キャラクター

キャラクター

Bulwark Between Worlds

Juliette Blancheneige

Alexander (Gaia)

このキャラクターとの関係はありません。

フォロー申請

このキャラクターをフォローしますか?

  • 0

『Mon étoile』(5)その二

公開
5-2

 翌日、ヤヤカはビアストに探索計画を提出した。前日の話し合いに基づき、新たに冒険者一パーティを雇用しヤヤカの護衛を担当すること、を追加した修正案だ。
「……」
 ビアストはしばし無言で計画書に目を通していた。相変わらず、計画書の隅々までを読んでいる。ビアストをスポンサーにしてから、ヤヤカの報告書作成の技量は確実に上昇していた。
「――わかった。異論はねえ」
 珍しく、重箱の隅をつつくような質問が飛んでこなかったのでヤヤカは肩透かしをくらった気分になった。――だが。
「ただし、ここにある新規雇用の冒険者については、こっちで用意させてもらう」
「こっちで……って、アナタ冒険者にツテなんてあったの」
 ヤヤカの疑問ににやりと笑って返すと、ビアストは書斎の椅子から立ち上がった。
「ウルダハで商売する以上、ヤツらを使う機会はいくらでもあるんだよ。――俺の昔馴染みを連れてくる。大事な“妻”を護る役目だ。信用できる奴を雇いたい」
 最後の部分だけは笑みを消して、呟くようにビアストは言った。
「そんな勝手なコト……冒険者ギルドにはもう、選定を頼んであるのよ!?」
 ヤヤカが書斎を出ていくビアストの背に苦言をぶつける。ビアストの返事は早かった。
「中止させろ。スポンサー様の意向を優先しろよ。じゃなきゃ金は出さねえ」
 部屋を出たビアストが、部下を大声で呼んでいるのが聴こえる。取り残された書斎で、ヤヤカは顔をしかめていた。
「……嫌な予感がするわ」

 果たして、ヤヤカの予感は的中した。
 数日後に屋敷を訪れた冒険者三人組は、ヤヤカがクイックサンドで見る『冒険者』とは質が違った。
「よく来たな、兄弟。悪いな、仕事を蹴っ飛ばさせちまった」
 三人組のリーダー格らしいハイランダーの男とビアストは抱き合って再会を祝した。
「いや、ちょうどいい頃合いだった。きな臭い匂いがしたもんでな。いつ見限るか、思案していたところだった」
 褐色の肌を持つ巨漢は、ルガディンのビアストと比べても遜色の無い体格をしている。そして――圧倒的な“獣”の気配をまとっていた。それは、背負った巨大な斧の凶悪さや、鎧に使われている獣皮ゆえもあろう。だが、それ以上に、この男そのものが発する肉食獣の気配、獰猛なけだものの佇まいがそう感じさせているようだった。
「紹介するぜ。コイツは俺の弟分、ギードだ」
 ビアストがヤヤカに男を紹介する。ギードと呼ばれたハイランダーは、口の端だけで笑みを作ると、ゆっくりと礼をした。
「ギード・オーレンドルフだ。以後お見知りおきを、奥方」
 深みのあるバリトン。所作と言葉が、凶暴さと知性が同居していることを示していた。
 仲間を紹介しよう、そう言ったギードが示した先には二人の男がいる。ララフェルと、エレゼン。ララフェルのほうはデューンフォークで、エレゼンのほうはおそらくシェーダーだった。緑がかった黒い肌はシェーダーのものだが、それ以上のことはわからない。なぜなら、彼は仮面を被っていたからだ。グリダニアの鬼哭隊が被る仮面とは違う、顔すべてを覆う仮面。どこかで見たような気がするのだが、思い出せなかった。
「ムムショ・フフショ。呪術士だ」
 ギードの紹介を受け、ムムショが鷹揚に頷いた。紫色の髪に、ギードと同じく褐色の肌。顎が浮き気味で、こちらを見下していることを隠そうともしない態度だ。右目に眼帯をしており、そこからはみ出るように刀傷が上下に走っている。歳はまだ三十になるかならずやといったところだろう。ヤヤカを値踏みするように見つめた後、
「イイね」
 とムムショは言った。
「組み伏せて鳴かせたい風情だ。ソソるね、アンタ」
 はっきりと性的な、しかも極めて暴力的なそれを浴びせられ、あまりのことにヤヤカは反応が遅れた。怒りが沸いたが、しかし同時に怯みもした――ムムショという男の持つ雰囲気ゆえに。ギードが獣なら、ムムショは“悪党”だ。人としての悪。人に暴力を振るうことに何の躊躇もない、悪徒。次の瞬間に殴られるかもしれない。その緊張が、ヤヤカに息を呑ませたのだ。
「ムムショ。そいつは俺の女だ。口を慎め」
 ぼそりとビアストが言った。釘を刺すような物言いに、ムムショが肩をすくめる。
「おっと。コイツはイけねえ。失礼しました、ボス」
 全くそう思っていないような物言いだが、ビアストはそれ以上追及しなかった。
「で、俺の隣にいるのがイーヴ・アシャール」
 ムムショが親指で傍らに立つエレゼンを指さす。仮面の男は少しだけ顔をムムショに向けた後、ヤヤカを見て――溜息をついた。
「はァ……どうも」
 イーヴはうっそりと挨拶をする。度を越した猫背で、痩身。手足が異常に長かった。猫背であることを差し引いても、また全人族の中でも手足が長めであるエレゼン族であることを考慮に入れても、異質な長さだ。その腰には、自身の被っている仮面と同じ仮面が何枚も帯に括りつけられていた。
 挨拶の後、イーヴは仮面の下でぶつぶつと呟いていた。隣のムムショがにやにやと笑いながらヤヤカを見た。何を言われているのか分からなかったが、分からないほうがいい気がした。
「そいつは、形の上だが、俺の女だ」
 ビアストが言った。ビアストに『俺の女』と呼ばれる度に虫唾が走るが、ビアストは意に介さない。気付いていない訳でもないだろうに。
「俺は自分のモノにはうるさい、ってぇのはお前らよく知ってるよな? “形”てのは大事だ。面子だからな。――つまり、そいつを護るのは俺の面子を護るのと同義だ。
 この女を無事にウルダハに連れ帰れ。俺の体面はそれで保たれる。……いいな? 俺の顔を潰すなよ」
「心得た」
 ギードが頷いた。
「ボスの仰せのままに」
 ムムショがおどけて一礼し、
「…………」
 イーヴは無言のまま首を垂れた。
「…………探索の邪魔はしないでよ」
 不安だらけの三人組に、ヤヤカはせめてもの思いで釘を刺した。本当はこんな連中を連れて行きたくはない。なのに。それを受け入れざるを得ない自分に歯噛みをする。
 ヤヤカの抗議に、ギードはやはり口角を上げただけの笑みで答えた。
「それは彼ら次第だ。彼らが不甲斐ないようなら、我々は貴方を連れてヤフェームを出る。そうならないよう、俺も祈っている」

