<前回のショートストーリー#08はこちらです> ――猛吹雪。
辺りは一面ホワイトアウトして、数メートル先が何も見えない。
登山用の赤いジャケットを着たオレンジ色の髪のララフェルが片膝をつき、横たわる誰かを腕に抱いている。
その腕の中のララフェル。金色の前髪が凍りつき、寒さに震え、血の気のない唇でささやく。
「アキたん…私はもう…ここが限界…。これ以上は登れそうにない…」
「レッサにゃ!何を言ってるの!ここまで来たじゃない!もうすぐ頂上だよ!!」
アキの必死の励ましも虚しく、ますます強くなる吹雪に気力をなくしたレッサーは、目を閉じた。
今にも泣き出しそうな顔のアキが、レッサーの体を揺らしながら声をかける。
「寝ちゃだめ!レッサにゃ……レッサにゃーー!!」
#09「レッサーハナビ」 ――時は遡ること2日前。
「もしもし、レッサにゃ…いえ、エオルゼア警察"秘密隊員"レッサー。緊急出動要請よ、いける?」
アキ・ハナビ署長の声に帯びる緊張感。連絡を受けたレッサーが受話器の向こうで即答する。
「愚問ね。答えはひとつしかないのに」
そのいつもの冷静でクールな返答に、アキが頼もしそうに思いながら不適に笑う。
「ふ。では、よろしく」
「ラジャー」
――砂の都ウルダハのマーケット街が騒然としていた。
それは真っ昼間の、突然の盗賊団による襲撃。うす汚れたターバンと軽装の盗賊たちに、人質として捕らえられてしまったのは、たまたま通りかかったウェディングハウスオーナーのエミ。
スーツ姿のエミを腕で拘束し、首もとにナイフをあてた盗賊のリーダーが大声をだす。
「ハチモを呼んでこい!3000万ギルを用意してな!じゃなけりゃこのヘンミエミリは死ぬぞ!」
「エミ違いにもほどがあるわ!しかもハチモじゃなくてナナモだし!」と人質のエミがつっこむと、リーダーがさらに続ける。
「黙れ!キューモだろうが、スーモだろうがなんでもいい!イイ部屋に住みたい!金を持ってこい!」
「そこまでよっ!!」
どこからともなくウルダハの街の石壁に反響する女の美声。盗賊団が周辺をキョロキョロと見渡すが発見できない。
リーダーがイラだちをあらわにして叫ぶ。
「なにもんだ!出てきやがれ!」
すると突然、建物の屋上から何者かが軽快なビートに乗せ、ライムした。
「I'm sorry 素直なれぬ!
言える in my dream!
shortもうすぐ!thinking!
優美に微笑むクリスタル!
レッサームーーーーン !!」
逆光の太陽を背に、屋上から飛び降り、華麗に着地を決めたのは、今、エオルゼアで大人気のララフェルのヒーロー、美優女戦士レッサームーンだった。
「(レッサにゃ…、ヴァンさんが考えたその登場ラップ…やめたほうが…)」という微かなアキの声が無線から聞こえるが、レッサーは登場のハイトランス状態で何も耳に入らない。
ちなみに余談だが、ヴァンという男、エオルゼアで活動するヴァンパイアというグループのヒップホッパーである。駄洒落愛好家だ。
「おお!レッサームーンが来てくれた!」
「これでもう大丈夫だ!」
「きゃー!かわいい!美しい!」
街の野次馬たちの歓声の中で聞こえる安堵の声。
レッサーは目元が隠れるきらびやかな装飾の女王様のようなマスクをつけている。ブルーのセクシーなサベネアンビスチェと、金髪のツインテールをひらりと揺らし、腕をすばやく交差させ、右手で敵を指さして言い放った。
「盗賊なんてやめて真面目に働きなさい!じゃないと……アキに変わっておしおきよ!!」
ヒーローの決め台詞に、野次馬たちが大歓声をあげる中、「(いや、だからそれも恥ずかしいからやめて…)」と顔を赤らめたアキのささやき声が無線から聞こえるが、完璧なポーズを決めたレッサーには聞こえない。
盗賊のリーダーが思わず見とれる。
「はい…お仕置きされたいです。…じゃねぇ!調子にのりやがって!お前らやっちまえ!」
――それから美しきヒーローレッサーの大活躍によって、盗賊団はあっという間に一掃。エミは無事に救出され、ウルダハの街に再び平穏が訪れたのだった――。
