その日もクルザスの空には分厚くて重苦しい、灰色の雲が立ち込めていたのを憶えています。
砂漠の国ウルダハで生まれ、灼けた砂を踏むことに慣れたストームブリンガー号は、濡れて萎れた自らの羽毛が凍り付いてしまうのを恐れるかのように、しばしば鞍上のねこさんを振り返っては哀れっぽい視線を向けていました。
ねこさん自身もまた、ひどく哀れっぽい気分になっていました。
凍てつき、雪と氷を纏った木立の陰に見え隠れする鋭い光を放つエーテルの塊は、アイススプライトでしょうか? いかに未熟者とはいえ、ねこさんの魔術士ならではの視力は、その理性なき精霊がねこさんを上回る戦闘力を有していることを見抜いていました。戦えば勝敗は紙一重、戦神ハルオーネの気まぐれがねこさんに勝利をもたらしたとしても、木陰から狡猾な視線を投げかけるスノウウルフたちが傷つき疲弊したねこさんを放っておいてくれるとも思えません。
寒くて怖くて、ひとりぼっち。
話しかけられる相手といえばチョコボだけ。
「……道はこれで合ってるのかなあ?」
そんなことを尋ねてみても、チョコボは情けない声をあげるばかりで答えにはなりません。そもそもグランドカンパニーからの討伐任務として、ある特定のイクサル族を討伐しなければなりませんが、どこにいるのかもわからないのです。道などあってないようなもの、わかる訳がありませんでした。
ようやくの思いでたどり着いたアドネール占星台では、イシュガルドの人々の外の風なみに冷たい視線にさらされただけでした。たたでさえ排他的で独善的でもある彼らエレゼン族は冒険者という職業についている者自体にも偏見を抱いているうえに、ミコッテ族のねこさんを半獣人と見なしているらしく、言葉を交わすのも汚らわしいといった風情だったのです。
ほうほうのていでアドネール占星台を後にしたねこさんは、主要な地名が書き込まれているだけの、地図とは名ばかりの布きれを頼りに討伐すべきイクサル族を探し歩きました。
慣れない雪原を歩き疲れたらしいストームブリンガー号の足取りが重くなり、鞍を降りて歩き始めたねこさんの靴も凍り付いた頃、相変わらず灰色の頭上の雲がどうやら夜も近いらしいことをねこさんに教えていました。
諦めて出直すべきか、否か。迷ったねこさんは、最後にもう一度と思いながら地図を広げました。
さすがに長い時間歩き回ったお蔭で、アドネール占星台周辺の地形はそれなりに描き出されていました。その地形の東の一点。今まさにねこさんとストームブリンガー号が歩みを止めた場所から、ほんの少しだけ北に位置する一点が、未だ未踏の地であることを知らしめる途切れた線を教えていました。
最後にこの途切れた地点を確かめてみる価値はある。そう思ったねこさんは、歩みを渋るストームブリンガー号をなだめながら手綱を引いてその場所へと向かいました。
すると、いました、イクサル族が。そこだけは雪がなく岩肌がむき出しになった洞窟のような場所に、イクサル族の鳥類とも爬虫類とも思える奇妙な影が見え隠れしていました。
敵の存在に恐れをなしたチョコボが不用意な鳴き声などあげないよう、その嘴を革ひもで留めたねこさんは、恐る恐る洞窟へと近づいて行きました。
もっとも間近に姿の見えているイクサル族は、剣と盾を手にしているようで、討伐すべき相手とは違うようです。しかし、ねこさんが潜んでいる側を警戒している様子が伺えることからしても、さらに奥に進むことによって、ほかのイクサル族が潜んでいる――あるいは、駐屯している――ことが想像できました。
どうやら出入り口らしい場所で警戒にあたっているイクサル族を首尾よく倒すか無力化したとして、さらに奥へと進み、目指す相手をも倒して、しかも無事に出てくることなどできるのだろうか……?
日頃、慎重なうえにも慎重を重ね、臆病の誹りを受けるほどのねこさんでしたが、寒さと恐怖と孤独がねこさんを自暴自棄な気分にさせていたのかもしれません。
……そこから先、ねこさんはどうしてイクサル族の警戒を潜り抜け任務の目標を討伐できたのか、よく憶えてはいません。ただ、チョコボとは似ても似つかない、四本足の白い獣に乗った、これも白い衣服の、とても小さな人影がどこからともなく現れてねこさんを助けてくれたことだけは憶えています。
なぜその人がそこに来合わせたのはわかりません。ねこさんにはイクサル族を倒すという任務がありましたが、その人はねこさんを助ける、ただその行為だけを済ませると、素早く背を向けて去って行ってしまいました。
「せめてお名前を――!」
そんな一言さえ思い浮かばず、ねこさんは昏い雪原に立ち尽くし、立ち去る聖者の後ろ姿を眺めていたのでした。
〈おわり〉
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なぜかわからないけれど、知らないはずの人があなたを〈フォロー〉している。それは、あなたの日ごろの行いに対する感謝の気持ちがさせたことなのかもしれません。
文章化するにあたって当然ながらかなり脚色されていますし、現在からですとそれなりに月日も経過してしまっているために、私の記憶が曖昧になっている部分もあります。が、このお話は実話に基づいています。
文中では「せめてお名前を」云々としてありますが、実際にはバトルログを確認して、私にケアルやストンスキンをしてくれた方のお名前はわかります。なので〈フォロー〉しておきました。もちろんご本人のプライバシーがありますので、ここで公表などは致しません。