The Lodestone

漆黒秘話

「その名に願いを」


ここ、リムサ・ロミンサにおいては、後ろ暗い奴こそ白を纏う。それが一番、街並みに溶け込むからだ。白い髪を持つお前は、生まれながらに悪党向きってわけだな――
まだあどけなさの残る、幼いサンクレッドの髪をひっつかんで、男は吐き捨てるようにそう言った。両者の間に血の繋がりはない。物心つく前に親に捨てられ路上で生きてきた少年と、それを二束三文で雇って悪事の片棒を担がせようとする商人……それだけの間柄だ。
時はまだ、メルウィブによって海賊禁止令が敷かれる前の時代。強さこそが生きる道となる海都において、商人を睨め上げつつも無言で耐える少年のことを気に掛ける者はいなかった。

悪辣な雇い主がいれば、少しはマシな雇い主もいた。簡単な仕事に喜んでいたら、次は酷い目を見ることもあった。何にせよ、仕事が終われば縁も切れる……そんな関係を積み重ねながら、サンクレッドは育っていった。幸か不幸か、彼はとびぬけて器用で身軽、機転もよく利いたので、誰に庇護されずとも生きていけてしまったのだ。
そのうちに、海賊たちすら恐れる「掟」の番人、シーフギルドに味方するのがウマいと踏んで手を貸すようになったが、そこに籍を置こうとはしなかった。彼らの中で静かに燃えている、何か誇りのようなものは、サンクレッドには分かち合い難いものだったのだ。

しかし、そんな漂流にも似た生活は、唐突に終わりを告げることになる。
サンクレッドはその日、外洋航路船の入港で賑わう埠頭でひと稼ぎしようと考えていた。
早い話が、窃盗である。
そしてある上品そうな老人の荷物に手を出して……あろうことか、返り討ちにされたのだ。
魔法によって手足の自由を奪われ、白い石畳に転がされながら、官憲に突き出されることを覚悟して歯噛みする。しかし老人は、人を呼ぶどころか集まり始めていた野次馬を散らして、いかにも気さくな様子でサンクレッドに声をかけてきたではないか。

「わしの名はルイゾワ・ルヴェユール。
 知の都シャーレアンから、研究のためにここへ来た。お前さんの名は?」

「……サンクレッド」

「姓は? 家族はどうした」

「ない……知らない……」

ルイゾワはしばし考え込むと、とても大事なことを明かすような、静かながらも真剣な調子でサンクレッドに説き始めた。その天賦の身軽さや器用さを、自分が生きるためにではなく、誰かのために使え――それこそがいずれ、サンクレッドを幸せにするというのだ。
サンクレッドは黙っていたが、その渋面からは「そんなこと言われたって」という困惑がありありと窺える。ルイゾワはそれを慈しむかのように微笑むと、驚くべき提案を持ち掛けた。
シャーレアンに渡り、才を役立てる術を学ぶのだ、と――

こうしてサンクレッドの新たな生活が始まった。
ルイゾワは彼に「ウォータース」という仮の姓を与えた。河川と知識を司るサリャクを守護神とするシャーレアンは、水を知の象徴と考える。サンクレッドがここで多くの学びを得られるようにという、ルイゾワらしい気遣いだったのだろう。
同時に彼は、サンクレッドを諜報活動の名手に預けることにした。
飽くなき知の収集が続けられているシャーレアン本国においては、諜報の技術もまた「正当に」評価をされている。その道でなら、サンクレッドの才も活きるに違いないと考えたのだ。

実際、サンクレッドは早々に己の立場とすべきことを察して、懸命に学んだ。
隠密行動をとるための身のこなしはもちろん、いかなる環境にも潜入できるように、立ち振る舞いや知識を教えられるだけ詰め込んでいく。
彼から海都の路上で暮らしていた少年の面影が消え、誰の懐にも入り込める飄々とした青年へと成り代わるまでに、さほど長い時間はかからなかった。
やがてその首元には、卓越した技能を認められて「賢人」となった証として、タトゥーが彫り込まれた。久々に会ったルイゾワは、それをいたく喜んでくれた。


