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White Knight

Juliette Blancheneige

Alexander (Gaia)

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『Mon étoile』(第二部二章前編)

公開
2-1

 負けた。

 なんでだ。
 なんでこうなった。

 ゴールデン・ビアストは、与えられた控室で自問自答する。
 年に一回の、商工慰問会。
 それは、砂蠍衆のうち商人の自治を望む共和派を標榜する者たちと、彼らにおもねる者たちが集まる会合である。
 その場で供される食事やデザート、酒や紅茶、煙草などの嗜好品。それから家具内装、壁にかかる絵画や奏でられる音楽、使用人の一人一人に至るまでを、『砂蠍衆以外』の者が用意をする。
 つまりは、会のすべてが品評会というわけだ。
 そこで砂蠍衆に認められた商品や職人の名は、ウルダハ中に広まる。商人として、その分野での覇権を約束されたも同然となるのだ。その場で評価を得たものが、砂蠍衆のシェアを奪うこともあり得る。そうして砂蠍衆以外の商人は『砂蠍衆が認めた』という評判と実利を、砂蠍衆はそれを認める度量を示し、更なる評価を得る。
 かくて共和派の結束はより強く、砂蠍衆の影響力はより盤石になっていくのだ。
 その品評会に、ビアストは紅茶を引っさげて参加した。ラザハン近島で栽培・加工した“ラザハン茶葉”。正確にはそうではないが、そう名付けることでブランド力をアピールした。現地の商会と提携を結び、格安で仕入れる方法を編み出した。価格と品質の両立。
 さらに扱う茶葉にグレードを設け、上流階級向けのモノを用意することで彼らのプライドを刺激した。それが実際には大した差ではなくとも、『最高級』の謳い文句を見てそれを選ぶ者たちがいるのだ。
 上流階級へ商品を紹介するのには、ブライトリリーの家名がものを言った。元々そのつもりで乗っ取ったのだ。そして、家名は大いにビアストを助けた。上流階級向けには、『ビアスト商会』ではなく『ブライトリリー家』の名と家紋をあしらった。これは実に効果を発揮して、彼の紅茶は上流階級へも浸透し始めた。
 それは、挑戦だった。
 ウルダハで上流階級向けの紅茶と言えば、ただ一つしかない。
 東アルデナード商会の卸す、クルザス茶葉だ。
 かつて広大な牧草地帯が広がっていたクルザスでは、一大農園が築かれるほど、紅茶の栽培が盛んであった。寒暖の差の激しい標高の高い山地で採れる茶葉は独特の風味を有し、世界最高峰の茶葉と評する者も少なくない。
 しかし、五年前の霊災でクルザスの気候は激変した。農園は閉鎖され、大規模な流通は途絶えた。比較的気候変動の少なかった土地での栽培は行われているが、従来の需要を満たす量ではない。かくて茶葉は希少なものとなり、霊災直後からそれらを確保し、また小規模農場を支援・保護してきた、東アルデナード商会の独占販売となったのだ。
 元より人気のあったクルザス茶葉は霊災を期にさらに人気が高まり、特に上流階級の者たちはこぞってクルザス茶葉を求めた。
 そこへ、ビアストは押し入った。
 産地の異なる茶葉を以て、ロロリトの独壇場へと攻め入ったのだ。
 成果はある。たしかな手応えを得ている。
 だからこそ。
 ここで、この商工慰問会で、ビアストは勝負に出たのだ。
 ロロリトその人の口から、美味いと言わせてやる。
 お前の独壇場を奪ってやる。
 ――その、はずだった。