 ヤヤカは、クラリッサとギードらを連れ、クイックサンドへ赴いた。護衛役の冒険者チームとの初顔合わせが今日だったのだから、予定通りではある、のだが。
「……紹介するわ。事前に連絡した通り、スポンサー側から推挙された、わたしの護衛を務める冒険者たちです」
 硬い声で説明するヤヤカ。クイックサンドのフロア。ヤヤカの横に三人組が並び、テオドールたちと向かい合っている。
 ヤヤカが三人組の名を告げて紹介している間に、どんどんと仲間たちの雰囲気が悪くなっているのが分かった。メイナードはあからさまに顔をしかめ、リリは表情を消した。ノノノは無言だったが、明らかに機嫌が悪くなっていた。――そして、テオドールは。
「承知しました。よろしくお願いします」
 ヤヤカの説明に対し、にこやかに応対した。表面上、何も変わらないように見える。だが、ヤヤカには分かった。笑みを浮かべながらも、テオドールの目はギードに向けられていた。傍らを見上げると、ギードもまた、薄い笑みを浮かべてテオドールを見ていた。いや。思えば、この男はヤヤカが紹介しているときから、ずっとテオドールに視線を送っていたのではなかったか。値踏みするような、挑発するような視線を。
「アンタが奥方のお気に入りかい、色男」
 言いながら、ギードが前へ出た。テオドールの間近、殴り合うにも近すぎる距離まで一気に詰める。瞬間的に反応したメイナードが割り込む前に、テオドールは小さな手の動きだけで彼を制した。視線を逸らさない。
「仰る意味が分かりません。下衆の勘繰りはご遠慮願います」
 淡々と、感情の動きを見せない声でテオドールが応じる。こんな声を出せるのだと、ヤヤカは初めて知った。
 しばし、二人は視線を交わし合った。どちらも逸らさない。これはそういう勝負なのだと、ヤヤカは理解した。
 ――ふと、ギードが笑った。声は出ない。くくく、と喉の奥で嘲弄するように笑い、言った。
「……いい目をしているな。だが、まだ甘い。その程度の覚悟では、愛する女を護り切れんぞ?」
「ちょっと……!」
 ヤヤカが割って入ろうとしたとき、ムムショがヤヤカの腕を掴んだ。咄嗟に睨んだヤヤカへ、ムムショはねっとりとした笑みを返す。
「へえ……アレが奥方のオトコか」
「……やめて」
 絞り出すように言う。この男の揶揄は、声の質も表情も仕草も、何もかも不愉快だった。だが、ムムショは言葉を止めない。
「可愛い顔してヤるねえ奥方。夜のほうもさぞや」
「黙ってろクズ野郎」
 ヤヤカの腕を掴んでいるムムショの手に、杖が振り下ろされた。駆け寄ったノノノの杖だった。その攻撃を軽々とかわすと、ムムショは手をひらひらさせて肩をすくめた。
「あぶねーあぶねー」
 体ごと割って入ったノノノが、ヤヤカをかばう。その様子を見て――ムムショは目を細めた。
「……へええ」
 呪術士でもあるヤヤカには、今ムムショが何をしたか分かった。この男は今、ノノノのエーテルを視たのだ。ヤヤカ程度ではできることではないが、高位の呪術士は人のまとうエーテルを感じ、視覚としても捉えることができるという。
「こりゃいい。素敵なエーテルまとってるじゃあないか、お嬢さん」
 ムムショの賛辞――どうにも揶揄と嘲弄が込められているように聞こえる――に、ノノノは返答せず、代わりに困惑と嫌悪を滲ませてムムショへ言った。
「……なんだその片目」
 ムムショの表情が変わった。
 いたずらを見咎められた子供のような笑み。ただし、その悪戯が致死の罠だとわかっている笑みだ。右目の眼帯を、ゆっくりと撫でる。
「さあ、なんだろうねえ? ベッドの中でなら教えてやってもいいよぅ?」
「クソが――」
 ノノノが応じようとしたとき、