当時はまだ「アシリア」と呼ばれていた少女と出会ったのは、ちょうどその頃だ。
ルイゾワの結成した「救世詩盟」に加わったサンクレッドは、エオルゼアの地に忍び寄る戦乱の兆しを受けて、密命を帯びてウルダハを訪れていた。
表向きは剣術を習得するための留学となっていたが、実際は蛮神についての知識を交渉材料として国の中枢に近づき、急速に国力を増しているガレマール帝国への対策を促すことが目的だった。
そんな折に発生した悲惨な「事故」により、サンクレッドの目の前で、その少女は天涯孤独の身になってしまったのだ。あのとき――父の亡骸にすがって、必死に呼びかけるアシリアを見たときの気持ちを、簡潔に表すのは難しい。
いつかの自分と似た境遇に転落した少女を哀れんだような気もするし、それでも「あらゆる方法を使って」生きていかなければならないと知っているからこそ憂いたのかもしれない。
あるいはもっと身勝手に、多くの技術を身に着けてなお何もできなかった自分に、ただ落胆していたのかもしれない。
――何にせよ。
形容しがたいその気持ちは、それでも、ひとつの言葉になって零れ落ちた。
「護れなかった」という、無念だった。

しかしアシリアは幸いにも、フ・ラミンという保護者を得ることができた。
そうなるともう、部外者であるサンクレッドが目を掛ける理由はないのだが、彼女の父が帝国軍の二重スパイであったという事実が発覚したため、もう少し様子を見ることにした――少なくとも、当時のサンクレッドはそう理由づけた。
もちろん優先すべきは自身に与えられた使命だが、ウルダハにいるときは時間を見つけて会いにいったし、彼女が物騒な事件に巻き込まれないよう、未然に「困った連中」をつぶしに行ったこともある。それが街のチンピラ程度ならばいいのだが、父親の遺した因縁か、帝国のスパイが彼女の周囲で見つかったときには嫌な汗が出た。
サンクレッドはアシリアに、当面は偽名を使って生きていくことを提案した。これから新しい人間関係を築き、彼女の髪色のような明るい日向を歩いていきたいなら、絶対にそうした方がいい。
アシリアはしばし考え込んでいたものの、やがて納得したのか、「……どんな偽名がいいかしら?」とサンクレッドに問いかけた。
サンクレッドはしばし閉口したのち、「ミンフィリア」という、ハイランダーとしては平凡な、かといって白々しく感じるほどありがちではない名前を挙げた。
いつかルイゾワが与えてくれた姓のように気の利いた意味を持ってはいなかったが、四六時中そばにいるわけではない自分に代わって彼女を護ってほしいと、願いを込めて。
アシリアは、微笑んでその名を受取った。

ある晩、情報収集も兼ねて酒場に向かおうとしたサンクレッドは、薄暗いウルダハの路を歩くミンフィリアを見つけた。ピックを背負っているので、採掘稼業の帰りだろう。

「どうしたんだい、ミンフィリア。普段はもう少し早く上がるだろう」

「あら、サンクレッド。今日はちょっと、トラブルがあってね……遅くなっちゃった」

肩をすくめるミンフィリアに「送るよ」と声をかけ、ふたりは並んで歩きだす。
ミンフィリアとフ・ラミンが住んでいる小さな家はそこからさほど遠くなく、今日のトラブルとやらの顛末を聞いたり、最近耳にしたくだらない噂話に笑いあっている間に、すぐ到着してしまった。

「送ってくれてありがとう。あなたはこれから飲みに行くの?
 あんまり酔っぱらっちゃだめよ。すぐに女の人にちょっかいを掛けるんだから……」

「はいはい……しかと胸に刻んでおくよ」

サンクレッドの投げやりな返事に、ミンフィリアは「もう!」と拗ねながら家の扉を押し開く。中から温かな橙の光が広がって、サンクレッドと暗い路地を照らした。
ミンフィリアは手を振りながらその光の中に溶けていき――刹那の情景を引き裂くような軋みを上げて、扉が閉まった。

間もなく、扉越しに声が聞こえる。
「ただいま!」「あら、おかえりなさい」

元の暗がりに戻った路地で、サンクレッドは静かに息を吐いた。
その姿は半ば闇に溶け、表情を窺い知ることもできない。
ただ、彼はぐずぐずとそこに留まったりはしなかった。
扉の向こうを思う必要はない。自分の役目は精々、彼女を無事に家に帰すことなのだ。
それはちっぽけな意地のようで――それでも砕けることのない、彼の誇りだった。

