「とある午後の茶話」


――アラミゴの奪還をかけた、あの空中庭園での決戦から、幾らかの時が経った。
蒼茫たるロータノ海と、晴れ渡った青空に挟まれた海都リムサ・ロミンサ……その街を構成する岩礁のひとつに、見晴らしのいいカフェがある。岩礁をぐるりと囲むように築かれた木製の足場の上には、いくつかの簡素で肌触りのいいテーブルと椅子が並べられ、席の埋まり具合もそこそこ順調といったところ。かの名店「ビスマルク」に知名度では及ばないものの、ゆっくりと午後の時間を過ごすには最適な場所だった。

そんな店の片隅で、異国で起きた戦争の慰労会が行われているなどと、誰が信じるだろうか……。
ヤ・シュトラは手にしたティーカップを皿の上に戻しながら、思わず小さな笑いを零した。目の前のテーブルには、店の名物だというベリーとジャムがたっぷり乗ったタルトと、焼き菓子の数々。そしてその向こうには、クッキーを咀嚼しながら「何か?」と小首をかしげるアリゼーがいた。元々この店を見つけたのは彼女で、今回の戦いが落ち着いたらみんなでに行こうと約束していたらしい。では、そのときの約束の相手たちはというと……

「ごめん! ちょっと遅れちゃったね……!」

「……リセね。遠路遥々おつかれさま。
 適当に始めたばかりだから、気にしないで」

足早に近づいてきたのは、タタル手製の旅装を纏ったリセだった。
戦いのあともギラバニアに残り、祖国の再建に力を注いでいる彼女とは久々の再会になる。リセは嬉しさをにじませながらテーブルにつき、やってきた給仕の女性に追加の注文を告げた。そして、改めて懐かしい仲間たちの顔を見渡す。

「……あれ? これで全員?」

「クルルにも声をかけてみたのだけれど、彼女はどうしても外せない調査があるそうよ。
 お土産をよろしくと頼まれたわ。それから、我らが英雄さんは……」

ともにこのカフェに来ると約束したはずの、件の冒険者の姿はない。
アリゼーがクッキーを飲み込んで、少々不服そうにヤ・シュトラの言葉を継いだ。

「多分、またどこかを駆けまわってるんだわ。
 場所と時間は伝えてあるから、大丈夫だとは思うけど……」

リセは「あー」と苦笑しながらも納得した様子だ。

「相変わらず、忙しくしてるんだね」

「ええ……。ほかの冒険者につきあって危険地帯に繰り出したかと思えば、
 その話をイディルシャイアの子に聞かせに行ったり、どこぞに依頼品を届けたり……。
 獣人たちの手伝いもしてるらしいし、
 いつもの商会にも、また大量のトームストーンを持ちこんで……凄まじいんだから!」

つい息巻くアリゼーに、ヤ・シュトラとリセは顔を見合わせ、同時に小さく噴き出した。
アリゼーが思いきり怪訝な顔で睨んでくるが、ふたりはいっそう意味深な笑みを返す。

「さすが、尊敬する相手のことには詳しいのね?」

「はっ!? わ、私はただ、普段どんな鍛練をしてるのか、あの人に聞いただけよ。
 真似できないことばっかりで、ぜんぜん、ちっとも、参考にならなかったし……!」

「うんうん。アリゼーは、こっちでいい先輩を見つけたんだねぇ」

「ちょっと、リセまで何なの!?
 ……というか、誰かに憧れてるっていうなら、私よりむしろアルフィノだわ」

アリゼーは、取り分けられたタルトをフォークで小さく切りながら、ヤンサでの思い出を語り始めた。

彼女がドマ反乱軍とともに、アジムステップに向かった仲間たちの帰還を待ちながら、戦支度をしていた頃。度々悩まされた物資不足の問題に対し、旅人の知恵を応用して解決策を提示したのは、ほかでもないアルフィノだったらしい。用意周到な兄のこと、こうなるとわかっていて勉強をしていたのかと、アリゼーは彼に問うた。

「そしたらね、なんていったと思う?」

“実は、動機はとても私的なものなんだ。
 かつて私に旅を教えてくれた人と、いつかまた旅をしたい……
 そして、そのときに少しでも成長を見せられればと思ってね――”

「さすがにちょっと驚いちゃったわ……。
 その相手について追及したら、はにかんで『兄みたいな人なんだ』っていうのよ?
 ……勝手に兄を増やされたら困るんだけど!」

アリゼーが、フォークをぷすりとタルトに刺す。
リセはアルフィノの変化を知って素直に感心している様子だ。一方で、彼が兄と慕う人物に心当たりがあるヤ・シュトラは苦笑した。再会を待たれていることを伝えたところで、あの人物は、きっと素直に応じないのだろう……。

間もなく、給仕がリセの頼んだ冷たいレモネードを運んできた。
稀少なハニーレモンをふんだんに使用し、砂糖や蜂蜜をほとんど加えていないというそれは、爽やかな酸味で甘い菓子ともよく合うようだ。一口飲んだリセが、目を輝かせる。三人がかつて過ごした知の都シャーレアンにも、あらゆる地域や時代の料理が知識として集められていたが、やはり現地で味わうと一味違う。ましてや、美食の都としても知られるリムサ・ロミンサの料理は、味わうことを心から愉しむために作られた品ばかり……エオルゼアに来た当初は内心ずいぶん驚いたものだと、ヤ・シュトラは懐かしく思った。

「……リセ、あなたの方もまだ忙しいんでしょう?
 今日は、ずいぶん無理をして出てきたのではなくて?」

ヤ・シュトラの問いに、リセは少し目を伏せ、グラスを置いた。

「そうだね……まだまだ問題ばっかりで……。
 もう『アタシは馬鹿だから』なんて言ってられないからさ、
 一生懸命考えて走りまわってるけど、上手くいくことなんて本当に一握りだよ」