「おい、いい加減にしろよ」
 鋭い警告が、メイナードから発せられた。
 リリをかばって、メイナードが前に出ていた。警告の相手は、仮面のシェーダー――イーヴである。イーヴは、この対面の最初からずっと、リリを見ていた。じっと、リリだけを見ていたのだ。
 そして。
 その凝視の意味を理解したからこそ、今リリは怒りに震え、メイナードは嫌悪感を露わにしている。
「相変わらずミコッテの女狙いか」
 言われたイーヴは、そこで初めてメイナードを視界に入れたらしかった。首をかしげると、手を払った。追い払う仕草。メイナードに、そこをどけ、と言いたいらしかった。
「ガエル・パジェス」
 メイナードが、イーヴにそう呼びかけた。エレゼン男性の名のようだ。言われたイーヴはまたも首を傾げている。
「……その面、その腰の悪趣味なモノ……間違いねえな。南部森林のミコッテ殺し。クォーリーミルや、クァールクロウのミコッテたちを執拗に狙って殺し続けた殺人鬼。“牙喰らい”のガエル」
 メイナードの告発に、イーヴは――笑った。
 ヒヒヒ、と甲高い声が仮面の奥から這い出た。
「……さあてねえ。名前なんてよく変えるからネェ。いちいち覚えてないんだよォ」
 聞く者の癇に障る声音で笑う。
「それにさァ、アタシが何者であっても、アンタに裁く権利があるのかィ? ええ? “元”鬼哭隊士さん?」
 人の生死が決して重んじられているとは言い難いこの世界でも、法はある。都市という共同体を安息の地にするために、人が獣ではないことを明らかにするために、法と秩序が存在する。法を執行する権利を持つ者は、為政者よりそれを命じられた者だ。少なくとも今、メイナードにはその権利はなかった。
「確かにな。今の俺には鬼哭の面は重過ぎる。テメェを裁く権利はねえさ。……だがな」
 次の刹那。
 一瞬で抜き放たれた槍が、イーヴの仮面にピタリと据えられていた。脅しと踏んであえて動かなかった――のではないことは、突き付けられた瞬間の身じろぎで明白であった。
「俺の女にその目を向けるな。俺の槍が届く範囲に近寄るな。いいな? 死にたくなけりゃあ言うことを聞けよ?」
 言い終えて、槍を引く。同時に、イーヴの仮面が真っ二つに分かれ、床に転がった。
 仮面の下から、三十過ぎと思しきシェーダーの顔が現れた。造作こそ整ってはいるが、その表情は今、憎悪で歪み切っていた。
「……あああァ! ……仮面が……殺しの思い出が……! ……不愉快だヨ……アタシの殺しの記憶が汚されたヨ……!」
 イーヴの手が、腰の両の腰に吊るされた剣に伸び――
「この辺にしておこうか」
 ギードの声が、今にも抜き放とうとしたイーヴの手を止めた。
「兄貴から奥方を無事に連れ帰れと言われているだろう。ここで事を荒立ててこいつらが欠けるようなことになると後が面倒だ。引いておけ」
 ムムショが肩をすくめ、イーヴが歯軋りをした。減るのはお前たちだ、と決めつけられたに等しい物言いに、メイナードが応じた。
「ずいぶんな自信だな」
 ギードは声無く笑った。今までの余裕ぶった笑いではなかった。獰猛な、牙をむき出しにした野獣の顔。戦いに飢えた凶獣の顔だった。
「奪った命の数が違うんだよ、坊や」
 獰悪な台詞と共に、ギードは踵を返した。
「ちょ……っ、どこへ行くのよ!?」
 慌てたヤヤカの抗議に、
「計画は頭に入っている。今更打ち合わせることなどない。今日は、面子の確認に来ただけだ。出発当日の朝、ここでまた会おう」
 ヤヤカのほうを見ずに手を振る。ムムショとイーヴも続いた。
 ギードの圧力に、クイックサンドへ入ってきた冒険者たちが慌てて道を譲った。
 扉が閉まる。
 誰かが、ふうっと長い溜息を吐いた。

