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White Knight

Juliette Blancheneige

Alexander [Gaia]

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『黒と蒼』(前編)一 (『Mon étoile』第二部四章)

公開
ご注意
この小説は、パッチ3シリーズ『蒼天のイシュガルド』のネタバレがふんだんに含まれています。
『蒼天のイシュガルド』を終了させ、『紅蓮のリベレーター』以降へ進んでから読むことをお勧めします。




 むかしむかし、あるところに貧しいけれど心優しい少年がいました。
 ところがある日、悪い人たちがやってきて、
 少年をさらってしまったのです!

 人さらいたちは、少年を山の奥に連れ去ろうとしましたが、
 途中でドラゴンが現れて、崖下まで落とされてしまいます。
 そこは、こわこわい魔物がいっぱいいる場所でした。

 少年は魔物に食べられそうになり、
 とても怖い思いをしながら、逃げ惑いました。
 そして隠れようと洞窟に逃げ込んだとき、出会ったのです。

 それは、いじめられっ子の小さなドラゴンでした。
 ふたりは助け合ううちに、いつしか友だちになり、
 やがて大空を飛んで家へと戻ったのでした。

ドラゴンになった少年
(グブラ幻想図書館蔵)



 張り詰めた空気が、冷たい風の吹く皇都をさらに厳しい雰囲気にしていた。
「これは……?」
 聖徒門をくぐり清貧の凱旋門へと向かうテオドールは、人々のざわめきを耳にした。
「何が起こってるんだ?」
「神殿騎士団同士でやりあったのか?」
「上層へ様子見に行った奴はどうしたってんだ。帰ってこねえじゃねえか」
「封鎖されてるらしいぜ。上層へ行く道を騎士団の連中が塞いでるって話だ」
 何が起こっているのだろうか。
 上層で騒ぎがあったことは確かだが、その詳細までを人々は把握していないようだった。しかも、神殿騎士団が上層への交通を遮断しているという。おそらくその逆もであろう。
「行ってみるか……」
 呟いて、テオドールは再び歩き出した。行ってみなければ封鎖の規模も分からないし、どのみち目的地であるダルシアク伯爵邸は上層にあるのだ。
 聖レネット広場を抜け、上層への回廊へ向かう。
「止まれ!」
 回廊の前に、腰くらいまでの高さの頑丈な衝立が置かれている。二人ほどの歩兵が、槍を手にして衝立の前に立っていた。その一人から制止の声が上がったのだ。
「ここは現在通行止めである。沙汰があるまでは、何人たりとも通すことはできな――」
 硬い声でもう一人が言いかけ、語尾が消えた。
「テオドール様!?」
 驚いた声を上げながら、兵士たちが面甲を上げた。見知った顔だ。ダルシアク家に属する騎士階級の者たちだった。
「お前たち……! 久しぶりだな、ブノワ、ヴァレール」
 歳が近く、幼少のころはともに遊んだりもした仲だ。思わぬ旧友との再会に、テオドールは微笑みながら歩み寄った。二人も槍を納め、駆け寄ってくる。
「お久しぶりです、お元気そうで……!」
「先日の帰郷の折は任務で戻れず、大変残念でした」
 口々に言う二人に顔を突き合わせ、頷く。二人とも壮健そうだ。
「――して、此度のご帰還は……やはり?」
 ブノワが声を潜めて言う。
「いや、事前の連絡は貰っていない」
 二人が顔を見合わせる。
「そうでしたか……皇都の危機に馳せ参じたものとばかり」
「皇都の危機?」
 穏やかではない言葉に、テオドールの声が大きくなる。
「お静かに」
 ヴァレールが諫めた。
「まだ、一般市民には知らされておりませんので。ゆえに、ここで語ることははばかられます」
 そのとき、数人の市民が回廊前へとやってきた。ブノワが進み出て対応に当たったが、押し問答のようになった。
「とにかく、一度ご本家へお戻りください。実は我々も詳細は知らされておらんのです。ここでは概要を口にするのも危ういですし」
「……わかった。しかし、通れるのか?」
 ここで自分だけが通れば、市民たちは不振がるだろう。テオドールの疑問に、ヴァレールは極めて小声で芝居を打ちます、と言い――突然大声を出した。
「旅の冒険者だぁ? 異端者の言い逃れじゃあないのか!?」
「いや、私は……!」
 察したテオドールは慌てたふりをした。咄嗟に旅装のフードを被り、二、三歩後じさり首を振る。ブノワと口論していた市民たちが驚いて、こちらを見たようだ。
「待て。逃がさん」
 ヴァレールが素早く動き、テオドールの腕を掴み後ろ手に捻る。無論フリだが、テオドールはさも極められて動けぬという演技をした。
「くそッ……! 離せよ!」
「そうはいかん。上層にいる本隊に引き渡してやる」
 言いながら、テオドールを引きずるように回廊のほうへと向かった。
「――あのように!」
 市民たちがそれを見つめるなか、ブノワが大声を出した。
「異端者が紛れている可能性があるのだ。すまんが、今しばらく耐えてくれ、市民諸君!」

