紅蓮のリベレーター(パッチ4.5)までのネタバレあり
悪い事ばかりしていたので皆から恨まれました。
正義の味方だったので悪を懲らしめました。
悪がいなくなったので皆が幸せになりました。
めでたしめでたし
それでは問題です。
今までの記憶を全て失い再び目の前に現れて許しを乞う悪がいた場合、罪は何処にあるのでしょうか。
記憶が無くなったとしても自分がやった事は無くならない。
記憶が無くなってしまったからこそ自分がやった事がわからない。
正義側の人間に実は加害者がいた、悪側にはその道以外の選択肢が用意されていなかった、これらを後出しで記述されたとしたら?
悪い行いが全て罪ならば、この問題の罪とは一体何を指しているのか。
そんな事を考えさせられた紅蓮編でした。
国とは何か、正義とは何か、自由とは何か。
そんなもの人によって違うし正解なんて星の数程あると思う。
ヨツユもツユもツクヨミも元を辿れば同一人物であり、ドマの民の憎むべき相手であった。
彼女がどれだけドマを傷付けたのか頭では理解していた筈だった。
けれど、過去に触れたりゴウセツと穏やかに過ごしていたのを見てどうか記憶を取り戻さないで欲しいと願ってしまった。
悪だと理解しているのにも関わらず裁かないでいるのもまた罪なのではないか。
初見ツクヨミ討伐戦、心理世界でゴウセツがツユを守っていたのを確認して泣いた。
ヨツユの中でおじいちゃんと過ごした時間がいつの間にか大切になっていたとしたら、記憶を取り戻す前にタイムスリップしたくなった。
赤色の彼岸花の花言葉
あきらめ、悲しい思い出、また会う日を楽しみに
殺そうとした女と殺されかけた男が団子を食べながら笑い合う未来があればいいな、なんて罪深い考えですかね。