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【RPSS】英 Ⅰ

公開

求めているのは平和なのに、手に持っているのは殺すための武器だなんて。

初めてそう思ったとき、あたしはまだ八歳の少女だった。突然の父の失踪と母の死は、呆然とする娘を、燃え上る家がブキョウの通りに落とす暗い影の中に置き去りにした。そして、声は耳元で囁いた。遥か昔からその暗闇に潜んでいた者たちの声。彼らは真実を教えてくれた。この国の平和を保っている危うい均衡。それを脅かした父の凶行。釣り合いを失った天秤の片側から揺り落とされたのが母の命だったと知らされたとき、あたしの手には刀が握られていた。彼らは――英(はなぶさ)はあたしを一族に迎え入れ、すぐにそこが居場所になった。年月が影の刃を研ぎ澄まし、必要なとき必要なだけ刎ねた首と流れた血を以て均衡を守り続けてきた。

窓の向こうで夕日が沈むにつれて空が黒く色褪せ、その上に暖かな昼間の赤い残響が消え残っている。傍に折りたたんだ布巾の内側にも、赤いものがあった。今日天秤に乗せられた命の冷たい最後の残響だ。求めているのは平和なのに、手に持っているのは殺すための武器だなんて。そう思っていたのが随分昔のことに思える。躊躇いや葛藤はいつの間にか消え失せていた。手の中の刀は、単なる仕事の道具でしかない――ただし、完璧な。白銀の差表に、小さく文字が刻まれている。刀匠の銘だ。「藤之花房」には、鞘にも鍔にも凝った細工など施されてはいない。必要なのは、有象無象に紛れる取り立てて目につくところもない外見に宿った本物の切れ味のみ。結社の刀匠はその本質を深く理解していた。磨き終えた刀をゆっくりと鞘に納め、あたしは深く息を吐く。この刀は来たるべき時まで研ぎ澄まされていなければいけない。母の無念と復讐の念、その重さを乗せて心の深く底まで沈み切った天秤の片側の、対となる空白に注がれるべき血をあたしは求めている。均衡は必ず取り戻されるだろう。だがそれは、他の全てを差し置いて為せることではない。あたしは英、影の刃。都の秩序と均衡に命を誓った者。刀は自分のために抜かれるものではないのだから。

「徒労だったな」

その声があたしの耳を撞木のように打ち、深い底で揺蕩う意識を薄明りのもとへと引きずり戻した。しゃがれた低い声が、行燈が照らす畳張りの部屋に重く響く。

ジトウは二度、抹茶を茶杓で掬い取って飾り気のない漆黒の碗の中に落とした。無表情で湯を注ぐことに集中する。深緑の粉末が瞬く間にほどけ、澄んだ領域を色づけていく。深く皺の刻まれた手が淀みない所作で茶筅を振り、撫でるようにして練られた茶がいっそう色の深みを増すと、ぴたりと動きを止めた彼は僅かに、だが満足げに口元を釣り上げた。

「大事なんは結果や。ウゲツ一派はもう問題やない」あたしは言った。

ジトウは碗を回しながら、片眉を上げた。「そうだろうとも。ウゲツはな。だが妹はどうだ?タチカケの血は侮れんだろう、ミヤコ」老人はあたしを見据え、尋ねる。「毒された血が青い芽を腐らせる前に、摘んでしまうべきではないか?」

「西州の侍が赤誠組と組んで――」

「ムソウサイの新弟子か。さぞ腕が立つだろう。だが所詮は余所者だ。いつまでもクガネには留まるまい。それとも、その者が大した縁もない東国の小さな町のために生涯を捧ぐとでも言ったかね?ミヤコ、純粋な心ほど傷つきやすく、折れたときには鋭く尖る。お前もよく知っていることだろう。それが都の喉元に突き立てられる前に彼女を――」

