目次
前書き
私が経験したFC
FCとは
理想のFC
現実的課題
私が作るなら
後書き
前書き
まず、この話は非常に長くなります。
目的としては私が自分の考えをまとめるために文章化する、まさに日記であり、今の僕をまとめて表現する、手紙でもあります。
ですので多くの読み手に伝わるように書いたものではないということに留意していただけると助かります。
私が経験したFC
私のエオルゼア生活はGaiaのBahamut鯖で始まりました。
蒼天がリリースされた直後に友人3人くらいと同時に始めました。
バハ鯖を選んだのは、シャキり易い鯖の方が良い、そしてバハ鯖は人が多くて良いらしい。と誘ってきたフレンドが仕入れてきた情報にしたがってキャラクター作成しました。
私はすんなり作成できたのですが、もう一人の友人は作成制限に引っかかって3、4日くらい待ってやっと入れたとかだったような記憶があります。
まあ、当時にすると比較的人の多い都会の鯖だったわけです。
そんな鯖で私のエオルゼア生活は幕を明けました。
まず当時の私の環境をご説明しましょう。
ハードはPS3、パッドで友人とはボイスチャットでやりとりしていました。
その頃はFPSをやりこんでいたこともあってVCの環境が一番慣れていました。
で、しばらくサスタシャとかトトラクとか、友人と喋りながら楽しんでいました。
なのでエオルゼア内でできた新たなフレンド、はほとんどいませんでした。
IDくらいなら仲間内で事足りていたからです。
そんな環境の中、IDでたまーーにチャットを打つ他のプレイヤーを見かけたり、エーテライト周辺でSayチャットしてる人を見かけたりはありましたが、パッド勢にとってテキストチャットというのは恐ろしく億劫で。
玄人がやるものだと思っていました。
今でこそPCを普段から使うのでタイピングも早くなりましたが当時は高校生だったかな?とにかくキーボードを凝視しながらじゃないと文字を打てないくらいのPCスキルの人間でした。
自宅にノートPCはありましたがゲームが動くほどのスペックではなく、精々ブラウザでフラッシュのゲームをしたり、程度だった記憶があります。
PCでゲームをやる人間というのは大体お金持ちでやたら機材に詳しい兄貴がいて、みたいな感じだったので私には縁のない世界、という認識でした。
そんな環境下での私のコミュニケーションツールはエモートと挨拶マクロくらいのものでした。
ビギナーチャットもそもそもあったのかな?全く記憶に残ってないですがあったとしても利用してはいなかったでしょう。
そしてある日、グリダニアを走り回っていたときのこと(当時私は白がメインでした)
突然ピロン♪というseと共にピンク色の文字でチャットが送られてきました。
内容はストレートにFCの勧誘だったと思います。詳細はまったく覚えてません。
なんとかソフトウェアキーボードで頑張って返信して、よくわからないままFCに所属しました。
LodestoneでFCの情報を見るとグラカンランキング結構上位でとんでもないとこに入っちゃった、と思ってました。
略称がHYPERだったかな?ってことくらいしか覚えてませんが、FCチャットで話した記憶も話しかけられた記憶もなく、私は特に変わらず友人とVCで遊んでました。
それからなんやかんやあっていつも遊んでる友人とFCを作ろう、って話になりました。
ギャザクラを上げて、ハウスを買うんだと意気込んで友人としばらく頑張っていました。
で、なんやかんや友人の中でエオルゼアを継続していたのも自分一人になり、ギャザクラも楽しくなかったので休止しました。
始めてから半年くらいのことだったと思います。
そこからたまーに復帰したりしなかったりしつつさらに半年くらい経ち身辺整理の一貫としてエオルゼア辞めよう。と思い立ちFCマスターにモグレターで抜ける旨を伝えて抜けたような気がします。
いや抜けてはなかったかな?
