「少年たちの魔導展」
帝国歴33年の冬は例年以上に寒さが厳しく、その日もまた帝都は雪のヴェールに包まれていた。そんな一面の銀世界を、黒い制服に身を包んだひとりの少年が駆けてゆく。
「よし、一番乗り!」
雪と同じ白銀の髪を持つ少年は、重厚な石階段を一段飛びで駆け上ると魔導院付属中央図書館の正面玄関に立った。が、入口を飾る巨大な大理石の柱の影から、鮮やかな金髪が目立つ痩せっぽちの少年が現れる。
「残念だったな、ガーロンドォ! 開館一番乗りは、このオレ様がいただいた!」
それが、シド・ガーロンドとネロ・スカエウァの出会いだった。少なくともシドの認識においては――
事情は少々複雑なのだ。
ガレマール帝国の魔導技術界を牽引する筆頭機工師、ミド・ナン・ガーロンドを父に持ち、自らも天才少年として幼少期から名を馳せてきたシド少年は、この年、弱冠12歳にして魔導院への入学を許されていた。一方のネロ少年もまた、地元では秀才として有名な存在であり、同い年で魔導院へとやって来た。通常は16歳にならなければ受験資格すら得られないエリート養成機関なのだから、彼らふたりの実績は驚異的といえる。
ところが、地元では常に一番手であったネロにしてみれば、面白くない。パトロンを得て、帝都に登ってきてはじめて出会った同い年でありながら自分を上回る評価を得ている存在、それがシドだったのである。だからこそ、入学式に向かう道すがらで、ひと目見たその時から、この銀髪の少年を絶対に負けられない相手と認識していたのである。
「誰だよ、お前……」
いかに天才と言われようとシドもまた、未熟な少年なのだ。独り言に割り込まれ、あまつさえ無礼にも呼び捨てにしてきた見知らぬ少年を前に、黙ってはいられない。
「誰……だと!? そうか、天才ぼっちゃまは、田舎者なンて眼中にないってか?
いいぜ、聞かせてやる……オレ様の名は、ネロ……ネロ・スカエウァ!
魔導展でお前をケチョンケチョンにして、最高金賞を獲る男だッ!」
魔導展――ガレマール帝国学徒魔導技術展――とは、帝国内の学生たちが自ら作成した魔導装置を出品し、技術力を競う一種の品評会である。シドは、魔導院入学前の前年に史上最年少で最高の栄誉となる金賞を獲得していた。今日、開館時間に合わせて図書館に来たのも、今年の出展作品を作るにあたっての調べ物のためである。
もちろん、年上の学生連中には、打倒シドを掲げて熱心に取り組む者も少なくない。とはいえ、こうして面と向かって勝負を挑む者など皆無であった。シドが面食らったのも無理からぬ事だろう。
そして、この日を境に何かにつけ、ネロはシドに突っかかってくるようになる。
図書館で書物の貸出を受けていれば、その内容が低レベルだとあげつらい、工作室の一角で旋盤を使って部品を製作していれば、その精度が見るも無残だと口を出す。果ては、食堂で食べる昼食のメニューにすら、味覚が子供じみているなどと因縁をつけてくる始末だ。
「いったい何なんだよ、あのネロって奴は!」
出展作品の組立作業を続けながら、シドは独り毒づいた。
そうこうしている内に、数ヶ月が過ぎた。
暦の上では春になったものの、寒冷地にある帝都の雪解けはまだ遠い。しかし、魔導展の会場となっていた講堂の内部は、学生たちの熱気でむせ返るようであった。最終審査に大きな影響を与えるデモンストレーションを目前に控える状況で、参加者たちは皆、自分の魔導装置の最終点検を行っていたのである。
シドもまた、出展作品である「エーテル翼搭載型・羽ばたき飛行機械」の分解整備に余念がない。そんな彼の前に、またもや妨害者が現れる。そう、ネロ・スカエウァだ。
「そんなチャチなオモチャじゃ、勝負にならないンじゃないのか?
オレ様の超高圧雷流カノンの方が、数十倍……いや、数百倍も刺激的だぜッ!」
ネロが両手で抱えていた筒状の魔導装置を掲げてみせた。どうやら、それが彼の出展作品ということらしい。
また口論になるのも馬鹿らしく、無視を決め込んだシドが黙々と手を動かしていたその時、講堂内に爆発音が響いた。
「なんだ!?」
誰かの作品が爆発でもしたのか。音の発生源を確かめようと立ち上がったシドが見たのは、白煙の中から現れる武装兵たちの姿であった。それも帝国軍の兵ではない。統一性のない装備に、毛むくじゃらの獣のような顔――それは、明らかに属州民であった。
一瞬の静寂の後、ひとりの女生徒が悲鳴を発したのを切欠に、堰を切ったように混乱が講堂内に広がる。我先にと脱出しようと、生徒たちが作品を放り出して逃げてゆく。
「オイオイ、冗談だろう?