――その日の夕方。仕事を終えたアキとレッサーはウルダハの酒場で落ち合った。二人はグラスを軽快に合わせる。
レッサーがぐいっとビールを飲んで爽快にほほえむ。
「ぷは~っ!悪党退治サイコー!!」
対面するアキもビールを飲みながらにっこり笑う。
「さっすがレッサにゃ!見事な救出劇だったね!…登場は相変わらず恥ずかしいけど…」
「なんでよ!あれが気持ちいいんじゃないの!ヴァン太郎が作ったラップもお気に入り!そうそう、あさってのミスチルのチケット手に入れてくれたのもヴァン太郎なんだよ!」
「なんと!そうだったのね!ああーっ、それにしても、明後日の日曜楽しみだなぁ!ミスリルチルドレン『イシュガルド開国記念ライブ』!!」
アキは嬉しそうに目を閉じてライブのイメージを膨らませた。
皇都イシュガルドがあるクルザス地方。そにそびえる標高4000mの山"センオンマウンテン"。
至るところから温泉が沸き、雲を突き抜けたところにある頂上は温泉の暖気により、常に暖かい空気に包まれている不思議な山。その頂上で、ミスチルは1000名のファン限定のスペシャルライブを行うのだ。
「あの山は何度か登ったことがあるよ!だから余裕で登れるよ!」
登山愛好家のアキがそういうと、レッサーが腕を組んで首をかしげる。
「…それにしても、ライブに行くまで登山とはねぇ…大変だわぁ」
「きっと、このライブは冒険者や登山家のファン対象なんだよ!ああー、わくわくしてきた!」
――ライブ当日の早朝。アキとレッサーは登山用の装備を整え、リュックを背負い、山頂のライブ会場を目指しアタックを開始した。
天候は曇り。登山路から望むクルザスの雪景色は、霞んであまり見えなかったが、二人は順調に進んで行った。
八合目まで登って、小休憩が終わる頃。
「なんだか、急に冷え込んできたわね。ジャケット着るわ」
そう言いながらレッサーがリュックからジャケットを取り出すと、アキがおにぎりを片手にうなずく。
「うん、山の天気はめまぐるしいからね!またそのうち晴れるよ!」
レッサーが登ってきた方向を見て、少し心配そうに言う。
「…それにしても、ライブ会場に向かう登山家や冒険者が全くいないのが気にならない?みんなもう先に行ったのかしら?」
「あ!たぶん別の遠回りのルートを行ったんじゃないかな?この山には何ルートかあってね、このルートは近道だけど難易度高いのだ!」
元気にそう答えたアキも、なんだか妙な予感がしていた。
山の天気は時として、残酷なほどに表情を変えるものである。登山のベテランであるアキはそれを理解してはいたが、クルザス地方の猛烈寒気が一気に流れ込むことまでは予測していなかった。
ついに雪が降り始めると、さらに気温は低下。加えて風も吹き荒れ徐々に視界が悪くなった。それから天候は悪化の一方をたどる。
基本的には地熱の影響で温暖な環境のセンオンマウンテン。二人は極寒の気温を想定していなかったため、防寒対策が明らかに足りていなかった。二人の体温と体力が激しく奪われていく。
本来なら地熱で雪が積もることのないセンオンマウンテンに積もり始めた雪。互いに声をかけ、助け合いながら、9合目を越え、雲をまもなくつき抜けられそうな標高3700mまで来た時。ついにレッサーの体力に限界が来てしまったのだった――。
「――アキたん…私はもう…ここが限界…。これ以上は登れそうにない…」
「レッサにゃ!何を言ってるの!ここまで来たじゃない!もうすぐ頂上だよ!!」
アキの必死の励ましも虚しく、ますます強くなる吹雪に気力をなくしたレッサーは、目を閉じた。
今にも泣き出しそうな顔のアキが、レッサーの体を揺らしながら声をかける。
「寝ちゃだめ!レッサにゃ……レッサにゃーーー!!」
その声は絶望的な吹雪に運ばれ、かき消されていった。
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