ともあれ、そこから一年後くらいか、私がプレイしていた頃はやる気のなかった友人が改めてエオルゼアにハマりはじめました。
で、その流れで私も復帰します。
PS4に乗り換えて過去のアカウントのメールアドレスとかがわからず全部買い直してIfrit鯖で復帰しました。
紅蓮が出たとことかだったかなぁ、冒険録を買って無理矢理復帰しました。
んで、私含めて友人四人でFCハウスを買ってしばらく遊んでました。
しばらくして私がレイドコンテンツに興味をもってチャレンジしないか?と誘ったら怖いから嫌とか言われて一人でレイド挑戦しはじめます。
私が走りきったら友人も挑戦しはじめ、大学からエオルゼアやってる連中をひっぱってきて今度絶バハやるんだーとか自慢げに言いはじめた時は普通に腹が立ちました。
が、まあギャザクラはじめたときもそうですし、私が先駆けになってその時は手伝わないくせにあとから乗り込んでくる、というパターンはその友人に関わらず頻繁にあり、慣れていたので何も言いませんでした。
そしてその頃からリアルの友人というコミュニティではなくエオルゼア内での新たなコミュニティを探していました。
んで、しばらくして零式にFCぐるみで挑戦しているFCに加入させてもらいました。
LONDBELLだったかな?そんな名前だった気がします。
このころのプレイ環境は変わらずパッドでしたが、ケータイからPS4のコンパニオンアプリでケータイをサブモニターのように使える機能に加えてチャットもケータイで打つことができました。
ソフトウェアキーボードを新たに立ち上げるわけではないのでラグも少なく、タイピングも必要ないので徐々にテキストチャットに慣れていきました。
んで、そのころには暗黒がメインに変わり、オメガ零式をやってました。
FCの零式メンバーは1軍と2軍があり、2軍のタンクが空いてるからと言われて白から暗黒を練習しはじめたのを覚えています。
それで暗黒でデルタを野良でクリアして、シグマをいよいよFCでやるんだ!と思ってたんですが、2軍は結局シグマまでにメンバーが集まらず、特に話し合いもなく、私はソロでシグマをやりはじめます。
1軍の人たちは仲が良いみたいでしたが私からしたら全員知らない人だったので、完成されたコミュニティに話しかけにいくよりはパーティ募集で行くほうが気が楽でした。
この頃に地図募集とか野良で動くための知識ばかり増やしていきました。
で、結局めんどくさくなってシグマの途中で休止しました。
そして漆黒が出るとなって、今度は友人とか関係なく、久々にオンラインのフレンドを作りたいな、と思って復帰します。
それが今のアカウントです。
このアカウントで始めるにあたり多ボタンマウスとキーボードを買って復帰します。
今度は冒険録も使わず、ゆっくりのんびりエオルゼアを楽しんでいました。
がしがしメインを進めていると見知らぬ人にエモートされました。
ああ、勧誘か、めんどくせぇな。と思いました。
正直FCというコミュニティに良い印象が全くなかったので断ろうと思ってました。
無視するのもあれなのでエモートを返して速攻で適当な場所にテレポしました。
そしたらTELで追撃してきたので私が今まで人生で一番怖かった声かけで返してやろう、と思いつき
「ところで、あなたは神を信じていますか?」
と返したのは鮮明に覚えてます。
そっからまーー色々ありました。
エオルゼアやってて一番楽しかったのがこの時期でした。
キーボードを手に入れた私はもともとおしゃべりな性格を遺憾無く発揮しMMOを謳歌していました。
リアルでも色々あったので三ヶ月くらいの休止を挟んだりしましたが今でも続いてるので約1年このアカウントでエオルゼアをしています。
私にとって一つのアカウントでのプレイとしては最長になりました。
先にも述べたとおり色々、色々を経て
エオルゼアは戦闘を楽しむゲームだと思っていたのが
戦闘とか運営が用意してくれるコンテンツはコミュニケーションのおまけにすぎないんだな、という考えにシフトしていきました。
私が現状目標にしていることに関しては次節で話すことになりますので一度おいておいて
FCの流れとしてはなんやかんやで過疎ってしまい、私は放浪します。
で、放浪してる私に声をかけてくれたのがついこないだまで所属していたFCのマスターでした。
このFCにはある目標を持って入ったのですが、それは達成された、というかそもそも解決すべき問題が大したことないと判断したのでまた放浪に戻り、今に至ります。
かなり長くなってしまいましたが、これが今まで私が所属したFCたちです。
FCとは
エオルゼアにおけるFCというコミュニティはエオルゼアをプレイするモチベーションそのものにとても深く関わります。
普通にプレイしていれば一番最初に関わるコミュニティがFCだからです。
先にも述べた通りエオルゼアのメインコンテンツはコミュニケーションだと私は考えています。
アクションや協力、ゲーム的な話だけならエオルゼアより面白いゲームはいっぱいあります(個人の感想)
それでもエオルゼアをやるのはそこに他者とのコミュニケーションがあるからです。
少なくとも私はそうです。
そういう考えの元でFCという組織の概念に立ち返ると
FFXIVというゲームの70%を決める要素といって差し支えないです。
LSや固定という概念のない初心者の頃なら90%はFCに左右されるんじゃないかと思います。
私が今もこのアカウントで続いてるのはFCのころの繋がりがあったり、自分で繋がりを探したり作ったりする術を手に入れたからですが、かつての私がそうだったように何となくFCが合わなくてログインしなくなっていって、気づいたら何ヶ月、一年、何年と経っていて忘れてしまう。そういう層がめちゃくちゃ多いと思うのです。
まあ無理にエオルゼアをやる必要はもちろんありません。
後述しますが能動的に動けない人がエオルゼアに、コミュニケーションゲームに向いているとは思いません。
ですが、これからずっとエオルゼアを楽しむかもしれない初心者の、最初を大きく左右するファクターがFCであることを、運営する側も、探す側も考えてみてもいいんじゃないかと思うのです。
理想のFC
結局のところ、FCとしてこれが成功だ!っていうのはどういう状態なのでしょう?
