楽しみにしていた光の戦士の夏休みこと黄金のレガシー、無事にメインクエが終わって普段のルーチンワークが戻ってきたところです。
プレイヤー間では既に賛否両論あるメインシナリオですが、個人的に小説の書き方を学んでいる身として、持てる知識を使って備忘録を書き記しておこうと思います。
なんだかもやもやするけどうまく言葉にできない、そんなヒカセンの、言語化の助けに慣れればと思います。
>滅茶苦茶ネタバレあります! ご注意ください!<
〇 メインシナリオの構造と、事前情報のすり合わせミス
今回、光の戦士はトライヨラ連王国の王女ウクラマトからの要請を受け、彼女が参加する継承の儀を手伝うこととなりました。
FF14の主人公は光の戦士であり、プレイヤーを中心に事が回っていきます。キャラクリゲーは主人公の言動を自由に動かせない都合上、どうしても受け身であったり受動的な主人公像になることが多いですが、漆黒、暁月共にまさしくプレイヤー自身が主人公となり中心に物語が構成されていて、凄まじいなこれはと思った記憶があります。
さて、では今回の黄金のレガシー。主役は誰かと言うと、光の戦士ではなくウクラマトです。全てのシナリオにおいて、彼女を主人公に話が進んでいきます。
こうした形の物語も特段珍しくないのです。主人公が主役を見守る形で話が進む、いわばヒカセンは「語り部的主人公」です。黄金のレガシーの場合、主役はウクラマトで、ヒカセンはプレイヤーの価値観と支点で、語り部として話を進めていく形ですね。
有名どころで言えば、シャーロック・ホームズとワトソン、涼宮ハルヒのハルヒとキョン、のような関係性だと思います。
語り部は読み手やプレイヤーが共感しやすく、且つ親近感の湧くキャラ。そうして主役が活躍ないし行動していくのを見守る形の物語です。アバターである光の戦士が語り部である以上、プレイヤーの感情移入度はかなり高いでしょう。
そしてもう一つ。黄金のレガシーは、超長編ではなく中編の上下分割といった印象を受けました。
最初から最後まで同じ命題が続いてはいますが、前半と後半で同じことをやっているのです。
前半は継承の儀を通してトライヨラの話を。後半は黄金卿や永久人を通してアレクサンドリアの話を。ヨカ・トラル編とサカ・トラル編とわけて考えても、物語としては成立します。
文化を知って、じゃあこの後どうする? と言うところまでいかないのです。
起承転結や三幕構成に置き換えてみると、構成としてはこうなるでしょう。
序盤(起):パッチ6.5パート2、ウクラマトと出会う
中盤1(承):ヨカ・トラル編、継承の儀
中盤2(転):サカ・トラル編、トライヨラの窮地を救うために行動
終盤(結):アレクサンドリア編、原初世界、鏡像世界をも巻き込んだ大事件
序盤で提示されるのは
「その物語がどんな話で、どんな目的で進んでいくのか。その物語の醍醐味」
です。
さて、ここで思い出してみましょう。光の戦士が今回トラル大陸を訪れたのは、ウクラマトから協力要請を受けたからです。
つまり、序盤に提示された目的を、物語中盤で既に解決しているわけです。黄金郷やクルルの耳飾りの話はまだ決着がついていませんが、これはあくまで副次的なシナリオ、いわばサブテーマやサブシナリオととれます。
パッチ6.5パート2で提示された目的と醍醐味を整理しましょう。
目的:ウクラマトを継承の儀で勝たせて王にする
醍醐味:黄金郷があるとされる、光の戦士にとって未知の大陸であるトラル大陸を舞台にした冒険譚
まだサカ・トラルが残っていたとはいえ、中盤で光の戦士の為すべき仕事は終わっていたんですね。なので繋ぎとして、且つ後半の序盤として、シャーローニ荒野でのクエストを入れた。前半と後半は、作中内でかなり期間が開いていても成立する流れになっています。
そして、プレイヤー向けのあらすじとして、PLLでこんな表現が使われていたのを覚えています。