 回廊の中ほど、市民たちから見えぬ場所まで来たところで、ヴァレールはテオドールを解放した。
「ご無礼をお許しください」
「なんの。お陰で助かったぞ、ヴァレール」
 全く気にせず、テオドールは屈託のない笑みを見せた。
「この辺りはダルシアクの家の者が多く配置されています。上層側を封鎖しているのもニコラとヤンですので、事情は察しましょう」
 ヴァレールが口にした二人も、ダルシアク家の者だ。ダルシアク家は伝統的に神殿騎士団へ兵力を供給する家系で、私兵はほとんど持たない。今回はそれが、テオドールにとって良い方に働いているようだ。
 二人は上層でも――ここでも下層へ降りられぬ市民が抗議していた――『不審者を上層に設置された臨時指揮所に連行する』という芝居を打ち、回廊前を抜けた。
 喧騒は、上層のほうが激しかった。
「神殿騎士団は造反したのか?」
「いや、神殿騎士団同士で争っているらしい」
「よりにもよって教皇庁の前で……猊下のお怒りに触れるぞ!」
「四大貴族は何をやってるんだ! 蒼天騎士団の出番ではないのか!」
「……どういうことなんだ?」
 人々が口にする内容が不穏すぎる。再度のテオドールの問いに、ヴァレールは声を潜めて告げた。
「アイメリク総長が――教皇庁に直談判に行って捕らえられる、という事件があったのです」
 答えるヴァレールも困惑を隠せない顔だった。
「それは……どういうことだ……!?」
「そこが、自分たちにはよく分からんのです。なんでも、竜詩戦争の『真実』を問いただす、とか。
 とにかく、拘束されたのは事実です。それに対し、教皇庁に押し入ってでも総長を奪回すべきと言う意見と、教皇庁に従うべきという意見があり……神殿騎士団も割れてしまったのです」
「……」
 テオドールの父、ユーグ・ダルシアクは神殿騎士団の副総長を務め、引退後は相談役を務めている。貴族の後ろ盾が少ないアイメリク卿にとっての、数少ない味方であった。で、あれば。
「お前たちは総長奪回派として動いていた、というわけか」
「はい。ジュリア様の差配によって、混乱を最小限に留めるために回廊を一時的に封鎖しています」
 テオドールの姉であるジュリア・ダルシアクは神殿騎士団コマンドだ。アイメリク卿とは同時期の入団で歳も近く、互いの気心も知れている。父の意向が無くとも、当然アイメリク卿奪還を求めるだろう。
 話しているうちに、屋敷の門へと辿り着いた。
「分かった。仔細は父に聞く。わざわざすまない、ヴァレール」
「いえ。落ち着いたら、冒険の話を聞かせてください」
「約束しよう」
 互いに頷き合う。ヴァレールは足早に持ち場へ戻っていった。

