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Bulwark Between Worlds

Juliette Blancheneige

Alexander (Gaia)

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『Mon étoile』(第二部二章中編)

公開
2-2

 烈光が、金属球――レース・アルカーナから迸った。
 同時に、レース・アルカーナから放たれた無数の細い糸が、ヤヤカの背へ刺さった。痛みは無い。だが、その瞬間からヤヤカは身動きが取れなくなった。
「ぁ……っ!」
 痛みは無い。だが、体内へ“糸”が一斉に侵入しているのが分かる。
 その身体が、ふわりと浮いた。いや、引き寄せられているのだ。レース・アルカーナに。
「や……ぁ!」
 全力でもがくが、意思に反して体は多少もがく程度の反応しかできない。
「ヤヤカ!」
 ビアストが叫んだ。短刀を捨て、ヤヤカへ掴みかかろうとする。
「――!」
「渡すかぁああ!!」
 それは、必死の叫びだった。
 ヤヤカの身を心から案じ、本気で彼女を助けたいと思い、突き出された両手だった。
 だが。
 今のヤヤカの視界には、それはこの上もなく醜い、憎悪で襲いかかる顔に見えた。
 嫌だ。
 もう、この男には触れられたくない。
 恐怖と憎悪が、ヤヤカの心を満たしたとき。
 レース・アルカーナが言った。
 
「排除指令と認識」

 次の瞬間。
 レース・アルカーナから放たれた青白い魔力の光線が、ビアストを灼いた。
 悲鳴を上げる暇も無かった。
 屋敷の床までもを消失させる破壊光が、ゴールデン・ビアストを消滅させていた。


 ブライトリリーの屋敷一帯が、魔法結界に覆われたのはその直後だった。
 その膨大なエーテル放出は、ウルダハ中の魔道士たち、そしてエーテル感知能力に長けた冒険者たちの知るところとなった。
 当然、その中にはパスファインダーズの面々がいた。彼らは方角からすでに屋敷が発生した場所だと予測しており、かつヤヤカへのリンクパール通信が繋がらないことから彼女の危機であると判断していた。
 彼らが駆け付けたとき、屋敷の周囲は魔力を持たぬ者でもはっきりと見えるほどの青白い光のドームに覆われていた。
「これは……!」
「なんだオイ派手過ぎんぞ!」
 悪態を吐いたメイナードが、先頭を走っていたテオドールを抜いて、走りながら槍を抜き放つ。
 彼らの視界の中では、彼らより先に来ていた冒険者や不滅隊の隊士が結界に触れては弾き飛ばされているのが見えている。
「ちょっといきなり!?」
 初手から攻撃態勢のメイナードにリリが叫ぶが、脇を走るノノノが首を振った。
「できなかったらそのとき考える! 行けメイナード!」
「おうとも!」
 速度を変えぬまま高く跳躍したメイナードが、空中で体を捻り結界へと槍を突き立て――られず、地面へと着地した。通過している。メイナードは結界に阻まれず、その内部へと入り込んでいた。
「コイツは……!?」
 戸惑う竜騎士を見ながら、テオドールが後方の二人に言う。
「このまま飛び込みます!」
「りょ!」
「――はい!」
 盾を掲げ突進したテオドールも、その後に続く二人も、結界には阻まれなかった。
「入れた!?」
「……私たちだけが入れた……?」
 結界の外では、彼ら以外の者たちが阻まれ続けている。
「考えるのは、あと! ヤヤカのエーテルはこっち!」
 叫んでノノノが走り出す。
 頷いたテオドールも、再び走り出した。
 
