妖精界に夜明けが訪れた。
目を覚ました長老は寝巻姿のまま表へ飛び出し健司の様子を見に行った。
うなされていた健司は、今はすやすやと寝息をたてて眠っており、その幼子のような表情に長老は思わずクスリと笑った。
「朝飯にするかのぉ」
長老はそそくさと家に戻り、朝食の支度を始めた。
一人暮らしの長老だが綺麗に片づけてある台所で、調理を始めた長老。今朝のメニューは炊き立ての白飯と目玉焼き、お味噌汁にお漬物だ。
手際よく調理して食卓につき、右手で箸をとり、目玉焼きにかける醤油に左手を伸ばした。
その時だった!!
「・・・待てよ。」
長老は昨日の妖精界の妖精全員で行った勇者召喚儀式の前に見ていたテレビ番組を思い出したのだった。
女性うけのいい若い男性タレントが番組MCと食の会話をしていて『僕はもっぱら目玉焼きにはソースッス!醤油より絶対にうまいッス!』と熱弁していたのである。その時の長老はテレビを見ながら鼻で笑った。生まれてこのかた目玉焼きには醤油一筋の長老に、どこぞの名も知らぬ若者の言う目玉焼きにソース理論など信じられるはずもなかった。だがこうして湯気立ち上る焼きたての目玉焼きを目の前にすると、
『ソースもありなのでは・・・?』という気持ちが芽生えてきたのだ。
長老は決して目玉焼きに醤油の味が嫌いでもなければ飽きてもいない。間違いなく醤油をかけるつもりでフライパンの上で卵を割ったのだ。
しかし、もし、もしも自分自身に目玉焼きにはソースのほうが合うのだとしたら・・・・?そう思うとなかなか醤油に手が出せない。
自分自身、これほど貪欲だったのか。醤油で満足していたのにさらに美味しいものを欲するのか・・・。
妖精界の高齢の長老に、感動することなどここ何年もなかった。健司を召喚したときも、成功したことに少し安心しただけで感動などしていない。
長老は感動したいのだ。目玉焼きにソースで感動できるかもしれないという気になっていたのだ。
だが・・・・・・・・・・。
もし、ソースをかけてひどい味になったとしたら・・・・・。
それがとても食べれるようなものではなかったとしたら・・・・・。
今朝の朝食が白飯とお味噌汁とお漬物のみになってしまう。少し寂しい。
さらにソイレーンの洞窟に出発するティピカと健司を見送る際に、ソースをかけてしまったことを後悔しながら見送りたくはないのだ。
長老はソース自体が嫌いなわけではない。醤油の横にいつも常備しているのだ。目玉焼きにソースという発想が信じられないのだ。
長老は一旦箸を置き、ソースをかけて食べるものを連想してみた。
とんかつ、コロッケ、アジフライ、ハムカツ、焼きそば・・・・どれも脂っこいものばかりだ。少量の油を使って焼く目玉焼きにとは程遠い。
そもそもあのタレントは誰なのか、視聴者を笑わせようと話を盛って面白おかしく話してるだけなのだ、そう言い聞かせて再び醤油に手をのばす長老。
しかしソースと目玉焼きとの奏でる音色が自分自身にどう響くのか、この朝食という舞台の上をどう舞い踊るのか、それがどうしても気になって醤油に触れることができない長老。
なんでも即決する判断力の速さが買われて妖精界前長老から長老に任命されたのである。
過去何度も長老の采配で幾多の危機を乗り越えきた。今回の大魔王ジャイスの出現により、人間界より助っ人を呼ぼうと決めたのも彼だ。
そんな長老が、これだけ悩み苦しんだのは今回が初めてだろう。
長老は醤油を右手に ソースを左手に持ち、そして泣いた。
いったいどちらが正解なのか・・・・。
悩み続ける長老の食卓上のお味噌汁の湯気はとうに消えてしまっていた・・・。
長老はどちらを目玉焼きにかけるのか・・・・・・・・・・。
【タヌ吉の大冒険 第5話につづく】
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