今日は朝から頭痛が酷くて、職場に行ったもののきりの良いところで帰りました。
帰って夕方までゆっくりしてたらだいぶ良くなったのでFF。
今は咳さえしなければ痛くないです。FFやってたらなおった(
風邪かな?
新潟で大きな地震がありましたね。
新潟に住む友達に連絡したら、大丈夫だったので安心しました。
今日も黙々とクエストを進めてました。
ここから先は紅蓮のリベレーターの世界設定に関するネタバレがあります。未プレイの方は読まないでください。
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コウジン族の話。
コウジン族は、八百万の神を奉る人たちなんですね。日本で言うところの神道かな?
んで、紅い甲羅の人たちは、神の信仰を禁ずる帝国と上手くやるために、信仰を隠している。
今のところ、碧の人の言うには「紅の人とはあまり仲は良くないし、紅い人のおかげで商売に支障をきたすので怒っている」程度の話なので、紅い人は帝国の様に分かりやすい悪ではないのかな、と思っています。今のところ、私の目から見たら悪であると言える蛮族は一つもないですけど。
コウジン族の紅い人の方ですが、土着の強い信仰を隠して帝国の手先として働く事に対して、彼らはどういう思いなのだろう、ということが気になりました。おいおい語られるのか、語られないのかはまだわからないですが。
私がコウジン族の話を聞いて思いだしたのは、江戸時代の隠れ切支丹の話。
数年前、映画「タクシードライバー」で知られるマーティン・スコセッシ監督の「沈黙ーサイレンス」という映画を観ました。映画では、幕府の切支丹排斥に伴い、強い信仰を隠して生活する農民達、また、彼らを弾圧する役人達が描かれていました。
キリストの教えが出島を通してもたらされてから、幕府がそれを禁止するに至るまで、人の歴史の尺度で言えばそこまで長い時間ではないはずです。それであっても、人々の心には信仰が芽生え、時には殉教すらしてしまう。信仰に価値が生まれてしまう。
コウジン族にとってあからさまな踏み絵こそないものの、子々孫々伝わる土着の信仰を捨てる、又は隠すという行為が、心にどれほどの枷をつけるのだろう。紅い人たちはそんな事全然考えておらず、お金になるから隠しとけば良いかー、程度の話なのかも知れませんが。
FF14で起きた様々な出来事に対して、私なりに、聞いて、感じて、考える。そんな日々です。