「苦いな」
 紅茶を口にしたロロリトは、開口一番そう言い捨てた。食事の後、デザートと共にふるまわれた“ラザハン茶葉”の紅茶を飲んだ直後の感想だった。
 ロロリトの反応を待ち構えていたビアストは、思わず立ち上がり、反論してしまった。
「そんなはずはねえだろ!」
 自分でも驚くほどの大声が出た。周囲からの咎めるような視線。
「苦いぞ」
 ロロリトの隣席、アマジナ鉱山協会総裁であるフィルガイスも、同様の反応をした。
「とても苦い」
「飲めたものではない」
 ロロリトやフィルガイスと同席している、砂蠍衆に次ぐ豪商たちからも、口々に不満の声があがった。
 咄嗟に、ビアストは後方に立つ料理人――今回の紅茶を淹れた者――を睨んだ。料理人は慌てて首を横に振る。手違いは無い、と言いたいようだ。
 自席に置かれた紅茶を飲む。苦くはない。
 なんだ。
 どういうことだ。
 呆然とするビアストの耳に、豪商の言葉が飛び込んできた。
「これは口直しが必要ですな」
「やはり、イシュガルドティーに限るでしょう」
 待て。
 待ってくれ。
 静止の声を上げようとするが、声が出ない。焦りが喉をせき止めたように、言葉が吐き出せなかった。
「――ふむ。給仕、これを下げろ」
 ロロリトが言った。
「それから、『こんなこともあろうかと』持参してきたクルザス茶葉がある。それを使い、出し直せ」
 給仕と料理人たちは慌てて動き始める。彼らもまた、ここで評価されるために来ているのだ。自分たちの動きに瑕疵が無いのに、砂蠍衆から「つまらない会だった」とでも言われれば、自分たちの評価も地に落ちるのだ。
 通り過ぎる給仕の一人が、ちらりとビアストを睨んだ。馬鹿が、下手を打ちやがって。声に出さない罵声が飛んだ。
 なぜだ。
 そんなはずはない。
 こんなことが……
 咄嗟に、ビアストは給仕の下げる盆から、一つのカップを奪い取った。残された紅茶を飲む。
 苦い。
 刺すような渋みが、口の中に広がった。
 なんだ。
 なんだこれは。
「ゴールデン・ビアストと言ったか」
 野太い声に呼びかけられた。フィルガイスだ。豪快さと狷介さを併せ持つ褐色のローエンガルデが、眉根を寄せて手を払う仕草をした。犬でも追い払うような仕草だ。
「出ていけ」

