(°ω°)やっはろーっ
さて、今日は
「どうしてボクって同じところで失敗しちゃうんだろう?」
という設問について、考えて見ようと思います。
みなさんも、今までの人生の中でそういった失敗に関する経験が多々あると思われますが、実はボクなんかは、かなーり多い方です。
いわゆるドジっ子属性ですっ。
…………。
失敗。
まず何かで失敗した時、多くの人が、
「(°ω°)うーん、失敗しちゃったな。次は失敗しないように努力しよう」または「気をつけよう」
と、思うのでは無いでしょうか?
たしかに、そういった心構えは素晴しいものだとは思うのです。
けれど「気をつける」という、思考それ自体はいったい何に対して気をつけているのでしょう?
自分に問いかけてみるとそれは、とても曖昧模糊としたモノだと認識をするのがせいぜいかと思います。
そもそも、なぜ同じ様なミスを繰り返してしまうのか、それは実のところ本当の失敗の原因が見えていないからなのではないでしょうか?それとも……。
1、失敗の原因「こうだから、こうなって、失敗してしまうんだっ」
2、失敗に対する努力「こうなった時に、こうすれば、上手くいくかもしれない」
3、努力の結果「こうしてみたんだけれど、あまり上手くいかなかった(多少ましになった)」
大多数の人がこういった感じを突き詰めて、失敗する確率、可能性を最小限に抑えていくという方法をとっているのだと思います。
けれど、1、2、3(ループ)と、頑張って努力したのだけれど劇的な改善が一発で起き得る事の方が、実際は少ないのではないでしょうか?新たな問題も生まれやすいのでは?
それよりなにより、失敗し続ける事で問題に対して非常に「めんどくささ」を感じるのではないでしょうか。
ちなみに、
ボクはめんどくさいのが大嫌いですっ
だから、もっとロジカルに「失敗する」という問題を解決する方法が無いものだろうか?
そう思い、色々と調べました。
そして行き当たったのが「失敗学のすすめ」という本でした。
「失敗の可能性がある状況において人が気をつけることで失敗を回避するという考えが、すでに失敗である。なぜなら人間は必ず間違えるからだ。だから、失敗しないように注意するのではなく、失敗が起こりようがないシステムを構築することが大事なのですんっ」
……らしいです。
おお、なんかもっともらしい解答だっ。
あれかなぁ?
「問題に対してなんらかの予防する……というよりは、未然に防ぐ必要すら無くす」という考え方なのかな。
要するに、失敗する条件そのものに対する反逆でしょうかっ。
うん、なんかカッコイイな。
こんな感じだろうか?
「落とし穴がある道で、穴を避けたつもりだったけれども違う穴に落ちちゃって、イラッとしたので道そのものを全て落とし穴の底の深さまで掘り下げてやりましたっ」
もうコレで落ちる事だけはないぞっ(°ω°)はふんっ!
みたいな。
日常においてかなり役に立つ考え方だと思うのですが、コレをいざFF14で使えないかと模索してみたのですが、パッと思いついたのはクラフターの製作一発マクロぐらいでしょうかねっ。
常に変わる戦況において、失敗学を上手く利用できるよな発想を持てる様になれば、失敗そのものがナゾナゾみたいで面白くなるのかもしれないっ。
発想のベクトル変換、わかっていても難しいものですねっ。
またこりずにだらだらと書いてしまいましたが、同じような失敗に悩んでる人の役に少しでも立つ事があったのならば、幸いですっ★
興味のある方は「失敗学のすすめ」是非とも読んで見て下さいっ。
追伸
これで、焼きサバと焼きソバを間違える問題ぐらいは解消できそうだと、ボクの8ビットおつむは理解しました。
また一つ、賢くなってしまった! 自分が恐ろしいっ。