キャラクター
去ってしまった愛する人。
その人のことを考えている間はとても幸せです。
美しい思い出が揺籃のように私を優しく包みます。
でもそのあと、「もう二度と会えない」という事実が棘のように私を苛みます。
棘の痛みより、揺籃の心地良さの方が勝っているから、私は何度も彼らを思い出すわけですが…、いつも最後に残るのは痛みの方です。
もちろん毎日・毎時間をこのように感傷的に過ごしてはいませんよ。
結構ボケーっとして生きていますけど…笑
何かのきっかけでふっと思い出します。
思い出すタイミングはかつて一緒に同じ場所へ行ったとか、似たようなことをしたとか、同じ曲を聞いたとか、そういうときですよね。
もちろんその時には、迷うことなく思い出の揺籃に身を任せます。
そうして後にちょっとだけ残る棘の痛みを受け入れるんです。
忘れたいわけではありませんが、普段はあえて自分から考えることは少ないというか⋯。
きっと他の多くの人もそうされているでしょうし、まあそれが普通ですよね。
もし彼らと夢で会えたら。
それはとても嬉しいことです。
でも目が覚めたとき、頬に涙の跡が残っています。
夢でもいいから会いたい、会いたいのに…。
でも会いたくない。
私は相反する矛盾した気持ちを抱えています。
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亡くなった家族や、別れた恋人・友人、可愛がっていたペットなど。
(このゲームで出会って、もう消えてしまったフレンドの人もそうですね。)
かつて私は「考える時間を無くす」ことに腐心していました。
起きてから眠るまでの一日のスケジュールをギチギチに詰めるわけです。
余暇という概念はありませんでした。
本当に極端でして、ちょっと汚い話ですが(すみません)お手洗いに使う時間ですら何時から何分だけみたいに決めていました。
要するにそれくらい分刻みのスケジュールにして、余計なことを考えられないように自分を追い込んでいたのでした。
限界まで頭と体を活動させてブラックアウトするように眠りました。
今現在はそこまでのことはありませんよ。
まず大学生のときにコロナ禍に遭い、スケジュールを埋めたくても埋められないようになりました。
そのころから少しずつ変わってきたと感じています。
あとは大人になって心が強くなりましたし、加えていえば、「鮮やかだった思い出の彩度や明度が落ちてきている」ように感じます。
完全には消えないし、どうしても心に空いたスペースが残ってしまうけれど…、「時間が解決する」ってこういうことなのかなって漠然と感じています。
ん〜「解決」はしませんね、時間経過によって「弱化・緩和」するが正しいのでしょう。
これを読んでくれた皆さん、皆さんはどうしていますか?
私は痛みと表現しましたが、会えない人を思うとき、懐かしさと同時に悲しみや寂しさを感じますよね?
どのような気持ちになりますか?
もし、夢で会えたら。
眠れない
花月丸が書きました。
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夢で会えたら
https://jp.finalfantasyxiv.com/lodestone/character/5157490/blog/5594752/
想い続けることは良い事だと思います😌
忘れ去られるよりずっと…
確かにあなたは居たのですから🥹
先日犬の散歩をしていたとき、
hanaさんが書かれているような気持ちと似た思いを感じました。
ロドストについ書いてしまいそうになって、
全然違う出来事を書いて自分を誤魔化しました💦
そのとき思ったんですが、
そういった気持ちになるのって、
“父がいまボクに会いにきてくれてるんだ”
そんなふうに解釈しました。
公園での出来事だったのですが、
チビコロのときの父との思い出がドバッと堰を切ったように溢れ出して、大変でした(⌒-⌒; )
不思議ですね、
口数の少ない父だったはずなのに、
思い出は雄弁です。
涙がとまらなくなりました(^◇^;)
後悔。。。です😢
最近、その人の夢ばかりみます。
あの時ああいうふうにしていれば、もっとこうしていれば
一緒にもっとこうしたかった。。。
