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【小説】月影挿話 第5話 会者定離

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月影挿話 第5話「会者定離」



 夏の前の最後の満月の夜のこと。
 いつの間にか覚えてしまった歌を口ずさもうとして、歌詞までは覚えていないことに気がついた。この十数年、毎夜のように聴いていたはずなのに。
 思えば、あの海賊船でレキは多くを学んだのだった。
 船長からは海図と星の読み方を、星導教の破戒僧からは読み書きを、水夫たちからは操帆や操舵を、帝国軍の脱走兵からは銃砲の撃ち方を、下卑た糞野郎からは喧嘩の仕方を、落ち武者の老海賊からは人の斬り方を。
 まじない師の教えてくれた魔法はついぞものにならなかったし、彼らが陽気に歌う歌の歌詞も思い出せないが、今となってはもう学ぶこともできない。
 船は沈められ、一味のほとんどが殺されたのだ。



「あーあー、今日の鍛錬はそンなもんでやめッちまいな」
 あの日からレキの師父となった老海賊が掌をひらひらさせて言う。
 このヒューラン族の男、齢は七十か八十か、それとも九十か。命を救った十年ほど前から白髪の老人であったが、今ではその白髪も乏しくなっていた。
 ドマだかひんがしの国だかの侍だったと吹聴しているが定かではない。
 ともあれ、あれから一日も欠かさずレキに刀の扱いを教えてくれていた。そのおかげか、すっかり長くなった海賊稼業だが、レキは命も四肢も失わずにすんでいる。
 斬った人数はもう数えていない。 
 師父の唐突な言葉に、木刀を振るのをやめてレキは訊き返した。
「え? なんで?」
「お前ェの兄貴が市場に買い出しだってよ、今日は手伝ってやンな」
 こうして兄と船を離れたその日、ラザハン領海まで進出した帝国軍によって海賊船は撃沈された。幾年にも及んだガレマール商船に対する数々の非道への返礼は苛烈を極め、生きて捕縛され訴追された者はいなかったという。

 レキも兄も、それを偶然や幸運と信じるほどすでに幼くない。
 案の定、兄妹以外の生き残りがいると酒場の事情通から聞かされた。いまはサベネア島北部の廃村に身を潜めているらしい。
 裏切り者に違いない。
「そいつが帝国官憲と通じているのは確かだからね。近づかないのが賢明だよ?」
 と兄は諭したが、ある夜、レキは愛刀を手にふらりと宿を出た。まるで散歩にでも出かけるように。
 夏の前の最後の満月の夜のことだった。



 歪んだ扉を蹴破ると、破れた天井から差し込む月明かりの下、老人がひとり、だらりと酔い潰れていた。
「よォ、遅かったじゃねェか」
 すっかり年老いた東方系のヒューラン族。師父、老海賊。レキは老人の名を思い出すのをやめた。
 彼の足元には酒瓶とアラグ金貨が転がっている。
「何故なんてェ野暮ァ訊かねぇでくれろ。理由なんて高尚なモンあったら、こんな生き方しちゃいねェさ」
 ククと嗤い、咳き込む老人。
「お互ェに、ナ?」
 ふるふると首を振って、微笑むレキ。
「……そうだね、そうだよね」
 賊に堕ちたのも、命を救ったのも、命を奪ったのも、生きるのも、死ぬのも、レキにとって本質的に同じことだった。
 大した理由などない。言葉にするのも難しい、ほんの僅かな意思があるだけだ。
「じゃあ、私は――」
 すでに抜いていた愛刀景秀をすっと上段に構える。仇討ちや報復、愛憎なんて上等なものではない。
 
「月が、綺麗だから」

 クスクスとふたりして嗤った。
「そいつァ好いや! まったく好いお月サンだぜ」
「でしょ?」
 レキが短く息を吐くと、月影が刃をべろりと嘗めた。




つづく

月影挿話 第5話「会者定離」 主演:月の影のレキ



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