※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係あったりなかったりします。
※内輪ネタが多数含まれています。ご了承ください。
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FCスターライツ学園 第1話
〜焼きそばパンの消失〜 【前編】
初めて袖を通す制服。
初めて入る学校。
初めて歩く廊下。
高揚感をも与えてくれるはずのそれらは、一身上の都合で入学が遅れた私には一抹の不安しか与えない。
私の前を歩く、温厚そうな教諭の足が止まった。
「ロゼッタさん。少し待っててくれるかな?」
「はい」
私がそう返すと、キョウ先生は職員室へと入った。私の不安をおもんぱかってか、担任となるキョウ先生は学園の入口まで迎えに来てくれたのだ。
ひとり残された私は、特にやることもなく、周りを見渡した。
目についた掲示板には、『守りたい女子ランキング』『彼氏にしたい女子ランキング』といった、職員室前には不適合に感じるものが貼られている。
普通、貼るなら成績のランキングじゃない? いや、それも嫌だけどさ。
そう思いながらも、興味本位でランキングの上位を確認する。
すげえな守りたい女子2位の子、1年なのね。
彼氏にしたい女子の1位はなんて読むんだろう。ごーと? ごて?
キョウ先生、まだかな。
暇を持て余す私の耳に、ドタドタと大きな足音が響く。
もうすぐ朝礼が始まるであろう時間にも関わらず、走っているらしいその音は、徐々に近づいていた。
現れたのは、褐色の肌の大男だった。その後ろから、色白の少女が笑顔で追いかけている。青色のメッシュが入った金髪をサイドテールにした少女の両手には、発泡スチロールが握られていた。
「やめろ! 発泡スチロールの擦れる音は弱いんだ!」
「あはは。せんぱーい、やめてあげるからちゃんと買ってこいよー」
よく分からない会話を残し、彼らは教室の方向へと消えた。
職員室前で走り回るとか大丈夫なのかね。いろいろと。
「お待たせ。さあ、行こうか」
「はい」
再びキョウ先生の背を眺めながら、私は廊下を進んだ。
FCスターライツ学園。
歴史は浅いが、自主性を重んじる校風は一目置かれている。らしい。
冠するFCという言葉がなにを意味するのかは明らかにされてはいないし、誰かが追及することもない。とりあえず、フットボールクラブではないことは確かだ。
その学園の1年3組の朝礼でクラスメイトの前に立たされ、自己紹介を終えてから気がついた。私は『自己都合で登校できなかった不憫な生徒』ではなく、『一年生の早い時期に転校してきた珍しい生徒』という扱いだった。
隣の席のサヨコちゃんは、休み時間になるたびに、甲斐甲斐しく私の様子を気にしてくれた。
「ねーねー、ロゼちゃんって呼んでもいい?
「大丈夫? 教科書持ってる? あ、やっべ。私忘れてる。一緒に見よ!
「次は教室移動だよ! こっちこっち! え? 反対? ウニちゃんありがとー!
「リア充は燃やされるって噂だよ!
「駅前に新しいクレープ屋できてたから今度行こうね!
「あー、眠い。やばい。助けて。いいや寝る。
感情の起伏の激しさに押されながらも、おかげで今朝から私を苛んでいた不安はいつの間にかなくなっていた。サヨコちゃんありがとう。
お昼休みには一緒に食堂に行く約束をしていたため、授業が終わった途端にサヨコちゃんが走りよってきた。しかし、発せられたのは謝罪の言葉だった。
「ロゼちゃんごめん! 今からね、推しの! 急遽ね! 推しのグッズが! ほんとごめんもう行く!」
それだけ早口にまくしたてて、彼女は走り去ってしまった。
行くってどこに? 早退?
仕方なく、私は購買部へ向かった。
パンでも買って、屋上で食べよう。
たまにね。食べたくなるよね。
焼きそばパンて。
別に毎日はいらないけれど、なんなんだろうね、あれ。
この学園の購買部は、エントランス近くの開けた場所にある。
購買部に並べられたパンには、あいにく焼きそばパンはなかった。潤沢なレパートリーのうち、一列だけ不自然に空いたスペースが目につく。
「ねえ、ここってなにがあったの?」
購買部のおばちゃんに尋ねると、おばちゃんは空いたスペースを一瞥した。
「そこはねえ、焼きそばパンがあったんだけど、いつの間にか売れたみたい」
「いつの間にかって、売ったんじゃないの?」
「たまにね、あるのよ。なんかこう、声が聞こえたと思ったら、焼そばパンがなくなって、その場所にお金だけ置いてあるの」
そう言うと、おばちゃんは空いたスペースに置かれていた小銭を集めた。
誰だ私の焼そばパンを買い占めたのは。
おばちゃんが小銭を片付けるのを見届けて、私は尋ねた。
「なんて言ってたの? その声」
「なんだっけ。『よっこいしょー』じゃなくて……『らせつしょー』とかだったかねえ」
らせつしょー……羅刹衝?
「それって、もうすぐなくなるんだっけ」
「なんの話だい?」
「ううん。こっちの話」
おばちゃんは不思議そうに私を見ると、私の右側を指で差した。
「そんな声があっちから聞こえたわね」
おばちゃんが指差したほうを見る。ただの廊下だ。
そっちで、羅刹衝。
私は自分の左側へと視線を移した。
離れた場所になにかある。銅像だろうか。
「おばちゃん、あれなに?」
「あれ? 知らないの?」
「うん。私、転校生なの」
実際は違うが、そういう雰囲気ならば乗っかるほかはない。
「どうりで見たことない子だと思った。あれは見ての通り、木の像よ」
素材は木なのか。
表情もない、手もない、人よりも大きな木像。
おばちゃんが言葉を続ける。
「みんな木人って呼んでるわよ」
「木人……」
「学園祭は一般にも開放されていて、他校の生徒も入れるんだけど、去年はあの木人を木刀でずっと攻撃している人がいたわね。それを今の写真部の部長さんが写真撮っていたわ」
「なにそれ見たい」
「木人を攻撃していたその人ね、木人と結婚したいって叫んでたわ」
「式にはぜひ呼んで欲しい」
おばちゃんと笑い合い、私はたまごサンドとカレーパン、あとはココアを買った。
1階の購買部から屋上まで行くのは骨が折れそうだが、探検気分で階段を上がる。
おばちゃんが気づかないうちになくなるという焼きそばパン。目にも止まらぬ速さで走りながら小銭と入れ替えて、そのまま去っているのだろうか。
それにしても、食べられないと分かった途端に、余計に食べたくなる。明日はおそらくサヨコちゃんと食堂に行くだろうから、焼きそばパンは当分おあずけだ。
階段の途中で、青メッシュの金髪の少女とすれ違った。今朝、職員室前で走ってた人だ。彼女は軽い足取りで、臆面もなく2階の教室棟へ入っていく。2階は3年生の教室だ。上の階にいくにつれて学年が下がる。
もしかしてあの人って3年生なの? でも大男を『先輩』って言っていたような。
まあどっちでもいいや。
あんなパリピのギャルみたいなのとは、関わり合いになることはあるまい。
気を取り直し、私は階段を進んだ。
《後編へつづく》