ドンッドンッドンッ
ラベンダーベッドの外れにある一角。普段はカサカサと木々の葉のこすれ合う音、川のせせらぎ、時折虫の鳴く音がするだけの静かな場所だった。
ドンッドンッドンッ
その静けさを乱すことに全く躊躇のない音が辺りに鳴り響く。
壊れてしまうのではないかと心配になる勢いで玄関のドアを叩いているのは、見た目年齢10代後半から20代前半の男。ベリーショートの栗色の髪はクローブから採れたオイルで整えられていたが、それでもあちらこちらがはねている。ヒューランのミッドランダーにしてはやや小さめの体躯だったが、露出した腕や足は引き締まっていてほとんど無駄な贅肉は見られない。
「ルッコ!いい加減に起きろ!いるのはわかってんだから!!」
男は玄関のドアに向かってそう叫ぶと、再びその扉を叩いた。
これだけ騒いでいると周辺住民から苦情の一つも上がりそうなものだが、男を咎めるような者は現れなかった。お昼にはまだ早いが、冒険者の居住区でこんな時間に家で寛ぐ者などいるはずもなく、昼間っから家に引きこもっている者など冒険者とは呼べないだろう。
「あぁそうかい。そっちがその気なら……」
男がそう呟いて荒々しいノックを止めると、辺りに再び静けさが戻った。
彼は上半身の皮鎧の留め金を外してそれを脱ぎ、更にいくつかのポーチがついたベルトを外して玄関先に置いた。引き締まった腹直筋や大胸筋、上腕二頭筋がピッタリとした七分袖の黒いインナーに美しい凹凸を作り出している。
彼は何度か膝の屈伸をしてから家の外壁にとりつくと、スルスルと器用によじ登りはじめる。
他の誰かに見られれば間違いなく通報されそうな行動だったが、幸い辺りには誰もいない。もちろん、彼も辺りに人の気配がないことは確認済みである。
外壁の凹凸を使ってあっという間に屋根に上がると、屋根を踏み抜かないよう慎重に歩を進める。明かりとり用の窓の前まで来ると膝を折って嵌め殺しの窓のフレームに両手をかけ、それを上下左右にグラグラと揺すり始めた。
ガタンッ
木材同士がぶつかる様な音がしたのを確認すると彼は揺するその手を止めた。それからゆっくりと窓枠を持ち上げると、窓は屋根から完全に外れてしまったのだった。窓枠を屋根から滑り落ちないよう慎重に脇に置くと、屋根にはぽっかりと穴が開いているようでる。
人が通るには狭い穴だったが、彼は身を小さくして頭からその穴に入っていく。体を全て穴に通し終わると、器用に足の甲を穴の縁に引っ掛けて、さながらハングドマンのように天井から逆さまにぶら下がった。
それから足を屋根の縁から外すと重力にその身を任せる。天井から床まで2m以上あったが、天井からぶら下がることでその高さを身長分軽減したのだ。
とはいえ、まだずいぶんな高さが残っている。うちどころが悪ければザクロのように頭を割ってしまう可能性だってある。
しかし彼は床にぶつかるその刹那、両手を床について肘を折ることで衝撃を逃がし、さらに床を前転して見事に衝撃を殺したのだった。
「ふぅ…」
着地に成功したことに胸を撫でおろすと、彼は初めてこの家に侵入した時のことを思い出した。
その時は足から飛び降りて膝で衝撃を殺そうとしたが、勢いあまって自分の膝で顎を強かに打ちつけてしまったのだ。声を上げる余裕もないほどの痛みとダメージに危うく意識が飛びかけた苦い記憶が蘇る。
彼は嫌な思い出を振り払うかのように、2,3度頭を振ってから目的の部屋に向かって移動した。
まるで我が家の中を歩くように迷いなく目的の部屋の前に到着すると、鍵のかかっていない扉を開けて中に侵入した。
さほど広くもない部屋には家具らしい家具はなく、天井からつり下げられた照明と部屋の真ん中にベッド、その側に一つのベンチチェストがあるだけだった。床にはトラウザーパンツやコートといった衣類が脱ぎ散らかされている。彼はそれらを踏まないようにベッドに近づいた。
