こんにちは!りんごさんです!
タイトルでも触れてる通りネタバレ全開です!
そしてサムネは本文に全く関係のない画像です!w
あとものすごく長いです!
いよいよ長い長いハイデリンとゾディアークを巡る旅も一区切りとなりましたね!
今回の本題は6.0における印象的だったNPCについてなんですがその前にちょっとだけ6.0の感想をば。
6.0の全体の印象でまっさきに思い浮かぶのが、長すぎ詰め込みすぎ!
もちろんこれは仕方なかったしよくがんばってまとめたとは思ってます。
でも長いですね!w
そして私にとって一番感じたのは5.0から特に感じていた「命と幸せの在り方」という哲学的なメッセージの強さ。
チラッと他の人の感想とか見る限りでもいろいろ悩んでる様子。
また人によっては説教臭いだの王道すぎて退屈だと感じる人もいるかもですね。
でも私たち人間にとって「命の意味」とか「幸せの在り方」は多分一生掛かっても絶対的な解を得られないテーマだと思うので面倒くさがる人もいていいと思うし、考えこんじゃう人がいてもいいと思うんです。
それくらい深い内容を展開してしまったんです。
しかもMMOといういろんな人が同時にやるゲームでやってしまった。
これってとんでもないことだと思います。
素直にFF14はすごいゲームだ!って思いました。
さてさて本題。
あくまで私が印象に残ったNPCなのでかなり独自解釈が多い内容です。
一人目は・・・
誇り高きガレマールの将クイントゥス最期まで「強きガレマール」の将として全うなさいました。
正直彼には彼が言う恥辱を味わってでも生き延びてほしかったという気持ちはありました。
だけど彼にとって強きガレマールは自分の命よりももっと尊く誇り高いものでした。
それも無理はありません。
ガレマールはずっと迫害されて北へ北へと追いやられた民族です。
魔法もほとんど使えないし力なき者は迫害されるのが世の定めだった。
ガレマールはゼノス風に言うとずっと狩られる側だったわけです。
そんな彼らがやっと手に入れた魔導の力。
ずっと迫害されてきた人たちが大きすぎる力を手に入れたら今までの復讐をしたくなるのも無理はありません。
大きすぎる力を手にすると人は力に溺れてしまうもんです。
これは蛮族が降ろす蛮神と一緒ですね。
しかもガレマールの場合はその大きすぎる力がアシエンによって介入された完全に偽りの力だったわけです。
蛮神を否定してたのに自分たちの力は結局蛮神と同じくアシエン由来の力だったんですから。
それでも彼らはその力に頼るしかなった。
あんまりすぎます。
アシエンによりもたらされた偽りの力とは言え、彼らにとって魔導の力は唯一の希望であり誇りでもあった。
長い長い恥辱に耐え忍んでようやく手に入れた力。
だけどその力さえも奪われたら彼らに残るのはまた恥辱のみになってしまう。
第一戦で戦い抜いてきた将軍だからこそその絶望は計り知れないでしょう。
強く誇り高いガレマールのために戦ってきたんですから・・・
あとヴァリスやクイントゥスが言うようにエオルゼア諸国は今まで侵略を何度もやってきた歴史があります。
彼らはエオルゼア諸国に対してガレマール主導の下での協力という前提では賛成しています。
聞く耳を持たなかったわけではない。
過去にエオルゼア諸国が行った蛮行とも言える行為が彼らを疑心暗鬼にさせているのですから、彼らが反発するのはほかならぬエオルゼア諸国のせいなんです。
ガレマールは人の傲慢にずっと振り回された哀れな国ですよね・・・
それともう一点。
自害という行為は人間だからできる行為でもあります。
自我がそんなにない生き物なら危険から逃げるものです。
でも人間は知恵や感情があるゆえに自らの死を選ぶこともできる。
はて、知恵や感情ってなんのためにあるんでしょうかね・・・?