「暁を二分する、熾烈な継承者争いに巻き込まれていく」
この文面と、ウリエンジェとサンクレッドが他陣営に居ることから、彼らとガチンコバトルができるのでは…‥!とワクワクした人も多いのではないでしょうか。私もそうでした。頼れる味方を敵に回した時、どれだけの苦難があるのだろうと。
これもまた、運営から提示された醍醐味の一つと言えるでしょう。苛烈で殺伐とした継承者争いが行われると、想像させるに難くない文章です。
しかしながら、継承の儀の内容は、継承者同士で争うよりもトライヨラに属する民族を理解し、受け止めていくためのもので、お互いを蹴り落とすような戦いはありませんでした。
思ったよりも殺伐としてなかったな、と感じたヒカセンも多いかもしれません。
この事前情報と実際のシナリオの温度差が、プレイヤーをもにょっとさせた一因になっているのではと思います。想像していたものと出されたものが違ったわけですね。
〇 黄金のレガシーの〝セントラルクエスチョン〟とは
此処からは憶測でしかないので、こんな意見もあるんだー、的な感じで軽く読んでください。
小説や物語、脚本において、ターニングポイントやミッドポイントと呼ばれるちょうど中間地点には〝セントラルクエスチョン〟が置かれます。
セントラルクエスチョンとは、ストーリーの最後で回答が為される問いかけです。その作品を象徴するテーマにもなります。終盤は、序盤で提示した醍醐味やテーマと、セントラルクエスチョンを同時に回収できるものが望ましいです。
では、黄金のレガシーのセントラルクエスチョンとはなにか。
正直、微妙なところだと思います。恐らくですが、「ウクラマトはトライヨラを守れるのか」でしょうか。
きっちり回収されているので、話の構成上問題はないはずです。が、なんというかその、まぁそりゃそうだよね感があって、そこまでの緊迫感はなかったでしょうか。
成されるべき事象であり、理由ではなかったのも一因かもしれません。
余談ですが、このセントラルクエスチョン。漆黒であればキタンナ御影堂でのゾディアークとハイデリンの真実、暁月であれば終末に襲われるラザハンが該当します。
漆黒では「ゾディアークとは、アシエンの本当の目的はなんなのか」
暁月では「終末から世界を救えるのか」
がセントラルクエスチョンに該当します。
〇 ちょいちょい雑なキャラクター描写
特に目立ったのはこれだと思います。本当にもったいない。
ざっくり言うと、「キャラの掘り下げが足りず、伏線も足りず、言葉に違和感があり、情報が唐突に出てくるので置いてけぼりを食らう」です。
キャラ全体に言えることは、〝黄金のレガシーという物語を通して何も変わっていない〟です。
物語とはキャラクターの人生を描くもの。そのストーリーを通して、キャラクターがどのように変わったかを楽しむためのものです。
が、今回黄金のレガシーで顕著だったのは、元々持っていた感情が表に出ただけで、物語を通して心情や考え方、思いが変わっていないキャラが多かったことです。
では、キャラ別に気になったところを書いてみます。
〇 コーナ
コーナは普通に考えが変わっていたので、一番違和感がなかったように思います。
元々はシャーレアンのハイテク文化コンプレックスを拗らせて、自国の文化無視で文明化を推し進めようとしていたコーナですが、継承の儀を通じてトライヨラの民の生活を知り、己の知識を生かしつつ、文化も大切にする。そんな考えにシフトしました。
普段は冷静でぶっきらぼうだが、シスコンでありウクラマトの身に何かあったら正気じゃいられない。そんなところも尺を使って表現されており、人間味のあるキャラクターになっていたと思います。
コンテンツサポーターやインスタンスバトルで被弾が多い所も、学者肌なので戦闘は不慣れなところが出ていてよかったですね。
〇 バクージャジャ
お前、手のひら返しが唐突過ぎやせんか???
