「この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。」
-新共同訳 新約聖書 マルコによる福音書 6-3 より
「ヨハネによる福音書」を除く、「マルコによる福音書」「マタイによる福音書」「ルカによる福音
書」の三つの福音書は、記事の内容や表現の多くが共通していることから、聖書学においては「共観
福音書」と呼ばれている。そこで、「マタイによる福音書」「ルカによる福音書」の、冒頭の言葉に
対応する箇所を拾ってみると下記のような記述になっている。
「この人は大工
(注1)の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ
(注2)、ヨセフ、シモ
ン、ユダではないか。」
-新共同訳 新約聖書 マタイによる福音書 13-55 より
「この人はヨセフ
(注1)の子ではないか。」
-新共同訳 新約聖書 ルカによる福音書 4-22 より
注1. 「マタイによる福音書」「ルカによる福音書」ではマリアの夫の名はヨセフとなっていて、「マタイによる福音書」
のこの箇所でその仕事は大工とされている。そして、成人したイエスはその仕事を一緒にやっていたと伝わってい
る。ちなみに、「マルコによる福音書」にはヨセフの名は出てこない。「洗礼者」ヨハネの出現の記述から始まっ
ていて、それ以前の記述(「イエスの生誕」など)がないからである。 注2.エルサレムの信徒集団を率いた義人ヤコブは、教派によってはイエスの兄弟(「主の兄弟ヤコブ」)とされたり、
当時は「兄弟」という言葉に従兄弟も含むので、従兄弟とされたりしている。 「マルコによる福音書」とほかの二つの「共観福音書」の記述の間には、表現のスタンスにヨルダン
川ほど深い違いがあるようにみえるのは、気のせいだろうか。
プリンセスデー、あとちょっとで全部終わる~
「これ終わったら落ちる前にやっとこ~」って思いながら、
3回ほど忘れた^^;
ちゃんとやれてたら、先週中に終わったのに・・・
クラフターは当面の目標のレベル60みえてきたけど、
白毛玉のクエスト進まないな・・・
紅蓮のサブクエストつぶしもしておかないと、
ナマズとかアナンタとかのクエストができないみたいなのだ><
あいかわらず、やることいっぱいあるけど~
集中力が2時間くらいしか続かないしなぁ、タイヘンだwwww
パッチ5.21来ちゃうし、うかうかしてられないねっ!!
んじゃぁ、またね
上記の言葉で、「この人」とはのちにキリストとされたイエスのことだ。彼が生きた紀元前後のユ
ダヤ人社会は、遊牧民以来の伝統を受け継ぐ厳格な父系の部族・氏族意識を伴っていた。「聖書」
を見ても、名前のバリエーションが少ないこともあってか、個人を指すために「(父の名前)の子
または娘何某(なにがし)」とか「何某(なにがし)は(父の名前)の子または娘」と記されてい
ることが多い。このような父系が絶対的な意味を持つ社会において、ある人を「(母の名前)の息
子」と呼ぶことは、「その人の父親はどこの誰だかわからない」と言うに等しい。それ即ち、その
人が「(当時のユダヤ人社会の)社会規範から外れた真っ当ではない生まれ」の者だという、強い
侮りを含む表現となる。
[紀元66年から73年までの対ローマ帝国の反乱(ユダヤ戦争)の敗北によりユダヤ属州での自
治が廃止され、さらに紀元132年から135年のバル・コクバの乱がローマ帝国に鎮圧されてユ
ダヤ属州自体も廃止されてしまう流れの中、多くのユダヤ人がローマ帝国領内の諸属州や東方のパ
ルチア帝国領内へと離散していく。そして、大きな共同体が失われて小さな共同体に分かれていく
過程で、伝統的な古くて大きい父系の部族・氏族意識は、家系の意識を除いて急速に失われていっ
た。ハラーハー(ユダヤ法)におけるユダヤ人の定義の一つに、「ユダヤ人の母親から産まれた者
はユダヤ人」という条項がある。現代では、父親がユダヤ人でも母親が非ユダヤ人ならば、その夫
婦の子どもは正式な入信手続きを経なければユダヤ人とは見做されない。]
「マルコによる福音書」が成立したと推測されている紀元60年代の半ばまでは、東地中海世界の
人々はイエス・キリストの信仰をユダヤ教の一分派と見做していた。また、信徒たち自身も、例え
ばパウロや義人ヤコブのように、自らの信仰を「父なる唯一の神」の信仰=ユダヤ教だと捉えてい
た。当時、東地中海の沿岸部からイラン高原西部に至る地域の諸都市には、多くのユダヤ人共同体
が存在していた。彼らは各都市において比較的人口の多い少数民族となっていたが、その成員には
現地出身の「異邦人」改宗者とその子孫も少なくなかったとみられている。イエス・キリストの信
徒の中でもユダヤの地の外の出身であったパウロのような人々(日常会話にギリシャ語を用いてい
たので「ヘレニスト」と呼ばれる)は、積極的にユダヤの地の外に赴いて現地のシナゴーグを足掛
りにその地のユダヤ人に宣教していたが、併せてユダヤ教に関心を持つ「異邦人」に対しても宣教
活動を行っていた。しかし、紀元68年のエルサレム陥落までは、ユダヤの地の外で暮らす人々を
含め、依然として信徒の多くをユダヤ人が占めていた。それ故、冒頭に挙げた言葉が各地の信徒集
団にもたらした衝撃は、現代のわたしたちには想像もできないほど強烈なものだったのではないだ
ろうか。
[紀元60年以降、指導者であった義人ヤコブ、パウロ、ペテロが相次いで刑死し、紀元68年に
はローマ軍によってエルサレムが陥落し、神殿は破壊された。そのような苦難の中、イエス・キリ
ストの信徒集団の中からは、主に「ヘレニスト」を中心に自分たちの信仰はユダヤ教とは異なる独
自のものではないかと考える人々が現れ始めていた(彼らのような人々が出した答えの一つが紀元
90年以降に成立したとされる「ヨハネによる福音書」である)。また、主の神殿の破壊という現
実を目の当たりしたユダヤの地に住むユダヤ人信徒の多くが、イエスをメシアとする思想に幻滅し
てイエス・キリストの信徒集団から去っていった結果、かつて義人ヤコブが率いていたエルサレム
のイエス・キリストの信徒集団を中心としたユダヤの地のイエス・キリストの信徒集団は全体の中
で力を失い、イエス・キリストの信徒集団の主な担い手はユダヤの地の外で暮らす「ヘレニスト」
と「異邦人」改宗者が中心となっていく。さらに、紀元90年ころから数十年の長期にわたって行
われたユダヤ教ファリサイ派によるヤムニア会議において、「ヘブライ語聖書」の正典(「マソラ
本文」と呼ばれる)の定義が進行し、その過程でイエス・キリストの信徒集団が使っていたギリシ
ア語の「七十人訳聖書」は、ヘブライ語起源ではない文書を含むとして正統なものではないとされ
てしまう。そのために、イエス・キリストの信徒たちは主にファリサイ派の人々が運営していたシ
ナゴーグから追放され、宣教の場を失ってしまった。このような流れの中、イエス・キリストの信
徒集団は自らの信仰を従来のユダヤ教とは全く違うものと改めて認識し直すことになる。そして、
ユダヤ教集団から完全に独立した「キリスト教徒の集団」=「キリスト教会」として活動を行うよ
うになっていく。]