1プレイヤーとしての成功が「エオルゼアが楽しいこと」ならばFCの成功はメンバー全員が「エオルゼアを楽しんでいること」でしょう。
実現にはいくつかパターンがあると思います。
1つの狭いコミュニティとして全員がそこそこの繋がりがあること
全員リアルの友人、とかがこのパターンでしょう。
新しい出会いこそ少ないものの安定性は抜群でしょう。
全員が同じ方向を向いていること。
何か目標があって集まっているパターンですね。
固定がそのままFCとかが当てはまるでしょう。
これもオンラインの繋がりの中では安定していると言えます。
全員が独立できていること
同じコンテンツを向いていなくてもたまに集まったり、自分が得意なコンテンツに手引きしたり。
多くのFCがこの形態に当てはまるでしょうが安定していると同時にFCとしての繋がりを意識するには相当のコミュニケーション力が求められるでしょう。
大きく上記の3つに分類できると思われます。
つまり、コミュニティとしての安定感それだけでは楽しさを創出できません。
FCでいる意味、これがなくなれば他のところも見てみたくなるし、他のところをみてしまえば帰ってくることなんてまーないでしょう。
そうしているうちに徐々に過疎になるのは目に見えています。
リアルなど、もともと築かれた繋がり
コンテンツによる繋がり
コミュニケーションによる繋がり
これらのどれかがあるFCはきっと所属していて楽しいでしょうね。
つまり何が言いたいかと言うと
なんとなくで集まって長続きするほどエオルゼアは単純じゃない、ということでしょう。
コンテンツの方向性の多種多様
年齢国籍性別の文化的多種多様
それらを乗り越えてなんとなく居心地がいい、なんてFCがあったら奇跡でしょう。
家族、友達みたいなFCがいいね
居心地がいいと思える家族、友人を一人探すのがどれだけ大変か。
それを何人集める気なんだ一体。
理想のFCとは
家族的、友人的繋がりが第一ではない。
部活的繋がりこそ重要で、手腕で何とかなるかもしれない部分なのである。
現実的課題
ここに、とある行動的な少年がいます。
少年は新しいものをつくったり挑戦するのが好きで、それを誰かと共有することで承認欲求を満たしていました。
しかし少年は気づきます。
世の中の大半の人が未知に対して興味を示さないのだ、と。
少年はなんやかんやあって曲をつくっています。
結局一人でやってしまうことが一番楽で、誰かに期待して帰ってこないのが一番心にくる。
そうしているうちに少年は一人で大抵のことはできるようになりました。
そして少年は思うのです、ああこれからも一人なんだろうなぁ、と。
現実、行動できる人間ってのは恐ろしく少ないです。
そこからさらにその行動をわざわざ誰かと共有しようとする人間なんてまーーみたことない。
そしてそこからさらに他者を慮り、引っぱり、手伝いかつ行動はやめない人間。
エオルゼア、というコンテンツに絞ればまあ、なんとか、ギリギリ、、1鯖に何人かはいるんじゃないですかね。
そんなん探してられるか!!
というのが一つ目の課題。
興味の対象が一致しない。
レベルやPSなどゲーム的に同じ階層にいない。
プレイ時間、スタイルの違い
たくさん課題はありますが
もっとも必要なのは他者に干渉する体力と好奇心、これにつきる...
生産者がいれば消費者は集まってくるでしょう
でも生産者もまた消費者の一人。
つまり他の生産者が必要なのです。
多くの場合発起人が生産者でしょう。
でも楽しいコミュニティって
統括調整する人、複数人のクリエイター、手伝う人(クリエイター予備軍)
なんですよ
日常会話においてもそう。
話題を投げる人、広げる人、落とし所を見つける人、なんとなくわかりますよね?
