ツユが姿を消した。
静かな屋敷に走る一陣の風。
嫌な予感が胸を刺し、駆け出した。
そして——彼女を見つけたのは、町の片隅。
闇に紛れるように立つ、その足元には、二つの影が倒れ伏していた。
広がる血の黒が、夜の闇と溶け合っていく。
「……戻ってきてくれると、信じていましたよ」
アサヒの声が響く。
まるで待ち構えていたかのような、満足げな笑み。
「やっぱり、かい……」
ツユ——いや、ヨツユが、低く笑った。
その瞳に宿るのは、燃え尽きた灰のような虚無。
そして、胸の奥底に沈んでいた、憎悪の残滓——。
「どうせ、お前さんの差し金だろうとは思っていたよ」
「血の繋がった親を使うなんて、相変わらずのゲスっぷりだね」
アサヒは肩をすくめ、嘲るように言う。
「育ての親を刺しておいて、よく言いますね」
「でも、一刺しで引導を渡すなんて、非力な姉さんにしては上出来だと思いますよ」
——そういうことか。
彼は、ツユの記憶を取り戻させるために、あえて両親を差し向けた。
彼らの罵倒を聞かせ、彼女を絶望の底へ突き落とすために。
そして今、囁くように誘うのだ。
「どうです……もっと『力』が欲しいと思いませんか?」
その言葉に、ヨツユはふっと息を漏らした。
それは、かつてのあどけないツユの笑みではない。
ただ、何かを諦めきった者だけが浮かべる、乾いた微笑だった。
——ヨツユは、帰ってこない。
◆◆◆
「……ヨツユが記憶を取り戻し、アサヒとともに去った、か」
ヒエンの言葉が、静かに落ちる。
その背後で、アリゼーが悔しげに拳を握った。
「結局、アサヒの思惑どおりになったのね……!」
「……両親の遺体は、収容してある」
「折を見て、荼毘にふすつもりだ。因果な里帰りとなったものよ」
誰も、言葉を返せなかった。
ただ、ゴウセツだけが、静かに目を閉じ、首を垂れる。
彼は、最後までツユを信じていた。
それが、あんな形で終わることになろうとは——。
ヨツユはもう、どこにもいない。
夢から覚めた彼女は、再び、闇の中へと消えていったのだ。
——記憶の果てに、咲く闇とともに。