ベッドの上では綿のシーツがかかったコンフォーターが僅かに上下している。耳を澄ませばスースーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。頭まで潜りこんでいるためその顔を見ることはできないが、気持ちよく眠っているのは間違いなさそうである。
「どうしてくれようか…」
彼はベッドにできたコンフォーターの山に向かって僅かに思案し――
「とーーーう!」
その柔らかな山に体ごと飛び込んだのだった。
「ギャッ!」
コンフォーターの中から猫が潰された様な悲鳴があがったが、彼はそんなことなど意に介さず、そのままベッドの上をゴロゴロと転がる。
「ギブっす!マジギブっす!」
「だったら、とっと起きて支度しろ!」
降参の叫びに応じた彼は、ベッドから降りるとコンフォーターの端を握って一気にベッドからはぎ取った。
そこに寝ていたのはヒューランの女性だった。
艶やかな髪は緩いウエーブがかかっていて、白いシーツに広がるそれはシーツとの対比で黒よりも尚黒く見える。肌は一般的なヒューランのミッドランダーよりもやや白いが、病弱、弱々しいといった印象は受けない。それは、女性にしては鍛えられた体つきが要因のようである。
「な、なんて恰好で寝てんだ!」
侵入者であるはずの彼はベッドに横たわる家主を見てそう叫んだ。自分の家でどんな格好で寝ようと他人にとやかく言われる筋合いはないはずだが、彼がその姿を見て叫んだのも無理からぬことだった。
彼女の胸と股には申し訳程度の黒い布があるだけで、他には何も身につけていなかったのだ。更に、彼女の胸の小さな黒い布からは、その豊かで柔らかそうな肉を支え切れず今にもこぼれ落ちそうになっている。
ベッドの女性は上半身を起こして自分の恰好を確認してから侵入者に向き直ると、
「ナルっちはえっちぃっすねぇ」
侵入者―ナルに向かってそういった。
指摘され、慌てて視線を彼女から外したナルは、床に落ちている手近なコートを拾い、彼女に向って投げてよこす。
「これ、昨日まで着てたやつだからばっちぃっすよぉ」
コートを受け取った彼女は、あっさりとナルの紳士的行為を無碍にして抗議した。
それから彼女はベッドから降りることなく、そばにあったベンチチェストを引きよせてふたを開けると、アッシュグレイのカミーズをとり出して頭からかぶる。腕を通し、頭を通し、最後に髪を引き抜くとふわりと黒髪が宙に解放された。
「で、ルッコさんや。そろそろ説教を始めてもいいだろうか?」
ナルは開きっぱなしのベンチチェストのふたを閉めると、その上にどかりと座り再び視線を家主―ルッコに向けてそういった。
「ルッコ君…、今何時でしょう」
問われた彼女はカーテンのかかった窓の方を向き、隙間から洩れる日差しを見て目を細めた。「今日もいい天気そう」なんて考えが浮んだが、言葉になって口から出そうになったのを飲み込んだ。
「お、お昼くらいっすかね」
「ざっくり言えば正解です。ルッコ君、今日のお仕事は何時からでしょう?」
「お、お昼です…」
「ざっくり言えば正解です。正確に言えば現在11時過ぎで仕事主との待ち合わせは正午です。待ち合わせ場所はベントブランチ牧場。ここからチョコボで走っても1時間以上はかかります」
「ナルっち…、丁寧語が怖いっす……」
「ルッコ君。言い訳があるなら聞いてあげるから」
「ほんとっすか!?」
「聞いた上でお仕置きです。自分って寛容ですねー」
「うぅ…、ナルの鬼畜ぅ…、ベントブランチなんてテレポで行けばすぐじゃないっすかぁ!」
「テレポもタダじゃありません」
「チョコボだってエサ代かかるじゃないすかぁ…」
「何か言いましたか?」
「ナルっちのけちんぼぉ……。……ふっ…ふっふ…っふっふっふっふっふ。これを見てもナルっちはまだそんなことがいえるんすか!」
それまで意気消沈としていた彼女だったが、不敵な笑みを浮かべると、枕の下から何かがパンパンに詰まっている革袋をとり出しながらそう言ったのだった。