お次は二人目・・・
サネベア島の一般島民代表マトシャマトシャは強い子!
とはいうもののマトシャの第一印象は弱そうな象wwwでした。
本当にごめんなさいだす。
マトシャは立派だったよ!
サベネア島についた直後、魚を売る手段がなく困ってた彼を手伝うというのが出会いのはじまり。
ヒカセンが困ってる人を助けるのはいつものことですし、NPCがヒカセンを頼るのはいつものことです。
なので特に気にも留めていませんでした。
ただの困ってる系NPCだな!
その程度の認識でした。
いつものことですし!
ところがどっこい。
終末がサベネア島を襲い大ピンチ。
でもお世話になった夫婦をどうにかして助けたいというマトシャ。
気持ちはわかるけどそれは無茶ってもんだ。
これっぽっちも戦闘能力もなくただ震えてるだけの象のくせに。
そう思いました。
でもだからこそマトシャは強いんですよね。
魚の売り方をヒカセンに教わるときも彼は自身が口下手だという自分の欠点を認めたうえでヒカセンに売り方を教わろうとしていた。
また夫婦を助けに行くときも自身は獣に対し何も抵抗できないと認めたうえでそれでも助けたいと無茶なことをしようとするわけです。
そう、彼は自分が無力だということをしっかり理解できている。
それでも諦めずに立ち向かう。
実はこれができる人ってあんまりいないんです
無茶だからするわけないだろとか言わないで自身の欠点を認めるって簡単そうで結構しんどいことです。
人ってすこしでも優位でありたいとか、人より優れていたいというエゴがつきまとうものです。
そして人は脆い心をそういったエゴからくる自尊心や虚栄心で隠して誤魔化しがち。
けどマトシャはそもそも人より優れている何かがない。
それでもひねくれずに助けてくれている人に感謝して、少しでも自力で頑張れるように努力をしている。
これってすごく精神的に強いことだと思いません?
そんなマトシャを象徴してるのはやはりあのシーン。
お世話になった夫婦を助けるところです。
正直見てらんなかったです・・・
終末の影響で次々に里の人が死に、異形化し、絶望に伏してる里の人たち。
それに対しマトシャは気を紛らわせるためにサベネア島に伝わる「おしえ」を思い出そうと投げかけます。
サベネア島の人ならだれでも知ってる「おしえ」を里の人たちは口ずさみ始めます。
そしてその「おしえ」の内容も、降りかかる辛苦は己に与えられる試練であるという結構厳しい内容。
でもなんにもないマトシャだからこそ、その「おしえ」の意味を誰よりも知っていたんじゃないかな。
だからマトシャはあの時その「おしえ」を歌おうと皆に投げかけられたし、あのあと諦めずに走り切れたと思います。
そしてサベネアは過去に侵略もなく帝国とも中立を保ち続けて来た国でもあります。
国自体が強いんですよねぇ。
七大天竜であるヴリトラがサベネアを愛し続けられているのもわかります。
本当に強くて優しい国なんだなって思います。
あとサベネアの「おしえ」こそ人生そのものだと思いましたし、暁月のストーリーが凝縮された詩だと思います。
辛いことばかりですもん人生なんて。
でもそれを乗り越えてくのが強さだと思いますし、人生の楽しみだと私は思ってます。
あとあんまり関係ないけどサベネアとパーラカの里が好きすぎてパーラカ衣装を全部集めちゃいましたw
暁月のメインミラプリはパーラカシリーズかな!
お次は3人目!
