる。何に対して示したジェスチャーなのかよくわからなかった。
「ノノノは……料理、上手……なんだよね……?」
 ヤヤカの問いに、リリは微笑んでヤヤカを見た。こわばった微笑だった。
「ええ……ビスマルク仕込みですから……いつも美味しいですよ……ただ……」
「ただって何!?」
「……たまにアイツ遊ぶっつーか……試すんだよなあ……俺たちを」
 腕を組んだメイナードが、眉根を寄せて天を仰ぐ。
「た……試す?」
「……新作料理の試食役ですね。彼女は割と感覚派なので……あたりはずれが……ありまして」
 テオドールの笑みも弱々しかった。ヤヤカの不安は増した。
 だが。
 そんな不安をかき消すように、作業場から良い香りが漂った。全員が顔を見合わせた。
「これ……いいですよ」
「匂いは……イイな……」
「ええ……なんと香ばしい……」
「これ……これは大丈夫だよね……」
 全員、匂いに食欲を刺激されていた。フライの香ばしい匂い、そしてワインの馥郁とした香りに、複雑ないくつもの香りが絡み合った、未知の香りだ。
「できた。来て」
 鉄仮面が皆を呼んだ。馳せ参じた食卓に並んでいたのは、
「赤腹魚のフライと、青背魚のワイン蒸し」
 鮮やかな緑の香草の上で、小魚のフライがパチパチと音を立てて揚げたてを主張していた。そして、隣の大皿に乗せられた白身魚の上には、所狭しとレモンやパプリカ、豆類が載せられていた。
「この複雑な香りは……?」
 テオドールの問いに、鉄仮面のノノノが答えた。
「ワインと、近東の調味料をいくつか。あと、この魚の匂い。捌いているときに気付いた。雨乞魚より匂いが強い。蒸し焼きが合うと踏んだ」
「なるほど……」
 テオドールが感心している間に、ノノノは器用に料理を皆に取り分け――る途中で、「邪魔」と言って無雑作にメセイルを外した。
 あまりにも普通に素顔を晒したので、ヤヤカは一瞬気付くのが遅れ、気付いた時にはノノノはガーロンド・アイアンワークス社の社員がたまにしているような、黒い眼鏡を付けた後だった。
「あっ……!」
 してやったりと笑ったノノノは、その顔のまま席に着く。とにもかくにも、食事が始まった。

 ノノノの料理はどちらも大成功で、ヤヤカたちは至福の時を味わった。さすがに異郷の地で鯨飲して正体を失くしてしまうわけにはいかないため、一杯程度ではあったが酒を飲み、皆は大いに楽しんだ。
 ヤヤカは自分がいつ寝たかを覚えていない。拠点で過ごす最初の夜だったが、疲労もあったのだろう。気が付いたら朝になっており、テントで寝かされていた。
「あれ……あ、そうか」
 何気なくヤヤカが横を見ると、そこにはノノノが素顔のまま寝ていた。あっさり素顔が見れてしまったわけだが、さりとて騒ぎ立てるようなことでもなかった。
 なので。
 ヤヤカはしばらく体を起こさず、ノノノの顔を見つめていた。

(3章中編2へ続く)

コメント(2)

Juliette Blancheneige

Alexander [Gaia]

文字数制限にひっかかっちゃいました! すぐ続きがありますのでそちらもどうぞ!

Juliette Blancheneige

Alexander [Gaia]

なお作中に登場する料理はオリジナルです。
そもそも釣った魚の名前も不明ですね。
命名権とかどうなるんだろ?
コメント投稿

コミュニティウォール

最新アクティビティ

表示する内容を絞り込むことができます。
※ランキング更新通知は全ワールド共通です。
※PvPチーム結成通知は全言語共通です。
※フリーカンパニー結成通知は全言語共通です。

表示種別
データセンター / ホームワールド
使用言語
表示件数