彼女の指が、冷えたグラスの表面に触れる。なんとはなしに表面の水滴をなぞりながら、リセは続けた。

「父さんならどうするだろう? 姉さんと話せたらーって、思っちゃうこともあるんだ。
 そんで、家族なのに自分はちっとも立派じゃないやって、もっとつらくなってさ。
 ……でも最後には、そんなアタシをここまで引っ張ってきてくれた人たちがいたんだから、
 絶対ここで諦めないぞーって、どうにか踏ん張ってる」

――そう言い切った彼女の表情に、かつて故郷の救済を語った姉の面差しが重なって見えたと言ったら、果たして本人は信じるだろうか。
アリゼーが小さく息をつき、問答無用でリセの皿にタルトを一切れ追加する。「えっ、まだ前のが」とうろたえるリセを制するように、ヤ・シュトラが静かな声で言った。

「いっぱい食べて頑張りなさいということよ。
 あなたときたら、よく動く分すぐおなかを空かせるし、すぐムキになっておなかを空かせるし、
 考え始めたらいつまでも同じところを行ったり来たりしておなかを空かせるし……」

「う、うぅ……そこまで酷くないと思うんだけど……」

肩を狭めてしょげはじめるリセの皿に、ヤ・シュトラはとどめとばかりに焼き菓子を置いた。

「自信をなくしそうだったら、素直にまわりの力も借りて進むといいわ。
 あなたのそばにあるのは、家族の思い出だけじゃないんだから」

リセは顔を上げ、仲間の顔を交互に見て……笑顔を咲かせて頷いた。


「あっ、そういえば、最近は新しい仲間もできたんだよ。
 同い年くらいの、解放軍にいた男の子なんだけどさ。
 政治や歴史にすっごく詳しくて、いろんなことを教えてもらってるんだ。
 今日こられたのも、探してた鉱山にまつわる古い資料を、その子が見つけてくれたからで……」

盛られた菓子を順調に減らしながら、リセはふたりに近況を語っていった。話の流れで出てきたその青年について、彼女は悩みがあるのだという。なんでも、よくふたりで話をするのに、不自然なくらいに顔をそらされてしまうのだそうだ。

「嫌われてるわけじゃない……と思いたいんだけど……。
 というか、そうだったら申し訳ないと思って、率直に聞いてみたんだけど……。
 なんか、すごい勢いで逃げられちゃって……」

「面と向かって『嫌い』って言うのに、抵抗があったんじゃない?
 私ならさっさと伝えちゃうけど」

アリゼーの身も蓋もない感想に、ヤ・シュトラはやれやれと首を振った。

「あのね、あなたたち……。
 話を聞く限りだと、その青年は、直視できないほどリセを好いてるように思うけれど?」

リセが、不意打ちに目を丸くして硬直する。
妙に長い一瞬の後に、さっと頬を染めた彼女は、勢いよく手を振って否定した。

「ないない、そんなこと……ないってば……!」

「あら、いいじゃない。それともあなた、ほかに想い人でもいて?
 ……たしか、ドマの若君が同じくらいの年だったかしら」

「なんでヒエン!? や、すごく尊敬はしてるけど……っ!
 ヒエンのことを特別に好きなのは、アタシじゃなくてきっと――」

リセは一瞬遠くの誰かを思い出すように視線を遣る。
それきり言葉は続かなかったが、ヤ・シュトラもアリゼーも、あえて追及はしなかった。
彼女は話題を打ち切るようにレモネードを煽ってから、ヤ・シュトラを精一杯睨んだ。

「そういうシュトラはどうなのさ!
 サンクレッドとか賢人たちとか、付き合い長いし……それ以外でも……」

「…………ごめんなさい、あの人たちについては考えたこともなかったわ。
 でも、そうね……」

ヤ・シュトラは、胸の内で、妹ヤ・ミトラと話したことを思い出す。

それは、ラールガーズリーチでゼノスの刃を受け、石の家で療養していたときのこと。容態がある程度安定したころに、事情を聞いたヤ・ミトラが駆けつけてきた。
彼女は姉が一命を取り留めたことに心から安堵したものの、なにせエンシェント・テレポ騒動もあった後だ……無理はよしてほしいと、ヤ・シュトラに懇願した。

ヤ・ミトラとて、姉の性格も目的もわかっている。しかし心配の裏返しもあったのか、その日はヤ・シュトラが「わかったから寝かせてちょうだい」と追い出すまで、根気強く説教を続けていった。それでもいまいち反省の見られない姉に、ヤ・ミトラが半ばあきれたように言い残した言葉が……

“姉さん、そろそろいい人でも見つけたらどう?
 姉さんは確かに強いけれど、誰かがそばにいてくれるなら、
 その方がずっといいと私は思うわ――”

ヤ・シュトラは、優雅な仕草で紅茶を啜りながら、その言葉を心の中だけで反芻した。
そして固唾をのんで答えを待っているふたりに、不敵な笑みを向ける。

「そうね……やっぱり、秘密にしておくわ」

リセとアリゼーは眉を寄せ、ヒソヒソと囁き合う。
「あれが大人のヨユーってやつなのかな」「くっ、なんとなく追求できないわ」
それを華麗に聞き流して、ヤ・シュトラは紅茶のポットに手を伸ばす。
……と、その耳がある足音を捕えて、ピクリと震えた。

「どうやら、遅れていた人が到着したようよ」

リセとアリゼーも囁きを止め、入口の方を振り返る。
その視線の先に現れたのは――当然、ひとりの冒険者だ。

「……さて、追加の注文はどうしようかしら?」

お茶会は、まだまだ終わりそうもない。