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White Knight

Juliette Blancheneige

Alexander (Gaia)

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『Mon étoile』(4)後編

公開
4-3

 翌朝、ヤヤカは結婚を了承する意を伝えた。
 両親はまたも小躍りし、ビアストは感激して涙するという演技を見せた。演技だとヤヤカが分かっていることを、知っていてやっている。そんな確信があった。

 ビアストから式が半月後だと言われ、その周到さにヤヤカは呆れた。
 これが念入りに計画されたものなのだと、改めて思い知らされた。

 式までの半月。
 ヤヤカは屋敷に閉じ込められた。
 表向きは丁重この上ない。ビアストの部下――今やこの屋敷の使用人でもある――はヤヤカを様付けで呼び、最大限の便宜を図った。この屋敷の中にいる限り。
 例の使いの男、オスカーだけは、ヤヤカを挑発したり、口汚く接してきた。どうやらその部分ではビアストの言葉に嘘はなかったようだ。この形だけの結婚式――結婚式ごっこの一員として演じることが、彼には理解できないらしい。

 皆とは少しだけ連絡を取った。
 テオドール以外の仲間たちもそれぞれ試練を迎えており、命懸けの戦いをしていた。
 ――それに比べれば、自分の苦境の何と小さいことか。
 だから。
 ヤヤカは自らの状況を説明しなかった。ただ、扉の文字の解読に手間取っているとだけ伝えた。それはそれで真実だったからだ。
 自分でも驚くほど、平静に話せた。

 借りていた部屋はビアストによって勝手に解約され、荷物はヤヤカの部屋へ運び込まれた。本当に必要なものは少ししかなかったので、それもどうでもよかった。
 軟禁状態のヤヤカだったが、研究室へは一度だけ顔を出した。
 ヤヤカがビアストと交渉した結果だ。当初ビアストは、式の成功に尽力してほしいと言い、ヤヤカの外出を渋った。逃亡すると思われているのかもしれない。
 そこでヤヤカは、研究室のスタッフへの当面顔を出せないことの説明と、必要な資料を部屋へ運び込むために行くのだと主張した。運び手をそちらから出せ、つまり監視したければしろ、と暗に提示し、ビアストの承諾を取り付けた。

 時間はあっという間に過ぎた。

 ドレスの採寸、式のリハーサルなど、やることはいくらでもあった。ヤヤカにとって幸運なことに、十二神の秘石巡りは略された。秘石巡りは三国のみならずクルザス、モードゥナまでも巡る旅であり、よほど金と暇のあるものでなければ実行できないものだ。ビアストに金が無いはずはないが、時間を惜しんだのだろう。ビアストと二人旅など願い下げだったヤヤカには、都合がよかった。
 そして――式当日。

 聖堂に晴れやかな音楽が流れる。十二神大聖堂には大勢の人がいた。
 ビアストが金を使って集めた客が半分ほどいる。他はヤヤカの両親がああなっても来てくれた昔の知己、ブライトリリーの家名で来た者だ。その中にはロロリトやテレジ・アデレジなど砂蠍衆の名代もいた。不思議とビアスト自身の関係者は少なかったが、これは上流階級向けの“宣伝”なのだろうと考えると納得できた。

 自身の結婚式だというのに、ヤヤカには全く当事者感が無かった。
 あらかじめ決められた内容の通りに動き・喋り、挨拶をした。
 何の感慨もなかった。
 最後に記者会見があったことが、“宣伝”であることを否応なしに強調していた。
 ミスリルアイの記者の質問に、ビアストは例の口調で捏造した出会いや馴れ初めを語った。
 種族を超えた、新しい愛のかたち。
 夢を追う二人は、互いへの経緯と信頼でつながった。
 そんなことを記者が言う。これもまた、仕込みなのだろう。
 ヤヤカはコメントを求められ、「緊張して頭の中がまとまらないです。言葉になりません」とだけ言った。

 式の一日後、ウルダハにて盛大な披露宴があった。
 目もくらむような豪華な食事だったが、ヤヤカは味を感じなかった。
 何人もの人と挨拶をし、心を殺して美辞麗句を量産した。
 くたくたになった。

 その、夜。
 疲れ果てたヤヤカは、ビアストに呼び出された。
 嫌な予感が頭をよぎった。ビアストは「形だけの結婚」と言っていたし、種族がまるで違う。――それでも。そもそもビアストの言葉を信用することのほうが愚かだろう。手のひらを反して要求されたら。
 堪らない嫌悪感に、ヤヤカは嘔吐した。
「……大丈夫かよ」
 呼びに来たオスカーが、心配そうに声をかけた。意外だったので、口をゆすいだヤヤカはオスカーの顔をまじまじと見てしまった。
「あー……あんたが心配することにはならねー……と、思うぜ」
 背を向けて、オスカーが言った。
「ビアストさんは背の高い女が好みなんだよ。同族とか、ハイランダーとか、エレゼンとかさ。だから、あんたはホントにお飾りなだけ…………だと、思うぜ」
「……心配してくれたの?」
「ケッ。誰が貴族女に同情するかよ」
 先を歩き出したオスカーに、ヤヤカは「ありがとう」と言ったが、もう一度ケッ、という悪態だけが返ってきただけだった。

 ビアストの寝室は、両親が使用していた寝室を改装したものだ。
 両親は使われていなかった別館を改築した離れに住んでいる。『隠居』と称してそこへ住み着いた両親は、すこぶる上機嫌だった。生活の不安が消えればひょっとすると正気に戻るかと、ちょっとだけ期待していたヤヤカは、軽く失望した。

