──さぁ集え!光の戦士たちよ!窮すれど敗せず、我こそは第一の救い……最初の英雄にして、最後の反逆者……全てに代えてこの手に勝利を!!
討滅ルレで諸々不意打ちをくらったぼく「おしまいになる」
※この日記には個人的な考察、非公式的な解釈表現が含まれております。苦手な人は戻れ。
散々漆黒5.3実装当時にされていた話だと思う。そもそもTo the Edgeってなんだよ、ってなる人は恐らくこの日記は見ないし、これから書き連ねる事も個人的な思い上がりにすぎない。
でもあまりにも語彙を手放しすぎている気がしたので、少し考えを纏めたくてずらずらと「日記」という建前を使わせてもらっている。
──そもそもTo the Edgeとは
WoL《ウォーリア・オブ・ライト》討滅戦のテーマで、コンテンツの中のBGMに歌詞がついている物は今となってはFFXIVの中でそう珍しくもないだろう。
だがしかし、個人的にはそのコンテンツBGMに対する「想い」の差が開発からもひしひしと感じられる一曲だと僕は思う。
漆黒のヴィランズのメインテーマである「Shadowbringers」
そして5.0の最終エリアでもあるエメトセルクによって再現された古代人の首都「アーモロート」のBGMアレンジが主旋律で流れており、ロック調にアレンジされている。
初見の僕はふと思った。「なんで光の戦士の曲……初代FFのBGMじゃないんだ?」と
相手は原初の光の戦士と呼ばれる存在で、こちらは闇の戦士。漆黒のヴィランズの物語の筋でもある「光を闇に、正義を悪に覆えす戦い」なのだ。
でも、ここで初代FFのBGMアレンジを流してはいけないのだ。相手は光の戦士という名前の「蛮神」だから。
思いや祈りによって顕現する蛮神。その祈りの受け皿となった「アシエン・エリディブス」のテーマ曲とも言えるのが「To the Edge」なのだと。気づいたのは漆黒秘話を読み、そして討滅戦に挑んだ最中だった。
手のひらを適当に振る彼の背中を見て、僕の情緒は崩壊した。
──To begin We first must see the end
《始めるにはまず、終わりに辿り着かなくてはならない》
歌詞にもある通り、この戦いはお互いの勧善懲悪を押し付け合い、どちらがより正しいかを決める。という「戦う」という行為の意味を究極的に表しているのだと、気づいた頃にはもうカットシーンでぼろぼろに泣ける限界オタクだったが……。
更に個人的な解釈を広げだすとキリがないが、エリディブスとアルバート、かたやエメトセルクと水晶公にまで及んでしまうこの曲……。
とんでもねェなぁ…………。