「ったく、とんでもねえ奴らを連れてきやがったな、スポンサー様はよ……!」
「ごめんなさい……」
「お前が雇ったわけじゃねえだろ。謝んな」
「言い方!」
 メイナードの耳をリリが引っ張る。
 三人組が出て行ったあと、店内はしばらくざわついていたが、小一時間もすれば元通りだった。ヤヤカたちは店の裏手で探索行の荷物の最終確認を行い、つい今しがた店のテーブルに陣取ったところだ。
「厄介な連中と知り合いなのね、ビアストは」
 モモディが飲み物を運びながら言った。
「知っているのですか」
 従業員と共に全員分の杯を配り終えると、空いている椅子に座る。荷物の引き渡し書類をヤヤカが記入するまでの間、話をしてくれるようだ。
「……私がある程度知っているのは、あのムムショという呪術士。三年ほど前だったかしら。霊災のどさくさで乱立した犯罪組織の中でも、過激で手段を選ばない武闘派集団があったわ。彼はその組織のリーダーだった。ほどなくその組織は瓦解したけれど、彼は生き延びた」
 蒸留酒を一口飲んでから、モモディは続けた。
「それからしばらく裏社会からも姿を消していて、死んだとも噂されていたけれど……」
「あいつ、眼帯の下に何か入れてる」
 ぼそりとノノノが言った。
「何かって?」
「分からない。けど、ヴォイドクラックが開く前とおんなじエーテルの色」
「……妖異と関連のある物をあの眼帯の下に仕込んでいるかもしれない、ということですか」
「たぶん」
 一同は唸った。想像以上の魔人ぶりだ。
「あのギードという男については、ご存じありませんか」
 テオドールの問いに、モモディは少しだけね、と前置きをした。
「彼――ギード・オーレンドルフについては、冒険者というより傭兵としてのほうが有名ね。アラミゴ人らしいけれど、故国の奪還には興味を示さない男。戦場に立つことを優先するあまり、帝国の依頼さえも請け負う、って噂ね」
「……なるほど」
「わかる話だな。アイツのツラはそういう戦闘狂のツラだ」
「そうね。だけど、彼は指揮官としても有能だそうだから。油断は禁物よ」
 モモディの指摘に、テオドールとメイナードの二人が揃って顔をしかめた。戦闘狂なれど、狡知。とても厄介な相手だ。
「最後の男は、わたしたちのほうが詳しいでしょうね」
 リリが言い、メイナードが頷いた。
「アイツの名はガエル・パジェス。――まあ、あくまで南部森林にいたころの話だ。それさえも本名かは怪しいな。
 奴の罪については、さっき言った通りだ。己の快楽のために、何人ものムーンキーパーの女を襲い、無残な方法で殺している。奴のしている仮面こそ、南部森林の密漁団クァールクロウの女たちを殺して奪った仮面だ」
「あんなにたくさん……!?」
 イーヴの腰にぶら下げられていた仮面の量を思い出したヤヤカが、言葉を失った。
「クォーリーミルの鬼哭隊、似我蜂団、クァールクロウの三者から追われたガエルですが、捕まることなく姿を消しました。クァールクロウなどは、かの密猟王が自分の名で裏社会に懸賞金付きの手配書を流したそうですが、以後音沙汰は無く」
「のうのうと生きてやがったわけだ」
「快楽殺人者であることに目を奪われがちですが、優秀な暗殺者、もしくは斥候であることは疑いがありません。ギードという男がイーヴを御せるなら、ですが」
 テーブルに沈黙が流れた。手酌で二杯目の蒸留酒を杯に注いだモモディが言う。
「とにかく。無法者の集まりみたいな三人だけど、今はあなたたちと協力する関係にあるわ。真意はどうあれ、ビアストだって探索行自体は成功させたいはず。彼の好きな“名誉”が待っているからよ。
 それに、彼らがヤヤカを護衛してくれるなら、あなたたちも存分に戦えるでしょう?」
「まあ……そうだが」
 座りの悪そうなメイナードに、モモディはやれやれと首を振る。
「彼らの挑発に乗らないこと。そうやってあなたたちから突っかかるように仕向けてしまうのが、彼らの魂胆かもしれないから。いい? 絶対に、殺し合いを避けて」