トップが生産者のコミュニティは良くも悪くもトップのモチベーションで左右されてしまうのです。
私がつくるなら
さて、ここまでつらつらと書いたら何か見えてくるだろう、と思い書き始めたのですが一向に見えてくる気配も可能性も感じません。
のでとりあえず後述すると書いた箇所に触れていきましょう。
能動的に動けない人は向いてないと書きました。
消費者に、生産者は集まってこないからです。
いや、そりゃあエオルゼアも面白いゲームなんでそれを消費し続ける分には何も問題はないですが、こと人間関係においてはお互い得るものがないといずれ煩わしさが勝ってしまうと思うのです。
FCというコミュニティが盛り上がる、これはコミュニティとしてという意味なのは明らかで、ってことはのんびりさん多数☆のFCに入って楽しいかはまじでギャンブルでしょうね。
というわけで改めて私が作るなら、ですが。
能動的な人間を集めてきてコミュニティを形成するのは非常に難しいわけです。
そういう人間は既にコミュニティを形成しますからね
まあ、結局私は自分の利益のために動くのは恐ろしく苦手なので、作ってくれと言われたら何となく作って未予習過去極とか人狼とかSS撮りに行く日とか意味わからんぐらい過密にイベント立てるプレイスタイルに変化するでしょうね。
そんでそのうち参加者募るのに疲れて動くのをやめる気がします。うんやめよう。
ひたすらメンバーがやりたいと言ったことを片っ端からやっていく、結局いつも通りのこの形が安定するんだろうなぁ。
結論、私がつくるなら
コミュニケーションに疲れて放浪した人7、8人と2人くらいの若葉ぐらいのバランスでしょうね。
なんなら面接面談も頻繁にやっちゃう。
マスターが過干渉してくるタイプのFCにすると思います。
不平不満は言ってくれなきゃ解決できない。
文句を堂々という場が、機会が日本人には必要だと思うのです。
もちろん主張は謙虚と同居しなければならない。
だから今のアメリカで起きてる暴動とか、声をあげる文化、社会の危うさも理解している。
だから会話をしよう?討論をしよう?
一方的な批判はただの駄々にすぎない。
相手が何故そう考えるのか、自分が逆だったらどうして欲しいか、徹底的に考えよう?
それができないコミュニティがどうなるか。
日本に住んでて知らないとは言わせない。
後書き
さて、最後に私が何故FCを作ろうと思い立ち、そしてなんやかんや作ってないのかについて語ってこのクソ長日記を締めくくりましょう。
最初に作ろうと思ったのは、マスターのことが嫌いなメンバーと板挟みになった時。
あの時は「作ってくれ」と言われましたが四人集めるのが面倒でそれ以外の解決策をひたすら模索していました。
で、まあ結局その人もやめてしまった時が次に作ろう、と思った時。
そしてなんやかんやあって、FCの繋がりでできたフレンドが他鯖にいったり別FCに行ったりして、結局休止していった時。
結局私の言葉だけじゃ足りなかった。
みんなただエオルゼアを楽しみたいだけなのに、少しずつ疲弊して、やめていく。
私は昔これと同じ状況を経験しました。
「なんか最近面白くないんだよな」「いやあ今年はいいかな」「最近あんまり盛り上がってないよね」
昔私を楽しませてくれた世代の人たちは一様にそう言いました。
そして私がなんやかんやそのコミュニティを率いる側になった年に思ったんです。
てめーらが口だけで実際行動しねーからこうなってんだろーが、と。
そっから3年くらい本気で頑張った。
何とか火が波及して、もしかしたらまた盛り上がってくれるかな、と思った頃には私の体力は無くなっていた。
どうしたら楽しんでもらえるかで頭いっぱいになって私が楽しくなくなった。
思えば昔からその繰り返しだった。
0を1にするのは得意だ。
1を2にするくらいは技術も身につけた。
でもそっからは私だけではどうしようもない。
そうしているうちに
一人である程度楽しむ力と
寂しさと
見えるものをどうすることもできないもどかしさが山積した。
それが今の私です。
変わらないとも思ってる。そのくらいには誰かに、何より自分に期待するのに疲れてしまった。
寂しさが溢れてきて何か作って、誰か返してくれと祈って
また一人。
そのうち作ることもできなくなる日がくるんだろうな、と思うとぞっとする。
だからまあ今のうちにもし私が必要な人がいるなら声をかけてくれ。
運ゲーは嫌いなんだ。
哲学がない人間も嫌いだ。
だから毎度読みにくい文章を意識して書く。
これが僕にとって
志磨遼平のゴッホで
ベーゼンドルファーの16hzで
爆弾の作り方。
涙が出るほど大好きな作品たちなのだ。
でも作品は触れられない。
会話以外の叫び声は美しく閉じてしまう。
だから、
いつか誰かに届けばいいなぁ。
カミュの砂漠にて