 どうやって控室まで戻ったか覚えていない。
 気付けば、控室の真ん中で立ち尽くしていた。
 知ってはいた。
 自分の扱う“クルザス茶葉”に、ごく稀に渋みを有するモノが混じっていること。それは今回提携を結んでいる、サベネア島側のシンジケートからも忠告されていたことだ。
 ただし、それは本当に稀であること、混じったとしてもごく少数のため、他の茶葉と一緒に淹れてしまえばほとんど分からないという説明だった。
 それでも念のため、販売当初は入念にチェックを行っていた。結果、ほとんど無視して問題ないと判断したからこそ、販売のペースを拡大したのだ。
 それが。
 なぜ。
 周囲の部下たちが話しかけていることが耳に入らない。
 絶対に失敗できないところで、失敗した。
 そのことだけが、ぐるぐるとビアストの頭の中を駆け巡っていた。  
「現地の者を信用しすぎたな」
 唐突に、その声だけが鮮烈にビアストの耳に飛び込んできた。
 周囲の者たちがざわついている。それもそのはずだ。部屋に入ってきた者は、ロロリト・ナナリトなのだから。
 唖然とするビアストを見た後、マスクをつけた豪商は身振りで人払いを命じた。ここにはビアストの部下しかいないはずなのに、彼らは皆、ロロリトの存在感と当然のようになされた仕草に、思わず従ってしまったようだった。
「目の付け所は良かったが」
 部屋の隅に行くと、そこにあるカップへティーポットから紅茶を注ぐ。手慣れた手付きだった。
「現地の手綱を緩めるのが早かったようだな」
 立ち尽くすビアストの前で、ロロリトは紅茶を飲んだ。
「美味い」
 賞賛が。
 あの場で欲しくてたまらなかったロロリトの賞賛が、誰もいない控室でビアストにもたらされた。
「正直に言えば焦ったぞ? 実に良い目の付け所だ。味もいい。それをあれだけの値で展開されれば、儂でなくとも目を剥くわ。だが……」
 もう一口紅茶を飲み、カップを置く。
「サベネアの組織を甘く見たのがいかん」
 ゆっくりと、ロロリトはビアストを見る。淡々とした口調。決して、ビアストを見下してはいない。
「あのシンジケートは本質的には犯罪組織だ。ゆえに、正当な対価を与えても、それに誠実さを返してきたりはせん。監視の目を緩めず、手厳しい相手だと思わせ続けなければ……手を抜く程度は当り前よ」
 ビアストが提携した現地の商会。それが犯罪組織同然の者たちであることは、ビアストも理解していた。承知の上での提携だった。また、それこそがこの紅茶の安さの源でもあった。生産に奴隷や借金が返せなくなった者を用い、人件費を限りなく削減した農園で栽培されている。それも承知の上だった。
「なんで……そこまで知ってる」
 ようやく声が出た。乾いた、ひび割れた声だった。
「商売敵のことは調べるだろう? 儂は、ずっと監視を命じておったよ。配下の商店を通じて少なくない量を買い、常に品質を確認させていたのだよ。不良品の数がずっと増え続けていることも、お主が“緩んで”いることも、それで知っておる」
「……!」
 なんということだ。
 ビアストは震えた。
 自分が雲の上の存在であると思っていたロロリトに、注目されていた。しかも、商売敵として研究されていた。
 そして。
 自分が、自分の甘さゆえに、その舞台に立ち続ける資格を失ったのだという、事実。
「お……ッ!」
 嗚咽が溢れた。両膝を付き、ビアストは頭を掻きむしった。
 そうだ。
 自分は甘かった。
 販路を拡大するのに忙しかったこともある。サベネア諸島に自分の商会の者を常駐させておく金を惜しんで、組織との仲介に第三者を噛ませてしまったことも、その第三者を現地の組織からの推挙に任せてしまったことも原因だろう。
 商品のチェックを自分でしなくなったのはいつだ。
 大きくなる商会に取り込んだ人間たちを吟味しなかった。信用できる人間が少なかった。
 組織力が足りなかった。
 それでも。
 それでも、ここまでたどり着ければあとはどうとでもなると、駆け抜けるつもりだった。
「ビアスト」
 声は、間近から聴こえた。
 膝を付いたビアストのすぐそばで、ロロリトが続きを囁いた。
「儂の下に付け」
 一瞬、ビアストは何を言われているのか分からなかった。
 意味を理解して顔を上げる。
 マスクの男が、こちらを見ている。顔は笑っていなかった。
「お前の商才を潰すのは惜しい。儂の下で、その商才に見合った組織の動かし方を学べ。お前なら、一年もすれば支店の一つも任せられるだろう」
 ロロリトが言う、『支店』。それはすなわち、大商会たる東アルデナード商会そのものの支店ということだ。莫大な金とモノを動かす、ロロリトの名代。
「俺は……」
「サベネアの組織には、儂が口を利いてやろう。現地の支店のやり方を、お前に見せるのもいいな」
 俺は。
 俺は。
「――さあ。儂の手を取れ。ゴールデン・ビアスト」
 俺は――
 
――笑わないでくださいね。私は、砂蠍衆になりたいんですよ。おかしいですか?

 俺の夢。
 俺は。
 俺は……!
「うわあああ!!!」
 絶叫と共に、ビアストは走り出した。脇目もふらず飛び出していく。そんなことをしても何にもならないと理性の欠片が忠告したが、どうでもよかった。
 あそこにいたくない。
 ロロリトに屈服したくない。
 ただそれだけで、その思いだけで、ビアストは駆けだした。

「……」
 残された部屋で、ロロリト・ナナリトは残りの紅茶を飲み干していた。
「……夢、か」
 誰にともなく呟くと、カップを置く。
「手元に置けんなら、貴様は儂の敵だ。敵は、潰す。今まで通りな」
 姿の見えなくなった元好敵手へそう告げると、孤高の男は控室を出た。




