The Lodestone

漆黒秘話

「黒き歴史の欺瞞」


クガネ最大の酒場である「潮風亭」の一角で、奇妙な組み合わせのふたりが呑んでいた。

「素直じゃないなぁ。さっさと認めなよ、僕を連れてきて正解だったって」

もう何度目になるかわからない連れの言葉に、うんざりとしながら男はツマミに手を伸ばす。イカを天日干ししたもので、「スルメ」というらしい。

「黙れ、チビ。
 そもそも、お前が仕入れてきた情報が正確だったら、こんな苦労はしていないんだぞ」

火で炙ったスルメを咥えた男、エスティニアンが睨みつけた先にいるのは「人」ではない。
白い鱗を持つドラゴンの幼体だ。名をオーン・カイという。
かつて「蒼の竜騎士」として竜狩りを続けてきた男と子竜とが、なぜ東の果てで呑んだくれているのか。少々、説明が必要だろう。

時は少し遡る。
ギムリトの戦場にて窮地に陥っていた英雄を救い出したエスティニアンは、昏睡状態にある「相棒」をイシュガルドの陣営に送り届けると、その目覚めを待つこともなく立ち去った。
槍を振るうことしか能のない自分にできることはない。ならば前線へと戻ろうかとも考えたが、聞けば皇太子ゼノスの撤退に合わせて、帝国軍の動きも沈静化しているという。
では、どうするか――
そんな時、ふと舞い戻ったクルザスの雪原で彼を呼び止めたのが、オーン・カイだった。この妙に人懐っこい子竜は、はるか千年の昔に行方知れずとなった父竜の番いを捜すため、かの英雄と東方を旅したことがある。その旅先でエスティニアンは偶然に出会い、一度、共に戦ったことがあったのだ。
そして、オーン・カイは、彼を見つけるや、旅に連れて行けと求めてきたのだった。
どうやら東方の旅路で冒険に魅せられたようで、旅の道連れを探していたらしい。

「子守りは御免だ」

エスティニアンは、にべもなく断った。だが、オーン・カイも諦める様子はない。
逆にエスティニアンに対して年齢を聞くと、得意げに「僕は、その10倍は生きているんだから、子守りをするのはコッチだね」と笑う始末。
終始、この調子で食い下がられては、頭も痛くなるというもの。

「蒼の竜騎士は廃業したつもりだったが、
 久しぶりに竜を狩るのも悪くないと思えてきたぞ」

冗談半分で槍を突きつけてみると、オーン・カイは喜々とした表情で叫んだ。

「それだ!」

オーン・カイいわく、番い竜を探す旅の途上で、古くから東方で信奉されてきた「セイリュウ」なる竜の噂を聞いたことを思い出したのだという。
その竜は「東方の守護神」として崇められる一方で、一部の地方では「人食いの邪悪な存在」としても知られているらしい。

「ふたりでセイリュウの噂を確かめようよ!
 もしヒトを食べちゃう悪い竜だったら、ほっとけないじゃないか!」

かくして、蒼の竜騎士と子竜の旅は始まった。
だが、現地入りして方々を駆け回り情報収集をしてみると、「セイリュウ」なる存在は蛇の化身に過ぎず、彼らが知るところのドラゴンとは似ても似つかぬことが明らかとなる。
挙げ句、金銭に無頓着だったことが災いし、路銀を使い果たしたふたりは、食うにも困る状態に陥ってしまったのだった。
では、なぜ酒場で酒とツマミにありつけているのかと言えば、オーン・カイを見て「縁起物」だと喜んだ店の主人が、客引きをすることを条件に食事と寝床の提供を申し出てきたからである。

「ほらほら、僕を連れてきて良かったって言わなきゃ、スルメを炙ってあげないぞ!」

小生意気な子竜の言うことを聞くのは癪だが、ツマミもなく辛口の米酒を呑むのは御免だ。

「わかったから、ほら、火を吹けよ」

スルメを裂いて掲げると、オーン・カイが炎のブレスを吹きかけた。
香ばしい香りが鼻をくすぐると同時に、サッとスルメが朱に色づく。
さあ、もう一口。
店に新たな客が入ってきたのは、その時だった。

「いらっしゃいませぇ~!」

オーン・カイが陽気な声をあげると同時に、申し訳程度にエスティニアンも口を合わせる。

「らっしゃい……」

が、そこで言葉に詰まった。
来店したのは、ふたり組。いずれもララフェルの女性で――見覚えがある。

「見つけたでっす……!」

桃色の着物を身に着けた女性、タタル・タルが叫んだ。
もう一方の風変わりなフードを被った女性、クルル・バルデシオンは、一瞬、目を丸くしてから吹き出しそうな笑いを、どうにか押し殺しつつ語りかけてきた。

