というわけで、ノーブルシーマを釣りながら原作版でもあるブログ版「光のお父さん」を全部読み終えました。
書籍版を先に読み、ドラマ版の1話を見て、それから読み始めたブログ版ですが、端的に言って面白かったです。
書籍版では多くのシーンがカットされ、言い回しも変更されているため、確かにブログ版が好きな人の中には、「書籍版は省かれ過ぎている!」「ブログ版の言い回しが好きだったのに!」と思うのも無理はないなと思いました。
とはいえ、「光のぴぃさん」でも言われているように、シーンのカットや言葉の変更はせざるを得ないことだった、というのもブログ版を読んでいて理解できました。
それというのも、ブログ版はオンライン・オフライン問わず「ゲームに興味を持っている、あるいはある程度知っている人に向けて書かれている」からです。
インターネットの性質上、興味のない情報を扱うサイトに訪れることはそうそうありません。
リンクを辿って来るにしても、「オンラインゲームというものに興味を持っている」だとか、「既にオンラインゲームを遊んでいる」だとか、「オンラインゲームを始めたばかりでそういうジャンルのサイトを巡っていた」とか、「ゲーム関連で面白い記事を探していた」とか、そういった興味を持っていなければ辿り着かないと思うわけです。
そのため、「ゲームやアニメ、マンガのネタがある程度分かる人」を想定したギャグや言い回しが結構あるように感じられます。
元々が趣味のブログであるなら、尚更のことで、悪いことでもなく当然のことだと言えます。私もそういう部分をネタとして盛り込んであるシーンとかで笑わせてもらいましたし。
ところが、書籍版に再編集するに当たって、「ネタが分かる人を想定して書く」というのはその書籍の購買層を狭めることになります。
どういった人たちを対象にして売りたいのか、を考えた時、「ゲームやアニメをよく知らない人」にも向けて売ろうと思うのなら、そういう類のネタやシーンを書くには、それらの解説や予備知識が必要になってきます。
FF14のバトルシステムやロールの概念、挑むコンテンツのギミック解説。
趣味のブログではページに制限なんてありませんし、制約もありませんから、「FF14というゲームに興味を持っている人」に向けて「こういうギミックがあり、こう対処しなければならない」と詳しく書いたとしても全く問題になりません。
しかし、これが「ゲームを全く知らない人」にも向けて販売される商品となると、ブログと同様の書き方では「わけが分からないよ。この本は出来損ないだ」となりかねません。
分かる人にしか分からない、知っている人にしか楽しめないのであれば自己満足の本になってしまう。最初から、分かる人、知っている人に向けて書いたものならそれでも問題はないでしょう。
けれど、そうではないなら、「オンラインゲームはやり方次第でこういう体験をすることもできるんだ」とゲームを知らない人が読んでも思えるように書くためには、そういった内輪ネタは減らす方が読み易くなります。
オンラインゲームの可能性を多くの人に知ってもらいたい、そういう趣旨の本であるのなら、書籍版の構成は悪くないものであったのではないかな、と私は思います。
その上であえて言わせてもらえれば、ノーカット版とも言えるブログ版の原作「光のお父さん」は書籍版よりも面白かったです。
それは私が現役のFF14プレイヤーであり、ゲームに理解があり、笑いどころのネタを理解するだけの知識と経験があったからだと思います。