「いいね。いかにも軍人さんって感じ」
「何……?」
笑顔と口調。今を持ってして明らかに必要の無いそれは相手を馬鹿にしていると取られてもおかしくないものであったが、不思議と、ウェークリスでさえそれを感じなかった。
「君みたいな人がいるからさ、組織ってきっちり動いていくんだよね。尊敬するよ」
言葉に嘘は無い。何故だかそう信じさせるだけの迫力のような物を。尊敬という言葉ではくくれない、羨望にさえ似た感情を。
「どんな世界にだってそういう人達が生きてる。だからこそ」
確かに。ウェークリスはマスケットから感じていた。
「私みたいな下らない命でも、賭ければ何かが動くんじゃないかって思えるんだ」
「貴様っ……!」
ウェークリスの横をマスケットが通り過ぎる。咄嗟に振り向くも、マスケットは甲板へと駆け出し始めていた。その背を追うも決して近づけず。その後姿が逃げ水を思わせた。
誰もが思う事がある。大気光学現象である逃げ水は、存在しないが故に決して追いつく事ができない。「追いつく」という概念がそもそも当てはまらない。しかし、もしも、仮に。それに追いついてしまったならば。
「いちばんっ! マスケット・ライフル!! 余興にロシアンルーレットやりまーっす!!」
それはそれは、馬鹿馬鹿しいほどの不思議な光景を目にする事だろう。
マスケットに遅れる事数秒、ウェークリスが見たそれは、全く以てその通りの光景だった。
「ん? なんだあいつ、さっきの……」
「余興? 何をするつもりだか……」
訝しげな視線が、瞬時にマスケットに絡むも、本人は至って気にせず、一丁の拳銃を取り出した。
「はいはい皆さんごちゅーもく! 取り出だしたるこの拳銃、メルウィブさんが持ってたし、銃は知ってるよね?」
くるくると指で銃を回しながら、マスケットは船首の方へと歩いていく。止める者はいない。
頃合な場所で立ち止まり、踵を返し振り返る。右手には拳銃、左手には一発の銃弾。
「この世界にどんな銃があるかは解らないけど、この銃は六連装式でね? これに一発銃弾を入れてー……まわす!」
まるで手品でもやるかのように順序だてて、拳銃に弾をつめる所を明確に船員達に見せる。「ロシアンルーレット」の言葉通り、船員達は次に何をするかの想像がついていた。しかし。
「これをこー、こめかみに当てて、せーの」
3秒、と言った所だろうか。「その程度か」と言わんばかりの船員達の顔が一瞬にして青ざめたのは。
一回、二回、三回、四回、五回。マスケットが引き金を引く度に、ざわめきが大きくなっていく。
「とまあ、こんな感じでやるのが普通なんだけどー」
六回目。足元に落ちていた。木片を軽く宙に投げ飛ばし、目をくれる事も無く撃ち貫く。種も仕掛けも無い。まるで目の前で自殺の現場を公開するかのような光景に、誰もが息を呑み、言いようの無い緊張が、マスケットを止めるという思考に繋げられずにいた。
「何を……。死ぬ気なのか……?」
ウェークリスもまた、その中の一人であった。
いや、「余興」との言葉からして、何か死なない手段をとっているはずと、更に数秒送れて甲板に出た隣の少女を見る。
「……!?」
少女は、デリンジャは、震えていた。
「貴様、奴がこんな事をするのを知っていたんじゃないのか?」
「マスケットがする事を予想できた事なんて、一度だってありません」
「何かを始めたら、信じるだけ……」
無論、デリンジャ本人はマスケットが生き返る事を知っている。だからと言って、自分のパートナーの行為を容認できる訳がなく。しかし、デリンジャは知っていた。マスケットが動く時、それは最良の結果となって事が進む。
故に、信じるだけ。震えて、ただただ結果を待つ。
「余興としては、やっぱり5発入れるべきだなって思うんだよね」
自ら絶望を高めていくその姿に、誰もが理解できないと感じながら。その誰もが未だ動けずにいる中、ただ一人、ウェークリスが動いた。
「それじゃ、いっくよー。何回まで続けられるかにゃーん?」
先ほどと同じように、こめかみに銃をあてがおうとするマスケット。その腕に、一本別の腕が伸び、マスケットの腕を掴む。
「やめろ。もう十分だ」
「んにゃ?」
凍りついたように一歩も動けなかった面々の緊張が少しだけ和らぐ。
「んー。でもこっからが面白いとこだよ? 君らにとってはどーでもいい命がばーんと派手にぶちまけられるかもしれない緊張感。悪くないと思うんだけどなー」
「悪いが、我らにその手の趣味は無い」
「そっかー。んじゃまあいっかー」
言葉を耳に、ウェークリスは掴んだ腕を解く。
自由になった右腕を二、三度回し、マスケットは銃を天に向けた。
「とりあえず、あのまま銃を撃ってたらどうなってたかだけは確かめとこか」
引き金を引く音。それと同じくしてけたたましく鳴り響く銃声。体を強張らせる歴戦の黒渦団員達。そして。
「うっわー……! あーぶなかったー」
誰よりも、一番驚いているマスケット。
「いやー。助かっちゃったよウェークリスさん。命の恩人だねぇ」
一歩間違えれば死んでいたにも関わらず、その言葉からは一切の危機感が無い。
何とも、どうにもイカれている。頭がおかしいとしか言いようが無い。だが、なんだろう。これだけのことを目の前にしても尚、マスケットに対し「狂人」と言えない自分がいる。
ウェークリスは勿論の事、他の黒渦団員達もまた同様にそう思っていた。
「信を得る為に命を賭すならば、別の方法があるだろう?」
それだけで安易に「信じる」とは言えるはずも無かったが、「試す」価値はる。
ウェークリスの言葉の意図を、その場の誰もが理解しながら、誰一人として反対を意を唱える者はいない。
「そだね。それじゃ、余興はそろそろ終わりにして……」
当然、マスケット自身もそれを理解し船の外の水面を見つめ始める。
「しょーおたいむと行こうかっ!」
途端。冷たく、重い風が降り注ぎ、海面を大きく抉り、切り裂いた。
マスケットの持つ銃の先端、申し訳程度に装着された一本の刃で、瞬時に海は大きく荒れた。
吹き飛ばされるように海面から人型の影が映る。サハギン族である。
「敵はこいつら?」
「他にこいつらの手下を乗せた船があるはずだが……まずはこいつらからでいい」
「あいあいさー!」
今の一撃だけで十数人の仲間がやられた事と、奇襲の失敗を知り、水面から現れる数々の影。
だが、水しぶきが切れるまもなくそれら全てが撃ち落され、荒ぶる海へと消えていく。
時折銃を振り回せば、全てが斬撃となって降り注ぎ、海と敵を持ち上げる。それら全ては雨となり、残骸となり。穏やかに晴れた海上は一転、大嵐の戦場と化した。
「マスケット、右方に敵の気配です!」
「なーいすデリンジャ! 操舵士さーん! 誰だかわかんないけど面舵いっぱいいっぱいで!!」
雨を気にする事無く、残骸を船に落とさぬよう立ち回りながら、マスケットは叫ぶ。
「な!? し、しかし、右方には何も……」