※架空のサブクエスト・エピソード妄想。二次創作小説です。
※新生エオルゼア・第七星暦ストーリー(パッチ2.1)頃の話。
※弓術士クエスト(Lv30まで)の軽いネタバレを含みます。第1話第2話
第3話第4話(終)
◇
グリダニアの名所の一つとも言えるカーライン・カフェは、外観から内装に至るまで、実に優美な造りとなっている。
高い天井は一面がステンドグラスに覆われ、昼間の陽光の下のみならず、夕暮れ刻や月の冴えた夜の店内も、一見の価値ありだろう。
一方、店の優雅さに対して、客層は案外多種多様である。
何しろ世界各地の冒険者が出入りする場だ。どこぞの客が連れてきた、タイニークァールとウルフパップが取っ組み合いの喧嘩をしていたり、獅子か虎のような顔面の、毛むくじゃらの種族が、一人でちまちまとサラダを食べていたりもする。
という具合なので、むくつけき男三人が、香茶を飲んだりキッシュをつついたりしながら、辛気臭い顔をつき合わせて話し込んでいたとしても、さほど悪目立ちしない。俺の傍らでは相棒のタビスズメが、菜っ葉をバリバリと囓っていたりもするが、店主のミューヌはこのスズメとも顔馴染みだ。
「それで?そろそろ種明かしをしろよ。彼女から何の情報を得た?」
イウェインがそう切り出し、俺は「ああ」と応じる。
「つまり、さっきのレイの話は大部分噓でな」
「……出鱈目を言ってるってのは何となく分かったが」
「まず、シルヴェルが噓を吐く時の癖は、『やたらと歩き回る』じゃない」
正確にはその癖というのは、『口元に手を当てる』仕草である。先程レイが牢の中で、事実と異なる話をする度に、やってみせたものだった。
それを暗号の合図と解釈して、レイが口元に手を当てた時、どんな単語を口にしていたかを思い起こす。
俺は手帳のページを一枚破り、覚えている限りの言葉を書き出していった。
『歩き回る』
『中央森林』
『ストローパー』
『南』
「分かった所では、こんな感じだな」
「ふん。上出来だ」
シルヴェルが憮然とした顔で走り書きを眺める。
「何かの情報を、内密にこちらに報せる必要があった……それは良いとして、しかし何故、カモフラージュのための出鱈目話が、俺への不名誉な罵倒になる?」
「日頃の鬱憤晴らしかなあ」
のほほんと香茶を啜りながら意見を述べると、シルヴェルは不機嫌な眼差しをこちらに投げた。
「成程。優秀じゃないか、レイ・アリアポー」
イウェインがにやりと笑ってレイの功績を称え、それから紙に書き連ねられた単語に視線を投げる。
「で、問題はこいつをどう読み解くか、だ」
「それともう一つ」
俺は鉛筆を握ったままの手を挙げた。
「レイは何でまた、大人しく捕まった挙句口を噤んで、こんなまどろっこしい方法で情報を伝えようとしたんだ?」
「奴は情に振り回され易い」
そう言うシルヴェルの声音は、詰る風ではなく、同情とも羨望ともつかない感情が僅かに滲んでいる。
「自分の証言が、誰かの身の危険に繋がるとでも考えているのか?……全く、何を抱え込んでいる」
「逮捕された時、既に抵抗出来ない状況に立たされていたのか。鬼哭隊にも訴えられない事情ってのは、一体何だ?」
イウェインの指摘に、俺は目を眇めて自分の書いたメモを手に取る。
「中央森林の、ストローパー生息域っていうと……“芽吹の池”か」
レイが捕まった山小屋も、その付近だ。そして、アロ・タンヴィエは件の山小屋を拠点に、黒衣森の植生を調査していた。
「――『中央森林、芽吹の池。そこから、真っ直ぐ南へ向かえ』。レイからのヒント、一先ずそういう解釈でどうだ?」
メモを見つめながらの俺の提案に、イウェインは渋面を作った。
「『歩き回る』は……そのまま、『歩き回って手掛かりを探せ』ってところか?やれやれだ。安易に首突っ込むんじゃなかったぜ」
とはいえ乗りかかった舟、とイウェインは首を振って続けた。どうやら、事の真相を自分の目で確かめるまで、付き合うつもりらしい。
「うっかり巻き込んじまって悪いね」
と、俺は苦笑いと共に詫びる。
「なに、俺の気が済まねえってだけの話だ。それにしても――お前の解釈どおりの指示を彼女が出していたとして――南に行って、何が分かるって言うんだ?例の、逃げた園芸師の行方か?」
イウェインの疑問は尤もだった。
「お前の知人を悪く言う事になるが」
シルヴェルが俺に断ってから、冷静に話を進める。
「そのアロという男が、メネフィナポピーの取引に手を染めていた。レイはアロに嵌められ、何らかの弱みを握られた上で、密売犯の濡れ衣を着せられた。しかしレイは真犯人の潜伏先を察知していて、俺達にそれを伝えようとした……最もあり得そうな筋立ては、そんなところだ」
「確かに……」
そう応じざるを得ない俺だったが、しかし、納得はしきれない。