最初に登場した時のバクージャジャは、傲岸不遜で自分が最強であることを自負し、他族を蔑み冒涜する、典型的な敵キャラで三下として描かれていました。私もプレイ中に「早くこいつを俺の手でボコボコにさせてはくれんか」と思っていました。
が、継承の儀終盤で、その言動が虚勢であり、本当は性根の優しく話の分かる奴だった、ということが分かります。言葉遣いも序盤と継承の儀の後ではちょっと変わっていましたよね。自らを生み出す過程で出た死産の量が、彼の重圧にもなっていた。だからこそ王を目指すことを止められなかった。
虚勢を張る、という点では、ウクラマトも同じですね。弱い所を決して見せようとせず、見せられなかった。
つまり、序盤のバクージャジャは、一族の悲願を叶えるために王であろうと振る舞ったバクージャジャと、本来の性格のバクージャジャ、二つの側面を持っていたことになります。
が、後者の描写が欠けていた。ウクラマトとバクージャジャの一騎打ち終了後、魔のバクージャジャがウクラマトの事を「彼女」というシーンがありました。
これ、最初はびっくりしました。今までメスネコちゃんって呼んでたのに、突然どうした? と。そんな呼び方で呼ぶキャラだったっけ?と頭を抱えました。
ところどころでバクージャジャ陣営のカットシーンが入っていたので、そこで双頭としての威厳や使命と本来の優しい面が反発し合う場面もいれられたと思います。それがなかったので、バクージャジャの言動が急に変わったように見えて唐突感が出たんですね。
中盤を越えてからは普通にいい奴だったので、本当に育った環境がアレだったのによくもまぁ真っ当な性根を保てたなぁ~と思いました。
〇 ゾラ―ジャ
> よ く わ か ん な い <
ゾラ―ジャは敵役なので、特に言う事がないです。正直何とも思っていないので、ゾラ―ジャに関しては他の方の感想や考察をみてもらった方が糧になると思います。
超小野D、としか感じなかったからなぁ……父グルージャジャを越えることを目的としていながら、統治の仕方が親父の二番煎じで、強さゆえに隣における他者がいなかった。故に道を踏み外しても引っ張り上げてもらえなかった。救われない典型的なキャラ造形でしょう。
〇 グルージャ
シナリオを進めるために必要なキャラクター、というだけな印象。彼がいないと話が進まないが、彼でなければならなかった理由はなんなのか。ゾラ―ジャの血縁であり、彼が彼であった理由は、シナリオを動かすだけです。そもそもゾラ―ジャがどうして子供を作ろうと思ったのか、棄てたのか、わざわざ王位継承の権利を与えていたのか、台詞だけではさっぱり分からない。
読み手に〝よく分かんない〟と言われるのは、書き手として一番恐ろしいことです。
〇 ウクラマト
さて、本題です。賛否両論、好きも嫌いもプレイヤーごとにはっきり分かれるウクラマト。彼女は「ライターに喋らされていた」キャラだと感じました。
ウクラマトのセリフでよく出ていたワードがあります。
笑顔。旅路。平和。知る。
もうちょっとあったと思いますが、覚えているのはこんなところ。そのくらい、出てくる頻度が多かった単語です。
恐らくこのすべてが、黄金のレガシーのテーマと言える単語でしょう。道を路と置き換えていたので、余計に強く感じました。
道といえば雑多な道なき未知を行く道、路なら己で整地して整えた通るべき路、こういった印象を受けました。己が歩みたいと思った確固とした信念を路と例えたのかもしれません。
民の笑顔を守るためにはどうするか。
自分の進むべき路はなにか。
平和とは何か。
知らないと受け継げない、など。
けれど、これはテーマです。テーマとは作中に散りばめ、読み手やプレイヤーに感じてもらう要素の一つ。重要な単語やワードを出せば出すだけ、出した時のパワーは薄れます。
ハイデリン・ゾディアーク編でいう、「聞いて、感じて、考えて」もテーマの一つだと思います。このワードは要所でのみ出てきて、乱発されることはありませんでした。三つのワードを繋げた文章で、通常のセリフとして組み込みにくいところがあるからですが。
ウクラマトのセリフは、台詞であった時が多いです。使いやすい単語であるからこそ、ウクラマトの言葉としてローカライズさせずにそのまま喋らせてしまっている印象を受けました。
旅路ってちょっと固めの言葉、ウクラマトの性格なら台詞として言うかな?
