翌朝、身支度を整えるとすぐに砂時計亭を出てキャンプ・ドライボーンへと向かった。
お供えをする為の花を求めようとツツシさんに声を掛けようとしたところで、視界の端に見知った姿が映った気がしてそちらに目をやる。
不滅隊の駐屯所の前に佇む人影……あれは、シルヴィーヌさんだ。何かのお仕事だろうか。
挨拶をすべきかとも思うが、今はあまり知り合いと顔を合わせたい気分ではない。
幸い、隊士の方とお話をされていて、こちらには気が付いていらっしゃらないようだ。
今の内にと急いでツツシさんから花を求め、脇道を上って聖アダマ・ランダマ教会の園墓へと赴く。
リアヴィヌさんの墓へ訪れたものの状況が変わっている訳はなく、その墓石は壊れ、中は空洞のままだ。
(……せめて、何か彼女の遺品でも拾ってくれば、それを納める事ができたのだけれど)
墓石の欠片を拾い集めて脇に積む。何もないお墓ではあるけれど、彼女にとって忌まわしい思い出しかないタムタラに参るよりかはましだろう。
墓前にアルジクララベンダーを手向け、彼女の眠りを二度も妨げてしまった事を詫びて今度こそゆっくりと休めるように黙祷を捧げる。
教会へと立ち寄り、イリュド神父にご挨拶をしてご無沙汰をしている非礼を詫びる。幾ばくかの寄付と共に彼女のお墓が荒らされている事を伝えて後の事を頼むと外に出た。
いつの間にか日が暮れ、既に辺りは薄暗い。ウルダハに戻って宿を取ろうかと考えながら墓地を歩いていると、女性の嘆き声が耳に入った。
「私を置いていかないで……」
声の方に目を向けると、泣いているまだ若い女性の足元に男性が横たわっていた。見た感じ年の差もそう無さそうだし、彼女の夫か恋人なのだろうか。
親しい人を亡くしたばかりの彼女につい自らの姿を重ねてしまい同情をする。けれどその心中を察すると掛けるべき言葉もなく、また悲しみを再び与えている私にはその資格も無い。
彼が無事に天に行くよう黙祷だけを捧げ、彼女に気付かれぬようにそっとその場を離れる。
息を潜めたまま墓地の門を通り抜け、溜息をついたところで雨が降りだした。
カウルを羽織ったものの、どんどんと強くなる雨足にドライボーンの集落へと足を速める。
しばらく雨宿りをしようとそのまま酒場に向かいかけ、その扉の前に見知らぬアウラの男性と連れ立ったシルヴィーヌさんがいるのを見て足を止める。こちらで彼と待ち合わせでもしていたのだろうか。
ともあれ彼らがいるのであれば酒場は避けたい。さりとて雨の中ウルダハまで戻るのも面倒だ。
それなら、と踵を返して宿屋へと向かう。今夜はこちらで休む事にしよう。
生憎、相部屋しか空いておらず迷ったものの、雨の中を再び外に出る気も失せてしまった。
元より扉もない場所ではまともに休む気にはならないし、眠らなければ良いかと粗末な寝台があるばかりの部屋へと落ち着いた。
濡れたカウルを壁に掛け、すぐ手に取れるよう脇に呪具を置いて寝台に腰掛ける。
隣の部屋からのすすり泣きと雨が壁を叩く音を聞くともなしに聞いていると、様々な考えが頭に浮かんでは消えていく。
(……ここでは、置いていかれないように気をつけないと。もう二度と見たくは無いもの)
先程の彼女の言葉を思い出して感情が溢れそうになり、はぁ……と溜息を吐くと目を閉じた。
自分は絶対に嫌だと思う事を人に強いているのに、私がここにいるのは許されるのだろうか。
死後の時の流れは現世と比べてとても遅く、こちらで何年経ってもあちらではほんの瞬きの間でしかない聞いたことがある。
先に逝った方を待たせる事にはならないのだから、出来るだけ土産話を沢山持ち、ゆっくりと逝けば良い。その方が話す楽しみが増えるのだから。そうも、聞くのだけれど。
……でも、例えそうだとしても。生きている身には、時の流れは遅すぎる。
膝の上で、ぎゅっと両手を握り締める。
そんなに死後の時が長いのならば、いくら遅く逝き、土産話を集めてみたところで高がしれている。
それなら私は。一秒でも、一瞬でも早く、共に居たい。早く、逢いたい。
けれど、彼から譲り受けた命を粗末にする事は許されないし、それに比べたら私の意思など考慮するに値しないものだ。
だから、私は生を全うしなければ。その為に……我慢する為にここに逢いに来ているのだし。
でも少し不安もある。一生懸命頑張って民の為に命を使って、最期が来たら……私はきちんと彼と同じところに逝けるのだろうか。両手が血に染まっていても、きちんと、同じところに。
(……違うところに行ったりはしないわよね?大丈夫よね?)