夢は脳の整理と聞いた事がありますけど、私の夢は
後悔と。。。そして願望が入り混じってます。。。
起きた時に涙が流れてた、という事はないけど。。。
思い出すだけで泣きそうになります。。。
でも、夢の中では会えるという事に喜んでる自分も
居てます。。。複雑です。。。
今まで。。。自分の日記にも書いた事がない気持ちを
吐き出してしまいました。ごめんなさい
はじめまして。
「生きる」とは、大切なものを失い続けること
とどっかの本に書いてありましたね。
過去を思い返すことはあります。ですが間違った選択はしたことはありません。
それが大切な人との悲しい別れになることを知り自分を深く傷つけるものであったとしても。
他の全てを失っても私が正しく生きる道を選んだから。
まだ戦いは終わったわけではありません。この身が朽ち果てるまで私は戦い続けます。
いつかその悲しみも穏やかに受け止められる日がきっと訪れます。
それまでは自分に厳しく、そして楽しく生きて頂きたいと思います。
わたしの場合ですが、思い出せなくなるぐらい遠くになってしまいました。
思い続けられるのは、良い事なのかも知れないですよ。
人によって受け止め方は違うので、様々なご意見があると思いますが。
5感で憶えてるっていう感じありますね!場所、匂い、空気同じものを感じたら余裕ですぐに思い出せます。
でもあんな人もいたなぁくらいには緩和しているのかなw
わたしの場合いたみがなくなったりはしないので
(サイズは時間がたってもあまり変わらないような?)
ただいきていると
それいがいの経験つみかさなってきてなんかこう相対的に
こころのなかでその想いのシェアがへっていくかんじ
それがその
ときがすべてを癒すって表現されているところかな?
まぁ最終的にはその時がそのね森ですw
まだ仄暗い朝、職場に急ぐ足を阻む歩道の赤信号。
コートの襟に首をうずめて寒さに顔をしかめつつ、通りの向こう側の信号をうらめしく睨む。
あっちの歩道にも人影。こちらを見つめている。
なぜか見覚えがあるように思えて、寒さにすくめたままの首を(気持ち)傾げてみせる。
その時、吹いた風に紛れるように、聞き覚えのある懐かしい声が耳に届く。
(朝早いのに会社ん行くのかえ。気ぃつけてなあ)
「え?」
目を瞬くと同時に、信号機が青に変わりピポの音が鳴り、周囲が動き出す。
あっちの人の姿は雑踏に紛れたのかもう見えない。ただわたしの胸にその笑顔が、気遣う声音とともに残っている。
(うん、行ってきます)
白い息に思いをのせてちいさくつぶやくと、通りを渡るべく足を踏み出した。
日本人には顕幽二界の隔たりが希薄だと、そう聞いたことがあります。わたしも思うところがあります。
あちらに渡った懐かしい人たちが、今も思いを巡らせばそこに居るようにも。
ならばその思いはあちらもきっと同じはず。
心は今も傍に、その優しさのまま変わらずに、自身に寄り添って在るのです。そう、思っています。
いずれ来る私の大事な家族との別れ
想像もしたくないし考えたくないですね
でも準備をしてないとそのときがきたら壮絶に悲しいでしょうし私もなにか対策したくてはといつも思ってますがなかなか行動にうつせません
こんにちは😌
読んでいて何度も頷いてしまいました。
過ぎた時間は戻ってこないんですけど、普段の何気ないやり取りって後々思い出すことが多い気がします。
もうちょっとなにか出来たかなって反省のほうが自分は多いのですけど💦
いつか何処かでまた会えるだろう、いつで何処かは分からないけれど。そんな気がしてます。
自分は夢の中で会えたなら、きっと自分の心の何処かでは忘れたくないんだろう(思い出して欲しいんだろう)って思っています😌
対象のコメントは、投稿者によって削除されました。
母親が末期ガンで亡くなった時は、
やっと楽になったんだなと、泣きませんでしたが、
その約半年後、ある日突然適応障害になったのは、
逆境さえもモチベーションに変えてきたものが、
母親の死に方を思い返す事で、いよいよ決壊したのだと思います。
寂しい時に寂しい、悲しい時に悲しい、
そう素直に話せる事は、大変素晴らしい事なんだと、今は思います。
なかなか出来ないですが。。。
コメントありがとうございます。
ちょっと体調不良です。
後ほどお返事しますね!