アタシの道とか、進む場所とか、欲しいものとか歩いていくとか、そういう言い方をするんじゃないかな、と。
知りたい、笑顔がいい、平和を守る。この言葉が多用された結果、言葉自体が持つパワーが薄れ、言えば言うだけチープに聞こえるようになっていた。加えてウクラマトの言葉として変換されていなかった(ように感じる)ため、尚の事言葉が浮ついて聞こえたのでしょう。
それから、ウクラマトは兄二人に対してコンプレックスを持っており、序盤で虚勢を張っていました。
知を有するコーナと、武を有するゾラ―ジャと。じゃあアタシは何を継いだんだ、と悩むウクラマトですが、これの解決が早かった。平和を愛する心だと劇中では出てきますが、私個人としてはそうではないと思います。というか心だけでは何も為せません。
ウクラマトの武器は、明朗快活とした性格からもたらされる人脈だと思います。知り合いが多ければそこから情報を拾い上げやすくなり、物事の解決に繋がる物事を引き寄せやすくなる。これまでのシナリオを読んでいてそう思ったのですが、出されたのが心だったのでちょっとだけスペキャ顔になったのは否めませんでした。
人脈が武器であれば、それを使って光の戦士というハイデリン史上最高峰の武力を味方につけられたと捉えられます。複数人の知識を持って解決に導くのかな、と思えば、結論がそこではなかったのでずっこけました。
前述したように、平和を重んじ民を守りたい心は元々ウクラマトが持っていたものであり、継承の儀によって表層化しただけで旅を通じて生み出せたものではありません。元々真っ直ぐだったウクラマトの考えはかなり強固で、物語を通じても変わることはありませんでした。変わったのは虚勢を張ることを止めた、人を頼ることを覚えたくらいですが、変化というには描写が弱かったように思います。
それから、ウクラマトがバクージャジャを倒せた理由が判然としないのも引っかかっています。斧が一撃で刃こぼれするほどの実力差だったにもかかわらず、一騎打ちでは圧倒してみせました。ただ、記憶が正しければ特殊なバフがついていたわけでもありません。
武も理も弱いと自覚していたウクラマトが、心の力で勝ったなら。それはデュナミスによるブーストがかかったからだと思いますが、であればデュナミス系統のバフをつけてもらいたかったなと思います。
バクージャジャのメンタルに徐々にデバフがかかっていたのもありますが、倒せたのは民を想う心があったからだ──と言われても、なんか薄っぺらいなー、と感じてしまう次第。精神と肉体の強さは全く別のものですし……
結局デバフかかってたから勝てただけで、本来であれば力及ばない力量差だとおもうんだが、ともにょもにょしてしまいます。物理的なパワーアップイベントがあったわけでもないし。
統括して、すごく薄っぺらいのです。ウクラマトが心の底から話しているように思えない。
それでいてウクラマトから光の戦士に向けられる信頼は相当のものなので、なんでこんなに馴れ馴れしいんだよこいつ、と思われるわけですね。
こちらはただ仕事と趣味でやってきているだけなのに、なんか妙に懐かれて家族と同等の扱いになってる……なんだこいつ……となるわけです。後半からメンバーがウクラマトのことを愛称で呼ぶようになりますが、ヒカセンとしては愛称呼びはちょっと、って感じでした。
総じて、ウクラマトが確かに平和と笑顔を求めているにしても、その根本的な理由までが明かされていない、または弱かったように思います。元々そういう性格だから、で片付けられるかもしれませんが、補強する何かしらの情報は欲しかったです。
〇 FF14は勧善懲悪のストーリーではない
どちらかといえば、信念と信念のぶつかり合いな印象が強いFF14です。各拡張パッケージでも、譲れない信念をもってラスボス戦に挑んでいました。明確な善悪がないからこそストーリーに深みが出ていた気がします。
それ故に、今回ウクラマトがスフェーンに対して〝間違っている路〟という言葉を使っていたのが引っかかりました。