ここは天下の帝都だぜ、なんだって反逆者どもが襲ってくるンだよォ!」
常に強気なネロであっても、突然の事態に動揺を隠せない。そんな中、シドは呆然とした様子ながらも、乱入してきた者たちの動向をしっかりと確認していた。
「対象はここにはいない。お前たちは軍の足止めを、残りは上だッ!」
あたりを見回していたリーダー格らしき男がそう発するや、反逆者たちは二手にわかれた。逃げ惑う学生たちを追い散らしながらもバリケードを築き始める者たちと、リーダーに従い階段へと向かう者たちだ。
「誰かを探している……?」
囁くように思考を口に出したシドは、はたと気づいた。
今日、この講堂を訪れている者の中で最高位の人物――それは、筆頭機工師であり魔導展の審査委員長を務める男、ミド・ナン・ガーロンド、すなわち彼の父親である。
理由まではわからないが、父の命が狙われている。そう直感した。
「親父ッ!」
羽ばたき飛行機械を抱えたまま、シドは駆け出した。
反逆者たちから逃れようと出口へ殺到する学生たちの流れから離れ、別の階段から上階へと向かう。目指すは来賓たちの休憩室となっている会議室だ。
やがて、会議室へと通じる曲がり角まで来た時、シドは荒々しい男の怒号を聞いた。
「今すぐあの実験を中止してもらう! さもなくば命はないものと思え!」
この一言で、彼の中ですべてが繋がった。
ここ最近、ミドは皇帝陛下直々の命令で機密性の高い実験を行うべく、辺境の属州都市「シタデル・ボズヤ」と帝都を頻繁に行き来していた。そして、あの反逆者たちの風体は、伝え聞いたボズヤ人の特徴と合致する。
つまり、反逆者たちは責任者のミドを捕らえることで、その実験を中止させようとしているのだ。帝国最高の頭脳と言われるミドが人質となれば、軍もおいそれと突入することはできない。となれば、この襲撃事件は長期化するだろう。
「なるほどな、目的は親父さんってわけか……」
シドは飛び上がるほど驚いた。
いつの間にか、すぐ背後に金髪の少年――ネロが片膝をついていたのである。
「ネ、ネロ……なんで、お前がここにッ!?」
囁き声で詰問するも、ネロは飄々とした様子で答える。
「お前が反逆者どもに殺されでもすれば、勝負がつけられなくなっちまうンだぜ?」
「勝負って……この状況で、まだそんなことを!」
「オレ様の超高圧雷流カノンが最高金賞を獲得するのは、確定事項だ。
でもよォ、そこにお前の作品がないってンなら、何の価値もありはしねぇ」
唖然とするシドは、しかし、そこでひとつ閃きを得る。
自分とネロが、後生大事に抱えているそれぞれ作品を交互に見ながら――
「そんなに勝負にこだわるなら、ちょっと協力しろ。
この事件、俺たちで解決するんだ」
かくして少年たちによる人質救出作戦が始まった。
近くの用具室に身を隠したふたりは、シドの羽ばたき飛行機械に、ネロの超高圧雷流カノンを組み込み始めたのである。かくして完成したのは、即席の無人攻撃端末だ。

「名付けて、魔導タレットだぜ!」
完成したそれを見て、得意げに宣言するネロを無視しながら、ありあわせの部品で仕上げた制御装置を操作する。ロバの鼻息のような滑稽な音をたてて小型青燐機関が始動すると、ゆっくりとエーテル翼をはためかせて、命名されたばかりの魔導タレットが浮上する。
「いいか、操縦は俺が……火器管制は任せるぞ、ネロ!」
「やってやンぜ、ガーロンドォ!」
用具室を飛び出した魔導タレットが、廊下を高速で飛行する。
そして、見張りのボズヤ人を超高圧雷流カノンから放たれる雷撃で失神させると、勢いそのままに扉を打ち破り、会議室へと乱入した。操縦者であるふたりの少年も、その後に続く。
「帝国軍か!?」
突然、室内に転がり込んできた奇妙な魔導装置を見て、ミドを拘束していた反逆者たちが、そう思ったのも無理はない。
「こっちには人質が……!」
言いかけた言葉は、すぐさま悲鳴に変わった。
「オラオラ、オレ様の技術力に痺れやがれッ!」
調子に乗ったネロが、辺り構わず雷撃を放射させたことで、地獄絵図が展開された。
その後、しばらくしてシドからの連絡を受けて突入してきた皇帝親衛軍の兵士たちが見たのは、雷撃を受けて失神したボズヤ人たちと、同様に泡を吹く筆頭機工師の姿だった。
後日、日を改めて行われた魔導展の終幕式にて、最高金賞を獲得したのがシド・ガーロンドとネロ・スカエウァによる合作「魔導タレット」であったことは言うまでもない。
「何、難しい顔してるんですか?」
目付役の部下、ジェシー・ジェイに声をかけられて、無意識にヒゲを触って考え込んでいたシド・ガーロンドは顔を上げた。
「ああ、ちょっとな……昔のことを思い出していただけさ」
その返答を聞いて、ジェシーは眉を寄せる。
「例の研究データを取り寄せたことと関係が?」
目下、取り組んでいる問題解決のため、帝国本国からある研究データを取り寄せてからというもの、上司であるシドが思いつめたような表情をすることが多く、彼女は心配になっていたのだ。だが、そんな想いを払拭しようとでもいうのか、シドは笑ってみせる。
「心配かけちまったか? なぁに、大丈夫さ……過去と向き合う準備はできている。
それに、悪い思い出ばかりってわけでもないんだからな……」
さぁ、勝負の時は近い。
シド・ガーロンドは、決戦に臨む仲間たちの元へと歩き出した。
