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White Knight

Juliette Blancheneige

Alexander [Gaia]

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改訂版【魂を紡ぐもの セイン】第一話『思慕のマテリア』6

公開
1-9

『アステル』
 囁きは姉の声だった。
『アステル、おいで』
 もう一度、姉の声。優しい声だ。こんな風に優しく起こしてもらったことは余りなく、大抵怒られながら起きていたと思う。
 ぼんやりと考えるアステルは、既に自分が起き上がって歩き出していると気付いていない。
 貧民窟を抜け、ササガン大王樹のほうへ。
 曇り空が月も星も隠した、暗い夜だ。あちこちに設置された街燈も、心なしか弱々しい。
 足元も覚束ない暗闇の中を、アステルは進む。もっとも本人は歩いている意識すらなく、ただ夢のなかにいるかのようだ。
『アステル、こっち』
 また姉の声がした。姉がこちらだというのならばそちらなのだろう。 
 闇の中に、ぼうっとミリアムの顔が浮かぶ。顔の右側だけが浮かぶ不自然さも、それが姉の身長よりはるかに高い場所にあることも、今のアステルにはどうでもいいことだった。
「ねえちゃん……」
 茫漠とした意識の中で、姉を呼ぶ。そうだ、姉ちゃんはいなくなってなんかなかった。ここにいる……。
 その顔はなぜ目をつむったままなのか。唇を動かさないでどこから声がするのか。湧くはずの疑問もよぎらない。
『おいで……』
 その声に応じて、アステルが近付く。手を伸ばせば触れられるほどの距離に近付いた、そのとき。
「アステル!」
 鋭い声と共に、闇を切り裂き何かが飛来する。
 アステルの目の前で、金属同士がぶつかり合う耳障りな音と火花が闇に散る。
 我に返ったアステルは状況を理解できず混乱する。アステルに襲い掛かった刃を、セインが投げた盾が弾いたのだとは、とても気付けない。
 投げた盾を左手で掴み取ったセインが、アステルの前に割って入った。
「セイン!?」
 驚くアステルを、セインは無造作に後方へ投げた。ほとんど触れたかどうか分からないほどの早業で、手荷物でも投げるようにアステルは宙に浮かされていた。
「わ――ああ!?」
 叫びの後半は、自分の身体が空中で静止したからだ。クァールの触手が、アステルを挟み込むように両脇に位置していた。ただし、触手自体はアステルに触れていない。細かく走る紫電が左右の触手の間を行き来しており、それがアステルを浮かせているようだった。
 触手がアステルをマジャの背へと座らせる。見たことも無い魔獣に息を呑むアステルだったが、
「マジャ・ト・セトラン! アステルを護れ!」
 そうセインが言ったことで、この獣は味方なのだと理解することができた。ただし、次の瞬間、
「おうッ!」
 と、マジャが明らかな人語で応答したので、アステルはさらに驚いてしまった。
「喋った……」
「へっ、知らねえのか? イマドキのクァールは人語ペラッペラなんだぜ?」
 おどけた調子のマジャにアステルが言い返そうとしたそのとき、目前で激しい光と音が巻き起こった。
 それはマジャの展開した“電磁障壁”が、攻撃を防いだゆえの現象だった。
 攻撃。障壁に止められ、なおも突き破らんと突き立てられるそれは、黒い触手だった。触手の先端は鋭く尖り、まるで剣の切っ先のようだ。
 それが、障壁に2本ほど阻まれていた。もしも阻まれていなければ、アステルの眉間と胸へ突き刺さっていただろう攻撃だった。
 同じ攻撃を、セインも受けていた。盾で受け流し、辛くも直撃を逃れたセインにマジャが叫ぶ。
「気をつけろ旦那、直撃すっと毒、マヒ、スロウ、被ダメ上昇だぜ!」
 マジャが早口でまくしたてる。障壁には敵の攻撃を分析する能力もある。それで触手の状態異常効果を解析したのだ。
 障壁に防がれていた触手が退いた。次なる攻撃にセインとマジャが身構えるなか、ざあっ、と一際強い風が横合いから吹き付けてきた。
 雲が動く。垂れ込める雲に狭間が生まれ、月明かりがセインたちの周囲を照らした。
 そこに――
「ねえちゃん……?」
 眼前の光景が信じられず、かすれたような震え声がアステルの口から洩れた。
 そこに――異形の姿が浮いていた。 