「竜騎士団から退いたとは聞いていたけれど、
 まさか居酒屋の店員に鞍替えしていたとは思っていなかったわ」

返す言葉もない。
それにも増して嫌な予感がする。これは面倒事の予感だ。

「じゃあな、オーン・カイ。
 この店にいれば、食うには困らんだろう。達者でな!」

甲冑一式を収めた麻袋を禍々しい槍の穂先に引っ掛けるや、エスティニアンは跳躍した。
吹き抜けを飛び上がり、上階の客席にタンと着地すると、すぐさま出口に向かう。
大道芸か何かと勘違いした酔客たちの拍手喝采を背に、夜のクガネを駆け抜ける。
そして向かったのは、クガネ大橋。まさか、異人の立ち入りが規制されたシシュウ方面に至るこの橋に逃げ込んだとは思うまい。
さてと、酔いでも覚まそうかと夜の大橋を行き交う人々を眺めていたら、またも例のふたりがやって来るではないか。

「その先は、この許可証がないと入れないでっすよ?」

タタルが何やら朱印が押された文書を手に持ち、ヒラヒラと揺らしている。
さすがは顔が広い「暁」の金庫番。正式な入国許可証まで手に入れていたらしい。いや、問題はそこではない。なぜ、ここに逃げたとバレたのか。

「チッ……」

すかさず飛び退き、海峡を往く船の帆柱に飛び移る。
面倒事は絶対に御免だ。こうなったら意地でも逃げてやろう。
そうして彼がたどり着いたのは、港街を眼下に見下ろすクガネ城の屋根の上だった。
さしもの「暁」も、ここまでは追ってこれまい。
だが、数分後に彼は、ふたたびタタルたちの姿を見ることになる。提灯を手にした赤誠組の隊士に案内され、曲輪を登って近づいてきたのだ。

「あいつら、なぜ俺の居所が……何か仕掛けがあるのか?」

本場コウシュウ仕込みの米酒がもたらした酔いゆえか、あるいは彼の性分ゆえか。
ともかく追われれば、追われるほどに意固地になってしまう。
徐々に近づいてくる提灯の灯から離れようと、エスティニアンは階下に飛び降りた。

「さて、朝まで耐えれば、こいつで出港だ」

いつの間にか空は白みはじめ、まさに暁の時を迎えつつあった。
日が昇れば、彼が密かに乗り込んだ廻船「黒母衣丸」はクガネから出港するはずだ。

「逃げても無駄でっす……!」

その声に、振り返ったエスティニアンが見たのは、やはりあのふたりであった。
さて、次は何処へと思考をめぐらした彼だが、その時、一方の女性が頭を抑えてフラリとよろめいた。

「だ、大丈夫でっすか! クルルさん!」

慌てたタタルが、膝をついたクルルに呼びかける。
夜通しの鬼ごっこで体調でも崩したか。であれば、自分に原因がないではない。
さしものエスティニアンも逃げるのを忘れて、介抱しようと思いかけたその時、またもクルルが押し殺した笑い声を漏らし始めた。

「視たわよ……蒼の竜騎士、エスティニアン……。
 あなた……相当に……プッ……」

こちらを向きかけたクルルが、サッと目線を外し、腹を抱えて肩を震わせている。

「クルルさん、エスティニアンさんの過去を視たのでっすか?」

背筋が凍りつくとは、この事か。
「超える力」と呼ばれる異能を持つ者たちは、しばしば対面した人物の過去を幻視するという。自分もかの英雄やイゼルと旅するうちに、幾度かそうした現場に居合わせたことがある。
では、何を視られたというのか。
この反応、まさか――思い当たる節が多すぎて、むしろまったくわからない。
が、視られては不味い過去を視られたに違いない。

「ふぅ……なにを視て、なにを視なかったのかは、ここでは触れないでおいてあげる。
 だから、少しお話を聞いてもらえるかしら?」

エスティニアンとしては、黙って肩をすくめるよりほかになかった。
かくして彼は、クルルの沈黙を引き換えに「暁」から仕事を引き受けることになった。
かの英雄やアルフィノたちが、その存在を掴んだというガレマール帝国の秘密兵器「黒薔薇」について調査し、可能ならば、それを破棄するという任務だ。
むろん、これを放置すれば帝国軍と対峙するアイメリクたち、祖国の騎士たちにも危険が及ぶだろう。ならば確かに、槍を振るうしか能のない自分にうってつけの役割と言える。

数刻の後、彼は近東の島国、ラザハンに向かう交易船の甲板に立っていた。
腰に結び付けられた革袋には、タタルが東方の伝承を巡る冒険で手に入れたという金貨が詰め込まれている。活動経費ということらしい。

「やれやれ、面倒な旅になりそうだ」

エスティニアンは、オーン・カイから土産だと渡されたスルメを懐から取り出して咥えた。
やはり、竜が炙ったスルメは美味い。

一方、その頃、クガネの「潮風亭」では、子竜とふたりのララフェルが食卓を囲んでいた。

「それで、どんな過去を視たのでっすか?」

米酒の影響か、ほんのり頬を赤くしたタタルが尋ねる。
するとクルルが登り始めた朝日のように眩しい笑顔で答えた。

「私、彼の過去を視ただなんて一言も言ってないわよ?」

早朝の潮風が吹き抜ける酒場の店内に、ひとしきり笑い声が響いた。