蒼天の終わりに日記を書いていたので、
せっかくだし書いておこうと思いまして。
紅蓮も終わりました。。
いや、3月には終わってるからとうの昔に終わってるんだけど、
気持ち的にはプロトオズマを取得し、固定のみんなとやり残したシグマ4層に行きダイヤロッドを手に入れて、あ〜終わった。やり残したものはもうないやとなりました。
紅蓮、ほんとに面白かった。
あらゆるコンテンツが大成功で、ゲーム自体が大きく成長した拡張だったと思います。
メインストーリーはもちろん。ライバルウィングス、エウレカ、絶。
新しい取り組みは賛否ありながらも大成功と言えて、FF14の楽しみ方を大きく広げたな〜と、開発者でもないのに感無量の思いです。
中でも心に残るのは、エウレカ。
初めはアネモス編を、これ面白いかな〜と半疑問でEL上げながら、
パゴス編で、面白さがわからん!と一旦止めたものの。
沸かしPTでNM沸かし始めると、アラ。。なんだか面白い?な感情が芽生え、
初めてキャシーを沸かせた時の我が子を授かったような嬉しさ、その後の阿鼻叫喚。
ピューロスをロゴス・スウィフトで駆け抜けて。
ヒュダトスで不安定ノードを挟んで睨み合う無言の戦いを経て、バルデシオンアーセナルに到達した達成感。
初めて零式に挑んだ時のような緊張と、一人でギミック声出ししながらオズマを倒した感動は忘れません。。
56人近くが、自発的に役割分担して、足りなければ補い、声をかけ、同じ方向を向いてクリアを目指すってのは、なかなかできない体験だったと思います。。
蒼天の日記ではheavenswardの意味について考察してたけど、
Stormbloodはなんだろう。。
血の嵐。
血とは、生まれついたものかな。国や土地や、家族や境遇。
なんとなく印象に残っているのは、石材が廃れ荒れ果てたアラガーナの村長さんや、息子の帰りを待つコールドハースのおばちゃん。境遇と言えば、土地も生まれも辛い思いをしたヨツユ。帝国に迫害されたアラミゴ、ドマの国民。どの人も苦しい境遇の人たち。
嵐とは、吹き荒れるもの。天災。畑がやられたり川が氾濫したり病気が蔓延したり。
必ずやってくるもので、人の力ではどうしようもなく避けられないもの。
Stormbloodとは、そういった生まれ持って変えられないものを血と、やってくる困難を嵐として、それぞれがどう生きるかを描こうとしたテーマだったのかなと思います。
やり過ごしたり逃げたり意味もなく逆らったり。
嵐の中、それから嵐の後も。
そう思うと、登場した人物はみんな、それぞれの生き方を見せてくれたなと思います。
リセやフォルドラ、コンラッド。ヨツユやゴウセツ、アサヒですら、その人なりの生き方をしたと。
そしてなぜ"紅蓮"なのか。
シリナのセリフでいくつか説明されてたけど、嵐は過ぎ去るもので、嵐の後は晴れて朝焼けになる。
そういう意味での紅蓮なら、うまく繋がるなと思いました。
紅蓮の嵐は過ぎても、それぞれにまた嵐はあり、でもまた超えて朝焼けを迎えていくのだろうな〜と思います。
前の日記でも書いたけど、カーテンコールのようなものが欲しいね。
全員、笑顔で手を振ってくれるのをみて、その中にヨツユやゴウセツを見つけて、涙したいと思いますw
紅蓮、楽しかった。
漆黒も思う存分楽しみたいなと思います。
みなさま楽しい漆黒を!
ともさんの紅蓮締め日記とても感慨深いです。本当だ本当だこんなことやあんなことがあったって鮮明に蘇ったよ!最後のカーテンコール的なものあったらいいねぇ。そんな風に考えた光の戦士(ともさん)がここにいるので彼女や彼らも救われているのではないでしょうか!紅蓮お疲れ様でした✨
漆黒もよろしくお願いします????