「贔屓目ってやつかもしれんがね、どうも違和感があるんだよな。アロの奴がそんな事、するかなあ」
「お前も知らねえ訳じゃないだろうが、どんな善人でも、道を誤る事はあるもんだぜ。そいつ、食うに困ったりはしてなかったのか?」
「……してた。ちょっと事情があってな、なかなか安定した仕事が得られなかったんだよ」
それもあってレイを紹介した、と説明すると、目の前の二人は揃って暗澹とした表情になった。
特にイウェインは、アロと同じシェーダーの槍術士が引き起こした、後味の悪い事件を思い出したようだ。
グリダニアは、都市としての規模の割に治安が良く、平穏だが、波風の立つ事を好まない閉鎖的な気質ゆえの弊害もある。異邦の民族への差別、建国以来続くシェーダーへの偏見……そこから生まれる貧困と犯罪が、更なる疎外へと繋がる。どこの土地でも起こり得る、負の連鎖という奴だ。
「事情というのは?」
シルヴェルが尋ねる。当然訊かれるだろうと分かってはいたが、俺はばつの悪い思いで、軽く頭を抱えた。
「それなんだが、本人がいないと説明しづらい事情で……勘弁してくれ」
訝しげに眉をひそめるシルヴェルだったが、
「まあいい。確かに、当人の行方も知れないうちから、事情だの動機だのをどうこう言っても仕方ない」
と口を閉ざし、一先ず、アロへの追求はそこで打ち切られた。
「となると、次の手は……何が待ってるかも分からんが、レイの言葉とお前の解読を信じて、黒衣森を探ってみるしかなさそうだな。地道な探索になるぞ」
イウェインが、拳と手の平を合わせてみせる。
何しろ黒衣森は広大だ。幸か不幸か、イウェインもシルヴェルもこの後は非番だそうで、丸一日潰す覚悟でいる。俺は次の『暁』の仕事まで、少々のんびり過ごすつもりだったが……仕方がない。
「事件屋の仕事は本来、地道な調査が大半だって、知り合いの事件屋のまともな方が言ってたよ」
「事件屋になった覚えはないぞ。それに、『まともな方』というのは何だ」
どうせまた厄介な知り合いでも増えたのだろう、と、シルヴェルは失礼な物言いをしてみせた。実際、そのとおりなのだが。
◇
とにもかくにも、俺達は森へ向かう事に決めた。
解決を急ぎたい様子のシルヴェルは、真夜中にでも出発しかねない勢いだったが、俺は少し調べたい事があったので、半日ばかり猶予を貰って解散した。レイもあの様子なら、すぐさま身に危険が迫るという事はないだろう。
翌日、寝不足気味の状態で白狼門前に顔を出すと、イウェインとシルヴェルが揃って眉根を寄せた。意気投合し始めたようで何よりだ。
「何だよ、眠たげな顔して」
「……実際眠いんだよ。ほぼ徹夜だったから」
「武器はどうした?弓も槍もないようだが」
右からイウェインに小突かれたと思えば、今度は左からシルヴェルに不審がられる。意気投合するのも良し悪し、といったところか。
「ああ、槍と弓は今、ハーストミルで預けて修理中で……今は小刀と、釣り竿くらいしか持っとらんね」
元はと言えば、ハーストミルを訪ねたそのついでに、グリダニアに寄ったのだ。勿論、こんな事態になるとは思いもしなかった。
他に手持ちの武器としては、ウルダハでとある老人から強引に押しつけられた、立派な拵えの刀があるのだが、これは今、チョコボの背に括りつけた鞄の中である。そのチョコボはというと、厩舎でよく寝ていたので、もう少し休ませてやろうと思って、鞄とタビスズメと一緒に預けてきた。
「丸腰で黒衣森を歩き回るつもりかよ」
イウェインが深々と溜息を吐いた。
「全くお前、よく帝国だの蛮神だのとやり合って無事に生き延びてるよな」
それについては俺も、常々不思議に思っている。
「ところで、一体今まで何を悠長に調べていたんだ?」
シルヴェルの質問に、俺は鞄から手帳を取り出して渡してやった。
「街の中じゃ説明しづらい事を、ちょいとな。歩きながら話そう」
◇
俺が知りたかったのは、これから向かう土地の管理者についてだ。
スカンポの安息所に、芽吹の池。そこから西に進むと、かのハウケタ御用邸に至る。
元々、歴代の幻術皇の住まいとされていた御用邸が、先々代の幻術皇によって手放され、名門ダルタンクール家の所有となった事は有名である。
ダルタンクール家は屋敷を得た際、周辺の土地も買い上げ、私有農地としていた。しかし第七霊災ののち――気候の変動による作物の不作や、当主であるレディ・アマンディヌの精神の失調を受けてだろう――所有していた土地を、いくらか手放したとされている。
このうちの一箇所、芽吹の池から真っ直ぐ南部森林方面に下った、ある一帯について調べてみると、ややこしい転売や賃借の痕跡が見つかった。
ごく短期間のうちに、土地商人の手に渡った上で、一旦ダルタンクール家の所有に戻り、その後格安の賃料で、ナイセルという人物が借り受けている。