「突然の帰郷だな、我が息子よ」
 父の書斎に通されたテオドールは、父――ユーグ・ダルシアクが神殿騎士時代の鎧姿であることに驚いた。引退し、すでに第一線を退いた身の父までもが戦装束を纏わねばならない。それほどの事態だったということか。
「お久しぶりです、父上。ご壮健そうで何よりです」
 白髪交じりの銀髪と同じ色の眉を跳ね上げて、ユーグはテオドールを振り返った。
「隠居の爺が剣を持ったところで肉壁程度のものでしかなかろうが、立場は鮮明にしておかねばならんでな」
 齢六十にならんとするユーグであるが、身のこなしは滑らかで、おぼついた様子はない。隠居の爺とはかけ離れた宿将の姿がそこにあった。
「――で? 何用だ」
 単刀直入に尋ねられ、テオドールは戸惑った。皇都の現状について、まずは話を聞きたかったのだが。
「……我が師オーギュスト・ド・ガルヌランの居場所について、お伺いしたく帰郷しました。クルザス西部高地のはずれに隠遁したと聞いていましたが、正確な場所を知りませんでしたので。手紙で問うより、この身を飛ばしたほうが早かったのです」
「なぜオーギュストの元へ行く?」
「己の力と技を高めるために、必要な助言をもらうためです」
「なぜそうする?」
「そうせねば勝てない相手がいるからです」
「……」
 矢継ぎ早に質問をしたユーグは、突然押し黙った。しばし、目を閉じ黙考し――それから重々しく言った。
「……ならば、こちらの事は気にするな」
「しかし……!」
「時期が来れば、正式な発表もあろう。それにな。こちらはこちらで大事なのだ。この国の根幹に関わる一大事よ。
 それゆえ、こちらに一度関われば、お前は戻ることが出来なくなるだろう。我らもまた、お前を当てにする。結果、お前は自らの目標を果たすことが出来なくなる」
「それは……」
 故国の一大事。根幹に関わる事態。そう言われれば、関わらなければという愛国心や義務感が沸く。
 だが。
「お前の望みは何だ、テオドール」
「……絶対に救いたい人のために、力を得ることです」
 これは。この願いだけは譲れなかった。故国のことは、自分以外の者たちが多く関わり、どうあろうと事態は動いていくだろう。
 しかし、ヤヤカのことは。
 自分たちが助け出さないのならば、ずっとそのままだ。誰も、代わるものはいない。
「では、ここでは何も問わず、目的だけを果たしていけ」
「わかりました。師の元へ向かいます」
 テオドールは決然と言った。ユーグがゆっくりと頷いた。
「うむ。奴の現在の住処は地図に記しておいてやろう。それを頼りに行くがいい」
「ありがとうございます」
 テオドールは父に深々と礼をする。上げた顔からは、迷いが消えていた。

 テオドールが退出した後、執事がユーグの元へ来た。手に忌章――故人を忍び弔意を表すための胸飾り――を持っている。
「せめて、彼のことをお伝えになってもよろしかったのでは」
 胸甲に忌章を取り付けながら、執事が咎めるように言った。
「テオドールのよき兄貴分であったからな。――だからこそよ。彼を喪ったことを知れば、あれは立ち止まってしまうだろう。フォルタン家の方々の多くがそうであるように」
「…………たしかに」
 忌章を付け終わった執事を労うと、ユーグ・ダルシアクは教皇庁へ向かうために屋敷を出た。教皇と蒼天騎士団が去ったため、かの場所はかつてないほどに動揺と混乱に包まれている。救出されたアイメリクが復調するまで、手の足りないところを補う者が必要だろう。
 本来ならば供の者が付くのだろうが、ユーグはそのあたりの形式を顧みない実務肌の男であった。剣の腕もまだ衰えてはおらぬ。ただ一人、雪の舞い始めたグランド・ホプロンを行く。
「“真実”か」
 ぽつりと、誰にともなく呟く。かの英雄殿が聖竜フレースヴェルグの元へ赴き、持ち帰った真実。それを知ったとき、足元が崩れる思いがした。
 竜詩戦争が題目通りの生存競争ではないのだろうと、薄々は思っていたが。
「これを――あ奴はずっと黙っていたというわけか」
 オーギュスト・ド・ガルヌラン。親友にして子供たちの師、そして――元蒼天騎士。
 オーギュストは蒼天騎士としての活動を一切漏らさぬ男だった。教皇への忠誠心篤く、そして教皇からも重く信任されていた。そう人づてに聞いてはいたが、本人がそれを口にすることは全くなかった。
 引退し、今は辺境へ隠居しているオーギュストが、今の皇都を見て何を思うだろうか。
 立ち止まり、教皇庁の荘厳な外壁を見つめる。今は主のいない建物だ。あるいは、これからも。
「刃を交えずに済んだは、我が身の幸いであったな」
 お互い、友だからと手を抜くことをしない性分だ。そして、切り伏せられるのは確実に自分のほうだ。オーギュスト・ド・ガルヌランとは、それほどの武人であった。
「ダルシアク伯! 御足労をお掛けしました!」
 神殿騎士団コマンドであるアンドゥルー・ド・ダンボーが駆け寄ってくる。
「かまわんよ。それより内部の状況を聞かせろ。立て籠もる聖職者はどれほどいるのだ?」
「は。礼拝堂に三十名ほど、氷天宮に十五名ほどの聖職者が――」
 報告を受けながら、ユーグ・ダルシアクは教皇庁内部へと入っていく。友と息子のことは気がかりだったが、それらは心の奥にしまい込んだ。