「何ソレ?」
訝りながら革袋を受け取ったナルは、口を縛っている革紐をほどいて中身を確認する。中には金貨が詰まっているのが見て取れた。
「どうしたんだよこのお金!10万ギルは入ってるんじゃないか!?」
ナルは革袋の中に詰まった金貨と得意げな顔をしている彼女を見比べながら、その金の出所を問い詰める。これだけのお金があればしばらく食うに困らないだろう。そんな大金を彼女が持ち合わせているはずもないことを彼はよく知っていたからだ。
「どっから盗んできたんだ。今すぐ返しに行こうな。俺も一緒に謝ってやるから」
「何げにひどいっす…。それはちゃんとした正当報酬っすよぉ」
彼女は口を尖らせてナルに抗議した。
「いやいやいや…。お前、昨日カーラインカフェで今日の仕事受けるまで1000ギルくらいしかもってなかったろ。盗んだか人さまに言えない仕事したとしか思えないだろ」
「ぶーぶー。確かに昨日までは1012ギルしか持ってなかったすよぉ。でもカーラインカフェで仕事受けて解散した後に稼いだんすよぉ」
ルッコは彼の手から革袋と紐を取り上げると再び袋の口を縛りながらそう言った。
「あの後、そのままお店で飲んでたら隣のテーブルで賭けが始まったんすよぉ。自分も乗っかったら馬鹿ヅキで勝つわ勝つわ」
「賭け?ゲームの内容は?」
「カードっすよ。ルガディンとエレゼンのおっさんを何人かひんむいてケツの毛まで抜いてやったっす」
「え、えげつねぇー」
満面の笑みで親指を立てる彼女を見て、ナルは小さく身震いしてそういった。良い歳をした男たちが小娘に剥かれる様を想像して、「自分だったら」と思うだけで死にたい気分になる。
「ふっふっふ。ギャンブラールッコと呼んでくださいな。今日はバーーーンとテレポ代くらい奢るっすよ!」
「ルッコさん、ごちそうさまっす。っていいから早く着がえろ!待ち合わせの時間まで30分もねーぞ!」
「へいへ~い」
彼女はぞんざいな返事をすると、何かよからぬことを思いついたいたずらっ子のようにニヤニヤと笑みを浮かべた。
「なぁ~るぅ~さぁ~ん。半裸の美女を押し倒すチャンスっすよぉ。ほぉ~れ、ほぉ~れぇ。責任とってくれるならルッコはいつでもOKっすよぉ♪」
彼女はそう言いながら胸の下半分ほどまでカミーズの裾をたくし上げると、再びこぼれ落ちそうな胸や美しい曲線のくびれ、白く滑らかな肌、形のいい臍を露にした。両腕で胸を抱きかかえるようにすると、その2つの膨らみ―というにはあまりに大きく柔らかな塊は更に強調される。
「ほぉ~れ、ほぉ~れぇ」
彼女はあられもない姿のまま妖しく体をくねらす。その度に肩甲骨まで伸びた髪がふわふわと揺れた。
「やめんかい!」
ナルはチラッと横目でその姿を確認すると、頬を赤らめてすぐに視線を外す。
「誘っても押し倒しません!責任もまだ取りません!!」
そう言い終った瞬間に、ナルは自分の失言に気がついてハッとした。ましてや、彼女がそれを聞き逃すはずもなく――
「“まだ”?」
彼女の顔のニヤニヤ度が増す。
「今、確かに“まだ”っていったすよねぇ。それはいつ頃のご予定なんでしょうかねぇ。是非とも詳しく聞かせて欲しいものっすねぇ」
そう言いながら、彼女はベッドから体を乗り出して彼に迫った。
「あ、いや、その…、あ、あれだ…」
「どれっすか?」
「その…、なんだ…」
「明確な回答を求むっす」
「い、いいから…、準備しろ!遅刻するだろうが!!」
ナルは苦し紛れにそう言うと、そそくさと部屋の扉まで移動してノブに手をかけた。
「ちょっ!ずるいっすよ!」
彼が抗議の声を無視して部屋を出て行ってしまうと、扉が閉まる音を最後に部屋はシンと静まり返り、部屋には肩を震わすルッコだけが取り残された。
「ナルのかいしょうなしぃぃぃ!!!」
静かなラベンダーベッドの一角に彼女の叫びが響き渡ったのだった。
<つづく>