その優しさと好奇心が滅びを呼ぶヘルメス実をいうと私の考えの根っこには永遠の命とか幸せだとか楽園というものは断じてありえないというものがあります。
劇中でも特に終盤ではそれに対してかなり言及されてましたし、古い話だとアラグ帝国も繁栄を極めて衰退したとなってます。
ということで基本的には古代世界は滅びゆく運命だったという前提でお話しします。
ヘルメスは賛否両論かと思います。
終末のキッカケを作った張本人であることはゆるぎない事実です。
またヘルメスの余計な好奇心がすべての原因なのも事実です。
でもだから悪いとは言い切れないと思います。
彼は古代世界においては珍しく命を奪うことに抵抗があるという心の持ち主でした。
古代人の基本的な考えとしては一生懸命星を善くして満足したら幸せな終わりがくるという考えです。
とはいうもののこれはあくまで古代人、彼らの定義上の「ヒト」に限った話。
彼らは命を絶対的な立場から奪う側、言うなれば狩る側であり狩られる側の気持ちは全く理解してなかった。
ヴェーネスは割とそこらへんは分かってそうな感じではありましたけどね。
そもそも私たちは有限な命であって無限の時を生きられる古代人とは根本的に決定的に違う死生観があります。
そして古代人にとって寿命のある生き物は「不完全」なのです。
多くの古代人は「不完全」な生き物を終わらせることは「エーテルに還す」と解釈しますよね。
理屈としては何も間違っちゃいない。
でも・・・そうじゃないですよね。
私達は死んだらそれまでです。
生まれ変わりとかいうのもありますがほぼ確実に死ねばそれまでで私たちの自我はなくなります。
例えエーテル単位でまた新しく命が始まったとしてもそこに今の私たちの自我はありません。
転生組であるファダニエルも元の人格と前のファダニエル(ヘルメス)の人格のギャップでずいぶん葛藤してましたしね。
理屈じゃないんです、きっと。
ところがヘルメスは違った。
彼は星を善くするために創造された生き物が適合外だとみなされ処分されることになって、その個体の命を奪ったらその個体の命を憐れむことができた。
具体的には触れませんが現実でも価値観は人によってだいぶ異なるので難しい問題です。
また当時のファダニエル(局長)が役目を終え星に還るということを選んだ事にも葛藤していましたね。
そんな彼の「命」に対する価値観は他の古代人に比べればかなり私たち寄りだったと言えると思います。
そして彼は「命」に対してもっと知りたくなりメーティオンを創造しました。
もちろんメーティオンの創造が独断であり個人的な研究で色々やらかしたということはまったくもって擁護できませんw
ただ好奇心ってそういうもんじゃないですかね?
しかもあの古代世界でそんなことをしちゃう。
その後の感情的すぎる行為そのものもまさに私たちのような「不完全」で「未熟」だからゆえにやってしまう愚行そのものです。
だから私からすればヘルメスはヴェーネスよりもはるかに「私たちに近かった古代人」だと解釈しています。
私だって人間ですし結構未熟なところがあります。
だからヘルメスが感情的にあんなことをしてしまったのを・・・否定できません。
むしろ古代人でもあんな感情的でとても合理的じゃない行動ができるんだなって知って、ちょっぴり見直したくらいです。
まぁ全然ダメなことなんですけどねw
とは言うもののID突入前からカイロス発動まではちょっと演出的に苦しいとも見れますし、生々しすぎるといった感じではありました。
それまではそれなりに同情や共感を買わせるような感じだったんですが一気に豹変しましたし。
ただ・・・精神的に追い込まれた人って衝動的に感情的な行動に走る人は現実にもいます。
さらにヘルメスの場合は古代世界でも異端な考えで誰にでも悩みの相談ができるわけではないというかなりしんどい状況でした。
現実の私たちのようにいろんな人がいるわけでもないですからね・・・
彼にとって一番の苦悩は命の意味を知るという行為そのものが彼らにとっての常識の外に出てしまうことなんです。
こんなに孤独な事ってあります?