昔、SEGAに七ツ風島の物語ってゆう大号泣した思い出のゲームがあります。それは忘れてしまう物語……あんなに大事だった物も者も離れて時が過ぎれば、いつか色あせ忘れてしまう…忘れられてしまう。
それでも、自分の胸の中には残しておきたい大切なもの(´△`)だから、こっそりしまってます。1番良いのは共にその事について話せる人とそんな事あったよねwと微笑み合えたら良いと思いますよ♪
いぶきさん
コメントありがとうございます。
思い出すのが辛いときあります。
思い出してるときはにこにこ幸せです。
そのあとが大変です。
でもそうですね、忘れたくはありません。
先生
いつもありがとうございます。
お父様との思い出ですか。
先生、涙を流しているとき胸が苦しかったですか?それとも暖かい気持ちですか?
後者だった場合、涙が引いたあと、どのような気持ちになりましたか?
苦しいのと温かいのと、両方でした。
そばに寄ってきたジローくんを、
物凄い勢いで撫で回して、
苦笑いしてました💦
帰宅してロドストに全然違うこと書いてアップしたら
一番にhanaさんが“いいね”してくれて、
なんだかホッとしてました。
多分ですが、、ボクの経験だけですが、
話せる相手がいると、
少し気持ちが軽くなります。
(返信はいいです。長くコメントし合うには心の負担が大きすぎる気がします。)
体調、すぐれないかもですが、
無理していっぱいたべてーーーーーー٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
うさぎさん
夢で会えたら後悔と願望、笑顔と涙
私も同じです
教えて下さってありがとうございます
私はこの日記を書いたことや頂いたコメントを読んで、何かを解決しようとか、または何かのヒントにしようとは思っていません
私はこのとき(これを書いたとき)ただただ、いつも私の日記を読んで下さる皆さんの気持ちを知りたかったのです
ですからこのようなコメントが頂けて本当に、とても嬉しいです
シアさん
はじめまして。
コメントありがとうございます。
シアさんはとても強い人ですね。
私は「自分に厳しくして、苦しく生きていこう」と思ってるんですよ。
あなたの様に「自分に厳しく、楽しく」という領域に達するまでどれくらいかかるでしょうか。
私も大分強くなりましたけど、まだ別離の恐怖に打ち勝つことは難しそうです。
逆に言えばそれ以外の怖いこと、嫌なことってほとんどないんですけどね。
キースさん
コメントありがとうございます。
思い出せないなんてことがあるんですか?
愛していた人を。
私には想像もつきません⋯。
同じ場所、似たようなこと、何かきっかけがあっても自然と想起されないということですよね。
どうしているのですか?
思い出そうとして、うーんうーんとやって思い出だす?
すみません。
想像を絶するお話しです。
私にはまだまだ時間が足りないのでしょうね⋯。
ロゼッタさんの感覚はそのまま私も当てはまりますね。
もちろん「そんな人もいたなあ」の場合もあります。
だけどそうじゃない人います。
容易に、鮮明に、パッと思い出したあと、ず〜んと来る感じです🥹
例えば両親が亡くなってもう13年です。
それでも私は⋯今でも涙が流れます。
その日一日はもう駄目ですね。
13回忌。
両親は辛く苦しい輪廻転生を終えて、やっと穏やかな境地に旅立つはず。
そんな風に「心で感じる」のではなく「頭で理解して」私は感情を沈めています。
ルナさんのコメントの最後が分かりません。
「そのね森」で検索したけど何も出ませんでした。
悲しみとの付き合い方は人それぞれなんだなって感じました。
今回聞いてみて、また答えて頂けて良かったなって思います。
時間経過で私は何度もその痛みを経験しているうちに、その悲しみに慣れてくるという感じですね。
ルナさんの言葉を借りるなら、大きさが(小さく)変わっていく感覚です。
色々な経験が増えても、それはそれ。
埋もれていくことはありません。
もう思い出せないというキースさんも、ルナさんと同じく人生を歩く上で他の多くの体験、経験が積み重なって相対的にそれらの影響が小さくなるということなのかも知れないと思いました。