「いつかはその時が来るかもしれん」あたしは語気を強めて言った。「やけど、ウゲツを斬ったんはその妹、タチカケの血や。赤の局長にしとくにはそれで十分やろ」

この件についてあたしから言うことはもう何もない。そもそもシシュウ、それも開港場のクガネでの騒ぎなど、英の知ったことではないはずだった。ジトウがあたしを向かわせたのは、あたしを試すため。その他には考えられなかった。既に人生の大半を影の刃として過ごしていても、あたしはまだ余所者なのだ。英の血を継いで生まれ、初めから家族だった者たちとは違う。ここではどれだけ正しく務められるかだけが問われ、まだ生かされているということでのみ、自分は間違えなかったのだと知ることができる。それでも刃で在り続けるのは、もはや他に生き方などないと知っているからだ。

表の社会で芸妓「キクサヤ」の名で咲くことを許された日、あたしは冷たい刃と色褪せた死ではなく、温かな笑顔や希望が煌めく幸せな人生の可能性を見出していた。地方の鳴らす陽気な弦の音に合わせて舞いを披露する度、客は惜しみない歓声を送ってくれた。置屋に戻った後も、頭の中で鳴りやまない拍手。丸窓の縁に手を置き、乗り出して見た花街を鮮やかに彩る灯り。背の高い青年が窓辺のあたしを見つけて手を振ってくれたとき、あたしは舞い上がるような気持ちだった。その日宴席の端にいた彼のことは、他の何よりもはっきりと覚えていた。あたしをじっと見つめる黒い瞳を、あたしもずっと見ていたから。置屋の監視の目を盗んで、あたしは夜の裏路地へ駆け下りた。おしろいを落とした顔を見て、彼は頬を赤らめていた。きっとあたしも同じ色だった。トウマと名乗った彼に、あたしはミヤコだと教えてあげた。また会おうと言って去っていく背中を、あたしは生まれて初めて愛おしいと思った。次の日、ジトウはあたしの犯した間違いを突きつけた――トウマはあたしの目の前で縄に囚われていた。黒い瞳が恐怖に怯え、助けを懇願していた。彼は知ってしまったのだ、キクサヤが落とす影の名を。あたしたちの周りに、濃密な死の気配が満ちていた。何をすべきかを理解したとき、あたしにはまだ生き残るチャンスがあることが分かった。手には冷たい刃が、目の前には色褪せた死があった。

「クガネの花街にも置屋を建てた方がよいかもしれんな」ジトウは愉快そうにひとりごちた。その顔に皺の一つもない頃から影たちを率いてきたという老人にとっては、ありふれたやり取りなのだろう。資質を見極めるための問答、そして挑発。路頭で拾われた娘が抱え、そして切り捨ててきた迷いや葛藤のことについて考えることなどない。

あたしは差し出された碗を片手で取りながら、もう片方の手はいつでも傍らに横たえた刀の柄を握れるようにしていた。ウゲツの妹に相応しいのは局長の座ではなく、血の償いだったか?均衡とはそうではないはずだ。赤誠組は十分に血を流した。これ以上赤く染まる必要はない。

碗から立ち上る湯気越しに、ジトウを眺めた。何かを見定めるように、眉を顰め、糸のような目を更に細めている。老いて痩せ細った体を覆う紫の着物の上に、地位や階級を示すものは何も身に着けていない。磨き上げてきた影の技と刀があれば、目の前にいる老人など簡単に斬り伏せられるように見えた。

「まだ何かあるんやな」彼に代わって言葉にする。

「察しがいいな、ミヤコ」

いつものように側近を傍に従えていたなら、老人はその女にさせていただろう。代わりに自ら立ち上がると、床の間の横に備えられた地袋から、細い紙片と藤の花かんざしを取り出した。緩慢な動作を一つこなす度に、苦しそうに咳き込む。仰々しく輪郭を誇示する羽織袴の内側で細い脚が小刻みな摺り足を繰り返し、老人はあたしの前まで近寄ってきた。