 凄まじい量と密度のエーテルが、暴風となって吹き付けていた。
 かつて書斎だったところはすでに崩壊している。周囲の壁も薙ぎ払われ、時折吹き飛ばされた木材が風に乗って走り抜ける。暴風を切り裂くように抜けたパスファインダーズの面々は、台風の目のように凪いだ空間に、不可思議な金属球の輝きを見た。
 意識を失って力無いヤヤカの体は、宙に浮くレース・アルカーナに半分以上埋没していた。
「……!」
 想像を絶する光景に、彼らは言葉を失った。
 あれは、レース・アルカーナの『板』中で浮遊していた金属球に見える。それが、板の中ではなく実体として宙に浮き、そしてさらにヤヤカを取り込もうとしている。
 レース・アルカーナは海中に没し、消えたのではなかったか。
 それがなぜ今ここにあるのか。
 あまりにも唐突で不可解な現象に見えた。だが、ともかくもヤヤカを助けねばならない。
「ヤヤカさん!」
「ヤヤカ!」
 皆が口々にヤヤカの名を呼び、駆け寄ろうとして――阻まれた。
 いつの間にか立方体状に変化したレース・アルカーナを中心として、ドーナツ状の光の輪が発生したのだ。気付くのに遅れていたら、全員でその攻撃を浴びているところだった。
 パスファインダーズの面々が戦慄した、そのとき。
「……テ……オ」
 ヤヤカの目が薄っすら開いた。唇が、テオドールの名を紡いだ。
「ヤヤカさん!」
 テオドールがヤヤカの名を呼び、駆け寄る。ドーナツ状の光線は、テオドールが通り抜ける際は発生しなかったが、残りの三人が続こうとしたときに発生した。ダメージを受けた三人は後方へ弾かれた。
「……!」
「大丈夫! 行ってください!」
 咄嗟に振り返ったテオドールに、リリがすかさず叫んだ。リリの癒し手としての矜持を信用したテオドールは、改めてヤヤカへと向き直った。
「ヤヤカさん!」
 再度呼びかけながら、テオドールは慎重に距離を詰める。ぼんやりとした様子のヤヤカが、呼びかけに応えるように目を見開いた。
「テオ……! ――テオドール!」
 ヤヤカが嬌声をあげた。先ほどまでの朦朧とした様子から一転した喜色満面の笑顔だった。レース・アルカーナに埋没しかかっている手が開かれる。彼を歓迎するかのように。その手を取ってほしいとねだるかのように。
「ヤヤカさん……?」
 違和感を感じ取ったテオドールが戸惑いながら近付く。その戸惑いを意に介さずに、ヤヤカは頬を染めて、目を細めた。
「テオ! 大好き! 愛してる!」
 その言葉を。
 テオドール・ダルシアクは、少し驚いた顔をした後で、泣きそうな笑顔で受け入れた。
「――はい。私もです」
 こんな形で、告げられる言葉ではなかった。
 けれども。
 これが、ヤヤカの抑圧された心が生み出した何かであっても。レース・アルカーナに操られた、ヤヤカに偽装した何かの言葉であっても。
 テオドールには、そう答えることにためらいは無かった。
 届け。
 そう願って。
「私も、貴方を愛しています」
 告げた。
 はっきりと宣誓された愛の言葉に、ヤヤカ――あるいはヤヤカの姿をした何か――は、ごく無邪気な反応をした。
「嬉しい! 両想いだったなんて!」
 頬を染め、甘えるような声を出す。先ほどから一回もまばたきをしないヤヤカの目が、じっとテオドールに注がれている。表情も仕草も、年頃の少女が愛を告げられて舞い上がるような反応をする。けれど、瞳だけはじっとテオドールを見ている。無機質に。無感情に。
「わたしの愛するテオドール。わたしを愛するテオドール。わたしの願いを聞いてくれる?」
「わかりました。では、それを私が聞いたら、そこから出てくれますね?」
 にこやかに応じながら、テオドールは背中で察している。仲間たちはいつでも飛び出せる。ドーナツ状の光線は素早いが、連打は利かないとみた。ならば、踏み込むと見せかけて発生させ、終息後に駆け込めばいい。
「うん!」
 即答したヤヤカは、無邪気に続けた。
「じゃあテオドール、わたしの両親を殺して」
「――ッ」
 予想外の要求に、テオドールが息を呑む。その躊躇をきっかけに、ヤヤカの顔が急速に険しくなった。
「なによ。それくらいしてよ!」 
 棘のある声を発するヤヤカ。同時に、テオドールと仲間たちの間に、幾つもの青白く輝く光の玉が浮遊し始めた。玉は内部に雷を走らせ明滅しており、ゆっくりとメイナードたちのほうへ向かっていく。
 うかつに触れぬよう散開した三人を牽制するように、ドーナツ状の光線が奔った。飛び込めば光の玉に触れるタイミングだ。
「クソッ!」
 悪態を吐くメイナードの耳に、さらに激昂したヤヤカの怒声が飛び込んでくる。
「いて欲しいときにいなかったくせに! 力づくで奪ってもくれなかったくせに! わたしを好きと言いながら、当たり障りのないことしかしなかったくせに!」
 糾弾と同時に、レース・アルカーナの形が変わった。立方体から、底辺を上にした三角錐へ。赤黒い光がヤヤカの正面へ発生すると、テオドールめがけて放たれた。間一髪躱したテオドールを、ヤヤカが罵る。
「わたしのために死ぬことさえできないのね、この役立たず!」
「なんと言われようとも」
 抜刀したテオドールが、決然と告げる。
「貴方を救い出すまでは死ねません」
 その、言葉に。
 ほんの一瞬だけ、ヤヤカの表情が変わった。
 泣き顔に。
 パスファインダーズの面々が見慣れた、ヤヤカの泣き顔だ。
「今の……!」
 だが、その表情はすぐに消えた。代わりに現れたのは、憎悪と殺意にまみれた顔だ。昏い昏い、世を呪う者の顔だ。
「――もういい。みんな死んで」
 宣言と共に、ヤヤカの体がさらに沈み込む。再び球体に戻ったレース・アルカーナの中へ、ヤヤカはすべて飲み込まれてしまった。
 ようやく光の玉を抜けてきた三人が、テオドールの後ろに付く。
「アイツを壊せばヤヤカが戻る、ってコトでいいんだよな!?」
「内部のヤヤカさんに危害が及ぶ可能性もある……けど」
「…………やるしか、ない」
「――ああ」
 ぎりり、と奥歯を噛み締め、決然とテオドールは答えた。
「救うぞ。必ずだ!」
 その声を合図に、パスファインダーズは戦闘を開始した。
 仲間を救い出すために。
 勝利が、救出の道と信じて。

(二章後編に続く)
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