 宙に浮くそれは、女の姿をしていた。ただし、身体の正中線から右と左で、その様相は大きく異なっていた。
 右側はミッドランダーの少女――ミリアムの姿。
 しかし左半身は――妖異の女。
 顔の左側を、禍々しい装飾の仮面が覆っている。仮面には鼻や口の模りは無く、ただ目の部分にのみ切れ込みがある。仮面から覗く瞳は真紅。腰を過ぎるほどの長い黒髪。その後頭部から、羊の角によく似た角がぐるりと顔の横まで伸びている。
 顔の右側はミリアムのものだが、その目は閉じられ、唇は固く結ばれている。
 装束は妖異のもので、これは右も左も等しく、局所のみを隠す挑発的な格好だ。左半身の異常なまでの肌の白さが、右半身の難民暮らしで日に焼けたそれと比べて際立っている。
 両の背から、大きくいびつな羽根と、八本の触手が生えている。これが、先ほどの攻撃の主であった。
 左の腕と脚は、それぞれ肘と膝から先が赤黒い鱗に覆われ、凶悪な爪を備えている。右は手首と足首より先が黒く変色し爪も伸びているものの、左ほどの異形ではなかった。
 同じ体の右と左で、体型は同じで、しかも装束も同じであるのに、左右の印象はまるで違った。
「ねえちゃん……!」
「ふふ……無駄ぞ、童(わっぱ)」
 その声は左側の仮面から聴こえた。右側のミリアムの唇は閉ざされたままだ。
 声質はアステルのものだったが、まるで印象の異なる声だった。古風で尊大な言い回しをしていても、まるで雅やかではない。悪意を滴らせた、毒花の驕慢。
「こやつは自ら妾(わらわ)の依代となるを選んだ。主の声なぞもはや届か」
 唐突に、閃光が妖異の視界を灼いた。セインのフラッシュだ。
「少し黙れ。耳障りだ」
「……貴様ッ!」
 挑発の言葉と共に、セインの剣閃が妖異を薙ぐ。敵視を高めるための行動ではあったが、同時にアステルへの配慮でもあった。
 だが――
 妖異は、その一閃を躱しも防ぎもしなかった。ただ、受けた。ミリアムの側で。
「きゃああああああッ!!」
 その途端、ミリアムの唇が絶叫を放った。明らかに、斬りつけられた痛みからの叫びだった。
「なっ――!」
「ねえちゃん!」
 驚きながらも隙を見せずに踏み込むセインに、八本の触手が同時に襲い掛かった。正面、左右、上下からの殺到に、セインは後退を余儀なくされる。その隙に、妖異も後退した。両者の間に距離が生まれる。
 妖異が、笑いながらミリアムの顔を撫でる。
「痛かろう、苦しかろう――見よやミリアム、苦界はこれほどまでにお主を拒む」
 痛みで顔を歪ませながらも目を閉ざしたままのミリアムの顔に、繊手を淫蕩に絡ませる。同時に、触手の猛攻はセインを容易には近寄らせない。
「この世は不平等。持たざる者は永遠(とこしえ)に踏みにじられる、愚者の巷よ。このような狂った世に、お主の弟を一人置いては行けまい?」
 猛攻をかいくぐったセインの突きを、妖異は羽根で防いだ。羽根には小型の結界が纏わせられており、両の翼を重ねた防御はセインの突きを正面から受け止め切るほどの防御力を発揮した。
「――……ア、ステ、ル」
 ミリアムの側が口を開く。同時に、伏せられていた瞼が上がり――血涙を流した。
「……こんな世界は、嫌。父さんも、母さんも、リッキーも死んだ。エーリヒも死んだ。死んだ。死んだ。死んだ! みんなみんな死んだ!」
「……ねえちゃん……」
「聴くな、アステル! 妖異が言わせている! ミリアムさんの本心じゃない!」
 セインの警告は、しかし次に放たれたミリアムの叫びにかき消される。
「もう嫌もう嫌もう嫌もういやあああ! こんな世界は、こんな狂った世界は、無くなってしまえ!!」
 血涙と同じ色に染まった目が、睨む。世界を。世界そのものを。
 妖異の含み笑いとミリアムの絶叫がないまぜになって、八本の触手と両の腕の猛攻を加速させる。
 盾と剣でそれらを流し、防ぎ、受け止めるセイン。だが。
「くっ――」
 そのうえで妖異の呪文詠唱を止めるには、あまりにも手数が足りなかった。
