※暁月編のストーリーネタバレ注意です!!暁月編世界観考察(1)暁月編世界観考察(2)暁月編世界観考察(3)暁月編世界観考察(4)←当記事はココ
◆巨艦「アーテリス(ハイデリン)」・パッチ5.4で獣人(蛮族)との和解の末、メルウィブ提督は「コボルド族やサハギン族も乗組員となる、巨艦バイルブランドを出港させるべきではないのか!!」と声高に宣言していました。
→それを受け、今後は「巨艦エオルゼア」が目指されていくのではないか、と指摘したのですが(
まなみんと日記「とある光の戦士の予言と答え合わせ(その4)」)、暁月編ではエオルゼアという一文明圏を飛び越え、「巨艦アーテリス(ハイデリン)」として、想像だにしない規模で話の展開が進んでいきました。
→同じ記事で、「結局は「生存」の問題、「生き死に」の問題だった」と、これまでのヒトと獣人の争いの原因を指摘しましたが、今回の暁月では、その対象が「星対星」にまで拡大され、あらゆる星を含む「生き死に」の問題として展開されていました。
→最終的には「当たり前」の話に収着するという点もまた、同様の指摘ができるかと思います。
◆当代アゼムは「終末」の前後、何をしていたのか・終末の時、アゼムは一体何をしていたのでしょうか。暁月ではいやらしいくらいに、そこに触れられずに終わりました。終末に何もせず、何も抗えずに、終わるようなアゼムでないはずです。何か別の大きな問題に巻き込まれていたとか、あるいは「終末」以上の世界の危機に立ち向かっていたとか、そんな「一方、その頃・・・」がありそうな予感。
懐かしい雰囲気の青年「キミが望んでくれた結末とは、違うのだろうけど・・・これはこれで、ワタシたちに似合っているんじゃないかな」→アゼムはアゼムで望んでいだ結末があったのでしょうか。
→エメトセルクやヒュトロダエウス、ヴェーネスと一緒に冒険できたことが、本当に最高だった暁月編ですが、アゼムと行動を共にすること、あるいは元の魂は一緒だからという理由で、アゼムとして行動すること(アゼムがプレイアブルキャラに)もあり得るんじゃないかと。
◆アゼム、アーゼマ、アジム、そして「アガマ」疲れた様子の星戦士「あなたは勇敢で、勇猛な冒険者だわ。まるで、サベネアに伝わる「アガマ」のような御仁ね」→アゼムに似た語感の神がやたらめったら多いのも気になりますね。あちらこちらに出掛けて行っては、活躍し英雄になり、神の如き存在として祀られているのではないでしょうか。
◆天つ神「アマテラス」「ツクヨミ」「スサノオ」が気になりすぎる件・アゼム関連で気になるのは、「アジム」という神の神話が伝えられていた「東方地域」。
→東方地域の神としては、改めて注目したいのが「天つ神」です。東方地域では、「天つ神」という古の時代に天から地へと降り立ったとされる神々が伝えられており、もっとも高貴とされる三柱の神、すなわち太陽の神「アマテラス」、月の神「ツクヨミ」、海の神「スサノオ」も、天つ神の範疇に含まれるといいます(『EE2』16頁)。
→特に、コウジン族の神「豪神スサノオ」が気になりすぎます。スサノオは、昼と太陽を統べる神「アマテラス」、夜と月を統べる神「ツクヨミ」に次いで生まれた神とされており(『EE2』239頁)、特に重要なのは「スサノオには英雄としての側面もあり、人々に仇なす悪しき者が多かった神代において、さまざまな怪異を打倒し、冒険を繰り広げた」(『EE2』239頁)という記述です。スサノオを紹介する単語として「英雄」「冒険」が使用されています。さまざまな怪異を倒し、冒険を繰り広げた英雄、という説明は、そのまま我々「光の戦士」の説明にもなります。
ヴェーネス「おもしろい子」
スサノオ「カッカッカ!そうむくれるな!」→そして、アゼムに対する周囲の評価は「おもしろい子」といった感じ。エメトセルクやヒュトロダエウスの反応からもそれがうかがえます。
→スサノオの自由奔放な感じも何となく共通点あるような気も。何よりも、上記の神々が次々に登場するという最高潮に盛り上がる場面で、特別に台詞を与えられていたスサノオ(+ガルーダ)は、やっぱり特別なんじゃないかと思わざるを得ないんです。
→「天つ神」に関連するものとして、「天つ神などの力が込められた物品」(『EE2』17頁)である「神器」も改めて注目に値します。今回の暁月(エーテル縮退炉関連のストーリー)でもその名前が出てきました。この神器に関しては、早くはエオルゼア編のヒルディブランドクエストで登場しており、伝説の「光の四戦士」の神器と、「大魔法」について言及がありました(
まなみんと日記「サブクエストから世界観を読み解く(2)」)。
→この伝説の「光の四戦士」などに、エメトセルクやヒュトロダエウス、アゼムは関わってないのかなと妄想も膨らみます。
→そして、エメトセルク、ヒュトロダエウス、アゼムの「三人」という関係性も注目に値します。例えば、三大州(アルデナード小大陸、イルサバード大陸、オサード小大陸)に関する言い伝えとして「三大陸は、常に肩を組み合うほど強い絆で結ばれた兄弟であったとする古い伝承も残されている」(『EE1』12頁)などもあります。この三人の関係性が示唆されていたら面白いなぁと。
ミサジャ「おやおや、これは大切な人との出会いを暗示しているわ。恋人、親友、戦友、師弟・・・関係性までは見えないけど、きっと人生の転換点となる出会いになるはずよ」→極めつけは、このサブクエスト。過去に戻り、ヴェーネスやエメトセルクに出会う前のサブクエストでの台詞です。・・・・「恋人」。アゼムの恋人があの中(あるいはエルピス内)にいたってこと・・・!?
