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【第一回】新生FF14 クローズドβテストってどんな感じだったか調べて見た【最終回】

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ナイスきゃっとと申します!


今回のテーマはずばり、

『新生のクローズドβテストってどんな感じだったん??』

です。

わたしは漆黒ちょい手前から初めてみたちょー新参なので当時の環境を体験した人間ではありませんが、過去スレの盛り上がりやニュースから「おおよそこんな感じだったんじゃね?」って雰囲気を感じ取って、あたかも自分が当時のプレイヤーだったかのように書いてみたいと思います。

※あくまで疑似体験記で、筆者はβテスターではありません!半フィクション的な感じ!!

ではいってみましょう!長いから覚悟してね!!


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●クローズドβテスト フェーズ1開始(2013/2/25〜)

記念すべき新生最初のβテストは2013年2月25日18:00〜でした。

新生のサービスインが8/27だったので、正式稼働半年前からFF14は始まっていたことになりますね。
対象者は新規応募者のほか、旧版FF14(根性版)でのアカウントを持っていた一部の「レガシープレイヤー」が参加可能となっていました。
多少のアカウント引き継ぎ特典はあったものの既存キャラの引き継ぎ等は対応しておらず、みんな1からの仲良くスタート。
レベル上限も35までと、吉Pがゴリ押しする現在のフリートライアル仕様と同じ感じです。

フェーズ1最大の特徴は「グリダニア地方のみ」の解禁ということ。
戦闘クラスは剣槍弓幻のみ、ギャザクラは園芸木工革裁縫が解禁されていました。
ジョブ解放の概念はありません。
剣闘士ギルドは通常ウルダハに存在しますが、この時は特別にグリダニアで習得できる状態となっていました。

当初は心に決めたジョブを進めようと各ギルドに駆けこもうとしましたが、初日18:00〜アカウントが混同してしまうクリティカルなバグが発生。急遽サーバが停止されロールバックが実施、これが落ち着いたのは22:00前後。有給をとってしまった民は、まさかのプレイお預け状態に一同うなだれるのみ…。どんまいです!



●ID(インスタンスダンジョン)

最初のIDは「地下霊殿 タムタラの墓所」でした。『えっ!?』

それもそのはず。旧版FF14から同じみであったサスタシャは、リムサ・ロミンサが解放されてない以上行く手段がないわけですから必然的にタムタラが繰り上げとなりました。(カッパーベルも同様の理由)

さらに当時、CF(コンテンツファインダー)はまだ試作段階だったため実装はされていません。なのでプレイヤーたちはタムタラ墓所前で大勢待機し、shoutやサーチコメントを生かして即席パーティを組んで凸っていたわけです。
ちなみにこのタムタラ、現在とはダンジョンの内容もかなり違いました。特に顕著なのは中ボスの「ボックマン」。首なし騎士タイプのエネミー。

・・・あれ? どこかで見かけたことが・・・?
この中ボス、ギルドオーダーの彷徨う死霊を討て!ででてくる討伐対象です。

このβテスト版のタムタラ墓所、当時はものすごーーーーーく長いダンジョンでして、クリア難易度の高さや周回効率の煩わしさからフォーラムに「短くして!」というフィードバックが殺到。(時間切れになるPTも相当多かった)
結果、現在の比較的短いダンジョンに仕上がることになりました。その際に削除対象となったボックマンはギルドオーダーに再利用されたという面白い経緯があるようです。

ダンジョン内装が今とは様変わりしていますが、多くの要因により攻略法もカオスの極みといえる状況でした。

 ①:剣術士はキャラクリの際に選択できず「他のクラスLv10からチェンジ可能」という制限があり、最初期はタンクの絶対数が少なかった。
 ②:CF実装前であったため、ロール構成を強制するシステムが用意されていない。
 ③:レガシー以外のプレイヤーは、そもそもロール構成の概念を知らない。
 ④:国際色豊かなテスター層のため、コミュニケーションがやや難しい。


結果どうなったかというと、、、

 槍槍槍幻 とか
 弓弓幻幻 とか 
 槍幻幻幻 とか 

とにかくカオスなロール構成がそこかしこで爆誕。

槍3人でヘイトを回しあって凌ぐとか、白がタンクをして弓はひたすら引き打ちをするとか、今では考えられないような攻略法が結構まかり通っていました。

それじゃクリア無理じゃね?っと思えてしまいますが、当時はアディショナルスキルの概念があり、他のクラスのスキルを自由に付け替えることが可能でした。
そんな感じでかなり柔軟に対応できちゃったので、カオスに拍車をかける事態に。
PT全員内丹ブラッドパスポーション自己ケアルでヒラ無しで凌ぐなんてこともできちゃってました。今考えるとしゅごい。。(中期からは現在の1:2:1構成がちゃんと認知されるように)