 エバーフロスト山地。
 クルザス西部高地と高地ドラヴァニアの境、霊災の寒冷化の影響も薄く、かつてのクルザスの面影をわずかに残す地。かつて霊災前においては“寒い場所”を意味したその名は、いまでは『霜で済んでいる』地、“暖かい場所”を意味するものになった。
 山の中腹に小さな村がある。ロッシュという名の村だ。
 テオドールの師・オーギュスト・ド・ガルヌランは、村からさらに登った場所に居を構えていた。
 実家から空を飛べる黒チョコボを連れてきたのは正解だった。麓からの道はところどころ崩れ、また魔物が多く生息している。半面、ある程度の高さまで登れば魔物の姿もなく、雪もほとんどなくなる。ファルコンネストで聞いた、『村の住人は皆黒チョコボで飛ぶ術を心得ており、ファルコンネストにも飛んでやってくる』という話は本当のようだ。

 羽音を響かせて黒チョコボが着地する。その音に、柵で囲われた庭で洗濯物を干していた少女が顔を上げた。テオドールは柵へ向かって歩き出しながら、彼女へ微笑みかけた。後ろから黒チョコボが、クエ、と鳴いてついてくる。
「突然の来訪をお許しください。私はテオドール・ダルシアクと申します。我が師、オーギュスト・ド・ガルヌランは御在宅でしょうか」
 テオドールは一礼し、穏やかに問いかけた。年の頃は十五六だろうか、あどけなさを残す少女は上ずった声で「お……お待ちください!」と言うなり、家の中へ駆けて行った。
 待つ合間に、周囲を見渡す。簡素だが堅牢な造りの家屋に、柵に囲われた庭。納屋が一つ、チョコボ厩舎には二羽の黒チョコボがいる。先程の少女は身内なのだろうか。そういえば、師の家庭環境については知らなかったとテオドールは今更ながら気付いた。
「久しいな、テオドール」
 深いバリトンの声とともに、師――オーギュスト・ド・ガルヌランが姿を現した。
 エレゼンの中でも長身で、さらに肩幅もある。大きく、頑健な体躯。後ろへ流した黒髪も口元の髭にも、白いところは見当たらない。父と同年代のはずだが、ずっと若く見える。五年前と変わらぬ師の姿だった。
「お前が皇都を出奔して以来だな」
 笑みを浮かべ、軽い旅行にでも行った程度の口調でオーギュストが言った。
「はい。ご無沙汰しておりました。引退したとは、姉より知らされておりましたが。ご壮健そうで安心しました」
 対するテオドールも笑みを返す。隠遁すると聞いた時はまさかと思ったが、体を壊した様子は無い。それは、今こうして対峙しているだけで理解できる。
「老兵が居座り余生を過ごす場所では無いのでな。有望な若人のために身を引いたまでよ。して、ここまで訪ねてくるとは、余程のことがあったのだな」
「わかりますか」
「顔を見れば瞭然よ」
「――はい」
「込み入った事情か?」
「はい」
「わかった。ともあれ、遠方よりこのような僻地へ足を運んだ弟子を、すげなく帰すほど生活に困ってはおらん。仔細は中でじっくりと聞こう。おお、それからな」
 オーギュストは傍に立つ少女を示した。
「この娘は下の村の娘でな、オデットと言う。この老いぼれの身の回りの世話をしてくれておる。オデット、これは我が弟子テオドールだ。ジュリアの弟よ」
 ジュリア様の、とオデットが呟いた。見知らぬ者への緊張がかなり緩和されたように見えた。
「テオドール・ダルシアクと申します。よろしく、オデット」
「よろしくお願いします、テオドール様。ジュリア様にはよくしていただいております」
 オデットがお辞儀をした。ぎこちなかったが、それでも礼法にかなった礼だ。とても一介の村娘とは思えぬ仕草だった。感心したテオドールに、師が言った。
「ジュリアがたまにここへ寄るものでな、礼儀作法などを仕込まれておるのだよ」
「姉が」
 なるほど、とテオドールは呟いた。学ぶ意欲や利発さは姉の好むところだ。きっと可愛がられているのだろう。
「ジュリアもオーガのような奴と思っておったが、なかなかどうして、淑女の真似事ができるようになっておったわ」
「もう! 旦那様はジュリア様をなんだと思ってらっしゃるの!」
 オーギュストが笑ったところに、すかさずオデットが反論した。
「…………」
 弟としては、姉は『「お覚悟はよろしくて?」と優雅に一礼した直後、咆哮と共に戦斧を振り回して屍の山を築いた後に「御機嫌よう」と微笑み一礼を返す』生物だと思っているのだが。話がややこしくなるのでテオドールは黙っていた。