 屋敷の外にも中庭にも人がいない。
 まるで、結婚前に戻ってしまったような閑散とした様子に、ヤヤカは戸惑った。
「……静かね」
「はい……」
 クラリッサも訝しんで首を傾げる。
「リムサで連絡したときって、どうだったの?」
「係の者へ、帰国を連絡したときは、何も。それ以外では連絡をしていませんでしたので……」
「……そう」
 立ち尽くしていてもしょうがあるまいと、ヤヤカは屋敷の中へと入る。
 そこにも、人がいなかった。荒れているわけでもない。ただ、閑散としすぎている。
「どうなってるの?」
 大きめの声でヤヤカは言った。この声を聴いて、誰か出てこないかと期待してのことだ。
 すると、奥の方でドアの開閉する音がした。書斎の方だ。
「ビアスト?」
 声を上げながら、ヤヤカがそちらへ行こうとするのを、クラリッサが押し留めた。前へ出ながら、懐から護身用の短刀を抜いて後ろ手に構えた。
「……ヤヤカ」
 唸るような声がした。ビアストの声だ。だが、普段の声ではない。ひび割れた、唸るような音だ。
 声に続いて現れたビアストを見て、ヤヤカもクラリッサも眉を顰めた。
 ビアストは、したたかに酔っていた。対面しているヤヤカたちにも届くほどの酒精の臭い。片手に酒の瓶を持っている。顔色は悪く、明らかに悪酔いに見えた。服が濡れているのは、酒をこぼしたからだろうか。
「旦那様……!?」
 クラリッサの咎める声に耳を貸さず、ビアストはヤヤカを見つめた。どろりと濁った目。
「どうしたの……!? 何があったの?」
 さすがに心配したヤヤカへ、ビアストが答えようとして口を開き、そこで静止した。目を見開く。ここではないどこかを見るように。
「――けた」
「え?」
「負けた」
 呟くような言葉が戦慄く唇から発せられた。その顔が泣きそうにくしゃっと歪んだ。
「ビアスト?」
「ヤヤカ……」
 その手が、目が、すがるようにヤヤカを求めた。ビアストが一歩、ヤヤカに近付く。咄嗟に、クラリッサが割って入った。
「いけません旦那さ――」
「うるせえ!」
 手にした酒瓶が振るわれた。頭を強打されたクラリッサが、悲鳴を上げる暇もなく倒れた。
「クラリッサ!」
 叫び駆け寄ろうとするヤヤカの手を、ビアストが掴んだ。強引に引かれる。
「来い」
 ヤヤカは抗うが、ビアストの力は強かった。
「なにしてるの!? 放しなさい! クラリッサが!」
「いいから来やがれ!」
 ヤヤカは必死にもがいたが、ほとんど床に足が着かない。暴れた拍子に持っていた鞄が落ちた。携帯用の片手杖は鞄の奥にしまわれていた。
 書斎に着くと、ビアストはヤヤカをベッドへ放り投げた。荷物のように扱われ、ヤヤカの体が弾む。はずみでベッドのヘッドボードに頭を打ち付け、鈍い痛みがヤヤカの動きを縫い付けた。
「ッ……!」
 痛みで溢れた涙で視界が滲む。その視界を、ビアストが埋めた。
 のしかかられている。
 そう理解した瞬間、とてつもない恐怖が背筋を駆け抜けた。逃げようとするヤヤカの両腕を、ビアストがまとめて押さえた。頭の上で両腕を掴まれ、ヤヤカが必死でもがく。
「離して!」
 叫んだ瞬間、ビアストがもう片手でヤヤカの顔を殴打した。平手だが全く容赦のない一撃。痛みと恐怖が身体を竦ませる。
「俺は負けた! ロロリトに負けた! 負けてすべてを失った! 俺には、もう……」
 血走った眼をしたビアストが、泣き顔のビアストが、ヤヤカを見つめた。
「お前しかいない」
「…………!」
 あまりにも勝手な、ヤヤカの気持ちなど一欠片も顧みない言葉に、ヤヤカは状況を忘れて激発した。 
「勝手なこと言わないで! 人を道具として利用してきたくせに! 人質を取って脅迫していたくせに! わたしの自由を奪って! わたしの心を縛って!!」
「共犯者だろ?」
 ビアストが顔を近づけた。片手が、ヤヤカの服に手を掛ける。