私たちは「不完全」で「未熟」だからゆえに多様な文化を営んできました。
そういった様々な文化を私たちは聞いて、感じて、考えて、いろんなことを経験したからこそいろんな人に対応ができています。
だけど古代人は個性はあるけど私たちほどの多様性はない。
ゆえに私たちほど様々なケースには対応できないし分からないんだと思います。
それについてヘルメス自身も分かってたからただ相手を困らせるような相談などはできなかったんです。
だから本当に孤独だったんですよね。
現実でも今まさにその多様性が非常に問題になってます。
それと一緒です。
なので彼が外の世界の命を知りたかったのは彼と共感できる仲間が欲しかったというのはかなりあると思います。
一人は寂しいし辛いです。
比較的近かったメーティオンやヒカセンには心の内を吐露してましたしね。
ある意味ではマトシャと対照的な存在ですよね。
マトシャは非力でも支えてくれる人たちがいるから頑張れたけど、ヘルメスは才能があってもそれを本当に理解してくれる仲間は自らが創造したメーティオンくらいしかいなかったのですから・・・
いろいろ語りましたが非常に印象的、衝撃的なNPCでした。
最後になる4人目は
幸せを運びたかった青い小鳥メーティオンメーティオン(´・ω:;.:...
もうね、ヘルメスとメーティオンを一目見た瞬間に「暁月の不幸代表だ!」って直観的に思いましたよ。
予感的中です、当たらなくてよかったのにw
ところでメーティオンはなぜ有翼種で青いか考えたことありますか?
私はメーティオンの容姿は童話の青い鳥を重ねてるんだと思いました。
幸せの青い鳥とかのやつですね。
気になる方はちょっとググってみると楽しいかもです。
余談ですが私のキャラ名にグリムが入ってる通り割と童話や神話は好きなんです(詳しくないけど
あと砂糖ドバドバのリンゴとか妙にキャラ名に引っかけてくる内容がとてもうずうずしましたw
まぁキャラ名の由来はそこらへんのファミレスなんですけどね・・・
童話の青い鳥は表面的には幸せはそこらへんにあるよっていう話ではあります。
けどこれは有名な部分の話。
ちょっと突っ込んで読み解くと、最後に青い鳥は飛びだってしまうんです。
これって幸せの象徴である青い鳥は人から逃げる、つまり幸せが逃げてしまうって事なんです。
じゃあ幸せってどこにあるんでしょうか?
・・・人は幸せってのになかなか気づかないもんなんですよね。
気づいた時には手元にある幸せがどこかへ行ってしまった後だったりするもんです。
そう、ヘルメスもメーティオンも二人でいるその瞬間が幸せだと気付かずに、より多くの幸せを望んでしまったのです。
だから辛く悲しい現実が彼らを、そして世界を襲った。
あんまりすぎますねぇ(泣)
もうひとつ言っておきたいのが神話にある「エデン」のお話。
「知恵の実」の話です。
完璧な楽園であるエデンに住む神々と人々は永遠の時を幸せに過ごしていました。
でもひとつだけ神々からやってはいけないこととして「知恵の実を食べるな」と人々は言われていました。
ところが好奇心で人であるアダムとイヴは知恵の実を食べてしまった。
いいつけを守らなかったアダムとイヴは神々から罰として、寿命や痛みを与えられ楽園から追放されましたとさっていう話です。
メーティオンとヘルメスが古代世界という閉じられた楽園にだけ興味を持っていたら、もしかしたら古代世界は永遠の幸せが続いたのかもしれません。
しかしヘルメスは楽園の外の命について好奇心が湧いてしまった。
結局人は手元にある幸せに気づかず、より多くの幸せを願いがち。
だから終末という罰が与えられた。
私はこう解釈しています。
とは言うものの他の「命」を知りたいと思うことは間違っているのでしょうか?