◆歴史に対する眼差しモンティシェーニュ「ワシは教え子たちの「なぜ」を極力封じたくはないからの」
モンティシェーニュ「行き詰った研究に必要なのは、嫌というほど見返した理論より、ちょっとしたひらめき・・・新しい風じゃろうて」→FF14の学問に対する眼差しには目を見張るものがあります。歴史学、哲学、天文学などなど、様々な学問領野から様々なインスピレーションを受けていることがよくわかります。
アリゼー「動物や植物、さまざまな「命ある資料」を、生きたまま保管、研究する」
グラハティア「増えているんだろうな・・・いろんな史料」→歴史学に関しては、例えば、「資料」と「史料」の使い分けがなされている点など、正直びっくりします。ここは、歴史学の史料論という話に関わってきますが、歴史学においては、一般に文字で記された情報源、文献史料ないし文書史料のことを指す「史料」と、もっとひろい概念として、文字ではない物体や景観のようなものまで包む(非文献資料、非文字資料を含む)「資料」が区別されています。前者の「史料」を、歴史の生き字引であるラハ君に使用させていることにもFF14制作者の強いこだわりを感じます。この区別をちゃんとしているゲームは、FF14以外にあるのでしょうか。
ヤシュトラ「私は知ることが好きだし、必要とあらばレポートも書くけれど、学んだことを本や何かにして残そうとは思わないたちなのよ」「真実というのは、本来、形のないものだわ。それを自分の扱う言語に落とし込むとき、どうしても、言葉に沿って捻じ曲げてしまう部分がある」「それをわかっていてなお、私の言葉で彼らのことを書き記すのは、冒涜ではないかとも思うのよ」「もちろん、そうであっても記録に残すことの意義だって、十分に理解しているわ。私は日々、それらを利用して学んでいるのだから」→暁月編最後のヤシュトラとのやり取りに、上記のようなお話をもってくるのも、歴史学に造詣が深くないと出来ないことです。
→ここらへんの話は、歴史学を学ぶ大学1年生ぐらいの時期に「史学概論」や「歴史学入門」などの授業で必ずお話がある所です。
→ここでは、試みに教育心理学者のリンダ・エルダーの指摘(『歴史的思考』、2011年)を紹介しましょう。エルダーは、われわれは人の歴史を「創っている」のだと言っています。ついで、われわれはそれをどのように「創って」いるのか、その創作に影響を与える要素をあげています。それは、自分が歴史をこう描きたいという「意識」的な要素と、自分を取り巻く人間や社会や出来事といった客観的要素です。そういう要素によって、われわれは歴史を自分の望むように描いているのだと。だから、まったく客観的な歴史というものは存在しないのだと指摘するわけです。
→したがって、すべての歴史はどういう要素の影響を受けた人がどういう意識で書いたのかということを批判的に検討する必要があるということになります。これはすでに1960年代頃からイギリスの歴史家E・H・カーも『歴史とは何か』で言っている通りです。
→ヤシュトラの懸念は、まさにこういった歴史学の大きな命題に関係するものです。一方、カーがすでに指摘しているように、歴史書を読む前に「まず歴史家を研究すること」が大事です。カーは、歴史上の事実はけっして「純粋」にわれわれに現れてくるものではなく、いつも記録をする者の心を通して屈折してくるのであり、したがって「私たちが歴史の書物を読みます場合、私たちの最初の関心事は、この書物が含んでいる事実ではなく、この書物を書いた歴史家であるべきです」と言ってます(カー、1962年、27頁)。なので、後世の歴史家はそのことを踏まえ、ヤシュトラがどういう人かを問うことから始めなければなりません。ヤシュトラには、後世の歴史家を信じて、是非とも歴史を編む行為(歴史書を残す)をして欲しいと思います。
◆「Our journey will never end(我らの冒険は、どこまでだって続いてく)」・FF14の楽曲≪Tomorrow and Tomorrow≫の歌詞の一節に、「With one world's end dose a new begin(一つの世界の終わりは、もう一つの始まりに過ぎず)」、「Our journey will never end(我らの冒険は、どこまでだって続いてく)」というものがありました。
→特に「Our journey will never end」が気に入った私は、去年の卒業生に送る言葉として、そのまま使わせてもらいました(FF14に関する授業もしていますので、まぁアリかなと判断しました)。
→そんな大好きな一節が、暁月編の「FIN」の後に出てきた時は震えましたね・・!
ヴェーネス「あなたの旅は、良いものでしたか?」→ヴェーネスやゼノスからの問いに、「はい」と即答できる人もいれば、「いいえ」と答えたくなった人もいるでしょう。しかし、どちらにせよ、旅はこれからも続くのです。
→「終わり」は新しい「始まり」です。これからも皆さんと共に素敵な旅ができればと思います!
以上、長文を読んでいただき、ありがとうございました!
「新たな始まり」のため、「フィナーレ」を迎えた皆さんに、心からの「ニメーヤリリー」を。