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「じゃあ、ラハはあの人の本当の姿を見たことがないんだ?」
銀髪の少女が青い瞳を丸くすると、赤い髪と瞳を持つ青年が頷いた。
「ああ。オレが眠りについた時、あの人はヒュム……もとい、ヒューランだったからな」
──石の家。アリゼーとグ・ラハ・ティアが、テーブルをテーブルを挟んで差し向かいで座っていた。二人は近頃、よく一緒に行動していた。アリゼーには「暁」の先輩である自分が、後輩であるラハを鍛えなければという使命感があり、一方のラハは、そんな先輩の熱意を微笑ましく受け止め、甘んじて……いや、望むところだと、その薫陶を受けているのだった。
「ただ、あの姿が姉さんのものだったとは……アリゼーは、その、会ったことが?」
ラハが尋ねると、紅茶の入ったティーカップを手にしたアリゼーは、小さく首を振った。
「……いつかお会いしたいけど、何か、不思議な気持ちになっちゃいそうで」
「そうだな。オレも、どんな顔をして会えばいいものか……」
「じゃあ、驚いたんじゃない? あっちであの人に会った時は?」
「ああ。でも、それこそ不思議な話だが、一目見た瞬間、あの人だという確信があったんだ」
「わかる、わかるわ! 私もそうだったもの!」
アリゼーとラハが話をしていると、いつしか「あの人」の話題になるのが常だった。主により付き合いの長いアリゼーが、ラハに数々のエピソードを披露しているのだが、その度に赤い瞳をきらきらと輝かせる青年が、かの水晶公と同一人物だとは、とても信じられないアリゼーだった。……ううん、第一世界でもその兆候はあったけれど、原初世界に来てからは遠慮がなくなったというか、何というか……もしかして、私もそうなのなかしらと、アリゼーは急に恥ずかしくなり、誤魔化すようにティーカップをあおった。ぐいっと。
「それで、あんたはどうして塞いでいたんだ?」と、ラハ。
「……そう、それよ!」
アリゼーはガチャンと乱暴に、ティーカップをソーサーに戻した。そもそも、こうして二人が話をしているのも、石の家のテーブルに突っ伏していたアリゼーに、ラハが「どうした?」と水を向けたことが始まりだった。アリゼーは大きな溜息を一つ、憂鬱そうに語り出した。
「……先日の話なんだけど、何か面白いことでも……もとい、事件でもないかと聖コイナク財団の調査地まで行ってみたら、あの人とラムブルースが話をしていたの。何でも、興味深いレポートが見つかったとか。でね、その時、巨人の大群が攻め込んできたのよ!」
ラハは「興味深いレポート」とやらの存在も気になったが、それよりも今はあの人の活躍が気になったので、アリゼーに黙って頷き、その先を促すのだった。
「あの人、やっぱり凄いのよ! 巨人達を次から次へ……でも、数が多くって、ようやく追い払った時には、私、テンションが上がっちゃって、思わずこうやったの!」
アリゼーは立ち上がって、右手を上げた。きょとんとするラハを「あなたも立って!」と促し、同じく右手を上げさせる。「せーのっ!」とアリゼーが右手を振りかぶると、ラハもつられて右手を振りかぶった。パンッと二人の手の平が合わさり、小気味良い音が鳴った。ハイタッチ。ラハがまじまじと自身の右手を見詰める中、アリゼーはさっさと着席し、ティーポットに手を伸ばしていた。ラハも首を傾げつつ着席し、まだほとんど口をつけていないティーカップを手に取った。……年頃の娘が気まぐれなのは、どの世界でも同じなのだなと、ラハはしみじみと思った。ライナもアリゼーぐらいの年頃には、さっきまで不機嫌だと思ったら、今度は声を上げて笑っているなど、しばしば、その感情の起伏に振り回されたものだ……ラハは小さく笑うと、ティーカップに口をつけた。
「そりゃね、あの人も察してくれたわよ。だけどほら、あの人、凄く背が高くなっちゃったじゃない? だから、全然、高さが合わなくて。あの人の手は私の頭上を通り過ぎちゃうし、慌てた私の手は、あの人の胸に当たっちゃうし……って、やだ! ラハったら、どうしたのよ!?」
ラハが盛大に紅茶を吹き出したので、アリゼーは「まったく」と零しながらも、紅茶で濡れたテーブルを布巾で拭い始める。ラハはむせながら「す、すまない」と頭を下げた。
──テーブルをきれいに拭い終えると、アリゼーは着席して頬杖を突いた。
「……ああ、私ももっと背が伸びていたらなぁ。変だとは思ったのよね。あっちでは何年も過ごしたっていうのに、全然、背も伸びなかったし。強くなった実感はあるし、実際、成長したと思うけれど、体の方はちっとも変わってないなんて、おかしいと思わない?」
「確かに、興味深い話だな。ベーグ=ラグなら、魂の方面から解き明かしてくれるかもしれない。ただ、あんたはそのままの方がいいんじゃないか?」
「なんでよ?」
「大きくなると、あの人に抱きかかえ──」
バンッ! とテーブルに両手を叩きつけ、アリゼーは立ち上がった。
「……それは忘れなさいって、言ったわよね?」
「いや、その……そう、怒るなって!」
両手を振るラハに、アリゼーは冷ややかな視線を送っていたが、やがて、にやりと笑った。
「……ふーん、そういうこと。あなた、羨ましかったんでしょう?」
「なっ! そ、そんなこと──」
「じゃあ、抱きかかえて欲しくないの?」
「それは……」
「ほら~! ラハ、正直になりなさい!」
──騒がしい二人に、人影が近づいていく。白い鱗に暁色の瞳。最初に気付いたのはラハで、その様子がただ事ではないと振り返ったアリゼーは、思わず口に手を当てた。
「あ、あなた、その姿──」
人影が右手を上げると、アリゼーも反射的に右手を上げた。そして、両者が右手を振りかぶって……パンッ。続いて、人影はラハに視線を向ける。ラハは導かれるように立ち上がると、右手を上げて振りかぶり……パンッ。ラハは自身の右手と人影を見比べ、悟った。目の前にいるアウラの女性が、あの人の本当の姿であると。
「今度は、このために?」と、右手を振りながら、アリゼー。
アウラの女性は振り返り、不敵に笑った。アリゼーは「馬鹿」と呟き、笑顔でウィンクした。
「……おはよう、なんてね!」