スフェーンの選択は、彼女からしてみれば何も間違っていないのです。そして、ウクラマトの選択も間違っていない。お互いがお互いの守りたいもののため、敵対することとなりました。これまでのシナリオを見てきたプレイヤーなら、ぼんやりとでも感じとれていると思います。
己のエゴで永久人達を殺すのだと。それを守りたい人がいることを知りながら、そこに記憶の残滓といえど生活しているものがあると知りながら、自分のために利用するのです。
それを肯定するのなら、生者を踏みしだいてでも進み続ける覚悟を示してほしかった。
だから、スフェーンが自国の民がゾラ―ジャの号令によって窮地に瀕した時、私は「お前がやろうとしてたことやぞ」と思いました。ウクラマトが大切に思うトラル大陸の人間に対して、お前がやろうとしていたことだぞ。立場が変わって、命じた者が違っただけやぞ、と。
スフェーンは覚悟ガンギマリなキャラではありません。そうあれかしと願われ、作られ、維持されてきた存在です。己の命題のために躍起になるのも当然でしょう。が、心が邪魔をするが故に、それが彼女の弱みや人間臭さにも繋がっていました。
──が、やはり「ふーんそうなの」程度にしか思いませんでした。スフェーンに対しての感情移入や思い入れもあまりなかったんですね。同情よりは彼女がやろうとしている所業への怒りの方が強かったです。
エメトセルクが語った黄金郷や鏡像世界の驚くべき文明はどんなものなんだろうとワクワクしていましたが、こんな形で知りたくはなかったなと思いました。
鏡像世界が危機に陥っていて、現場に行ったなら解決するために奔走するのに。もう全て終わった後で、後始末をすることしかできなかった。
ヘリテージファウンドの30年のタイムラグだって、ソリューションナインの文化や成り立ちだって、理不尽に生活を奪われ、合わせざるを得なかった人々が根底に居ます。年数が経ったことで馴染んで、問題ないよという風で目の前に現れますが、元々異物であった以上、やるせなさが勝ります。
〇 細かいストーリー構成が単調
人間、良いことばかりでも悪いことばかりでも飽きます。
シナリオの大枠としての順風満帆なパートや、困難続きのパートはありましたが、細かい所を見ると感情の起伏に乏しかったです。
継承の儀は思ったよりも深刻な問題が少なく、シナリオ通りにさっくり解決できました。ヴァリガルマンダについても、倒せるだろうと薄々分かってはいましたし、覚醒したときも巻き込まれて死人が出た描写はありませんでした。
サカ・トラル編でも文化の理解という命題があるため、プレイヤー側が窮地に陥ることはあまりありません。周りが巻き込まれて救助するパターンもありましたが、こちらの陣営が被害を被ったわけでもありませんでした。
確かに右肩上がりの盛り上がりにはなっていた──とは思いますが、緩急がついていたかと言われると微妙かな、と思います。
〇 よかったところ
コメディシーンは良かったです。ウケブさんのお決まりの流れとか。ヒルディの演出がうまく使われているなーと思いました。
説明がくどいところはありましたが、いつメインシナリオを再開しても状況把握がしやすいように、でしょう。額面通りに捉えるなら、理解しやすい内容だと思います。
構成としても非常にオーソドックスで王道路線をいっています。感情曲線も起伏は抑えめだったものの、まぁまぁ定例通りと言ったところでしょう。最後はきっちりまとめて来たなぁ、と感心しました。
〇 最後に
執筆されたシナリオライターさん、お疲れさまでした。非常に困難な仕事だったと思います。
事前に仕込んである設定が一切なく、石川夏子氏の後釜でプレッシャーは相当のものだったでしょう。プレイヤーからの評価はどうあれ、アドバイザーである石川氏と吉田PDの容認はあるのですから、あまり気を落とされないように。
粗は目立ちましたが、その分伸びしろがあるということ。この感想が、皆様方の糧になれば幸いと思います。