ちなみにクローズドβフェーズ1の時点で実装されていたIDは、

 地下霊殿 タムタラの墓所(Lv18〜)
 監獄廃墟 トトラクの千獄(Lv24〜)
 名門屋敷 ハウケタ御用邸(Lv28〜)


の三つのみです。
特にハウケタに関しては体験記やフォーラムの数が少なく、そこまでたどり着いたテスターは少数でした。



●アイテム

当時のIDでは宝箱なんかも全回収が基本です。ここから手に入るポーションやエーテルはとても貴重。(今では宝箱の横に捨てられるレベル・・・ちょっぴり悲しい)

ポーションとか買えばいいじゃん?という発想は当時はテスターたちにはありません。金策手段がギルドリーヴ以外ほぼない上に、とにかく単価が高かったんです。
どんなものか具体的にいうと「4800ギルで売られているミニオン」を見て、誰もが(めっちゃたけぇ・・・)と思ってしまう感じの世界線でした。装備なんかも500ギルって価格設定だけで垂涎の品。
特にエオルゼア経済を脅かしていたのが「修理代」です。
0%→100%の修繕だけでほぼ買い値と同額消費してしまいます。その結果「装備消耗分の修理代が赤字なのでIDを周回するとどんどん金が減る」なんて現象が発生してしまうほどの資金難がテスターたちを苦しめていました。

おんなじ装備を複数所持して着回すという発想をしたフレンドもいましたが、エクレア装備の仕様の前に儚く散っていました(エクレア = EX レアの属性がついた装備、2つ所持できない。当時はこの呼び名がデフォだった。おいしそう)この修理費用ヤバヤバ問題は正式サービス稼働後もヒカセンたちをしばらく苦しめたとかなんとか・・・

特にポーション系の消費アイテム。いまでこそ価値が低くなりましたが、当時のクラスクエストがどれも高難易度で、たとえ適正レベルで凸してもポーションがないとほとんどクリア不可能なほどでした。果てはスレッドのテンプレに攻略方法が固定される始末。それほどに難易度調整がおおざっぱなクエストやF.A.T.Eがそこかしこに点在していました(攻撃力がおかしい、敵が固すぎる、毒スリップがきついなどなど)。
ハイポーションや毒消しなんかもかなり重宝されていた稀有な時代です。
ポーションをがぶ飲みしながらスプリントで逃げ回る攻略も当然のように認知されていました。
もしかしたらFF14史上最古のマラソン攻略だったのではないかと思います。



●フィールド

すでにカオスの様相を呈してきましたが、クローズドβテストにはまだまだ不思議な環境があります。

「討伐手帳埋めパーティ」なんかが流行ったのも、きっとこのころだけでしょう。
現在のフィールドエネミーはLv一桁でもゆうゆうと倒せてしまうぐらいふにゃふにゃですが、クローズド時代の敵はカッチカッチ。
カッチカッチな上に攻撃力もそれなりで、同レベル程度の相手でも死闘をせざるおえない状況でした。
黒衣の森には今にも死にそうな冒険者が溢れかえっており、辻ケアルのバーゲンセール状態でした。

そのため、PTで組んで討伐手帳埋めツアーをするのが結構メジャーなレベリング方法として認知されていきました。
あとは横から殴るとか。というか一人では基本倒せないのでそうせざるおえない。

そういった流れでF.A.T.Eもかなりの人気を博していました。
当然ですが、大半のF.A.T.Eは2匹以上の敵に囲まれるか、大型の敵一匹の討伐です。
こやつらも例にもれず、基本つよつよです。早朝帯では人が集まらず1~2名で凸するプレイヤーもいましたが、10秒後には死体に…。
なのでどこもかしこもF.A.T.EのPT募集は超絶賑わっていました。特にクォーリーミル付近はレベルのちょうど良さとF.A.T.E発生率の豊富さから、ちょっとした前線基地のような賑わいになっており、傭兵テスター達の拠点になっていましたね。(ちなみにクォーリーミル販売の防具が店売りでは最強格だったこともあり、なんか扱いが完全に傭兵の町でした)

今では想像できませんが、このF.A.T.Eが非常に好評なシステムとしてテスターに受け入れられていました。
ですが、テスターの増員による負荷増大やクエスト達成条件への干渉などが重なり、βテストフェーズ2以降、F.A.T.Eはどんどん下火になってゆきます。
フォーラムにも発生頻度をあげてほしいという要望がかなりの数とんでいましたが、負荷軽減のためそれと真逆にF.A.T.E発生の頻度を絞るという選択を取らざるおえませんでした。
ここでの対応が違っていれば、現在のFF14とは異なった環境になっていたかもしれませんね。パラレルパラレル。