「今日はお前の二十一度目の命名日だ」ジトウは言う。「受け取れ。この家からの贈り物だ」

碗を畳の上に置き、紙片と藤の花かんざしを受け取る。思いがけない言葉に乱された思考が中途半端に腰を浮かし、ジトウが背を向けてもとの位置に戻るのを見て、あたしも座り直した。

紙片は腰文のようだが表には何も書かれておらず、返信のための礼紙も添えられていない。藤の花飾りは芸妓が皐月につけるものだ。紫の下がりが美しいが、その端には焼け焦げた跡がある。ありふれたモチーフのかんざしであるにもかかわらず、これにはどこか見覚えがあるような気がした。

「ミヤコ」

ジトウが呼ぶ声は、あたしには聞こえていなかった。仄暗い人生の記憶を辿って、既視感の手掛かりを探していた。だが、まるで立ち込める黒煙の中に隠されているように、それを見つけ出すことはできなかった。腰文を裏返して初めて、それが自分に宛てられたものではないことに気が付いた。英家の藤の家紋の印影。それと並ぶように達筆に書かれた宛先を、あたしは刀匠の名として知っていた。

「もう一口、刀を打たせた」

「必要あらへん」反射的に言葉が口をついた。

藤之花房は、その身に余る刃渡りを初めて握った幼い日から、復讐のために絶えず研ぎ澄ましてきた決意の刃。それをあたしに持たせたのは他ならぬ目の前の男だ。それを取り替えることの意味を理解できないような、愚かな老人ではないはずだった。

ジトウは無礼を咎めはしなかった。「ミヤコ、これはいわば通過儀礼だ。今日という日はお前が思っている以上に重大な意味を持つ」

「なんで」あたしは顔を上げ、老人へ向けた。聞き流していた違和感を拾い上げ、投げつける。「なんであんたがあたしの生まれた日を知ってるんや」

「英はブキョウの影に潜む」ジトウは言った。「今も昔も、お前が生まれた日もそれは同じこと」

「それで答えてるつもりなんか」

「まさしくこれが答えなのだ。お前が生まれた瞬間から、その背には常に影があった」

ジトウのもったいぶった言い回しはいつものことだった。人を殺せという命令であれば、その決断に至った経緯まで冷徹なほどはっきりと言い切るというのに、あたしという存在について語るとき、彼の言葉は明瞭さに欠けていた。彼は何かを隠しているが、隠し通そうとはしていない。このほころびは意図されたものだ。恐らく、あたしは今も――

「試されているのだと思うか?」見透かしたように、ジトウがその言葉を口にした。「余所者である自分は未だ一族として認められるには不足しているのだとでも?」

「そうやないなら」あたしの手が花かんざしを痛むほどに強く握る。「あたしはいつまで余所者なんや」

「ミヤコよ」

老人を見た。かつては人斬りに相応しくないと言われるほど見目麗しかったという出で立ちに、時は残酷な爪痕を刻んでいる。だが老いてなお、その両目は英の黒。この都の栄光が落とす暗い影の漆黒だ。その瞳は、細く開かれた瞼の向こうから憐れむような眼差しを向けていた。

「お前は確かに試されてきた。影の刃となるためにな」ジトウは言った。「だが余所者であったことは一度もない。お前は常にわたしと同じ、英の一族だ。戻る頃には、お前もそう感じられるだろう。行け、これは必要なことだ」

ジトウはあたしの肩に手を置き、諭すように囁いた。あの日、ブキョウの通りで置き去りにされていた娘にしたのと同じように。怒ろうとも疑おうとも、この男はあたしの恩人だ。英の家長にして頭領。彼が迎え入れてくれたこの家以外に、居場所などどこにもない。

「はい」あたしは頷いた。「それで、この刀匠はどこにおるんや。あたしは名前しか知らへん」

ジトウはあたしから手を離すと、居直って茶器を片付け始めた。「探せ。難しいことではないだろう」

あたしは手紙と花かんざしを懐に仕舞い込み、座敷を出ようとした。

「彼にそれを見せるといい」

「どっちの話や」声には振り向かずに訊ねた。

ジトウは何も答えなかった。



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