あの日々から、ずいぶんと時が経った。
サンクレッドは今、ゆえあって第一世界に降り立ち、歓楽都市ユールモアの地下室で息をひそめている。
その地に幽閉されているという、ある少女を救い出しに来たのだ。

この街の建物は白い岩礁を用いていて、違うと理解していても、リムサ・ロミンサを髣髴とさせる。
だからだろうか……いつか自分を雇った悪徳商人に掛けられた言葉を、ふと思い出した。
『この街では、後ろ暗い奴ほど白を纏う――』
サンクレッドは、変装のために身に着けていたユールモア兵の甲冑を脱ぎ、自前の純白のコートに袖を通しながら、呆れたような笑みを浮かべた。強化繊維で作られたそれはあらゆる攻撃から身を護ってくれる優れもので、双剣をガンブレードに持ち替えて盾役をこなすようになった彼には必要不可欠な装備だった。
一方で白を選んだのは、光に満ちたこの世界において保護色になりやすいからだ。
もしも自分が気高い騎士だったなら、あえて漆黒を纏って正面からこの街と対峙していただろうかと考えたが、一度の瞬きで思考を切り替える。
大事なのはやり方じゃない、結果だ。「彼女」を何としても救わなければ。

ユールモアを形成している巨大な岩礁は、無論、海面下にも続いている。
それをくりぬいて作られた広い地下空間は、ある時代には備蓄倉庫として、またあるときには罪喰いから人々を護るシェルターとして使われてきたらしい。
そして現在、ヴァウスリーが元首を務めるようになってからは、監獄と、メオルをはじめとした食料の貯蔵庫として使われている。

その最奥に、目的の部屋があるということは、事前の綿密な調査によって明らかだった。
サンクレッドは見張りの目を掻い潜って進みつつ、帰路の妨げになるであろう者は昏倒させ、しばし身動きできないように拘束した。正直なところ、いかにユールモアの警備が手厚かろうが、彼一人ならば出入りはたやすい。しかし誰かを連れるとなれば……しかもそれが恐らく戦闘の経験すらない少女ともなれば、難易度は跳ね上がる。彼が第一世界に来てから作戦決行に至るまでにかなりの時間を要したのは、ガンブレードの修練も含めた、「ふたりで」脱出するための準備が必要だったからだ。
サンクレッドは、何度目かの番兵の処理を終えて、やっとその部屋の前に立った。
その中にいる少女は、第一世界の人々に「光の巫女ミンフィリア」と呼ばれているが、サンクレッドの知る彼女そのものではないだろうと水晶公には言われていた。
それでも、たった一縷の繋がりであれ、彼女に通じているならば――自分は、必ず駆けつける。
サンクレッドは小さく息を吐いて、素早く扉の鍵を外した。

その部屋はあまりに普通で、それがかえって異様だった。
簡素ながらも柔らかそうなベッドと、小さめの収納棚。机と椅子は一揃いで、勉強でもしていたのだろうか、紙とペンが置かれている。一番大きいのは本棚だ。種類ごとにきっちりと、隙間なく本が収められている。地下だから窓はないが、不満に思うのはそれくらいだ。
――だからこそわかる。ここはやっと捕まえた「光の巫女」を、絶望も希望も抱かせることなく、ただ終の瞬間まで飼い続ける場所なのだと。
その中央に少女がひとり。突然の見慣れない来訪者に、水晶色の瞳をみはっていた。

「あなた、は……」

恐る恐る上げられた声は、サンクレッドの知るミンフィリアのものとも、幼いアシリアのものとも違った。思わず胸が詰まるが、努めて顔には出さないようにした。

「ここを出るぞ……ミンフィリア」

その名に込めた願いを思い出す。
あの日、確かに自分の目前にいたはずの少女の笑みを思い出す。
この先何があってもそれを忘れまいと、渾身の力で己の心に刻み付ける。

そうして差し出した手を、少女の小さな手が、ためらいがちに掴んだ。
――ふたりの間に結ばれた絆に、名前はまだない。