 鹿肉が炙られる音。シチューの煮込まれる音。それらの匂いも、台所から漂ってくる。
 オデットが食事の用意をする間、テオドールは師が手ずから淹れた紅茶を飲む。 
「――皇都を出て」
 ぽつりと、独白のように喋る。師は向かいで、何も言わず目を閉じ紅茶を嗜んでいた。
「冒険者として旅をし、戦いに身を投じるほどに、師の教えが身に沁みました」
「そうか」
 オーギュストの教えは、きわめて実践的なものだった。戦う環境を考慮すること、足場の大切さ、障害物を利用すること。そして、戦う相手の心理を読み、戦場の流れを読み、かつ臨機応変に対処すること。彼が長い戦いの中で身に着けた戦術の根幹。
 五年以上前の、まだ若いただの貴族子弟でしかなかったテオドールは、その重要性に気付いていなかった。
 しかし、友であり冒険者としての先輩であるセインの指導を受けるたびに、オーギュストの教えが思い出された。
「ほう。そのセインと言う男も、実戦が長いと見える」
「はい。カルテノー帰りの冒険者で、私と大して違わない年齢にもかかわらず、十年以上の経験を持つ男です。彼に、様々なことを教わりました」
 野営の仕方、水や食料の確保といったサバイバル術から、商人との交渉の仕方、特定の職能集団に通じる話し方といった、人間社会を生き抜く術まで。冒険者と言う職業に必要な、そして凡百の冒険者とは一線を画すために有用な知識を、テオドールはセインから教わった。
「ふむ。――良い面構えになったな」
「恐れ入ります」
「だが、そのお前をして、立ちすくむ事態か」
「はい」
「聞かせろ」
 間髪を入れず放たれた要請に、テオドールは頷いた。もとより、そのつもりで来ているのだ。
「はい。――長くなります」
「かまわん。どうせ、長逗留になるのだろう?」
 オデットが料理を運んでくる。てきぱきと並べられる皿。ワインの杯が満たされる。その杯を軽く触れ合わせた後、テオドールは一口飲み――語り始めた。

 テオドールの語りは流暢だった。一度フィンタンに対し語っているため、より良く流れをまとめて語られたようだ。
 食事を摂り、酒を嗜みながら話は続き、オデットが村へ戻って日付が変わる前には話を終えられていた。
「……なるほどな」
 オーギュストが唸る。
「相手はその魔法兵器か……しかも、ただ勝てばよいというものでもない」
「仰る通りです」
「仲間を護り、自らも死することなく、ヤヤカといったか――その女性も救い出したい、と」
「――はい」
 それが、どれほど虫のいい望みであっても。テオドールはその未来を求める。その結末を手繰り寄せたい。
「分かった」
 オーギュスト立ち上がる。
「明日の朝、まずは刃を交えるぞ。今のお前がどれほどのものか、何が不足しているのか、それを見極めさせてもらおう」
「はい。お願いします」

 翌朝、まだ日の登り切る前から、師弟は剣を以て互いと向かい合った。
 それは、両者に驚きをもたらす戦いだった。
 テオドールは。
 師の底の見えぬ実力に身震いした。
 様々な強者を見てきたテオドールだからこそ、分かる。自分が全力で向かっても、師はなおも仰ぎ見る高みにいる、と。以前はただただ雲の上の人である、としか感じなかった。だが今は理解できる。自らの師が、どれほどの強者であるのかを。
 そしてオーギュストは。
 弟子の成長に歓喜の笑みを漏らした。
「まさかここまで迫ってくるとは思わなんだぞ、テオドール!」
「恐れ入ります!」
 切り結び、回り込む。盾で牽制し、刃と刃が交錯する。鍔迫り合いから両者とも前蹴りを繰り出そうとして、鎧に包まれた膝がかち合う。どちらも獰猛に笑い、刃を軋らせながら距離を取る。
「ふふ……」
 喜悦を浮かべ、オーギュストが剣を払い、鞘に収める。
「よく分かった。お前には私の技のすべてを伝えよう。約定の一月間、ぎりぎりまで使わせてもらおう」
「……!」
 これからが、自分のナイトとしての真の修行なのだとテオドールは理解した。
 今だから理解できること、今だから届かないことが見える。この境地に立たねば分からなかっただろうことを、師は自分に伝えようとしている。
 応えねばならない。自分のために、仲間のために――そして、ヤヤカのために。
「はい! ありがとうございます!」
 自然と大声が出た。
 頷いたオーギュストは、再度剣を抜いた。もう、そこには微笑む師はいなかった。
「――いくぞ。まずは防御の技からだ」

(前編ニに続く)
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