「今まで誰の金で夢を叶えてきたんだ? イカレた親の世話を放棄して、やりたいことをしてきたんだろ? 俺と結婚した時から、オマエは俺を利用してたんだよ」
 その言葉は、殴打よりも強くヤヤカの心を怯ませた。
 そうだ。
 人質? わたしは、心の底で思っていなかったか?
 これでもう、あの両親と向き合わなくて済む、と――
「俺たちは共犯者なんだよ」
 ビアストのひび割れた声に、首を振る。違う。違う――はずだ。
「共犯者なら、傷心の相棒を癒してくれよ」
 その手が強引に服を脱がせようとする。慌ててヤヤカは暴れる。足でビアストを蹴りつけるが、ルガディンの巨体は揺るがない。
「俺はお前が気に入ってた。いつの間にか、俺にとってはお前は、本当の、本当の妻だったんだ!」
 もう一度殴打される。頭が割れそうに痛い。それでもヤヤカは抗った。
「死んでも――死んでもイヤ!!」
 叫んだそのとき、ビアストの巨体が動きを止めた。
 ベッドの上に、もう一人の姿があった。
「ヤヤカ様! お逃げください!」
 クラリッサだ。クラリッサが、持っていた短刀でビアストのわき腹を刺したのだ。
「クラリッ……」
「うおお!!」
「――!」
 ヤヤカの声を絶叫でかき消し、ビアストが身を起こしざまにクラリッサを殴った。その拳が運悪く頭に当たったクラリッサは、派手に血をまき散らして倒れた。先に酒瓶で殴られたところを殴られたのだろう。
「……クラリッサ……?」
 束縛を解かれているはずだが、ヤヤカの体は上手く動かなかった。すぐにでもクラリッサのところへ駆け寄りたいのに、足が竦む。体の震えが止まらない。
「……死んでも、イヤ、か……」
 ビアストが脇腹に刺さった短刀を抜く。じわりと服に血が滲むが意に介さない。短刀を持ったまま、ビアストはヤヤカを見降ろした。
「じゃあ、死んでくれよ」
「――!」
 ヤヤカは身体を必死に動かそうとするが、体は震えるだけだ。
 嫌だ。
 怖い。
 憎い。
 助けて。
 許さない。
 もう許して。
「テオ……」
 恐怖の中、愛する人の名を呼ぶ。ビアストが首を振った。
「渡さねえよ。アイツにだけは。アイツに渡すくらいなら、殺す」
 一歩。ビアストがヤヤカに近付く。ルガディンの歩幅なら、もう一歩でヤヤカまで届く。
「オマエは、オレのモノだ」
 違う。違う。わたしの心も体も、お前のじゃない。なのに。
 なんでこんな目に遭わなきゃならないの。
 大事な人を失って。必死で働いて。変わり果てた親に絶望して。夢を奪われて。脅されて。好きな人と一緒になれなくて。乱暴されて。――殺される。
 嫌だ。
 嫌だ!
 嫌だ!!!!

 『未来は、力づくで奪い取るもの』

 唐突に、その言葉が脳裏をよぎった。
 マハの遺構の扉に刻まれていた文字。
 ヤヤカが解読した魔法文字。

 そうだ。
 未来は、奪い取らなければ、奪われるんだ。
 今までのわたしがそうだったように。
――奪い返さなければ。
 自分の、未来を。
 
「未来は、力づくで奪い取るもの」

 気付けば、その言葉を口が唱えていた。
 エーテル振動を伴った魔法文字。その言葉を、ヤヤカは正確に発音してみせた。
 その瞬間。

 光と共に、球体が現れた。

 金属の光沢と、七色の色彩を持つ球体。
 それが、ヤヤカの頭上、部屋の天井すれすれのところに浮いている。
「…………なんだ……?」
「……レース・アルカーナ……?」
 呟いたヤヤカに応えるように、球体の色彩が変化した。

「融合承認と認識」

 球体が発した言葉を、ヤヤカは理解した。解読した文字と同じ言葉だ。だが、知らないはずの構文まで理解できているのはなぜか。
 それを、ヤヤカが問うことは、もうできなかった。

(二章中編に続く)
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