今日は、本の山の中、読書で猛勉強中の相棒のSS。
そして、日記の方は、自分の心にある言葉のいくつかを
列挙してみました。
「例えば人を踏みます。踏んだ方は痛みを感じないものです。」
人が生きていく以上、互いに傷つけあうのは宿命のようなもの。
傷つけるなとは言わないまでも、傷を受けた方の痛みを忘れないようにすれば、
人は、人にやさしくなれるのではないかと思います。
「過去は絶対に変えられない。でも、未来は変わっていく。」
あのとき、ああしておけばよかったと過去を悔やむこと、ありますよね。
でも、どんなに悔やんでも、何も変わりません。
だから、一瞬一瞬を後悔しないように生きていくしかないでしょう。
間違いだろうと何だろうと、今ある自分を選んだのは自分自身。
それならば、前に進むのみ。
「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。」
昔の映画の言葉だったでしょうか。
自分が生きる上での座右の銘でした。
でも最近、強さとは? 優しさとは? という根柢の部分で疑問が生じて、
あまり、安く使えない言葉になっています。
「強さは、信じることですか?」
歌の一部ですが、自分はそうだと思います。
生きる上で最も恐ろしいのは、疑心暗鬼~疑う心が暗闇に鬼を生むことです。
疑いが、ありもしない悪意を実体化させ、容易に信頼を破壊することがあります。
心の強さとは、信じるべきものを信じることなのではないでしょうか?
「優しさが欠点だというなら、オレは欠点のある人間でいいです。」
優しさは、時として甘さであり、弱さであると思います。
しかし、人なのですから、常に完璧であり続ける必要はないと思います。
良い言葉ですね、誰の言葉だったかな。
あ、高校生の時にオレが言った言葉だったw
「明りの数だけ幸せがあるんだ。だから、それを守りたい。」
高台で街の夜景を見降ろし、胸に浮かんだ言葉です。
守りたいな、と思う反面、その明りの1つになれないところが、
孤独で悲しいという、切ない言葉でもありますね。
今日はエオルゼアに全く関係ない話になってしまいましたが、
たまにはこんなのもいいですよね?