私は⋯
まだそもそも20数年しか生きていませんし
生まれながらの変な記憶力の強さを得てしまったので⋯
ちはやさん
顕幽二界ですか。
私は日頃全く幽界を感じませんね⋯。
外国の血が混じってるからかな(笑)
でも、そういう考え方もあるし、意外と悪くないかなって思いました。
彼らは消滅したのではなく別の世界に行ったのだと考えるってことですよね。
なかなかそこまでの割り切りは難しいですけど⋯。
考えてみようかなって。
コメントありがとうございます。
あずきさん
私は母の死期を知っていましたけど準備は出来ませんでした。
準備って出来るものなのでしょうか。
私の精神が育っていなかった、幼すぎただけでしょうか⋯。
ナルシアさん
共感してくれて嬉しいです。
ありがとうございます。
そして私もあなたに共感します。
夢で会うってことは忘れたくない、思い出したい、そういう潜在意識があるっていうことでしょうね。
普段は積極的に考えないけど⋯、考えたら寂しいけど、でもやっぱり大切なものは大切なまま。
たうさん
辛いご経験でしたね⋯。
親との別れは誰もが経験するとしても、別れ方は様々で。
私の母も若くして末期の癌でした。
逆境を力に変えるには私は幼すぎました。
今なら何となくその気持ちが分かります。
普段は何となく近くに感じるというか。
家に普通にいるでしょみたいな感覚なんですけど、ふとした時に「ああ、もういないんだ」と思うんですよね。
モカさんのコメントと
あと博士先生の再コメントで、ひとつ気付きました。
会えない人を思うとき、その思いを共有する他者が近くにいたら、後に残る棘の痛み無くなって暖かい気持ちのままいられるような気がします。
ただ今の問題は。
夢で会ったら、朝起きたときに独りなことです。
私は痛みを甘受するしかありません。
そんなときもしも愛し合うパートナーが隣に寝ていたら⋯。
どう感じるのでしょう。
わーごめんなさい
わからないですよねあの表現わたしのわるいクセですね
メメント森っていう人物が登場する小説があってですね(題名わすれました…)
Memento moriの
mori の 言いかえで最終的にはときがすべての想いをおしながすと
(そのね森でわからんってほんとごめんなさい)
メメント・モリ調べましたけど、時が押し流すのではなく、その逆で。
「忘れるな」ってことみたいですよ。
子供の頃、私は天才でした。
見たものをそのまま覚えるんです。例えば、
↓
本を夢中で読んでいます。(当時はドリトル先生とか)
↓
母がご飯ができたから食べなさいと言います。
↓
私は本読みを止めたくないけど、仕方なく「ご飯食べながら読めばいいか」と思います。
↓
ん?食卓に本を持っていく?いえ、そうではありません。
↓
私はパラパラパラと先のページを素早く捲って、パタンと本を閉じます。
↓
食卓につき、頭の中で、さっき捲ったページに書かれた文字を読んでいきます。
↓
パラパラパラとやったとき「写真を撮ってる」んですよ。伝わりますかね⋯、これ。
今はもう、こんな能力ありません。
完っ全に消えました。
さて、ここからが本題。
『私はこの能力がある時代に、とても悲しい別れをしました。』
メメント・モリ。
多分ですけど、私は『忘れることができないでしょう』
「普通の人」よりはね。
わーまたまたごめんなさいほんとわたし文章力ないなぁ…
イタリアすきなのでMemento moriの意味
(ラテン語ってイタリア語の古語だし)はしっててですね…
moriを森ってどーして言い換えてるかの説明にだしたんです
最終的にはときのながれでみんなmoriってしまって想いも押し流すと
それはさておき
それって完全記憶能力のことですよね?
完全記憶能力のあるかたがかなしいことを経験すること…
ちょっと想像むずかしいですけど
指輪物語のエルフは完全記憶能力者であって
たのしい経験を脳内で完全に再現することができるとかかれているので
本文のお話がよりふかく理解できたようなきがします…