 部屋に入る前から、ヤヤカは眉をひそめていた。
 嬌声が聴こえる。複数人の女と、ビアストの声だ。オスカーが扉の前で、「オヤジ、連れてきたぜ」と報告した。
「おう、入れ」
 伝法な口調で返事があった。
 初めて聞く――けれどもしっくりくる口調だった。これが、彼本来の口調なのだろう。
 ヤヤカが入室すると、そこは酒と香気に満ちていた。甘く、蠱惑的な香りだ。
 むせるヤヤカを、ビアストと女たちが笑った。
 部屋には、ビアストと共に五、六人の女がいた。オスカーの言った通り、ルガディンやハイランダー、エレゼンの女たちだ。皆下着姿も同然で、その豊満な肢体を惜しげもなく晒していた。バスローブ姿のビアストが言う。
「おう、呼び立てて悪いな。ひとつ言っておかねえといけねえ事があったもんでよ」
「……それがアナタの素ってことね」
「おうとも。これが俺よ。まあ安心しな、『外』とオマエの親どもの前では、今まで通りの俺でいてやるよ」
 ビアストが笑う。そのソファの肘掛けに座ったエレゼンの美女が、ビアストの口に菓子を咥えさせる。と、ビアストが女の腰を抱いて、その口を塞いだ。淫らな音が響き、周りの女たちがはしゃぐ。見るに堪えない痴態に、ヤヤカは怒鳴った。
「いい加減にして! こんな――こんなことが外に知れたら、大変なことになるんじゃなくって!?」
「ならねえよ」
 女を話したビアストがニヤリと笑った。我が意を得たり、という表情だった。
「どういう……」
「俺がこんな奴だってぇのはなあ、ちょっと調べりゃすぐに分かることなんだよ。今更言われたところで痛くも痒くもねえ。よくある話さ」
 肩をすくめるビアスト。ヤヤカは納得がいかず、さらに言いつのった。
「――アナタの育った社会じゃそうだったかも知れない。でもこれからはそうじゃないのよ!?」
「変わらねえさ」
 ビアストは断言した。
「なあヤヤカよ。オマエ、上流階級のお歴々がこういうことをしないと思ってんのか?」
 酒杯をあおる。じろりと睨むビアストに、ヤヤカは即答できなかった。
「変わんねえよ。どこも。この程度ぁ、よくある話なんだよ。足を引っ張る材料になんて、貧弱すぎてなりゃしねえ」
 けどな、と言ったビアストは、両手を組んでヤヤカを見た。全く遊びのない笑みを消した顔。ヤヤカは我知らず、一歩下がっていた。
「女は駄目だ。
 男の浮気は甲斐性だが、女の浮気は男の甲斐性を疑われんだよ。女一匹も御せねえと思われる。そっちのほうが、よっぽど隠さなきゃなんねえんだ」
「な――」
 身勝手な、あまりにも身勝手すぎるビアストの言い分に、常のヤヤカなら即座に反論したところだ。――けれど。
 ヤヤカは、ビアストを初めて怖いと思った。
 暴力を振るい慣れた人間の――人の命を何とも思っていないモノの顔だ。
「だからよ」
 一拍置いてから、ビアストは恫喝した。
「ヤヤカ。オマエは男を作んなよ。男と逃げようもんなら、……なあ、分かんだろ? オマエの親どもの命はねえぞ」
 ここに、明確にビアストは宣言した。人を殺すことを。そしてそれは、この男の場合比喩ではない。それがヤヤカには分かった。
 怖かった。
 足が震える。
 悪意は無いが害意はある湿地の魔物や、意志の疎通が適わない扉の守護者たちとは、質が違った。
 明確な悪意を以て、人を殺すと宣言する人を、ヤヤカは初めて見た。
 怖い。
 助けて、テオドール。
 一瞬だけ目をつむったヤヤカは、想い人を心に描いた。その声を、まなざしを、微笑みを思い出した。
「…………言われなくても、そんな気はないわよ」
 吐き捨てるように言って、睨みつけた。
「下らない心配する暇があったら、こっちに資金を寄こしなさいよ。今までの三倍は要求するわよ」
「…………」
 奇妙な間の後に。
「クッ……ハハハハハ! こいつぁイイな! 文句を言うどころか、金を無心するたぁな!」
 ビアストが膝を叩いて笑った。
「任せろ。シシフカの三倍くらい訳もねえ。せいぜい成果を出して、美談を提供してくれよ」
「成果は出すわ。必ずね。美談にするのはご自由に。興味無いわ」
 言い捨てて踵を返すヤヤカに、ビアストが声を掛けた。
「ヤヤカ。俺はオマエを気に入った。――どうだ、混ざっていくか?」
「下衆」
 歩みを止めず、一言だけで切って捨て、ヤヤカは部屋を出た。女たちの笑い声を振り切るように、ほとんど走るようにして部屋へと戻る。
 扉を閉めると、しゃがみこんで泣いた。
 手も足も震えている。
 恐怖の残滓が、ヤヤカの体を震わせ続けている。
 ふと、風がヤヤカの髪を撫でた。少し開けていた窓から、夜の風が届いたのだろう。
 ぱらり、と紙のめくれる音がする。
 顔を上げると、机の上の資料本のページが、風でめくられていた。
「…………続けなきゃ」
 呟いて、立ち上がる。
 そうだ。
 もう自分には、これしか残っていない。
 夢を叶える。
 そのために、自分はもう選択してしまったのだから。
 机に向かうと、ヤヤカは研究を再開した。震えも無く、怯えもなかった。――ビアストのことも両親のことも忘れた。ただ、やるべき事だけが、目前にあった。


(5章前編に続く)
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