現在実質的な管理人は、そのナイセル家であるらしい。
「ナイセル家か。ダルタンクール程じゃないが、名家で知られてるぜ。かつては、優秀な道士を何人も輩出してた。鬼哭隊、神勇隊、双蛇党にも顔が利くって話だ」
手帳をめくるシルヴェルの横合いから、イウェインが口を添える。
「かつては、っていうと?今は事情が違う?」
俺はグリダニアの政治情勢に今ひとつ疎い。疑問をそのまま口にすると、イウェインは声のトーンを落として答えた。
「ああ。ここんところは、道士どころか幻術士も育たず、政治的発言力って意味ではいまいち振るわないという話だ。能力不足じゃ、精霊評議会にも加入出来ないからな。私腹を肥やすのにかまけて本分を疎かにし、精霊の怒りを買ったのだ……なんて噂も立ったとか。しかし、今も影響力は舐められないぜ。金の力ってのも強いもんさ」
ウルダハほどに露骨ではないが、グリダニアでも無論、経済力がものを言う場面はある。そこに血統の良し悪しまで絡んでくると、単純な実力主義や拝金主義より寧ろ厄介かもしれない。
「ダルタンクール……あの、惨劇の舞台となった御用邸か。お前達冒険者部隊が直接調査に立ち入り、事件を解決したと聞くが」
手帳の記述を読み進めていたシルヴェルの言葉に、俺は顔をしかめた。
「すっきり解決とは行かなかったけどな。あんまり思い出したくない話だ」
「……この『ウルサンデルの証言』というのは?」
手帳の一ページを、シルヴェルの指が指し示す。
「その人は、長年ハウケタのお屋敷で働いてた元執事だ。レディ・アマンディヌの交友関係について、少しばかり聞きたい事があったもんでね」
「今回の案件に、ダルタンクールの元当主が一枚噛んでるってのか?しかし彼女は……」
そう、レディ・アマンディヌは既に亡き人となっている。心に抱えた闇をアシエンに利用された挙げ句、妖異に魂を蝕まれ……最終的には、俺の手で葬る事になった。
御用邸事件について、ことの詳細までは公表されていないはずだが、何かと事情通なイウェインは、一応顛末を知っている様子だ。
問題は生前の彼女――それも、アシエンに唆されて、妖異召喚の儀式にのめり込む以前の行動である。
霊災で多くを喪失し、精神の均衡を崩し始めた富裕者。その隙に付け入るのが、アシエンだけで済むだろうか?
何と解答を導き出したものか、実を言えばまだまとまっていない(そして眠い)頭の中身を吟味していると、周辺に視線を巡らせていたシルヴェルが、短く驚きの声を上げた。
「あれは」
そのまま彼は、少し先の高台へと音もなく足を急がせ、木陰に身を潜める。弓術士然とした身のこなしである。
俺とイウェインもまた、顔を見合わせてからシルヴェルの後に続いた。
高台から崖下を見下ろす。視界の続く限りの、黒々とした森……
否、木々の合間に、鈍く太陽光を反射する何かがある。
「屋根?」
俺は呟いた。
獣道すら定かでない深い森の半ばに、白っぽいドーム状の建物が、置き去りにされたかのように佇んでいる。
「こんな場所にあんな建物が?槍術ギルドでも鬼哭隊でも……多分、双蛇党でも把握してねえぞ」
イウェインが、グリダニアに居を構える組織を、指折り数えて首を捻った。
「冒険者ギルドで貰った地図にも載ってなさそうだ」
折り畳んで手帳に挟んでいたしわくちゃの地図を広げ、改めて確認する。黒衣森全体を記した地図には、町や村だけでなく、森の中の施設や特徴的な自然物についてもぽつぽつと書き込んであるのだが、かなり大きな建物にもかかわらず、あの白い丸屋根を指すと思われる印はない。
「神勇隊からも聞いた事がない。ただ……」
何かを思い出した様子で、シルヴェルが腕を組んだ。
「レイからの又聞きだが。ムーンキーパーの狩人達は、この付近で狩猟をしたがらないそうだ。奇妙なことに――森歩きの熟練者でも、しばしば方向感覚を失うのだと言う。真っ直ぐ南に向かうはずが、いつの間にか南東に逸れていて、崖から落ちかけた……などと」
方向感覚を狂わされやすい地形や植生が存在する、というのはたまに聞く話だ。しかしこの場に関しては、自然のせいだけとも思えない。
「人影があるぞ」
と、シルヴェルは間を置かず付け加える。
木陰から身を乗り出し過ぎないようにしつつ、目を凝らせば、確かに建物の周囲に、動くものがみとめられた。
恐らく、武装した人間だ。複数いる。
「友好的にやれそうな相手かい」
「期待はするな」
俺の希望的観測にあっさりとした返答を投げ、イウェインは半身を屈めたまま、崖下へ下るルートを探し始めた。
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第3話につづく>