メーティオンは健気にみんなが幸せであることを願っていました。
それはヘルメスも一緒です。
そしてヘルメスの願いのために喜んで宇宙へ旅立って素敵な「命の意味」を持って帰ってくるつもりでした。
いろんな命を知り、一つでも多くの命が幸せを知ることができたらいいな、と。
けれど待ち受けていたのはあまりにも残酷な現実。
古代世界という楽園で幸せしか知らない彼女にはあまりにも辛い。
そしてエンテレケイアである彼女は次々と終わりを迎える絶望に満ちた思念を感じ取ってしまう特性がある
ガンダムXのティファかなやがて脆い彼女の心を絶望の思念に乗っ取られ、本来の自我が願っていない終焉を謳うものに異形化してしまいました。
命の意味を、幸せの在り方を、ただ知りたかっただけなのにね。
あんまりすぎますよねぇぇぇえええええ・・・
また彼女がみんなに等しく終末を与えようとしてるのも元の人格の優しさがあってこそなんですよね・・・
破滅願望と言えば間違いなくそれなんですが、彼女は苦しむくらいなら生そのものを知らずに何も始まりもしない「無」にしてしまえば等しく公平だと言うんです。
エメトセルクが言う通りそんな勝手な都合で生きる権利を奪うな!というのもごもっとも。
しかしメーティオンのやろうとしている終末はエメトセルクが考えるような可能性さえもそっくりなくそうとしている。
限りなく公平と言えなくもない。
うーん難しい。
まぁ生きてる限りは終わるまで精一杯がんばる!が生きてる人のベストアンサーかなとは思ってます(雑
あとヘルメスとメーティオンの結末は途中で大体想像がついてしまいました。
だからメーティオンが逃げ出した時、私は追いかけたくなくなってしまいました。
彼女が知る現実はあまりにも辛いって私たちはもう知ってますからね・・・
あの時ばかりは追いかけようとするヒカセンがもう自分を投影した人ではないって思っちゃいました。
それでも追いかけるならせめてヘルメスはそばにいてあげてほしい。
そう思いました。
以上、6.0で特に印象的だったNPCについて語ってみました。
私の勝手な解釈ですが古代人は理想とする完璧な肉体を持った命だと思っています。
言うなれば神に近い存在かもしれない。
しかしただ肉体が強靭なだけでは心が育たない。
さらに幸福で満ち足りてる世界では辛苦に対し経験も積めない。
イーアのように追求しすぎて生きる意味を見失ったり、悲しみを排除した結果生きる意味を見失ったラーラーのような例もありますね。
そして古代人の多くは終末に対し絶望するしかなく、ゾディアークや終わりを告げた楽園に思いを馳せることしかできなかった。
だからそんな心が「不完全」な古代人をハイデリンは切り捨てました。
なぜなら彼ら古代人は絶望に対し抗う心がなかったから・・・
そして未来を私たちのような肉体的に不完全で未熟な分かたれた人に託した。
どんなに肉体が強靭であっても生きる意味を見失ったら生きれません。
大事なのは、どんなに弱くても、どんなに辛くても、負けずに立ち向かう強靭な心。
生きるのに大事なのは肉体的な強さではなく、精神的な強さ。
そして楽園や永遠に続く幸せなんかに思いを馳せるよりも前を向いて進もう。
漆黒と暁月の一連のストーリーで私たちに伝えたかったメッセージはたぶんこういうことなんじゃないかなって。
私はそう思ってます。
いかがでしたでしょうか?
稚拙な文章で読みにくかったらすいません。
それに押しつけがましい、説教臭いと感じる人もいるかもしれません。
けど命とか幸せとかそういった話って個人個人いろんな解釈があってみんな違っていいと思うんです。
それでいろんな意見を聞いて、なるほどな~とか、いや!それは違う!、と話し合ったりしていろんな考えを知れればいいキッカケになるとおもうんです。
ってヘルメスも言ってました、受け売りですすいません。
まぁそんなこっちゃで、たかがゲームだけどすこし色々考えてみてもいいと思います。
それくらい今回のストーリーは考えさせられた!
最後にサムネ用に全然本文と関係ない画像を貼っておきます!w
それでは!!