そっと開いた両手を見る。
最初は獣や魔物を、今は同じ人すらも、人の為にと求められるままに命を奪い続け、こちらでは自分の為に更に重ねて奪っている。
それらの怨みが、罪穢れが、私が彼のいる所に逝くのを拒むとしたら。そう考えると、とても怖くなる。
(こちらでの分は罪咎を受けるのも仕方が無いけれど。でも、他はどうしろというの?最初から全ての人を見捨てればよかったの?人を助け続けたせいで、死んだ後すら一緒にいられないとしたら……そんなの、いくらなんでもひどすぎる……)
溜息をついて寝台に上がり、壁を向いて横たわる。
私が再び愛する人を失う悲しみを与えたあの彼女も、そのうちにその死を受け入れるのだろうか。
いつか彼との記憶は大切な思い出の一つとなり、再び常夜で逢える事を楽しみに生きていくのだろうか。
……私も、いつかそうできるのだろうか。
でも、もし受け入れられなかったらエッダさんのようになるのだろうか。
私と彼女との違いはどこにあるのだろう。
他の人に見える形で命を奪うかどうか、それだけの違いではないのだろうか。
(何の罪があるというの、か……。他者の命を、魂を奪うことが罪でないはずも無いのだけれど。例え何があったのだとしてもあろうと、それだけで十分罪を裁かれるに値するわよね)
ぼんやりと見るともなしに壁を見つつ考えていたが、同室者のベッドが軋む音に意識を戻す。
気が付けば雨音が止んでいる様だ。窓すらなくて分からないけれど、もう夜は明けたのだろうか。
のろのろと身を起こして軽く身支度を整え、そのまま外へ出て墓地へと向かう。
昨日供えた花についた雨粒が、まだそこまで強くない朝日に照らされて光るのを見る……少しは彼女の慰めになると良いのだけれど。
再び黙祷を捧げてから墓地を出て、休む為にウルダハに向かう。
……そろそろ、一度もとの体に戻った方が良いだろう。今はこちらに居ても、彼に逢う資格がない気がするし。
溜息を吐いて宿に向かおうとして顔を上げると、こちらに気がついたシルヴィーヌさんと目が合い、挨拶をされた。
そのまま少しだけ立ち話をし、キャンプ・ドライボーンでこちらに気がついていた事を知る。
シルヴィーヌさんは矢張り昨日の男性と待ち合わせをされていたそうで、お話が終わって丁度こちらに到着したところだったらしい。
こちらも簡単にリアヴィヌさんのお墓参りに行っていた事を話し、一声掛けてくれれば不滅隊の駐屯所で雨宿り位はできたのにと言ってくれたのを適当な理由をつけて誤魔化した。
別れの挨拶をして立ち去るシルヴィーヌさんを見送り、私も砂時計亭に向かう。
身支度を済ませるとすぐにベッドに潜り込み、元の体に意識が引き寄せられるのを感じながら目を閉じた。