『ヴォイド・ファイガ!』
 愉悦を滴らせた妖異の声と、慟哭を迸らせたミリアムの声が重なる。
 轟音を立てて、巨大な炎がセインを巻き込み渦巻いた。
「旦那ぁ!」
「セイン……!」
「――だから、アステル。こんな世界から逃げよう? わたしと一緒に……」
 炎に照らされたミリアムの顔が、泣き笑いの様に歪む。真っ赤な瞳に見つめられて、アステルは震えた。
「……逃げられないんだ、誰も」
 絞り出すような声は炎の中からだった。
 鋭い斬撃が、触手の一本を斬り飛ばす。
とっさに退く妖異。魔法の炎が消え去った後から、身体のあちこちを焦げ付かせたセインが進み出た。装備の強力な魔法防御が無ければ、瀕死となるほどのダメージをセインは負っていた。
 だが。
「どんなに辛くても、苦しくても、朝は来る。そしてたぶん、違う世界に行ったって、生きているなら苦しいことはある」
 一歩踏み出すセインの発する気迫に圧され、我知らず妖異は後退していた。
「そこには、同じ顔で朝を迎える自分がいるんだ。……自分からは、逃げることはできない……!」
 妖異とミリアムが同時に吼え、猛攻が再開される。
 しかし。格段にその猛襲は躱され始めていた。わずかな時間で、セインは妖異の攻撃の癖を見切りつつあった。
「だから……だから生き続ける、その大事さを君は知っていたはずだ!」
 セインの剣が、袈裟懸けに妖異を斬る。覚悟を込めた斬撃。穿つような深い傷に、妖異もミリアムも痛みと怨嗟の叫びを上げた。
 そこへ――
「ねえちゃん!!!」
 アステルが絶叫した。飛び出そうとして、マジャに止められている。
「帰ってきてよ、こっちにきてよ、そんなのやだよ、ねえちゃん、ねえちゃん……!!」
 大粒の涙をぼろぼろと溢して、アステルは泣いた。泣いて、姉を呼んだ。
 いつかのときのように。
 逃げる最中に、人込みに飲み込まれたときのように。
 迷子になったときのように。
 留守番で心細くなったときのように。
「う……」
 ミリアムの動きが止まる。右半身の停滞に、左半身も追随せざるを得ない。
「なに……?!」
 驚愕する妖異をよそに、ミリアムは顔を押さえ、頭に指を食い込ませた。
「う、あ、あ」
 震えるその声は、先ほどまでの悲嘆と怨恨に満ちた声ではなく――
「――ちっ!」
 妖異が舌打ちして、触手の一本を地面へと突き刺す。たちまち地面が黒く染まり、どっと闇の魔力が吹き上がった。
 マジャが慌てて後退し、セインも間一髪、瘴気の領域から身を翻した。
「おのれ……!」
 怨みに満ちた視線でセインとアステルを睨みつけながら、しかし妖異は後退した。
 背後に生じた裂け目から闇の気が溢れ、それに身を浸すようにして裂け目へと消えていく。
 裂け目は妖異を飲み込むと、急速に薄れ、数瞬後には完全に霧散した。
「……逃がしたか」
 セインが眉根を寄せてつぶやく。こともなげに立っているが、その体力は大きく削られていた。
「……ねえちゃん……」
 姉を呼び、アステルは泣き続けた。まるで、五歳も六歳も戻ってしまったかのように、一目もはばからず、アステルは姉を求め、泣いた。
 その肩を、セインが掴んだ。
「まだだ。まだ終わってないぞ、アステル」
 掴んだ掌の熱さに、アステルは我に返る。込められた力が言っている。諦めてはならない、と。
「今のを見たか。君の呼びかけに、ミリアムさんが応えた。そして妖異は、それに気付いたから退却したんだ」
「……え?」
「それではっきりした。ミリアムさんは、妖異と完全に融合してはいない。彼女自身の心を――魂を持っているんだ」
 少年の目を正面から見つめながら、セインは告げた。
 ならば、この手には、切り札がある――と。
「方法が一つだけある。力を貸してくれ、アステル。君の想いを、俺が、届ける。魂を――紡ぐ」

改訂版【魂を紡ぐもの セイン】第一話『思慕のマテリア』7へ続く
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