レガシーメインのネタバレを大いに含むので閲覧にはご注意を
レガシーのメインを終えて色々ストーリーに思うところはあるけれど
スフェーン含む永久人の設定というか描き方が余りにも浅いし突っ込みどころだらけで
肝心なストーリー終盤を進めながらもやっとした気持ちを抱えたままだった。
茶番の継承レースと虚無の荒野に6割強のソースを割いたせいで命の在り方という深いテーマを描くには
余りにも尺が足りなかったという点もあるのだろうけど、それ以前の問題として
「漆黒・暁月で描いてきたメッセージをあっさりと否定するダブルスタンダード」
というのが自分の納得できないポイント。
この黄金のレガシー自体しつこくくどい位には「異文化を知り、受け入れ認め合う」
ということをフォーカスしていて押しつけがましくて辟易するまであった。
だというのに並行世界から現れた「他者の魂をエネルギーとして生きながらえるデータ化された死者」
という文化に対しては命の在り方としていびつだなんだと否定的な姿勢を崩さない。これは奇妙だ。
実際そこに在る人たちはスフェーンの言う通り「確かに生きている」と感じさせる存在だった。
過去の焼き直しなんかではなく連続性を持った第二の生を得た人といっても過言でない。
データだから命に見えるようであって命なんかじゃないというならば自我の芽生えたオミクロンやアルファは何だというのだ。
漆黒でエメトセルクが完全なる人の世界を取り戻すためには「なり損ない」の命がいくら費やされても構わない
というスタンスだったのに対して原初世界の我々は「不完全な魂であろうと我々はここに生きているんだ!そっちの都合で殺されてたまるか!」と啖呵を切ってぶつかり合ったワケで。
スフェーンの最悪な王と謗られようとも愛する永久人たちを守り抜くという決意はまんま漆黒の私たちなんですよね。
「同じ道を歩めないからぶつかり合う」は分かるけどもだからと言って永久人をいびつだと断定して否定的な描写しかしないのは
「半端な魂だっていいじゃないか、これでも生きてるんだから」という漆黒のアンサーに反するんじゃないだろうか
当の永久人達も「一度死んでるんだし仕方ないよね…」とあまりにも物分かりが良すぎるのが妙だ。
元原初世界の住人で倫理観が我々に近いカフキワあたりは他者の魂で生き永らえるのに否定的なのは分かるけど
ソリューションナインのように魂を消費して生き永らえる人々の行きつく先が永久人なら
「自分たちが消えても仕方ない」なんて原初世界人めいたことは言わないはずだ。
あの世だヒャッホウ死んだ友や恋人家族もおるぞ なんて状況でデリートされそうならば全力で抵抗するのが普通ではないだろうか。
一番不自然だったのがオーティス(永久人)だろう。国民をシャットダウンし、命を懸けて守るべきスフェーンをこれからしばきに行こうとするヒカセン一行を
あろうことか素通りさせるなんて、ソリューションナインの感動の一幕は何だったんだと。
シャットダウン=虐殺者の汚名をヒカセンにかぶせたくないためのライター側の配慮だと思うが
「やめろー死にたくない!」「もっとあいつと一緒に居たいのに!」「シャットダウンするつもりならサーバーは命を懸けて守る、ここは通さない!」
と誰一人として一切ならなかったのは気味が悪かった。
そしてたどり着いたラスボス・スフェーンもなんだか妙だ。
愛すべき守るべき民を容赦なく次々と目の前でシャットダウンされてゾラージャ顔負けの虐殺者を前に
さぞかし怒りに震え・血涙を流し・我が子を目の前で惨殺された母のように修羅の形相で出迎えるだろうと
期待に胸膨らませて?挑むも随分肩透かしなリアクション。
仕方ないよね、ごめんね、こうするしかなかったんだ とか。そうじゃねぇだろ。
許さない、ここから先メインサーバーの命は、愛する人たちは、一人たりとも失わせはしない!
くらいの啖呵は切ってもらわないと。こっちにも火が付かないじゃないの。
エメトセルクは言い放ったぞ。名台詞を。
「勝者の歴史が続き、負けた方は反逆者として名を記される。
この星の物語における悪役がどちらか、決めようじゃないか!」
「我は真なる人にして、エメトセルクの座に就きし者…
己が名をハーデス!冥きに眠る同胞がため、世界を奪い返す者なり!」
というわけで終始ライターの描きたいものが原初世界の常識に寄ってばかりで不自然だったというのを長々吐き出したかった。