 必要な手続きをすべて済ませたヤヤカは、クラリッサと共に屋敷へと戻った。
 あと数日で、再びヤフェームの地へと赴く。解読した言葉の真偽も確認できる。
 普段なら、昂揚してしまうところだが、とてもそんな気になれなかった。
 自分に。
 なにか、できないだろうか。
 あの凶悪な三人組が、何もしないとは思えない。彼らは雇い主であるビアストの言うことには忠実であるだろう。つまり、ヤヤカを護れればいいのだ。その線だけを忠実に守って、しかし後は己の思うままに振舞うかもしれない。
 テオドールたちを亡き者にする。それが、彼らがビアストに命じられた真の任務かもしれない。
 それに。

――アンタが奥方のお気に入りかい、色男。

――へえ……アレが奥方のオトコか。

 彼らの物言いは、誰から教えられたものなのだろうか。
 順当に考えればビアストだろう。クラリッサがビアストに報告をしているのだ。
 だから、ビアストは知っている。
 ヤヤカのテオドールへの感情を。
 ヤヤカが、テオドールを愛しているということを。
「……………………」
 帰宅してから、ソファに座ったまま身じろぎもしないヤヤカに、クラリッサが声を掛けた。
「ヤヤカ様。ご入浴の用意が整いました」
 それには答えず、ヤヤカはソファから降りると、自室のドアへ向かった。クラリッサがドアを開ける。だが、ヤヤカは浴室へは向かわなかった。真っ直ぐに、ビアストの寝室へと向かう。
「ヤヤカ様? ――どちらへ向かわれるのですか」
 クラリッサの声に動揺が混じるが、ヤヤカはそれに気付く余裕はなかった。
 ビアストに。
 言わなければ。
 仲間に危害を加えさせないで。わたしの夢を――仲間と共にマハへ辿り着くという夢を、壊さないで、と。
 ビアストの寝室前へ着く。後ろからクラリッサが追いつき、ヤヤカ様、と咎めるように名を呼ぶ。それに構わず、ヤヤカは寝室の扉をノックしようとして。
 寝室から漏れる嬌声に手を止めた。
 荒い呼吸。喘ぎ。何をやっているかは明白だった。
 それで。
 ヤヤカは、急激に冷めた。
 何をやっているだろう、自分は。
 この家は、あの男に乗っ取られた。自分は、あの男に首輪付きで所有されているペットのようなものだ。
 言うだけ無駄だ。それにもし、ヤヤカの訴えをビアストが聞くことがあっても。――それをどうやって信じられる?
「…………」
 無言で、ヤヤカは踵を返した。クラリッサが慌ててついてくる。
 顔が上げられない。うつむいたまま、ヤヤカは自室へと引き返す。
 ヤヤカの心に、また一つ、暗い影が翳された。

(五章その三に続く)
コメント(0)
コメント投稿
フォーラムモグステーション公式ブログ

コミュニティウォール

最新アクティビティ

表示する内容を絞り込むことができます。
※ランキング更新通知は全ワールド共通です。
※PvPチーム結成通知は全言語共通です。
※フリーカンパニー結成通知は全言語共通です。

表示種別
データセンター / ホームワールド
使用言語
表示件数