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「月下の華 」十六夜の月 〜沈む月、落つる華〜

公開
静寂を破るように、誰かが喚いている。
己が正しいと信じて疑わぬ者の声は、耳に障るほど甲高く、空虚だった。

ヨツユは静かに目を閉じた。
その声が何を叫んでいようと、もうどうでもよかった。

かつて名を捨て、尊厳を捨て、すべてを憎しみで塗りつぶしてきた。
踏みつけにされた人生の果てに、彼女が見たものは――復讐の炎に焼かれる己の影。

「ああ……愉しい……」

長いこと、腹の底に沈めてきたものが、ついに尽きた気がした。
この身は灰となるだろう。
だが、その灰は風に乗り、憎きこの国の隅々にまで届くだろうか。

「やりとげた……成し遂げた……復讐を……」

目の前の影が、何かを叫んでいる。
憎悪か、失望か、あるいは――悔しさか。
だが、その声ももはや遠い。

ヨツユの瞳に映るのは、ただ一人の男の顔。
それは彼女が最初に憎んだ、この国の人間だった。
そして最後に、彼女が見届けるべき男でもあった。

「……なんて顔……してるのさ……」

悪党が死ぬのだ。
この国の民にとっては、晴れ晴れとした気持ちで見送るべき場面のはずだ。
それなのに、どうしてそんな顔をする?

「……あの……じじいかい……」

思い浮かぶのは、柿の味。
あの甘さが、今はもう遠い。

「嗚呼……あの柿……おいしかった……かな………………」

風が吹いた。
ひとひらの花弁が、血に濡れた頬を撫でて落ちた。
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