特にフェーズ1に関しては海外日本サーバの区分けがなく、とにかく大勢のテスターが少数の鯖にギュッっと濃縮されておりました。なのでゼロデイ付近(クローズドβ開始直後)は恐ろしいほどの同期ズレやラグが多発し、「そもそもゲームスピードが早すぎるからサーバ側が重いのでは?」なんて意見もフォーラムにちらほら。
同社MMO前作にあたるFF11のテンポがもっさり気味だったため、新生FF14のテンポ感は多くの衝撃を与えていたようです。

ちなみにFF14開発にもっとも影響を与えたとされるゲームが、海外産MMO「World of Warcraft」
開発陣営もしっかりと公言していたため、当時のフォーラムなどでは引き合いに出されることが多めでした。
興味がおありの方はプレイ動画をぜひ見てみて欲しい。「あれ?これどっかで見たような・・・w」って感じのギミックがたくさんあり、初見のはずなのに謎の既視感が味わえますw



●ステータス

当時の環境では高レベルモブのうろつくフィールドの探索なんかも最早コンテンツの一環でした。
当時は蛮神戦も未実装だったため、基本的には4人PTコンテンツのみでしたが、システム的にフルPT(8人)は組める設定にはなっていました。
そこで暇を持て余したテスターたちはカンスト組(35lv)でフルパを組み、特に用もないシルフ領へのゴリ押し侵入を試みてみたりと絶賛自由を謳歌。
この時の戦況などから、一部のテスターがステータス検証などに着手し始めます。各パラメータが影響を与える項目から、果てはキャラの種族と部族によるステータスの差異なんていう、めちゃくちゃ細かいところまで手が及び非常に活気だちました。

 ヒューランはアタッカー向きだの
 エレゼンはヒーラ向きだの
 ミコッテはオールラウンダーだの
 ララフェルはかわいいだの

とにかく検証に検証が重ねられ、多くのテスターに共有されました。
ちなみにこの時、ヨシダPからキャラのステータスは後半誤差にすらならない微量な差なのでぜひ好きなキャラで遊んで、とアナウンスが事前にされていました。罪深いテスターたちです...w

そして当時の特徴として、FF14はステータスの振り分けができるゲームだったということです。
フェーズ1の時点では振り直しができなかったため、ステ振りの開拓についてもかなり慎重に論議されていました。今はなきVIT極やSTR極なんて懐かしい言葉も飛び交っています。フェーズ2以降は軍票によるステータスリセットアイテムが実装されたため、活気も少しばかりなりを潜めました。(ただし必要数は10000・・・)



●終わり

とりあえずフェーズ1はこんなところ。とにかく手探り開拓感がとてつもなく楽しそう。

しかし、過去アカウントとの紐付けにミスるテスターがいたり、βテスター専用のレジストリコードが入ったメールがなんらかのトラブルで届かなかったり、そもそもPCのスペックが足りなかったり、なかなか一筋縄ではいかなかったようです。
ついでにパッドへの対応もこの時点ではしておらず、キーコンフィグすらないため、外部ツールでキーバインドを変える、システム内のコードを書き換えるなんて荒技での対応を余儀なくされていました。
多くのMMOでつきまとうログインオンライン問題なんかも例に漏れずあったようですので、ストレスなくプレイできた人は極少数だったと思われます。

しかしテスターたちの渾身のプレイにより、多くのバグが解消されたことでしょう。

次回はフェーズ2 (2013/4/5〜)のレポートでも描きたいけど多分書かないと思うよ!!



●フェーズ2以降どんなかんじだったかダイジェスト

▼いまいち認知されないロール

呪「DPS募集として聞いて来ました」
剣「あ、ヒーラーは募集してないです〜」
呪「えっ」
剣「えっ」
斧「タンクあいてませんか〜?」
剣「あ、ちょうどDPS空いてますよ〜」
「えっ」
剣「えっ」


▼まさかの槍さん一強時代

弓「全然火力でないなぁ、ちょっと他の触ってみるか」
格「格闘極めるために、槍でアディショナルとってくるわ」

・・・翌日

槍「あれ?クラス戻るんじゃ?」
槍(元弓)「もうもどりたくない」
槍(元格)「わかる」
槍(元斧)「うへへへ火力が気持ちいぃ〜〜〜」
槍(元幻)「このカオスな環境でヒーラーとかはげちゃう」


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